パーティーの準備?
図書室の一角にある物置に仕舞われていた、前奥方であるリリアに関する品がいくつも出てきた。
「子ども達に渡さなきゃ」その一心で、両腕に品々を抱えて子ども達のいる書斎へと駆け込む。
突如として現れた私の姿に、皆驚いているのだろう。
講義中と分かっているが、気持ちが急いた私は、荒くなった息を整えながら子ども達と少しだけでも接したいとクリスに懇願した。
するとクリスは、私の両腕に抱えている品々に視線を落とし、さらに子ども達にも視線を落とす。
そうして少しだけ考えた後、承諾してくれた。
「ありがとう。それと――」
今日だけ「5メートルの距離を保つ」という規則を廃止する事も懇願した。
すると、またも少しだけ考え込み、承諾してくれたのだった。
この返事には、ダメもとで懇願したという事もあり、予想外だったために今度はこちらが驚く。
「今のマリアンヌ様は、お坊ちゃま達を傷つける事はなさらないと踏まえた上での判断でございます」
そう、クリスから承諾を得ると静かに頷き、子ども達の目線に会うように膝立ちをする。
「二人に渡したい物があるの。リリア様の……二人のお母様の大事な物なの――」
私の言葉にゆっくりと椅子から降り、信じられないと言いたげに恐る恐るこちらへ近づくレオンとノア。
リリア様の品々という事もあってか、子ども達はいつもより距離を詰めてくれた。
その距離はわずか数センチで、今なら手を伸ばして頭を撫でる事も容易いだろう。
「それを、俺たちに?」
「えぇ、そうよ」
手を伸ばせば触れられる……だが、近づいてくれた彼らに誤解や恐れを抱かせてしまわないように、細心の注意を払いながら品々を差し出す。
だが、彼らは躊躇しているのか、なかなか受け取ってはくれない。
そんな私達の様子を見ていたクリスがこちらに近づき、傍まで来たかと思えば、その場で腰を下ろして膝立ちをした。
「その品々は我々が仕舞ったはず……なぜマリアンヌ様の手に?」
「ダリアたちと図書室を整理していたら出てきたの。これは一刻も早くレオン君たちに渡さなきゃと思って――」
「マリアンヌ様は、それでよろしいのですか?」
クリスの疑問は、先ほど物置でニコラに聞いた事を言っているのだろう。
使用人たちは、子ども達やマリアンヌの気持ちを考えてリリアに関する事を物置に仕舞った。
皆の気持ちはわからなくもない。
亡き母に関する品を納めて、子ども達には早く継母に馴染んでもらいたいという気持ち。
そして、継母には亡き母と比較して親や女としての葛藤をさせないためだろう。
だが、それは私は少し違うと思ったのだ。
「ニコラにも言ったけど、皆の配慮や気持ちはわかるよ。でも、仕舞ってはいけないものもあるよ」
そう言って差し出していた帽子はノアの頭にそっと乗せ、肖像画はレオンの前に再度差し出す。
さらに、二人に思いが伝わるように、安心してもらえるように読み聞かせの時の様に落ち着いた口調で胸の内を伝える。
「これからは、聞かせてくれないかしら? あなた達にとって大事な人の事、仕舞っていた思い出や感情……いっぱいお話しましょう?」
思えば、今までリリアに関する事を聞いたのはニコラの口から体が弱く、三年前に他界した事だけだった。
それ故に、子ども達の口から直接聞きたいと思ったのだ。
「屋敷の皆は、私が嫌な思いをするだろうと気遣ってくれたのよね。そしてレオン君やノアちゃんも、口に出さないように気遣ってくれてた。その気持ちはありがとう」
私の言葉に、ノアは帽子のツバの部分を両手でキュッと握って顔を隠した。
レオンはというと、躊躇したものの、少し震える手で肖像画を受け取り、胸元まで持っていって両腕で抱え込む。
「お母様の事、本当に忘れなくても……いいのですか? 使用人の皆は「新しいお母様のために忘れろ」とばかりでした――」
「大事な思い出ですもの。忘れなくてもいいのよ」
「マリアンヌ様は……お母様の事、イヤじゃないですか?」
「イヤじゃないわ。むしろ、リリア様には感謝しなきゃ」
「感謝?」
「そうよ。だって――」
レオンが敵意以外の真っ直ぐな視線を向けている。
こんな事は初めてだ。
泣きそうな表情ではあるが、必死にこらえているのがわかるくらい、声が微かに震えている。
彼の疑問に、こちらも精一杯思いを伝えた。
「だって、リリア様はこんなにも素敵な宝物を残してくださったのだもの」
子どもは私にとって、大切な宝物だ。
レオンやノアだって、例外ではない。
伝わって欲しいとより一層、笑顔を向けながら心の中でそう願った。
話が終わるとレオンやノアの品々を持つ手に、より力がこもったように見えた。
そう思った刹那、隣から鼻をすする音が聞こえ、視線を移すとクリスが片手で顔を覆っているのが目に入る。
「クリス……泣いてる?」
「これは、違います」
「でも――」
「違います」
「ふふっ、そういう事にしておきましょ。でも……思いっきり鼻水が見えているわよ」
そう伝えながら、頑なな彼に、ハンカチをそっと差し出した。
それからは、講義中に邪魔した事を謝罪し、書斎から出る用意をした。
物置のリリアに関する品々に関しては、講義の後、改めて相談する事になったのだった。
***
「え、パーティー?」
あの一件の翌日。
クリス達と相談した結果、リリアに関する品々は納めるべき場所に納まった。
ニコラ達の協力もあり、肖像画は子ども達の書斎に飾られ、その他の遺品たちも子ども達の手の届く場所に保管された。
これで一件落着と給湯室で一息ついている際、突然クロエからパーティーの話題を振られたのだった。
なんでも、一週間後に王宮でパーティーがあるとの事。
今までは、クロエやクリスの配慮で招待状の類は全て断っていたのだそうだが、そろそろ出席した方がいいと話題に上がり、現在、こうして話が振られた訳だ。
「記憶が曖昧なのは相変わらずですが、そろそろ奥方様としての務めも果たしてもらわないといけませんので」
「それは……そうかもだけど。パーティーと言えばダンスでしょ? 私、ピアノは弾けるけど、ダンスなんて出来ないわよ?」
私の発言に、その場にいるメイド達は目を丸くした。
この光景はいつぶりだろうか。
「マリアンヌ様はダンスが得意でしたのに」
「ダンスしか取り柄がないと言いますか、なんと言いますか」
「むしろ、ダンスを忘れてピアノが弾けると言う方が衝撃です」
「以前、「ピアノなんか弾けるわけないじゃない。そんな事も考えつかないの? 私は踊る専門なのよ」と仰っていましたので」
――マリアンヌってば、そんな言い方しなくても……はぁ。
「以前はそうだったかもしれないけど、残念ながら今は踊れないのよ」
どうしたものかと俯いて考え込んだ矢先、何やら視線を感じた。
すぐさま顔を上げると、先ほどまで目を丸くしていたメイド達が、なぜだか目を輝かせながらこちらを見ている。
その目に、何故だか恐怖を覚えた。
「えっと、皆してどうしたの? 目が怖いのだけど……」
「ダンスはクリスさんに任せるとして、私達はドレスなどの身だしなみですね!」
「最近のマリアンヌ様は、身支度は全てご自分でなさるので久しぶりに腕がなります!」
「マリアンヌ様? お覚悟……なさってくださいませ?」
――な、なに、何が始まるの?!
目を輝かせているメイド達に詰め寄られたかと思えば、今度は腕を取られ、さらには背中も押されながら給湯室を出る羽目になった。
「え、ちょ、どこ行くの?!」
「「「「「秘密でございます~」」」」」
訳も分からず歩かされ、着いた先は私の部屋だった。
――なんだ、いつもの場所じゃない。
そう思ったのもつかの間。
彼女たちによってもたらされたのは、地獄でしかなかった。
部屋に入りニコラに椅子に座るように促され、指示に従うと、なぜだか彼女は私の足元で膝立ちになり腕まくりをした。
そしてクロエには少し強めに肩を掴まれた。
「「恐れながら、失礼致します」」
そう息を合わせた彼女たちの声が耳に届いたかと思えば、足裏に激痛が走った。
「いっっったーーーい!!! 痛い痛い!!! ニコラ痛い!!!」
「パーティーの準備でございますので、ご辛抱なさってください」
「これのどこが、いったーーーい!!!」
なんとニコラがしてきたのは、足つぼマッサージだ。
あまりの痛さに声を張り、悶絶してしまう。
逃げようにもクロエに抑えられており、逃げる事が出来ずにいる。
「いったたた!!! まだ終わらないの?!」
「始まったばかりでございますよ。今までの皆に対する嫌味の数々……で、ございます」
「ごめんなさーーーい!!!」
恐らく、いや、絶対的に怨恨も含まれているであろう足つぼマッサージを数分間受ける事になるのだった。