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異境譚  作者: おでき
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第六章 七節

 話し合いの末、風進らは変わらず佐保を白水に連れていくことで合意した。栄古も加わり、山道を行く。幾日か過ぎると風進の傷の具合も快方に向かった。だが短剣の話が出てからというもの、彼の佐保に対する接し方は変化した。水丹についても同様で、佐保が気兼ねなく話せる相手は小琴だけとなった。

 じき白水に着くと言われた夜、佐保は小琴に声をかけた。彼女と口論になって以降、佐保にはずっと考えていたことがあった。明日、距離を稼げば野宿は今夜が最後だという。ゆっくり話せるのは今日しかなかった。

「小琴。ちょっとだけお話をしよう」

「この前の夜みたいだな」

 呼び止められた少女が、いじわるげな顔で頷く。

「そうね。でも栄古さんがいるから今回は安心」

 佐保が目を細めて言うと、小琴も笑みをこぼした。

 大人ふたりがいる場所から少し離れた佐保と小琴は、野花が咲いた草むらに座りこんで月夜を眺めた。

「このあいだからね、ずっと考えてた。どうして私はひねくれたのかなって」話を切りだした佐保は続けた。「私は異客で……こっちに来てからは、ずっとお世話になっていた人たちがいたの。でも白水でお別れすることになった途中で、逃げだした。つらいことを言われたから、言った相手が憎らしくて、言われた自分はかわいそうで、全部放り投げて消えたの」

「うん」

「でも小琴が言ったとおりね。自分の考え方は自分の責任によるものだと思い直した。とっても簡単な理由よ」佐保が大きく息を吐いて答える。「一人になるのが嫌だっただけ。知らないうちに住まいを変えるのが決まって、やっとなじんだのに出なくちゃいけなくて、一人で暮らしてくれって言われて悲しかった。離れることが決まっても皆いつもどおりの顔をしていたから、余計に私だけ……と思って。私の気持ちも考えてよ、私を放りだすのねってどこかで感じていた。でも、ちゃんと言わなかった私もいけないの。何も尋ねずに、はいそうですかって受け入れた。きいても教えてくれたかはわからないけれど、きっと悩む必要はこれほどでもなかったはずよ」

 苑海の言葉で逃げだして、異客の西山と共感し、小琴と衝突した。李彗の身分を知ってさらに彼を、彼らを遠く感じた。けれどそのようないくつもの出来事を経験したからこそ、彼女は自身を見つめることにたどり着いた。

「ようは、人に認められたかったのだと思う。一人が嫌って気持ちは、そこにあったのかもしれない。誰かに見ていてほしかった。足を引っ張れば、誰かが振り向くものだわ」佐保が物悲しげに微笑む。

 気丈な姿を見せ努力していると装えば健気ととられ、かまってもらえる。従順さは相手とぶつからぬ手段だ。しかし溜まっていく不平や不満は「してくれない、やってもらえない」という気持ちばかりを生んでいた。傲慢は止まるすべを知らなかった。甘えさせてくれる環境と知れば、つい庇護を欲してしまうのだ。何をしなくても守ってもらい、ずっと誰かや何かの囲いのなかで温かに生活するのはとても居心地がよいから。

 けれどそれはもう彼女の世界のすべてではない。

「その認められ方を、玉葉は気を引くことで行っていたのか?」

 問われたことに、佐保は否定しなかった。

「そうなのかな。気を引くために従順にしていれば、人って多少のわがままも目をつぶってくれるから」

「それ、たちが悪くないか?」小琴がげんなりした顔で言う。

 あきれられたのは表情で見てとれたが、少女の正直な態度は新鮮で、佐保にはうれしかった。これだけ面と向かって話せた相手は、この世界では初めてだった。

「でも、それも終わり。過去の記憶の世界は安住だけれど、別の生き方をするのも悪くはないかもしれない」

 佐保は目を伏せた。自身の記憶が薄らいでいく恐怖は胸のうちに大きく横たわっている。きっとこれは、終わりの見えない葛藤なのだ。何度もぶつかり、何度も苦しんで、いつしか「立木佐保」という人間は、新しい自身を築きあげていく。それらを受け止めたまま強くあり続けるのは難しい。けれども……と、佐保は決意した。

 彼女は前を向いて口を開く。「今度こそ、自分で立ちあがりたいわ」

 強い意志を感じさせる声に、満面の星が輝き、夜の風は優しく草花を揺らしていた。


 二人して戻った佐保と小琴は寄りそって眠った。姉妹のような友人のような関係は、彼女たちによくなじんでいた。

 翌朝、風進らは馬に、佐保は栄古にまたがって先を進む。馬の足音にまじって前方から小琴の笑い声が聞こえた。楽しそうなおしゃべりだ。

 佐保は、虎へ声をかけた。

「どうして栄古さんは山のなかにいたんですか?」

 危ないところを助けてもらってからというもの気になっていた。別れた場所から遠いのに、このようなところで再会するとは偶然と思いがたい。それに、栄古がどんな意図で一緒にいるのかも知りたかった。

 栄古はすぐに答えた。「なに、白水への通り道だ。嬢が恋しくてな、匂いをたどっておったらこうなった」

「言えないことですね……」

 佐保は暗い口調に変えたが、虎は慌てることもなく調子のよい言葉を並べ、誘いに引っかからない。彼女ははぐらかされたと思いつつも、今の時点で吐いてくれるのは望み薄のようなので質問を変えることにした。

「どこまでご一緒してくれますか?」

 栄古は首を動かし、わずかに佐保を見て前へ向き直す。

「往来に着く前には消える。だが李彗のところで合流しようぞ。方法は案ずるな。嬢については、そこまで青二才に同行させたいが」

「風進さん?」

 佐保がきくと、栄古は肯定した。

「嬢は放っておくとどこかに行ってしまう癖があるようだからな」

 佐保が顔をくもらせれば、栄古は楽しそうにつぶやいた。

「早く行って、安心させてやれ」

 佐保の胸に少しばかりの期待がじわりとわく。迷惑をかけたことを含め色んな人たちに謝らなければならない。会えたとしても、見切りをつけられたあとかもしれない。それでも白水に行かねば前に進めない。

 佐保は返事の代わりに、栄古を一度だけ撫でた。

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