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目指すはホワイト企業

 身を乗り出したクロエの口からは、驚くほどにスラスラと私に関する事が出てきた。


「いい? 今のマリアンヌ様は、以前とは大層異なるわ!

使用人たちに差し入れとしてお菓子を振舞うだけじゃなく、屋敷内が明るい雰囲気になれるように、屋敷中の花瓶に花を生けるのよ! しかも違う種類を! それも毎日!」


 クロエのまくし立てるような言動は止まる気配を見せない。


「それだけじゃないわ! メイド達の仕事である掃除や洗濯、在庫の確認、お茶淹れ、お坊ちゃまやお嬢様たちへのデザート作り! それらを朝早くからしているのよ! 私達よりも早い時間に! それから―――」


 誰にも言わなかった事さえ出てくるのだ。

 ここまで見てくれていたのかと、内心嬉しくもあり気恥ずかしさもある。


「ク、クロエ……もうその辺で」


「ですが!」


「クロエの気持ちは正直に嬉しいよ。でも、その……それ以上は、恥かしすぎるよ」


「あ、も、申し訳ありません。お恥ずかしいところをお見せ致しました……」


「ううん……大丈夫」


 ようやく落ち着きを取り戻したのか、先ほどまでの剣幕は消え、顔を赤らめて恥じらいを見せた。

 クリスにいたっては、呆気にとられながらポツリと言葉をこぼす。


「クロエが……マリアンヌ様をここまで擁護するとは。

使用人に対する振る舞いを許せないと言っていたのに」


「以前は……ね。

でも、ニコラやリチャードさんに最近のマリアンヌ様の事を聞いて、実際に目で見て見方が変わったの」


「……たしかに。変わったのは一時で、何日かで戻ると思っていました。

ですが、数日経っても変わられたまま。本当に……おかしな人です」


――クロエの言葉で、少しはクリスも見方変わってくれるかな?


「わかりました。マリアンヌ様のご相談……お聞かせください。

内容によっては、すぐにでも仕事に戻りますので」


「クリス、ありがとう! 聞いてくれたお礼に、仕事手伝うわね!」


 クリスとのひと悶着が落ち着き、私を含め皆は、執務室中央に人数分ある来客用のソファに腰を掛けた。


「さて……役者もそろった所で――」


「マリアンヌ様、普通に話を始めてください」


「このメンバーをそろえたのには、それなりの理由がありますでしょ?」


「それもそうね。それじゃぁ、単刀直入に言うわ。

ずばり! 働き方改革をしたいの。

目指すはホワイト企業よ!」


「ホワイト……何です? それは」


 クリスの疑問に、リチャードから聞いた事を交えながら考えを伝えると、彼やクロエ、この場にいる皆の表情がみるみるうちに驚愕のものへと変わっていった。


「マリアンヌ様から……そのようなお考えが出るなど」


「だから言ったでしょ……。最近のマリアンヌ様は大層お変わりになられたと……。

だけど、これほどとは」


 彼らに持ち掛けた相談内容とは、給与の増額、勤務時間の見直し、休日、その他の福利厚生に関する事柄だ。


 (マリアンヌ)の口から出た相談が予想を超えたのか、皆言葉を失っている。


「あ、それと……屋敷で働いている皆って、街で暮らしていたり、地方から通ってきているのでしょ?

通うのって思っていたより辛い時もあると思うの。

だから、お屋敷から離れた所に建っている離れ? かな? そこを使用人用に使えないかな~って思ったりもするのだけど」


「住み込み……という事でしょうか。

たしかに、先代の旦那様や奥方様が一時期住んでいらして、今は空いておりますが」


「えっと、何か問題が?」


「いえ……そういう訳ではありませんが。

マリアンヌ様から次々と使用人を想うような提案が出る事にただただ、驚いているのです……」


――なんだ……驚いているだけか。


 薄い反応ばかり返って来るので、受理するのに厳しいものばかりだと心配になったが、そうではないらしい。


 実際、最初こそ話を聞いていただけのクリスが、途中からはペンや紙を持ち出して私の提案を書き記している。

 真剣に考え始めてくれたのだ。

 今も、提案を書き記した紙とにらめっこをしている。


「ふぅむ……先に給与増額と休日から話していきましょう。

具体的なお考えはありますか?」


「給与は、王宮に負けないくらいの金額……。

休日は……そうね、週に2日と有給制度……かしら」


 給与については、この世界の基準という物があるはずだ。

 そこは彼らに任せるとして、休日に関する事は、転生前の日本の休日取得制度を持ち掛けてみた。


 するとまたしても、皆の表情が驚愕したものに変わった。


「給与が上がるだけでなく、そんなに休みも頂けるのですか?」


「え? うん。働く人の権利……とでも言うのかしら。

お休み大事じゃない? お休み無しは体だけじゃなく、心の負担にもなるもの」


 この世界の休日は取得し辛いのだろうか。

 休日の事をニコラに聞いてみると、決まった休日はないと答えてくれた。

 さらに、休みはもらえるが、休んだ分だけ給与から差し引かれるので、どうしてもという時でなければ、休みを取らないらしい。


「そ、それは辛い……辛すぎる」


「この国……いえ、この世でこれほど待遇が良いのは(まれ)ではないでしょうか」


「なるほど。では、次に……ふくり……えっと」


「福利厚生ね。

例えば、勤務中に体調が悪くなった時、お医者を呼ぶとするでしょう? その際のお金を屋敷のお金から負担をするの。

使用人の給与に手を付ける事はしない……って感じなのだけど。

あとは、誕生日の人に金一封……いえ、少しのお小遣いと、お休みをあげる……とか」


「そ、そこまでの好待遇……聞いた事ありません」


「リザの言う通りですよ。そんな待遇があっていいのですか? これは夢ですか?」


「リザやロミーナの反応はおかしくありません。

私は王宮や他のお屋敷での経験がありますが、そのような待遇、見た事も聞いた事もないです」


「クロエまでそんな驚いて……」


「私も正直、驚きです……」


「以前と違って、使用人たちを想うのは理解しました。本当に考えてくださっている事も。

ですが……全部を採用するのは厳しいです」


 クリスからの肯定的な言葉が聞けたはずなのに、それは一瞬にして、否定的な物へと変わってしまったのだった。

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