ご対面
マリアンヌの事も知る事が出来て、ニコラとも和解が出来た。
仕事の合間に広間に集まってくれた皆に謝罪と感謝を述べて、その場は解散となった。
その際、私の言葉で皆は驚きを隠せない様子で部屋を出て行った。
「さて、ニコラ、私はこのあと何をしたらいいですか?」
「え~、いつもならこのお時間ですと……お化粧のお直しをしております」
「……今の私はそれは必要ないですよ。
それよりも、子ども達に合わせてくれませんか!」
「お嬢様たちに……ですか。今のお時間ですと、書斎でお勉強中でございますね」
「では、さっそく行きましょう! ご案内お願いします!」
「は、はい……」
――ん? なんか……驚いた顔してる?
「何をそんなに驚いた顔をしているのですか?」
彼女はハッとした表情になったかと思えば、今度は言いにくそうに苦笑いを浮かべた。
「今の私にははっきりと言ってください。
前のように理不尽に叱責したりクビにしたりしませんので」
「それでは……申し上げます。
その、マリアンヌ様がご自分の事以外に、キラキラしたお顔をされるのを始めて見ましたので」
「ふふっ、前の私とは違いますからね! 前と違って子ども達とも仲良くなりたいし、屋敷の皆さんとも仲良くなりたいんです! もちろん、ニコラとも!」
「……そうしましたら、今後は多少の遠慮は省かせていただきます!」
「はい! いいですよ!」
この屋敷で目覚めて、初めて人の笑顔を見た気がする。
先ほどまでおびえていたはずのニコラが笑顔を向けてくれるのだ。
私をよく思っていない者が多い中、彼女の笑顔は幾分か心が穏やかになる。
少しずつ、皆のマリアンヌが負わせた傷を和らげたら。
「ニコラ、ありがとうございます」
「?」
「私にされた事、到底許す事が出来ないはずなのに信じると言ってくれました。優しいんですね」
「そんな! 優しいだなんて! 仕事として割り切る……という事を身に付けましたので」
「それでも、割り切るのは難しい事なのに」
「先ほども申したように、今のマリアンヌ様は大丈夫な気がするので! 私の勘ではございますが! さ、早く参りましょう!」
「はい! お願いします!」
「あ、あと、もう一つ申し上げます!
私……と言いますか、下々の者には敬語はなしでお願い致します」
「は……わかったわ」
敬語無し。
それもそうだ。
上に立つ奥方が屋敷の使用人に敬語はおかしな話か。
口調は令嬢っぽくして、敬語無しに慣れなければ……そしてここでの生活にも早く慣れないといけない。
やる事はまだまだあるな。
ニコラに案内される事数分。
とある部屋の前で足を止めたニコラは、軽く扉をノックした。
少し経つと、中から指揮棒を持ったメガネの女性が出てきた。
「彼女がお坊ちゃまとお嬢様の家庭教師、パトリシア婦人です」
「……奥方様。
このような所に珍しいですね。どんな御用でしょうか」
家庭教師であるパトリシア婦人。
ものすごく強い口調で、なおかつこちらに鋭い視線を向けてくる。
すごい高圧的な態度だ。
これも以前のマリアンヌの行いのせいなのだろうか。
一か八か、勉強している様子を見せてもらえるか頼んでみる事にした。
「えっと……ごきげんよう。子ども達の勉強の様子を見たいのだけど……お邪魔してもいいですか」
「奥方様からそのようなお考えが出るとは。わかりました、くれぐれも……ヒステリックを起こさないように」
――あぁ、マリアンヌ……ここでもか。
やはり、以前のマリアンヌの行動のせいですごく警戒をされているようだ。
だが、条件付きでも中に招いてくれたのは素直にありがたい。
さて、いよいよ子ども達とご対面だ。
どんな子達なのだろう。
期待で胸が膨らむ。
婦人に促されて部屋の中に足を踏み入れると、そこは両壁いっぱいに本棚がぎっしりと埋め尽くされ、奥の窓際に並ぶようにテーブルが二つあり、そこに二人の子ども達がこちらに体を向けて座っていた。
座って俯いているせいか詳細まではわからないが、体格から小学生高学年くらいの男の子と、低学年の女の子に見える。
さらに、子ども達の数歩隣には剣を持った兵が三人ずつ立って待機している。
子ども達は机に向けていた頭を上げ、こちらに視線を合わせてきた。
すると、はじめは疑問の表情を浮かべていたのだが、私と視線が合うと顔を引きつらせて硬直してしまった。
――まずかったかな……固まっちゃった。でも……。
「か、か~わい~!! こんなに可愛い子達がこのお屋敷に住んでいるの?! しかも、これから毎日会えるの?! やだ、どうしよう! もう、最っ高!」
子ども達を視界に入れた途端、私は期待がはじけたようにその場で軽く数回ジャンプをしてしまった。
あまりの可愛らしさにその子達に近づこうとした途端、子ども達の近くにいた兵が動いた。
その兵達は子ども達を背中で庇うように立ち並び、さらに私に向かって剣を抜こうと身構えた。
さすがの私もその行動には反射的に体をその場で止め、一瞬ひるんでしまった。
「ま、待ってください! 信じられないかもしれませんが、今のマリアンヌ様は以前のマリアンヌ様ではありません! その敵意を納めてください!」
ニコラが私の数歩先に出て兵を説得させたのち、婦人や子ども達にも記憶の事を説明した。
「ですが、マリアンヌ様はつい昨日、このお方たちにヒステリックを起こし、花瓶を投げたのですよ!
当たらなかったのが幸いだったのです!」
「そうです! そんな方を簡単には信じられません!」
――マリアンヌ……あなたって人はどこまで。そんなの虐待じゃない!
兵たちの言う事はもっともで、私にとっては初対面でも彼らにとっては違う。
昨日で今日の出来事なのだ。
それを信じろとはなんとひどい事だろう。
だが、仲良くなりたいのも事実だ。
「兵たちの言う事はもっともです……。ですが、挨拶だけでも……させてください」
「……はぁ。珍しくこの場に来られたかと思えば。
それでしたら、距離は5メートル以上離れた形でお願い致します」
パトリシア婦人は渋る顔を崩さず、距離を保つならという事で許してくれた。
婦人に促された二人の子ども達は、おずおずと私の前に5メートルの間隔をあけて立ち並んだ。
――立ち姿もかわいい! 日本で言うと、やっぱり小学生くらいかな? 今すぐ抱きしめたい! あ~近づけないのがもどかしすぎる!
二人と対面した私は、この葛藤に苦しむことになったのだった。