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出会い

 緊張と疲労のせいか、急なお腹の不調をニコラに訴え、一緒にお手洗いに行くようにお願いした。

 クリスとニコラが顔を見合わせると、二人して深いため息を吐いた。


「体調不良ということでしたら、致し方ありません。この場は私にお任せください」


「ごめんね、クリス。こんな事になって……」


「お気になさらないでください。今は、体調を治す事が先決です」


「ありがとう。それじゃ、行ってくるわね」


 クリスにお礼を伝え、国王の挨拶中ではあるが、会場から出る用意をした。

 会場内を見渡し、近くにいた王宮メイドに事情を話すと、難なく会場から出る事が出来た。


「マリアンヌ様、お顔色悪いですが大丈夫でございますか?」


「少しお腹が痛いくらいで、なんとか平気よ」


 ニコラに寄り添われ、背中をさすってもらいながら廊下をしばらく歩いていると、先ほどとは違う王宮メイドが向こうから歩いてきた。

 彼女にお手洗いの場所を聞き、ニコラと二人で向かう。


 教えてもらった道順で目的の場所にたどり着きしばらく様子を見ていると、次第に痛みが引いていき回復に向かったため、会場に戻る事にした。


 ニコラに心配され、休める部屋に行く事を提案してもらったが、パーティーに参加せず、途中で抜け出した事にも負い目を感じている私は、彼女の提案を丁重に断った。


「無理はなさらないでくださいませ」


「うん、ありがとう」


 そうして事なきを終え、会場に戻ると何やら会場の皆の視線がこちらに向けられる。


 ――え、な、なに……。途中で会場を抜け出したのがまずかったかな。


 私がそう心配したのもつかの間、会場の皆はにこやかな笑顔を浮かべてこちらに足を向けてきたのだ。

 そして一人のふくよかな中年男性が声を掛けてきた。


「これはこれは、リシャール家の奥方様。ご体調はいかがですか。記憶喪失や体調不良、とんだ災難でございましたね」


「本当にお気の毒に……」


「わたくしなら耐えられませんわ……」


「わたくしも……」


「そんなの、誰だって耐えられないさ」


「え、えぇ、そうですわね……」


 ――な、なんなのこの人たち?!


「しかし、聞いていた噂と随分と違いますな」


「そうですね。以前はキツイ印象でしたが……どうです? このあと私とダンスでも」


「それなら、私がエスコートしましょう」


「いや、私が」


「まぁ、この男性陣ときたら、そんな調子いい事仰って」


 ――なんか……揉めてる? 男性陣にはダンスに誘われるし、女性陣には嫌な顔されるし、なんだろう……すごい場違い感。


「ところで、ウィルバート殿はお元気ですかな?」


「えっと、ウィル――?」


 ――誰?!


「今も出張中とお聞きしましたよ。なんでも、隣国に行っているとかなんとか……」


「ウィルバート殿が出席できない代わりに奥方様がいらしていると、執事が挨拶に来ておりました」


「そうでした、そうでした。いや、今後の財政の話をしたかったのだがね……」


「それにしても、こんなキレイな奥方を一人残して仕事に行くとは……。いやはや、もったいない」


「はぁ……」


 ――「ウィルバート」って旦那様の事か。そう言えば、そんな名前だったような。というよりこの人たち、リシャール家に関係あるから私に近づいてきたのね。それに、なに、この舐めまわすような視線。


「マリアンヌ様、お戻りでしたか。ご体調はいかがですか?」


 何人かの貴族たちに囲まれて対応に困っていると、クリスの凛とした声が耳に入ってきた。

 貴族たちの間から見えた彼の姿に安堵し、幾分か回復した事も伝える。


「回復されてようございました。さっそくではございますが、陛下の元へ挨拶に参らなければなりませんので」


「わかったわ。それでは皆さん、ごきげんよう」


 クリスに助け船を出してもらえたおかげで、今できる最低限の挨拶を皆にして彼の後を追った。


「マリアンヌ様、今後パーティー中は私の傍を離れないでください」


 そうクリスに言われて、訳が分からず、疑問を投げかける。


「今のマリアンヌ様は、雰囲気や容姿が以前と比べて大層異なります」


「私達メイドが力を入れた事が裏目に出たのね」


「ニコラ、どういう事?」


「悔しいですが、マリアンヌ様は美人さんなのです。それにスタイルも良いのです」


「う、うん?」


「最近は動き回っている事と、マッサージのおかげで一層お体に引き締まりが見られます」


「な、なるほど? えっと……それで?」


「どうしてそう、(にぶ)ちんさんなのですか! 今の容姿に声を掛けない殿方がどこにおられるのです?!」


「そ、そんなに怒らなくても……」


 ニコラのあまりの剣幕に、一瞬たじろいでしまう。


「でも、私、一応結婚しているし……。それに、子ども達にしか興味ないし」


「「……はぁ」」


 何やら私の発言を受けてため息を吐くニコラとクリス。

 二人は顔を見合わせて、自分たちで私を守ろうと意気投合している。

 子どもではないのだから、自分の身は守れると言うのに、過保護だなと少し腑に落ちずにいた。


 そうして話すのもそこそこにして、談笑している貴族の合間を縫う様に再び歩を進めると、他の貴族と談笑している先ほど見た威厳ある風格の男性のもとまでたどり着いた。

 陛下の隣にはあの幼い男の子はおらず、貴族たちと話しているのは陛下一人だけだった。


 クリスが陛下の近くにいた執事に声を掛け、陛下にアポを取ってもらう。

 すると陛下は談笑を切り上げ、こちらに体を向けてくれた。

 そしてクリスの仲介によってお互いに挨拶を交わす。


 陛下には、記憶喪失の事を、私には陛下の名前や殿下の名前など、簡易的な事をクリスの口から説明された。


 陛下の名前はエリオット・ルベライト。

 歳は40代くらいだろうか。

 金髪をオールバックにまとめた、仕事の出来るイケメンといった印象だ。


 先ほど一緒にいたのはアーロン・ルベライト。

 歳は12でレオンの一つ上との事。


「記憶喪失とは……災難だな。なるほど、それ故か、以前見かけた時とは随分と印象が違うな」


「それほど変わりましたでしょうか?」


「以前は近寄りがたいと言うか……こんなにも話しやすい雰囲気をまとってはいなかったのだが。いや、本人の前で失言であったな。すまない」


「いえ、話しやすいと、屋敷の者も言ってくれますので――。陛下からもそのようなお言葉を頂けて大変嬉しく思います」


「ウィルも、今の其方(そなた)を見れば、家にも頻繁に帰ると思うのだがな。仕事人間故に……はぁ」


「仕事人間……」


 私が陛下の言葉を受けて声を漏らすと、彼は申し訳なさそうに眉を下げる。


「私が仕事を頼んだとはいえ、新婚だと言うのになかなか家に帰らないと言うではないか。それでは子ども達にも申し訳ない」


「いえ、お仕事ですもの、致し方ありませんわ。お気遣い頂き感謝致します」


「そう言ってくれると、幾分か肩の力が抜ける。ありがとう」


「いえ、礼には及びません」


 少し陛下と話し込んでいると、先ほどの執事が彼を呼び、頭を下げた。

 なんでも、他にも挨拶をしたい貴族がいるとの事だ。


 数十、数百いるであろう貴族が出席しているパーティーだ。

 陛下と挨拶や談笑をしたい者は多くいるはず。


「マリアンヌ嬢、すまないが――」


「いえ、陛下とお話しできた事、大変光栄でございました。今後とも主人をよろしくお願い致します」


「うむ。では――」


 私がドレスを少し持ち上げ、陛下に頭を下げると、彼は片手を軽く上げ、その場を去っていった。


 それを見計らったかのように、再び貴族の皆に囲まれた。

 それは先ほどとは違い、純粋に挨拶を求めるものだった。


 最初にクリスが言っていたように彼の傍で笑顔を浮かべて、対応は、主に彼がしてくれた。


 だが、数十にも渡る数を一人一人対応していたためかなりの時間を要し、場慣れしていない私は、笑顔を浮かべているだけでも疲労感が募っていく。

 それに察してくれたのはニコラで、クリスに耳打ちをすると、挨拶を切り上げてくれた。


 そしてニコラの案内で、風通しの良いバルコニーへと来たのだった。


「お疲れ様でございました」


「気づいてくれてありがとう」


「いえ、お飲み物を取りに行って参ります」


 そう言い残し、駆け足で会場内に戻っていくニコラ。


 一人になった私はバルコニーの手すりに近づき、外を眺めながら風を感じていた。

 この世界では夏前だろうか。

 少し(ぬる)く、湿り気を帯びた風だ。


 風を受けていたおかげで幾分か気持ちが落ち着き、辺りを見渡すと、手すりを挟んだ向こう隣のバルコニーに、外を眺めている殿下の姿が見えた。

 その姿はなんだか退屈そうに見える。


 ここでも子ども好きが発動したことに自身で呆れるが、これは性分という事にして彼の近くまで場所を移した。


「あの……殿下? どうかなさいましたか?」


 私の急な呼びかけに彼は勢いよくこちらに首を回し、驚いた表情を見せる。

 だがそれは一瞬で、すぐに可愛らしい笑顔を見せた。


「なんでもないですよ。心配してくれてありがとうございます。あなたは、たしかリシャール家の――」


「はじめまして、アーロン殿下。マリアンヌと申します」


 彼は幼いながらも大人顔負けの落ち着いた口調だ。

 金色になびく髪に、淡い翡翠(ひすい)色の瞳を持つ彼は、物語に出てくる王子様の印象そのものだ。


「……」


 殿下にも貴族の皆にするように挨拶をしたのだが、彼は口を閉じ、俯いてしまった。

 失礼とは思いつつも、思った時には時すでに遅しで、口が先に動いていた。


「あの、少し私とお話しませんか?」


「え?」


「失礼を承知で申し上げます。殿下が少し、退屈そうに見えたもので……」


「――ふふっ、えぇ、そうですね。おっしゃる通りです。では、私の話し相手になってくれますか?」


「はい、喜んで!」


 私の突発的な提案に乗ってくれた彼は、会場内にいた執事に椅子を二人分バルコニーに用意させ、外に背中を向けて腰を掛けた。


 私も彼に合わせて腰を掛け、そして時間を忘れるほど彼と話し込んだ。

 今している勉強の内容や、興味のある事、花や雲、星に関する事など本当に様々だ。


「これほど話が合う方は母上以来です」


「楽しそうでなによりでした」


「――本当は、パーティーが少し退屈でした。ですが、あなたのおかげで楽しい時間になった……ありがとうございます」


「いえ、お礼を言うのは私の方ですよ。殿下のお話が楽しくて聞き入ったのです」


「――「殿下」ではなく、名前で呼んでいただけませんか?」


「え……」


「アーロンと……呼んでくれませんか。殿下と呼ばれるのは嫌いです」


 そう言った彼は、どこか寂し気に見えた。

 恐れ多いとは思いつつも、彼の気持ちを汲み取る事にした。


「そうしましたら……「アーロン君」というのはどうでしょうか」


「「アーロン君」……いいですね。それでお願いします。マリアンヌ様」


「はい!」


 その後、またしばらく話していると、二人分の飲み物を持ったニコラが遠慮がちに声を掛けてきたのだった。

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