Broken magic sword〜プロローグ〜
第102代ラビリンス攻略部隊の前に第5層のレイヤーボス、General Centipede of poisomud が立ちはだかる―。その巨大毒ムカデを前に攻略メンバー達は怯えを含んだ眼で見上げるも、それを悟らせまいと強張った表情で各々の武器を構え、まだまだぎこちない動きでフォーメーションを組む。緊張しているものが多い中、各部隊のリーダー格は怖気づかず、堂々と指示を飛ばす。
「よし、各員攻略会議で伝えた作戦通りに戦闘を遂行しろ!騎士科は奴の攻撃全般を絶対に盾以外で受けるな!いくら鎧が頑丈でも針や毒属性の弾に被弾すれば脆い!毒を注入されてフォーメーションが一気に崩れるぞ!」
「魔法科のみんな!まずは外殻を破壊するわよ!作戦通り、特に大きな針がついている部分を重点的に攻撃しなさい!!」
リーダー2人が皆に指示を飛ばす中、とある少年は騎士科でも魔法科でもなく、中途半端で使えない魔法剣士科の1人としてボス部屋の外周で取り巻き毒ムカデたちを倒すという指示を与えられた、部隊名もつけられていない、いわゆるオマケ部隊のメンバーであった。少年は取り巻き毒ムカデと戦いながら、先日行われていた攻略会議の事を思い出していたー。
「第5層ボスは ”General centipede of poisomud”〈ジェネラルセンチピード・オブ・ポイゾマッド〉!ポイゾマッドはラビリンス攻略序盤の鬼門と呼ばれている存在だ!非常に厳しい戦いとなることが予想される!5層で出てくる主なモンスターはあの忌々しい毒ムカデだが、名前の通りコイツはそいつらの親玉だ!雑魚ムカデ共は単調な動きで知能はないが、複数体で襲い掛かってくる厄介なモンスターだった!しかし遠距離攻撃の手段をほとんど持たないため、前衛を置いて近距離攻撃を防ぎ、弱点である炎属性の魔法で戦えば対処は簡単であったはずだ!加えて常にポーションを持ち運ぶことや毒への対策など、これらを徹底するように俺が呼び掛けてきたことで、ここまで死亡者が出ることなく進んでこられた!」
第102代ラビリンス攻略部隊、ボス戦に参加する総勢約60名の前で堂々と物怖じせずに話すのは第1学年騎士科トップクラスの成績を収める「ドラドーン」だ。彼は成績や実力もさることながら、その圧倒的なリーダーシップで攻略部隊をここまで導いてきた。絶対に死亡者を出さないという彼の使命の下、一目見ればわかるハイクオリティな鎧に、第四層攻略時のMVPメンバーに選ばれたことで得たロングソードと、ちょっとやそっとの攻撃にはびくともしない大きく頑丈な盾を持ち、攻略部隊の最前線で仲間に指示を出して戦う彼の姿はとても俺と同じ学年とは思えない…。とはいえ、死亡者や重傷者が出なかったのはドラドーンが呼びかけを徹底したというより、学院側から攻略部隊に与えられる情報を参考に、皆が努力した結果ではないか…という考えが頭をよぎる。ドラドーンは確かに優秀であり、頼りになるリーダーだと俺は思う。ここまでの攻略で頭ひとつ抜けた活躍を見せ、確かな強さを持っている。だが彼は本当に、本当に少しだけだが…傲慢なところがある。「俺のおかげ」や「俺がいたから」などの発言が多く、全ては自分がいてこそ上手くいく、と本気で信じている。それは決して間違いではないし、特に彼の高い防御力には助けられたものがたくさんいる。しかしそれを自分で言ってしまってはそりゃあいい印象を受けないやつだって出てくるだろう…。騎士様の自信に満ち溢れた発言に騎士科からは賛同と皮肉がこもった歓声が、魔法科からは呆れと軽蔑のまなざしが向けられる。こういった光景は1~4層までの作戦会議でも起こっており、まだまだラビリンス攻略は序盤なのにも関わらず、いつものこと過ぎてもはや見飽きてきたものだ。ドラドーンは何も気にする様子もなく話を続ける。
「この5層の戦いで攻略部隊に死亡者が出なかったという事実、俺はこれをとても幸運なことだと思っている!今までの歴史を遡っても1~4層での死亡例は極端に少ないが、5層からは死亡例が増加するからだ!だからこそ、このボス戦で死亡者を出してはならないし、ここからも絶対に死亡者を出さない!」
「よっ!流石リーダー!」
「誰も死なせねえぞ!」
「かっこいいぞー」
とこれには騎士科のメンバーからパチパチと大きな拍手と歓声が起こる。当然のことだが騎士科は皆、ドラドーンに忠実だったり尊敬している者が多く、戦闘時でもそれ以外でもその尊敬がとてもよく表れている。それでも騎士科は一枚岩ではない様だし、攻略部隊全体を見ても複数の派閥が存在する。今のところ、攻略部隊内では攻略の主導権を誰がとるかでバチバチと火花を散らしている者が何人かいる。ドラドーンが攻略の主導権を握っているかと思いきや、事はそう単純ではないようだ。人と人が関わりあう以上はその間でトラブルや争いは起こるものだが、そんなしがらみや派閥争いに巻き込まれるのはごめんである。…まず俺にそんな機会はぜっっっったい来ないと思うが。そんなことを考えているうちに話の風向きは本格的にボス戦攻略へと向かっていく。
「死亡者を出さないため、そして栄光ある勝利のためにも、まずはボスの行動パターンや特徴を頭に叩き込んでもらう!まずは敵の配置と我々のフォーメーションからだ!円形のボス部屋の最奥に取り巻きムカデ共が6体程とポイゾマッドが待ち構えている!取り巻きムカデ共は5層に出てくる中でも最も防御に厚くかなり厄介とのことだ!そのため取り巻きを外周へ誘導するため、騎士科・魔法科の何人かと一般科・魔法剣士科のメンバーに先陣を切ってもらう!誘導の終了後、即座に他のメンバーはボス部屋に突入し、騎士科と魔法科の混じった1~8小隊でフォーメーションを組み、戦闘を開始する!フォーメーションの形はいまここで実際に説明しておく!」
ドラドーンはさらっと流したが、今回もやはり魔法剣士科はボスと直接戦わせない扱いをされるようだ…。確かにボスと直接対峙すれば死亡リスクや様々な危険が自分の身に襲いかかる。命が惜しいならそもそもボスとの戦いには参加しないのが最善策だろう。その証拠に攻略部隊には現在約120名が所属しているが、全体の半分の人数である60名しか今回のボス戦には参加していない。戦闘向きではない役割のメンバーもいるし、ボス戦に参加するかは自由であるのが大前提だ。それに、ボス戦(ボスレイドとも言う者もいるが)は人数が多ければ良いというものでもなく、この人数は丁度いい人数とも言えるだろう。だが、ボスによって特徴は大きく異なる。魔法攻撃が効くのか物理攻撃が効くのか、相手が使う攻撃はどんな種類のものがあるのか、そういった特徴によってボス戦参加メンバーの役割の比率やバランスを真剣に考えなければならない時が必ず来る。だからこそ個性豊かなメンバーをたくさん揃えておかねばいつか攻略が大きく停滞してしまうだろう。まぁそれはまだ先の話かもしれないが…。
ボス戦に参加した者には報酬も大量に与えられる。金貨や武器防具を鍛えるのに必要な素材、学院で受ける講義の一部免除や学食の無料券、その他もろもろ含めていいことづくめだ。ボスと直接対峙すればMVPメンバーに選ばれる可能性も上がるし、俺としてはやはりボスとの直接の戦いに混ざりたい。それは魔法剣士科も一般科も燻ぶっているところだ。一般科はともかく、魔法剣士科は1~4層でこんな扱いばかりなのだ。大事な局面でメンバーから外されたり心無い言葉をぶつけられたり、騎士科と魔法科から半端者と軽蔑の目を向けられたり、なにかと馬鹿にされたりすることがとても多く、トラブルにも発展している(特に第1学年や第2学年の間は毎年何かしらのトラブルが起こっているらしい…)。魔法科のみんなや騎士科のみんなが自分の役職に誇りを持つのはわかる。俺も俺なりに魔法剣士という役職にプライドはあるし、皆もそうだろうからだ。だからこそ、誇りを盾に他人を攻撃するというのはどこか子供っぽい事なのでは…と思わざるを得ない。そこのところどうなのとドラドーンや軽蔑している人達に詰め寄れる度胸が俺にあればよかったのだが…魔法剣士科はそもそも科全体を見ても人数自体が少なく、攻略部隊に参加している人数となると更に少ない。そんな中で文句の1つでも言ったらどうなるかは目に見えている。まず間違いなく攻略部隊に参加させてもらえなくなり、ハブられて…。この扱いにももう慣れたしこれからも参加させてもらえるだけありがたいの精神で戦っていくことにしようそうしよう。
などと思考を巡らせているうちにフォーメーションの説明が終わりかけていた。
「このフォーメーション名は”ナイツデルタ”となっている!これからの戦闘でも使う場面があるだろう!」
おいおい騎士様、フォーメーションという皆が共有して使う物に自分たち騎士の名前だけを入れたりしたら魔法科の皆が黙っていないだろうと思ったが意外にも噛みつく者は出てこない。というより今日は魔法科のボルテージが上がっていない感じがする…。そこでふと気づく。そういえば今日はまだ彼女が来ていないのだ。攻略部隊の魔法科を束ねる彼女が…。彼女がいたら今の発言は間違いなく争いのきっかけになっていた。魔法科トップクラスの実力を持ち、その実力と同じくらいプライドも高い彼女は、大体いつも争いの火種を無意識にばらまいて…。
「次に基本的なポイゾマッドの動きを説明する!学院側から与えられた情報によれば、奴の動きは大きく分けて6つだ!尻尾での前方広範囲薙ぎ払い・外殻についている棘の発射・口から放たれる毒属性の弾・ボス部屋を移動しながらの嚙みつきや尻尾の叩き付け、ボス部屋全体へ一気に棘をばら撒く広範囲攻撃、そしてもう1つは強力な魔法攻撃だ…!!」
防御力が攻略部隊でトップクラスのドラドーンも険しい顔で放った言葉に、皆がざわつき始める。さっきまで色々と考えていることが脱線しまくっていた俺も、その情報には思わずまじかよ…と言葉が出る。ラビリンス攻略の鬼門、5層。そう言われる理由は初めてボスモンスターが魔法攻撃を使うからなのだとここで気づく。ここまでのレイヤーボス達は強力な物理攻撃や取り巻きモンスターとの連携攻撃で戦ってきた。そこに、強力な魔法攻撃が追加されるということだ。しかもこの層より上では、魔法を使ってくる通常モンスターやボスモンスターが増える可能性が高い。如何に魔法攻撃に対処できるようになれるか、間違いなくこれからの課題となるはずだ。ドラドーンが説明を続ける。
「ポイゾマッドと雑魚ムカデ共の最も大きな違い、それはまず間違いなく、巨大に発達した尻尾だ!尻尾には魔力を蓄えるための巨大な”魔力袋”が入っているらしく、これが攻撃魔法の使用を可能にしているとのことだ!当然、巨大故に通常攻撃時にも最も警戒しなければいけない部位だ!騎士科が盾で奴の攻撃全般を防ぎ、その後ろから魔法科がまずは手始めに棘部分を集中的に攻撃し、全ての棘を破壊後、本体への攻撃を開始する!基本の流れはこれだ!雑魚ムカデ共にやってきたことの規模が大きくなっただけと考えれば何も心配はない!だが先ほども言った通り、このボスは雑魚ムカデや今までのボスと違い…」
「「強力な魔法攻撃を持っている」」
何者かが声を重ねてきたことにドラドーンは気づき、声の主の方向をゆっくりと向く。離空間フィールドの入り口付近のいつの間にか現れた、スタイル抜群の金髪ロングヘア―の美少女。目を奪われるようなルックスだけでなく、魔法科トップの実力と成績を持ち合わせ、間違いなく第1学年魔法科最強の称号を欲しいままにしている…。
「遅刻するだけでは飽き足らず人の邪魔か。いいご身分だな?レーニャ。」
ドラドーンは冷静に見えるが、怒気を孕んだ声でレーニャを威圧する。しかしそんなものは意に介さないといったふうにレーニャはかつかつとヒールの音を鳴らしながらドラドーンの方へ歩きながら、悪びれる様子もなく話す。
「邪魔だなんてひどいこと言うのねぇ。アタシも攻略部隊のリーダーの1人よ?ドラドちゃん毎回毎回話長いから、疲れちゃうでしょ??だから少しでも説明の手伝いしてあげようと思ったのに〜。」
「それが邪魔だと言っているんだ…‼お前はいつも…!!!!」
レーニャの半分煽り文句ともとれる言葉にドラドーンは更に何か言おうとした様子だったが、ぐっとこらえてみせた。流石は部隊を先頭で導く騎士様だ、器が違うらしい。
「誰かのせいで話が逸れてしまったが、もう一度会議を再開する…。」
説明を手伝うなどと言っていたレーニャは何食わぬ顔でフワフワと空中に浮きながら魔法書を読み始め、呆れ半分怒り半分といったドラドーンが会議を再開してボスの詳細な攻略方法を話し始める。
「いいか、まず奴は強固な外殻を持っている!これをどうにかしない限りは勝利はないと思え!中途半端な物理攻撃はほとんど効かないほど硬いようだ!よって弱点の炎属性の魔法で攻める!炎属性で無くとも魔法攻撃が有効な攻撃手段だ!魔法科は常に騎士科の後ろにつき、魔法を撃ち続けろ!我ら騎士科が全ての攻撃をいなし、防ぐ!我らが崩れれば魔法科は退却する他に無くなってしまう!俺たちこそがこのボスレイド攻略の要だ!」
レーニャにイライラしていたのもあるのだろうが、その言い方を今するのはまずいだろ…と思ったその次の瞬間、傲慢さの混じった発言に魔法科のトップが来たことで強気になった魔法科の何人かの怒りがついに爆発した。
「騎士科が騎士科がってうるせーんだよ!」
「魔法科に偉そうに命令すんな!あんたらの奴隷じゃないんだよ!!」
「傲慢野郎が偉そうにしてんじゃねぇよ!」
聞き取れたのはこの辺だが、彼らが次々にドラドーンへの不満を言い、会議用の離空間フィールドが揺れる。
「俺がいなければここまで死傷者なしで来ることも円滑なラビリンス攻略も無かった!これは事実だ!騎士科に守られなければ何も出来ない魔法科が不満を口にするなど、それこそ傲慢だろう!」
流石に過激なドラドーンの発言に魔法科の皆が更に何かを言おうとしたその時、レーニャが本を閉じて地に足をつけ、ドラドーンではなく、魔法科の集団に向かって、突然衝撃波のような魔法を放ったー
がしかし、誰一人として傷を負ったりしている様子はない。いや違う。彼らは口を動かしているから叫んでいるはずなのだ。じゃあさっきの魔法は…。
「はいそこ騒ぎすぎ〜〜。ドラドーンちゃん困ってるじゃなーい。沈黙の咆哮を使ったから耐性にもよるけどしばらく喋れないから〜。」
レーニャはヒラヒラと手を振りながらそんなことを言い放つ。直接ダメージが入る魔法では無いとはいえ妨害魔法を仲間に使ったことに俺は驚きと怒りを覚える。ドラドーンは少し傲慢さが目立つがそれでも仲間を1番に考える正々堂々とした人間だ。気にいらないが、何度か彼に助けられた場面があった。だがレーニャは真逆。傲慢であるという点は共通しているが、仲間を自分が使える駒としか考えておらず、自分こそが1番強い魔法使いであると常に誇示し続け、勝利や利益の為なら非情な手段もとる人間だ。4層で1度、鈍足魔法を使われて俺を含めた何人かが囮にされ、危うく死にかける所まで行った仲間もいた。これに関してなにも反省する様子が無い彼女のことは、正直言って信頼も何もあったもんじゃない。傲慢だが正々堂々としたドラドーンと、常にふわふわとした態度とは裏腹に、冷徹で卑怯な手段も厭わないレーニャ。この2人がトップにいてぶつからないはずが無いのだ…。ためらう様子も無く仲間に向かって妨害魔法使ったという事実にドラドーンはしばらくの間少し驚いた表情をしていたがすぐに険しい表情でレーニャに向き合う。
「前回、4層の時もお前に言ったはずだ。どんな魔法であれそれを仲間に向かって放つなど、お前はこの攻略部隊どころか、ブレイカーにふさわしくないと。」
「あら?ドラドちゃ~ん怒ってるの~?せっかくリーダー自ら部下の騒ぎを沈めたのに??」
レーニャは何が悪いのかと言わんばかりに手を大きく広げてドラドーンへ質問を投げかける。
「魔法で黙らせるのは騒ぎを沈めたとは言わん、こんなものは仲間に対する攻撃、立派な違反行為だ。それがなぜわからん!」
「うっさいわねもー。ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー偉そうに説教ばっかで耳にクラーケンが出来ちゃうわよ。だいたい偉そうに言ってるけどアンタらなんて魔法科がいなきゃボスに攻撃され続けるだけの木偶の坊でしょ!!!」
先ほどのドラドーンの発言への仕返しか、レーニャはドラドーンという炎に大量の油を注ぎに行った。これにはそこにいたメンバー全員がじり…じり…と後方に後ずさる。もちろん最後列にいた俺は、ラビリンス攻略中かと思えるほどの俊敏さで既に大きく後方へ下がっていた。
「貴様…もう1回そんなことを言ってみろ…。」
ドラドーンが腰についているロングソードの柄に手を掛けながら言う。
「聞こえなかったの??じゃあ何回でも言ってあげるわよ?私たちがいなければボス相手に攻撃を受け続けることしかできない木偶の坊で役立たずの脳筋集団!!!」
その言葉が終わるが早いか。ドラドーンが叫ぶ。
「貴様ア!!騎士へのそれ以上の侮辱はこのドラドーンが許さん!!」
ロングソードを勢いよく腰から抜き、怒りのままに(少なくとも俺にはそう見えた)レーニャへと突進する。しかしそれをレーニャはあっさりと魔障壁で防ぐ。そして手を一振りし、声高らかに詠唱。
「コール・オブ・ガスト・ウィンド!」
巻き起こった突風がドラドーンを吹き飛ばす。レーニャは吹き飛ばされた騎士を見て笑い飛ばす。
「木偶の坊のくせしてアタシに勝とうっての??バカって大変よねえ!!実力差もわからないんだから!!魔法使いには魔障壁があんのよ!防御だけ馬鹿みたいにできてそれ以外なーんもないアンタらと違って魔法使いは器用で優秀なのよ!!!!」
レーニャがそう叫びながら追い打ちとばかりに手を振りかざす。まずい!!このままじゃあドラドーンどころか、周りにも被害が…!!
―――そう思った次の瞬間、攻略部隊の面々の中から二人の人影が飛び出した。1人はドラドーンの目の前に。もう1人はレーニャの真後ろに。しかしそんなことは意に介さずレーニャが魔法を放つ。
「コール・オブ・ガスト・ウィンド!!!」
かなりの重量である騎士が吹き飛ばされるほどの突風が、ドラドーンの前に立った少し小柄でポニーテールの女の子騎士に襲い来る。同じように吹き飛ばされる展開を予想したが、その心配は杞憂に終わった。彼女はレーニャが放った2度目のガスト・ウィンドを大きな盾で完璧に受けとめて見せたのだ。
そしてレーニャの後ろに立ったもう1人、長身で眼鏡の魔法使いはいつの間にかレーニャを魔法で完璧に拘束していた。魔法使いの方が眼鏡を指で押し上げ、軽く手を挙げながら小柄な騎士に話しかける。
「すまない、ペロ。僕の技量じゃ威力を殺しきれなかった。拘束魔法も詠唱完了までに間に合えばよかったんだが…。」
「はい謝んない!サクのおかげで風魔法受け止められたんだからねー!アシストなかったら吹っ飛んでたよ!あと、レーちゃんをとっ捕まえられるのサクくらい!でしょ!」
これには攻略部隊のメンバー全員が歓声を上げる。先ほどまで怒っていた魔法科のメンバーも良いものを見た!と言わんばかりに手をたたいている。
あの2人はペロノアとサークロット。騎士科No.2と魔法科No.2で、今のトップ2人とは色々と違う超聖人2人組で、実力もかなりのものだ。先ほど、ペロノアがガスト・ウィンドを完璧に受け止められたのはサークロットがガスト・ウィンドの術式に介入して威力を弱めたからだろう。術式に介入し、威力を弱めたり軌道を変えたりというのは魔法使いにとっては必須の技術だが、あの緊迫した状況下で拘束魔法をレーニャに放ちながらやって見せる器用っぷりには感心する。ペロノアも、ノーガードだったとはいえ重量のあるドラドーンを吹き飛ばしたガスト・ウィンドを小柄なあの体で受け止めて見せたのだから見事というほかない。
「もーーー!!サーちゃん離してよーーー!!」
「勝手に暴走した挙句僕たちやドラドーンに魔法をぶっ放しておいてよく言うよ、ホントに…。何回こういうことやらかせば気が済むんだ全く…。」
拘束魔法で捕まったままのレーニャが騒ぐもサークロットは冷静に反論しているが、その暴挙に対し少し怒っているようにも見える。
「ドラ!!またカッとなって煽ったりレーちゃんに襲い掛かって!!!自業自得だからね!!全くもーーー!魔法科のみんな、ホントにごめんなさい!!」
ペロノアはドラドーンに説教をかましながら魔法科にしっかりとお辞儀をし、謝罪をしている。やはりこの2人はかなり大人だと思うので、はやいところこの二人を中心に会議を進めてほしいものだ。いやいやそんなことより今回も部隊の振り分けがされていないのが俺の一番の不安なんだがそこのところはどうすれば…。この会議もどこまで続くのやら…。毎回大事なのはわかってるんだけど眠すぎるんだよな…。そういえば今晩の飯はどうしよう…。あれ、明日の講義はテストがあったような…。
「ニア…バー二…バー…バーーーーーニア!!!」
急に耳元で大きな声を出され、心臓が飛び上がりそうになりながら振り返ると、”皆”が俺のところに話しかけにきていた。どうやらぼーっと考えごとをしているうちに、攻略会議が終了していたらしい。
「いやごめん、考え事してていつの間にか…」と口籠る俺に彼らが次々と話し始める。
「まったくもーちゃんと話聞いてたんでしょーね!だいたい攻略の重要事項は話し合ったし、あの2人がトラぶったからとりあえず解散だって!!」
「そうだぞバーニア、大事な攻略会議中にぼーーっとしてんじゃねーぞホントに呆れるぜ。」
「いやキミもさっき立ちながら鼻提灯膨らませて寝てたでしょ…。ボクは見逃してませんからね。」
「まあまあ、せっかく堅苦しい会議が終わったんですから少しはリラックスですよ~」
「どうやったら立ちながら鼻提灯膨らませて寝たり、会議が終わったことに気づかずにいられるのかねェ…。コツを教えてほしいねェ…。」
「バカなのよ、バカにしかできない芸当ってわけ。それ以外の何でもないわよ。」
「「なんだとーーー!?」」
という反応に皆が笑う。そう、彼らは俺のかけがえのない―――――
とそんな場面を約10秒間の間に思い出し、取り巻きムカデー正式名称Royal Guard of general centipedeーとの戦いに意識を向けなおす。奴は想像以上に防御力が高く、弱点属性であり俺の自己属性でもある炎属性の魔流剣術も思ったように通らない。
「流石は大将の護衛といったところかよ…。今までのやつらとは一味違うってわけだ。なあクレイア?」
「軽口たたいてる暇があったら少しでも目の前の戦闘に集中したらどう?」
緊張を少しでも解こうと思って放った俺の問いかけは冷ややかな目線と共に冷たく返されてしまった。クレイアは俺の仲間の1人であり、自己属性は氷属性の魔法剣士だ。2本の短剣を華麗に操り戦う彼女の姿には思わず見惚れてしまうほどなのだが、性格が少しだけアレな所がある。でも実際今のクレイアの動きが少し固いように見えるんだからしょうがないじゃないか…と心でぶつくさ文句を言いつつも彼女の言う通り戦闘へ集中する。
毒ムカデ達との戦闘は攻略部隊なら死ぬほど5層で経験済み(もはや5層の終盤にはムカデ達が可愛く見えてきたなどという人もいたほど)で、簡単に捌けるはずと考えていた。ムカデ達は共通して外殻が固く攻撃が通りにくいが、炎属性と体の裏側が弱点なので、強力な攻撃や魔法、簡単な手段で言えば、風魔法を当てて仰け反らせることで裏側を露出させ、そこに炎属性の攻撃を叩き込めば簡単に倒すことが出来る。(それでも慣れるまでは、飛び掛かってきたり鋭い針で刺そうとしてくる行動パターンを捉えきれずに苦戦したものだ。)
しかし、この護衛ムカデは重量がかなりあるために、なかなかのけぞらせることが出来ない。加えて本来弱点である裏側にも攻撃が通りにくい部分があり、攻撃が通りやすい柔らかい部位の面積が小さい。ここまで厄介な相手だと、恐らくオマケ部隊に配属された面々はみな苦戦しているはずだ。ただ、ボス戦自体はかなり順調なように思える。フォーメーションは崩されず、上手く隙を作って順調に攻撃が入り続けており、今のところ大きな被弾もないようだ。ならばこちらも取り巻き相手にグダグダはしていられない。こうなれば、一気にカタを付けに行くべきだ。
「連続で魔流剣技を奴にぶつけて一気倒しに行くぞ。クレイアは…」
「正確に弱点を狙える技を、でしょ?」
言わずともわかる彼女の理解力に思わずにやりとしながら、魔法剣を肩に乗せて構える。
―魔法剣についている魔水晶が煌めき、剣全体に魔力が行き渡る。保存済術式から突進技〈ヒートラッシュ〉を起動し、剣を肩に剣を乗せた状態のまま右足で地面を強く蹴り、護衛ムカデの目の前まで一気に突進。突進の勢いのまま炎を纏った斬撃を頭部分に叩き込み、そこから手首を返し、勢いよく切り上げる。次の瞬間には微かにだが仰け反った護衛ムカデに、後ろから超高速で距離を詰めてきたクレイアの、2本の短剣による氷属性の四連突きが炸裂する。名前は分からないものの、早すぎて目で捉えられないくらい速い魔流剣技に関心を覚える。ムカデが反撃とばかりに尻尾攻撃のモーションをとったが、俺とクレイアは冷静にバックステップで後ろに下がって回避し、次の攻撃の構えをとる。しかしそこに思わぬ援軍が現れた。
「バーニア君、クレイアさん!1歩下がって!」
その声に即座に反応し俺たちは後ろに引く。それと同時に後方から俺たちの横を炎属性の弾丸が飛び、ガガガッ!とムカデにヒットし、仰け反った状態が継続した。チャンスとばかりに魔流剣技〈カラードクロス〉を起動。剣にやや黄色みのある鮮やかな赤色の炎が浮かび上がる。俺は剣で空中に十字を刻み、その十字の斬撃を奴に向けて飛ばす。燃え上がる十字が怯んだ護衛ムカデへと飛び―――直撃。
大きく吹き飛び、倒れた状態から少しの間動かず―――ムカデの身体が粒子状になって空中に分解されていった。
「結構時間かかったな…。こんな硬さの奴が道中に湧いてたらと思うとゾクッとするぜ。」
「珍しく同意。こんなのがうじゃうじゃ湧いてたら魔力切れどころの騒ぎじゃすまないわよ。」
「珍しくって…。まあいいけど…。それより…センキューな。助かったぜ、サークロット。」
見事な炎魔法でアシストしてくれた彼の方に向き直し、礼を言う。
「例には及ばない。僕のアシストなしでも二人ならそう時間はかからずに倒せていたはずだ。」
「相変わらずクールだな、アンタは。」
「そろそろ僕のことをアンタとかサークロットじゃなく、サクとかで呼んでくれたっていいんじゃないか?バーニア君。」
「私のこともペロって呼んでいいんだからね!ニアちゃん!」
「ペロノア!今回はトップ2の2人がオマケ扱いかよ…。会議の時のことが関係してる感じか??」
「全く!言ったそばからは呼んでくれないんだね!まあそれもあるけど、いい機会だと思って!」
「ペロ、いい機会っていうのは?」横からクレイアが口をはさむ。
「ヤッホーレアちゃん!ドラとレーちゃん2人を少し外から監視するためのいい機会ってこと!!」
レアちゃん…??いつの間に距離を縮めたんだ…と思いつつも話を続ける。
「最近あの2人かなりピリついてるから、護衛ムカデを倒すのをサポートしつつ、何か起こらないかを少し遠くから見ようって話になったの!それに…」
「君たち2人のような優秀なメンバーが取り巻き相手に回されているのが気に食わなかったからそれに対する反抗、も含まっている。」
と、サークロットがウインクしながら指をパチン!と鳴らして言う。
「あら、そんなこと思ってくれてるのね。てっきり魔法科も騎士科も全員魔法剣士科や一般科を見下してるものだと…」
クレイアが少し意地悪そうな笑顔を浮かべながら2人へ言葉を投げる。
「レアちゃんのばーかばーか!!付き合いそこまで長くないけど少なくとも私たちが偏見無いことくらいわかるでしょーー!?」
「ふふ、わかってる。少しからかっただけ、あなたたちがそう思ってくれてるのは嬉しいしわかってる。」
という言葉にペロノアはにぱーっとした笑顔でうんうんわかってるねー!みたいな目線を向ける。
「俺達これからもずーっとこんなのが続いたら流石にヤんなっちゃうよな…。」
「アンタと一緒にしないで。私は皆が活躍できない現状を憂いてるの。戦闘とラビリンス攻略にしか興味ないアンタは勝手に落ち込んでなさい。」
「ふ、相変わらず掛け合いが面白いな、2人は。」
面白くないぞ!的な視線を送りつつ、反論しようとしたがサークロットがそれを遮る。
「真面目な議論中だがすまない。みんな、護衛ムカデが残り一匹だけになって、ボスもそろそろ全体魔法の体力圏内に入るようだ。作戦通り、ポイゾマッドを囲むようにしてこのままフォーメーションを組みなおすぞ。」
「よーーし!!他の人とも合流しつつ、出入り口あたりまで走るよーー!」
魔導通信機を通して俺達にもしっかりと聞こえているはずだが、話に熱中してか、ボス戦の喧騒に飲まれてか何も聞いていなかった俺たちに改めて確認をしてくれるサークロットに皆で礼を言い、俺たち4人と、他のオマケ部隊の4人で合流し、ボス部屋の出入り口付近でフォーメーションを組む。
「騎士2人以上で闘気を集中させて、ポイゾマッドの魔法攻撃を防ぐための防壁を前方に貼るのよね、作戦通りなら。」
とクレイアがサークロットに問う。
「ああ、オマケ部隊はボスから距離を取ってフォーメーション組むから2人騎士科がいれば攻撃を防げるだろうっていうのがドラドーンの計算だ。」
「正直ちょっと不安だけどね!予想される魔法攻撃が毒属性の波を起こす攻撃だし、近い距離の人たちの防御を厚く、遠い人の防御は薄く、ってのは間違ってないけど!」
ボスの最大の攻撃への対策としてはかなりシンプルな気がしなくもないが、シンプル故に実行しやすい作戦と組みやすいフォーメーションなので皆は助かっているだろう。
レーニャの放った竜巻の魔法が顔部分に直撃したことに怒ってか、ポイゾマッドが甲高く不快な叫び声をあげ、遂にあの大きな尻尾を地面に突き刺した。すると奴が発動しようとしている魔術式の羅列が空中に浮かび上がる。
「ふーむ、やはりモンスターが使う魔法の術式は難解だ。ほとんど読み取れない。」
「あれはまた別にちゃんと勉強しないと読み取れないものね、やることがまた増えるわ。」武器を構え、警戒しながらも先を見据えたクレイアとサークロットの発言に敬意を示す。俺もぼちぼち頑張ってるし…。
「よーし行くよ!!防壁ーーーー!展・開!!!」
騎士2人によって防壁が展開。ボス部屋の各地で同じことが起きる。
「そろそろ来るな、モンスターが使う初めての魔法攻撃…。」と、俺は緊張と、ほんの少しのワクワクを帯びた声で言う。
「アンタちょっとワクワクしてんでしょ、意味わかんない…。真面目にやってよね。」
「俺はマジメだっつーの!ボス戦中にふざけねーよ!」
「ホントそこ2人は仲いいよねー!」
「「仲良くない」」とそこはなぜかシンクロしてしまったので皆にくすくすと笑われる。
「…しかし皆はなぜポイゾマッド、なのだと思う?」
サークロットが唐突な問いを放り投げてきたので少し考えこむ。
「それはつまり、なぜそういう名前かってことか?」
「ああ、学院側から貰える攻略情報には限りがある。初見で、自ら情報を集めて攻略を行ってもらうのがこのラビリンスのコンセプトだからというのが理由なのは皆わかっていると思うが。歴代の先輩達から攻略情報を聞くことは規則上出来ない。唯一聞ける情報は名前、だ。1代目の攻略部隊の先輩方が付け、そこから受け継がれてきた、生徒側が自由に聞くことが出来る唯一の攻略情報。名前から読み取れる情報は多い。今回だって、初めから5層のボスはムカデの大将だとわかっていたのは名前のお陰だ。」
「学院がくれる情報には限りがあって、情報に関しての規則が厳しくて、そんな中で足りない情報を少しでも補うために受け継がれてきたのが名前ってわけね!」
…俺は名前のことに関して深く考えたこともなかった。確かに今までのボスたちを見た時、名前通りじゃねーか!と思ったものだが。これは攻略の際に分かりやすいように付けられた名前だったのか…。
「1層ボスは〈ゴブリンロード・オブ・キルスラッシュ〉。ゴブリンの軍隊を従え、高い威力の斬撃を何度も放ってくるゴブリンの王だったわね。まんまだわ。」
「3層は〈クインホーネット・オブ・シャープニードル〉で、空中から大量の毒針を撃ってきて、高速移動でビュンビュン動く毒蜂の女王だったよね!」
思い返してみると”種族名+オブ+特徴”みたいな感じの名前になっている。なら今回のポイゾマッドとはなんだ?
ポイゾの部分は、毒だろう。マッド……マッドは…思い当たる単語は…
「みんな!来るよ!魔法攻撃!」ペロノアが叫び、皆が武器を構える。
だがなんだ…この違和感…俺たちは何か大きな見落としを…?
そんなことを考えながら、遠くで今まさに魔法を放とうとしている奴の、術式に目をやる。
刹那の瞬間に俺が偶然にも読み取れたのは…
「ペロ!!!!!!!今すぐ防壁をドーム状に出来るか!!」
「え!?うん!」
「急げ!!!多分だけど、この魔法攻撃、ただの毒属性の攻撃じゃない!」
「どういうことだ!バーニア君!」
「毒だけじゃないんだ!俺が見たものが間違いじゃないならあいつの攻撃は…!」
ドーム状の防壁が完成した瞬間、魔法攻撃が遂に放たれる―――
「毒だけじゃない、毒と泥だ!!!!」
毒属性だけでなく泥が混じったことでとてつもない威力となった毒波がボス付近で固まっていた1~8小隊を飲み込み、俺たちにも襲い来る。
「なにこの威力!重すぎる!!」
「俺とクレイアで強化魔法をかける!なんとか耐えてくれ!」
防壁がギギ…と嫌な音を立てて軋む。だがそこはNo.2の意地か。もう1人の騎士の頑張りもあり、なんとか毒波を凌ぎきる。
少し無理を言って防壁を展開させたからか、騎士2人が膝をつく。
「毒だけならさっきの防壁でも防げたかもしれないが、確かに泥が混ざっている!それもかなり大量に…!ドーム状に展開して威力を分散させなかったら防壁が一瞬で壊されて全員巻き込まれていた…。」
「まずいわ…。私たちは何とか無事だけど、他のみんなは…!?」
そう言われてボス部屋全体を見渡せば、そこに広がっていたのはまさに地獄の光景だった。
毒の波は円形のボス部屋を覆いつくす全体攻撃だったが、これが床を溶かし、いたるところに毒の沼を形成してしまった。そこらに毒々しい色の泥も飛び散っており、足場は最悪の状況だ。
フォーメーションの先頭で防壁を貼っていた騎士科は大ダメージを負い、倒れている者も多いように見える。加えて、攻撃を防ぎきれなかったためにほとんどのメンバーが重症や軽傷はあるにしろ被弾してしまい、その場から動けなくなっている。こういったハプニングが起きた時、大事なのはこれ以上被害を大きくしないためにどう動くか、だ。体勢を立て直し勇猛果敢に反撃に出るのか、冷静沈着に撤退を選ぶのか。
今の全体の状態を見るに、選ぶべきは間違いなく後者だ。毒属性の攻撃、しかも高威力ともなれば単純なダメージもさることながら、毒によって体を蝕まれる。早い所治癒魔法や回復魔法、ポーション類での回復を図らないと―――まちがいなく多くのメンバーが死に至るからだ…。
「ドラドーンやレーニャは何して…早く指示を出さないと次の攻撃が来る!」
「ダメだよ…あれ…ドラが倒れて…」
ペロノアが片膝をついたまま絶望の表情を浮かべ、掠れた声で最悪の事態を告げた。
サークロットも魔法科のトップを探すが見つからないようだ。
「レーニャ…なぜどこにもいない…いったいどこへ行った…!!」
騎士科のトップは文字通り最前線で奴の攻撃が何だったのかを判断する間もなく波に飲まれたのだろう。ドラドーンが今回のボス戦で率いていた第1小隊のメンバーは精鋭揃いのはずだが、おそらく全員重症を負っている。レーニャはこのボス部屋に見当たらないところから、信じられないが逃亡を図った可能性。2から8小隊、オマケ部隊の中に動けるものはどれくらいいるだろうか。精鋭もトップも失った俺たちは、ここからの撤退すらままならないだろう。頭だけはクリアで、その場に立ち尽くしながら思考を高速で巡らせる。
だが動ける人がいたところでどうなる?俺1人が考えてどうなる?どうあがいてももうこのまま奴に全滅させられるだけだ。俺たちは出口付近にいる。諦めて逃げ…
「バーニア」
クレイアが静かに、俺にだけ聞こえる声量で、だが今までにないくらい力強く俺の名を呼んだ。
その瞬間、消えかけていた闘志に、炎が灯る。
そうか、クレイア、そうだよな。”俺達”が諦めて撤退なんて、性に合わねえよな。
「悪い、少しビビっただけだ。どうせこのまま全員死ぬなら、醜くても、勝てないとしても、足掻く!!!!」
魔法剣を握り直し、覚悟を決める。
その瞬間、ポイゾマッドがこちらの覚悟を読み取ったかのようにこちらをその鋭い6つの目玉で睨みつけ、一吠え。高速でこちらへと突っ込んでくる。
「行って。アンタ、一応”私達”のリーダーなんだから。ビビってる暇あったらその剣振ることだけ考えて。それにこれはチャンスよ。私たちの状況を覆すチャンス。」
「うっせーわーったよ…。なんとなく言ってる事の意図は分かった。」
ふ――っと息を吐き、
「まずはあいつの攻撃、真正面から受けてやる!!来いよ!!ポイゾマッド!!!」
クレイアの雑な喝に背中を押され、俺は自分を奮い立たせる意味で咆哮。正面からポイゾマッドへと突っ込む。
しかしそこで俺の進路に1人の騎士が割り込む。
「バーニア!お前じゃあいつの攻撃受け止めきれねえだろ!無茶してんじゃねえ!」
そいつはドラドーンほどではないにしろピカピカに手入れされた銀の鎧に、肉厚の刃を持つ片手斧を携えた超重量の騎士だ。
「ヴァス!!よかった!無事だったんだな!」
「軽口たたいてる暇ねえよ!!来るぜ…。くそったれ毒ムカデがよ!!」
ポイゾマッドの鋭い牙(嚙まれれば間違いなく毒を注入される)が襲い来るが、ヴァスは闘気を盾に集中させ、奴の毒牙を自らの盾に噛ませて受け止めてみせた。とてつもない衝撃のはずだが一歩も動かされていない。そうして盾を噛んだまま止まったポイゾマッドの横からいつの間にか距離を詰めたのか、小柄な眼鏡の少年がその手に持った両手槍で目にもとまらぬ3連突きを叩き込む。すかさず俺も魔流剣技〈ヒートラッシュ〉で距離を詰め、目を切り裂く。
「ソプラ!!!ナイス追撃!!」
「僕今こう見えて毒がけっこーきついんでソッコーでこいつ倒さないとですけどね…。」
「へっ!鍛え方が足んねーんだよ!ガリガリ細メガネ!」
「現代で根性論を唱えるような脳まで筋肉のキミに言われたくねーです」
ポイゾマッドが長い上体を起こし今度は棘を発射する予備動作に入る。
防御態勢を取ろうとしたその瞬間。ボス部屋左奥から空中を一筋の雷が切り裂いて何者かが飛来し、ポイゾマッドの横顔に拳でとてつもない威力の一撃を叩き込んだ。ポイゾマッドが怯み、次の瞬間にはボス部屋の右方向から飛んできたダガ―が奴の目に刺さり――爆発。攻撃を防がれ、連続攻撃をうけたポイゾマッドはたまらずダウン。
こんな芸当が出来るのはあの2人しかいない。
空中から俺たちの下に落下してきた彼女は大きな声で叫ぶ。
「一発入れたったああああああ!!!どうだあああああ!!」
「うるさいねェ…。耳がキンキンするからやめてほしいねェ…。」
「ゴーファ!ミュー!!お前ら最高の攻撃だった!てかミューはいつの間にここまで!?」
「ダガ―飛ばした3秒後くらいにはもういたねェ…。気づかれないのはなかなか堪えるもんだゼ??」
「いや悪かった!ボスに集中しすぎてて!」
「見てた⁉アタイの攻撃!!見てた!?」
「ありゃあスカッとしたぜえ!!!ゴーファ!!」
「そうでしょ!?ヴァス!流石わかってるーーーー!!」
ボス戦中にワイワイと盛り上がる俺たちみたいなのがいれば、釘を刺す奴もちゃんといる。背後にゾクりとする気配を感じたが、振り向くより先に諭すような、それでいて脅すような声色が聞こえる。
「無駄口たたいてる暇ないですよ~?皆さ~ん?」
その声に思わずびくりとし、そちらを向くと、そこには白いローブを身に纏った魔法使いの少女が。
「あ、ああわかってる。わかってるとも。ボスを倒すのが最優先だ、わかってる。」
少し声が震えたが、ボス戦という事を忘れて仲間との談笑に気持ちが行っていたことはきっとバレていないはずだ。
「べつにまだ何も言ってないですけど~。ねえクレイア?」
「こんなのいつものことだし、はしゃぎ組の行動には慣れたわね、ナツ。」
「落ちこぼれだけで組まれたギルドメンバー、攻略集団の大ピンチに大集合、ですね」
「おいおい勘弁してくれよ、俺はここにいる誰も落ちこぼれだなんて思っちゃいないぜ?」
「わかって皮肉で言ってんでしょ、ナツは。それよりほら、ボス倒すんでしょ。」
ああそうだ、俺達で倒してみせる。そんな意味のこもった相槌をクレイアに返し、カオスな状況のボス部屋で、全員揃った”俺の仲間”を見渡しながら話す。
「みんな駆けつけてくれてありがとう。さっきの攻撃、そしてボスの魔法攻撃を凌いだ対応力、流石だ。俺一人じゃ、正直言って逃げてたかもしれない…。”でも、俺達”なら…。やれる。」
俺は確信に満ちた目で仲間に言う。
「ギルド、Broken MagicSwordなら!!!ボスに、勝てる!!!」