そんな事より
私は子ども達に会うために、メイド服に着替えたりお茶の準備をしている。
そんな私の行動を止めようと、給湯室にいたメイド達は駆け寄り、私と押し問答のすえ、どちらともなくふき出して、その場が笑いに包まれたのだった。
「マリアンヌ様が……お坊ちゃま達のためにそこまで」
「あなた達、笑い過ぎよ」
「も、申し訳、ござい……ふふっ……」
「ニコラまで笑ってるし。こうでもしないと会えないんだもの。仕方ないじゃない。
と、いう訳で、あなた達は休んでて頂戴。
お茶は私が持っていくわ」
「そういう訳にはいきません。今日はもう、お会いしたではありませんか!」
「ただお茶を持っていくだけよ!」
「「「いけません!」」」
「皆のケチ!」
「ケチでもなんでも、ダメなものはダメです! クリスチャンに怒られますよ」
「クリスチャンが怖くて引き下がるなんて出来ないわ!
とにかく、私が行くからあなた達は休憩を続けて頂戴! ちゃんと休まなきゃダメよ?」
皆の制止を聞く事もせず、お茶の用意を着々と進めていき、近くにあったトレーにポットやティーカップを乗せてそそくさと給湯室を出た。
おそらくメイド達は困ったような呆れたような表情をしているだろう。
彼女達には申し訳ないが、子ども達のためだ。
「お待ちください、マリアンヌ様! 私もお供します!」
先を行く私の後を、慌てた様子で追いかけてくるニコラ。
彼女は切らした息を整えながら私の隣に並んで歩いた。
私は以前から少し気になっている事がある。
それを今、なんとなく聞きたくなった。
「ねぇ、ニコラ、皆マリアンヌの事をどうして名前で呼んでいるの?
お屋敷の奥方様なら、「奥様」とか敬称で呼ばない?」
私の疑問に困ったような、言いにくそうな表情を浮かべたが、彼女は答えてくれた。
「マリアンヌ様が拒まれたのですよ。
屋敷の使用人やお坊ちゃま達にも「名前で呼ぶように」と」
「だから子ども達も名前で呼んでたのね。理由とか言ってた?」
「……いいえ」
「……そう」
マリアンヌは何を思って屋敷の者達に名前呼びをさせていたのだろう。
いずれわかる日が来るだろうか。
それとも、わからないまま時が過ぎてしまうのだろうか。
そんな事を考えながら歩いていると、先ほど来た書斎にたどり着いた。
その書斎の扉をノックして中に入ると、パトリシア婦人はおらず、子ども達二人と護衛の兵達がいた。
子ども達や兵達は最初に見た時と同じで、机に向かっていたり、近くに立って待機している。
そこへ私が入ると、これまた先ほどと同じように兵達は子ども達を背中で庇うように立ち並んだ。
だが、少しだけ先ほどと違うのは、頭を上げた子ども達や兵達は、唖然とした顔になったのだ。
「……」
「……」
その場に少しの間沈黙が流れ、先に沈黙を破ったのは私の方だ。
「あの……再びお邪魔しますね。えっと、お茶を持ってきたの。休憩がてら一杯いかが?」
「えー……マリアンヌ様……ですか?」
「そうよ?」
「随分と印象が変わられて……それに、そのお姿は……」
「今の私はメイドよ。レオン様達にお茶を持ってきたの。
断じて会いに来たわけじゃないわ! 断じて!」
「……会いに来られたのですね」
「ですが、信用なりません。それに、今日はもうお会いしたはずです」
「だから、会いに来たんじゃないわ! それに、お茶はニコラや他のメイド達の前で用意したわ」
「ですが、近づくのを許すわけには」
わかっている。
「距離を保つ」その約束だ。
この条件まで破ってしまうと、これ以上に厳しい条件を与えられるだろう。
今でさえも規則違反。
それも重々承知だ。
なので、お茶淹れはニコラに任せる事にした。
「ニコラ……悪いけど、レオン様達にお茶を淹れるのお願いできる?
私は扉の前で待っているわ」
「……承知致しました」
私は持っていたトレーをニコラに渡して、一目子ども達を見た後、書斎の外に出ようと扉に手を掛けた刹那、勢いよく扉が開かれた。
「わ?!」
「マリアンヌ様! お逃げください! クリスチャンがもうじきこちらに来ます!」
「え、ど、どういう事?」
勢いよく開かれた扉の先から現れたのは、先ほど給湯室で話をしていた何人かのうちの二人のメイドだった。
なにやら彼女たちは慌てた様子でここへ来たらしく、息を大きく切らしながら逃げろと言ってきたのだ。
「説明は後です! 早くこの場からお逃げください!」
「どこへ逃げろというのです?」
「「ひっ……」」
慌てるメイド達の後ろから、今度は凛とした口調が聞こえた。
そしてその声の主は、彼女たちが話していた噂の人物、クリスチャンだった。
「……はぁ~。
二人も二人ですが、あなたもあなたです、マリアンヌ様。
なんですか、そのお姿は」
「今の私はメイドよ。
だから、仕事の一つとしてレオン様やノア様にお茶をお持ちしたの」
「……はぁ、そうまでして。いったい、何のおつもりですか。
今まではこのような事、一度としてありませんでしたが」
「そうね……今までは違うかもしれない。
でも、今は……子ども達やこのお屋敷の皆と仲良くなりたいの。
私のした事が関係して簡単じゃない事はわかっているわ」
「……そこまで仰るのなら、今日は見逃します。
くれぐれも、条件を守ってください。
それと、次にお坊ちゃま達に危害を加えたら……わかっていますね」
「わかっているわ」
私の意思を汲んでくれたのか、クリスチャンは深い息を吐きながらも許してくれた。
そしてそのまま私に背を向けて部屋から出ようした矢先、扉に手を掛けながら振り返った。
「では、私はこれで。
あ、そういえば……旦那様への文はいかがされますか?」
「文?」
旦那様への文というのは、毎日何通も送っているという恋文の事だろうか。
顔も知らない相手に恋文など今の私には書けるはずがない。
「毎日の恋文の事かしら? それなら今後は書かないわ。今日もなしでお願い」
「よろしいのですか?」
「そんな事より、他にやりたい事があるのよ。文を書いている暇なんてないわ」
「……承知致しました」
本日何度目だろうか。
私が恋文を書かないと言っただけで、クリスチャンを始め、メイド達までも目を丸くしているのは。