いくら嫌いだからって
私は決着をつけるべく、レオンと向かい合って座っている。
お互いに真剣な眼差しだ。
「それじゃぁ、いくわよ」
「いつでもどうぞ」
「いざ……。に~らめっこしましょ、笑うと負けよ、あっぷっぷ!」
「……」
私は合図をしたのち、両手を使って顔を歪める。
レオンもいつも通り無言ながらも、顔を歪ませて笑わせにきた。
――腕を上げたわね。笑いが出そうだけどガマンよ、ガマン。
ここ何日かのにらめっこの勝負によってレオンの変顔もさまになり、全力で笑わせに来ているのがわかる。
私も彼を笑わせたくて全力で変顔を続ける。
数分間にらめっこをしているが、このままでは決着がつかない。
そう思った私は最後の勝負に出た。
これは相手を笑わせるための手段であり、正直、これを行う事によって私の評価は劇的に下がるだろう。
はしたないと思う者もいるかもしれない。
いや、そうは言っても世間的にはどうかはわからない。
それでも、どうしても笑ってほしいがために、致し方ない事だ。
意を決した私は、一度変顔をやめてうつむいたのち、改めて変顔をレオンに向けた。
――女子を捨てた変顔! これならどうだ!
「……」
その顔を見るや否やレオンは、ポカンと口を開けて自身の変顔を解いた。
さらに、室内にいる兵士たちも一瞬ポカンと口を開けたのち、何人かはぷっと軽くふき出して必死に笑いをこらえる様子を見せる。
ノアはというと、周りと同様にポカンと口を開け、唖然とした視線を向けている。
「今まで以上の……変な……お顔」
「ぷっ……ふふっ……」
「そのお顔は……ふっ……ズルいです……」
兵士たちが笑うのは、無理もないかもしれない。
私の最後の勝負である変顔は、鼻を人差し指で押しつぶして豚鼻を作ったり、両手でたれ目を作って出る限り舌を出したりと渾身の変顔を作ったのだから。
ここまでやるのかと言いたげな反応だ。
それにしても、一向に笑いが収まりそうにない兵士たち。
そんな兵士たちの笑いにつられて声はないが、ノアが口に手を当てて笑顔を見せた。
兵士たちやノアの様子を見たレオンでさえも、だんだんと可笑しくなったのか、笑顔を見せはじめた。
――二人が……目の前で、笑ってる。
兵士たちのおかげとはいえ、今まで遠目に見ていた子ども達の笑顔が、今目の前にある事がどれほど幸せな事か。
自分でもわかるくらいに頬が緩み、感動のあまりうまく声も出せない状態なのだ。
「あの笑顔が……こんな間近で……」
滅多に起こらない出来事故に、子ども達の笑顔に見入っていると、何やら兵士たちの様子がおかしくなったのだ。
「マ、マリアンヌ様! 血が!」
「え、血?」
兵士の血という言葉に一瞬何のことだかわからずにいると、鼻の下を何かが伝う感触がした。
その感触に慌てて手を当て確認すると、真っ赤な鮮血が目に入る。
「わ、鼻血!」
左右の鼻の穴を軽く押さえて確認すると、どうやら両方から出血しているようだ。
原因は、感激のあまりに気持ちが高ぶっている事だろうか。
少女漫画のとあるシーンなどで男子が鼻血を出してしまう事があるが、その類なのだろう。
その場の皆は私の鼻血にあたふたと慌てているが、私はというと驚きはしたが、皆と違っていたって冷静だ。
出ている鼻血を止めるためにガーゼを取ろうとポシェットの中を探っていると、書斎の扉がノックされた。
これまた慌てた様子で書斎に入ってきたのは、廊下で待機していたニコラと、レオンとノアの侍女であるリザとロミーナだった。
「あ、三人とも、どうしたの? そんなに慌てて」
「中から慌てているような声が聞こえましたので……って、マリアンヌ様! 血が! メイド服にも!」
「マリアンヌ様、とうとうどなたかを刺したのですか?!」
「え?! ついに?! 被害者はどちらですか?!」
「そうそう、ついにブスっと……って、何をどう見たらそうなるの?! 鼻血よ、鼻血! 私の鼻血!」
リザとロミーナの言葉につい乗ってしまったが心外だ。
彼女たちはこの何日か、私の何を見ていたのだろう。
いや、日頃のマリアンヌの行いのせいだろうか。
こうも理不尽な冗談を吹っ掛けられるとは。
だが、「ほら!」という言葉と同時に鼻を抑えている手をどけると、彼女たちは小さく悲鳴を上げたのち、兵士たち同様に慌てる様子を見せた。
私は皆に落ち着くように言い聞かせながら、再度ポシェットの中を探ってガーゼとハサミを取り出した。
そしてそのガーゼを適切な長さに切って両鼻に詰め込む。
ガーゼを詰め終わって一息吐くと、何やら視線を感じた。
その視線の方に目を向けると、レオンがジッとこちらを見ているのだ。
「レオン君、なぁに?」
「マリアンヌ様……不細工ですね」
その瞬間、ピシッとその場が張り詰めた感じがした。
周りにいる皆が、その場に固まっているのが気配でなんとなくわかる。
素直な事は良い事だ。
良い事だが、この発言はいかがなものだろうか。
「ぶ……不細工?」
レオンのあまりにも素直な発言に言葉を失っていると、ニコラたちメイドが苦笑いを浮かべながらフォローに入ってくる。
「レ、レオン様、次期当主様が女性にそのような発言……」
「そ、そうですよ、いくら本当だとしても、それはあまりにも……」
「あ、ロミーナ、それは言ってはいけないわ」
黙って聞いていたが、彼女の達の言葉はフォローしているようで全くもってフォローになっていない。
むしろ賛同しているようにも聞こえる。
当のレオン本人は、素知らぬ顔でプイっと横を向く始末だ。
この一連の事には、さすがの私も堪えるものがある。
「可愛くないわよ……可愛くないけど、さすがに不細工はないんじゃない?! いくら嫌いだからって、あんまりよ!」
私はそう、言葉を言い終えるのと同時に両手で顔を覆って見せる。
「マリアンヌ様って……血も涙もあるのですね」
まさか思いもしなかった。
私の様子を見たロミーナにさらに追い打ちをかけられるなんて。
天然とでも言うのだろうか。
彼女の言葉に、大げさだとは思いつつも顔を覆ったまま泣き真似をしてみせる。
その様子に一層、その場は騒然としたのだった。