口先
「やるから。」
何度目だ。何年聞き続けてきた。一向に動こうとしない。とりあえずの作業をやってみせて、気付けば次々とほかの最優先事項を入れ続けて、それで「疲れたから今度ね。」
そんなに忙しいなら、こちらが引き受けるかと言うと、「やらなくていい。」と偉そうに睨み付けてくる。
この空間は一人だけのものではないのだが。
いちいちうるさい、と逆上している眼光と不機嫌な声色。この間は性格を全面否定され、よかれと思った提案にことごとく難癖をつけられ、お決まりの「イエス」と受け入れるまで延々と非難され続けた。
折れるのは毎回、自分だ。厄介なのは、充分に議論してからの、お互いに納得して出た答えだ、と勝手にまとめられていることだ。
自分の意見を100%通すまで徹底的に否定する。あんまりだろ、とさすがに苦言すると、こっちの人間性と生き方を否定するんだあ!!!!!と半べそかいてヒステリックに暴れ出し、あっという間にこっちを悪人に仕立て上げる。その台詞こそが、相手の人間性と生き方を真っ向から完全否定していることを全く分かっていない。
「一緒に住もうよ。」
ルームシェアの誘いを受け入れたのが、間違いだったのだろうか。今では、ここの世帯主は自分なんだから、自分が住まわせてやっていると言わんばかりの威張りようだ。
誰だ?「ひとりでいるよりも楽しい、ありがとう。」と最初の頃だけ、いろいろと甲斐甲斐しくサービスしてきたのは。要らないって言ったのに強引に誕生日プレゼントを渡してきたり、一人だとつまんないから、といつの間にか手にしたコンサート・チケットを振り回してはしゃぐ。当日、ノリノリで一人の世界に入り込んでいるのを見て、こっちが虚しいストレスを抱えることになったのに気付くこともなく、二人でいい思い出をつくれたと満足している。
ただ、人の同情をまんまと獲得することだけは上手いんだ。それが嘘だらけの作り話であっても。してやられたと顔を真っ赤にした人たちからの苦情を一手に引き受けていたのは他の誰でもないこちらであった。
里の家業を継ぐことになったからと、引き止められない理由でやっと離れることができたのが、2週間前、そよ風が気持ちよい五分咲きの桜の花道をあるいた土曜日だった。
あれだけ受け入れて耐えてきたのに、玄関で言われたのは、とんでもないひとこと。
「君、誰とも暮らしていけないと思うよ。君みたいな人と家族になれるのは、周りから浮きまくっているとても個性的なタイプぐらいだろうね。」
かたちばかりまとめられた袋が隅っこに積まれ、ゴミ箱からちり紙が溢れかえり、脱ぎっぱなしのタンクトップがソファに放置されているのが見えた。
里の家業は親がとっくに親戚に譲っている。こいつとの同居で唯一の収穫は、ものは言い様、たったそれだけだった。本当は他県に部屋を借りていて、明後日から新しい職場に初出勤する。前の職場の取引先にあいつが勤めていたからだ。良い機会だから、かねてより抱いていた夢に近づく仕事をすることにした。
新鮮な野菜を煮込んだ鍋におでんのだしを入れて、久しぶりに買うことができたMサイズのたまごを2つ、ポンッとのっけた。ゆらゆらとゆっくり白身が現れて、黄身は半熟の艶がキラキラと光っていた。
いいだろう。二度と会うこともないし、清潔で快適な環境の中でいきいきと暮らせる解放感に包まれている。
最後に大笑いするのは、こちらである。