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変化はちょっとずつ

 私が厨房で言って滑ったセリフを、あろう事かクリスチャンが子ども達に発したのだ。

 その言葉に子ども達は、ぽかんと口を開けて固まったままでいる。


 レオンがキョトンした表情で彼に尋ねている。


「それは……誰が言っていたの?」


「秘密でございます」


 クリスチャンはふふっと少しだけ笑みを浮かべてレオンの質問に答えた。

 彼は、子ども達の反応を見て楽しんでいるのだろう。

 少なからず、私にはそう見える。


――あの執事~、私の渾身のセリフを~~~。今日のおやつ抜きよ!


「フルーツの……宝石箱?」


 レオンはそう呟くと、フルーツの器に視線を落とした。

 そして、目を見開き、キラキラした表情でノアと顔を見合わせる。


「本当だ! 本当に宝石みたいだ! フルーツがキラキラしてる! それに、またウサギさんがいるぞ! よかったな、ノア!」


 レオンの言葉に、ノアも嬉しそうに笑顔で何度も首を縦に振った。


 その様子に、こっそり子ども達を覗き見ていた私は、心がほっこりとして自然と頬が緩んだ。

 後ろにいるニコラは控えめにはしゃいでおり、クロエは驚きの声を上げた。


「か、可愛い~」


「お坊ちゃま達、お可愛らしいですね!」


「あのような笑顔が見られるとは……。今までにあったかどうか……」


 フルーツの見た目に目を輝かせる子ども達は、フォークでフルーツを一つ取り、口に運んだ。

 そこでまたしても、はしゃぐ様子を見せる。


「すごい! フルーツがちょっとだけパリパリしてる! それに、すっごく甘い! 美味しいな、ノア!」


 レオンの言葉に、頬に手を当てながら満面の笑みで何度も頷くノア。

 二人は本当に美味しそうにフルーツを食べており、作ってよかったと心がほっこりした。


 子ども達の反応に満足した私は、その場を離れ、給湯室に足を向けた。

 その際、ニコラやクロエも後ろをついてきた。


「マリアンヌ様? もうよろしいのですか?」


「うん、子ども達の美味しそうに食べる姿が見られてもう十分よ。

笑顔が可愛くて……やっぱりいいわね~。いろいろ作りたくなっちゃう!」


 私の意気揚々とする発言に、ニコラとクロエは顔を見合わせて、こんな事いままでなかったとでも言うように不思議そうな表情で後をついてきた。


 昼食に入るために厨房に顔を出して、シェフたちに用意をお願いした。

 本当なら自分の分は自分で用意したいのだが、クロエやニコラに怒られそうだったので、そこは申し出る事をやめた。


「あ、料理は給湯室にお願いしますね」


 私の言葉にライムやニコラ達は、給湯室で食すのかと驚かれたが、それ以上は特に何も言及されなかった。


「昨日の今日で、本当に別人でございます……」


「まさかここで食事をなさるとは……」


「あんなに広い食堂で一人きりの食事は寂しいもの。皆もお昼まだでしょ? 一緒に食べましょう?」


「マリアンヌ様が……寂しいと仰った」


「こんなに素直なお姿は初めてです……」


 二人は驚きながらも顔を見合わせて、各々お昼休憩に入る用意を始める。

 その間、私の食事がテーブルに並べられ始めた。


 そして二人の用意が整ったのか、数分後には私の目の前の席に座って一緒にお昼を食べてくれたのだった。


 昼食中は三人で仕事以外の雑談を交えた。

 屋敷の人達と距離を近づけるためには、話す事も大事だと思ったからだ。


 よく思われていない事は承知の上で、今の流行だとか、二人の趣味だとか、プライベートに深く踏み込まない程度に会話を繰り広げる。


 「マリアンヌ様がそんなにも興味をしめすなど」と二人は戸惑いながらも、私との会話に付き合ってくれた。


 二人にとっては慣れなくて不思議に思うかもしれないが、私にはこの時間が何より楽しくて大切なのだ。


 戸惑いを交えながらも楽しい昼食の後は、子ども達のためにおやつとしてプリンを作った。

 その際、またも美味しそうだと皆してプリンに興味を持たれた。


 この世界にもプリンはあるが、やはり美味しそうで食べたくなるとの事だ。

 どれほど食欲をそそられているのだろうか。


 私は今度、皆の分も作ると約束をしてその場を切り抜けた。

 そうして私の一日は新鮮でかつ、慌ただしくも過ぎて行ったのだった。


***


 この屋敷で目覚めてからというもの、日にちはそんなにも経っていないが、一日のルーティーンが成り立ち始めていた。


 朝早く、使用人たちが出勤してくる前に屋敷内の花瓶すべての花を取り替えたり、使用人たちと共に朝礼に参加して、その後は皆の仕事を少しだけ手伝う。


 執事やメイド、シェフ達による屋敷内の仕事をはじめ、リチャードが担っている屋外の仕事も手伝っているのだ。

 皆、最初こそ戸惑いの表情を浮かべていたが、次第に慣れてきたのか、手伝わせてくれるようになった。


 おかげで使用人の名前を覚える事も出来て、いまだ一部だが、会話も増えていった。


 それから子ども達には花冠を作ったり、双眼鏡で遠目から様子を見たり、10分だけ会って勝負をしている。


 あれから、レオンとのにらめっこの勝負はいまだに決着がついていない。

 ノアとの距離も変わらずだ。


 ルーティーンと言えば、デザートは屋敷の者達にはすごく好評だ。

 クリスチャンは相変わらず冷たい反応だが、一応食べてはくれる。


 他には、隙間時間を見つけては屋敷内の図書室にこもり、読書やピアノの練習といった事をしている。

 実に充実した日々だ。


 そんな日々を一週間も過ごしていると、屋敷内で少しの変化が見られた。


 朝、皆に挨拶をして回っていると、緊張で強張っていた表情は次第にほぐれ、少しばかり笑顔で挨拶を返してくれるようになった。


 まだまだ警戒をする使用人もいるが、大変な進歩だと思う。


――クリスチャンは冷たいけど、メイドの皆は割と心を開いてくれているかも? お菓子? やっぱりお菓子効果なのかな。


 いつか、クリスチャンだけでなく、レオン達の心を開けたら――。

 私はそう思いながら、この日も勝負をするために子ども達のいる書斎へと足を運んだ。


「さて、レオン君……今日こそ決着をつけるわよ」


「望むところです」


 私は真剣だという事をわかってもらうため、まっすぐにレオンと向かい合う。

 レオンもそれに応えるように不本意だろうが、まっすぐに視線を合わせてくれた。


 ノアは兵士の一人の足元に隠れており、相変わらずオドオドした様子でこちらの様子を伺っている。


 今日こそこの勝負に決着をつけよう。

 もちろん、にらめっこの決着だ。

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