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気に入ったみたいで

 私が作ったふわふわの幸せのパンケーキがよほど皆に刺さったのか、たった数枚がものの数十秒でなくなった。


 そして皆は空になった皿をジッと見つめたのち、期待の目で皿を突き出してきた。


「「「「おかわりお願いします!」」」」


「……使用人用にお菓子を作るという約束はしたけど、まさか今?」


「「「「お願いします!!」」」」


「あと1枚! せめてあと1枚お願いします!」


「こんなに美味しいパンケーキは初めてなので!」


「そんなに気に入ってくれて嬉しいけど……メレンゲは任せるわよ」


 お菓子を作るのは好きだが、作業内容に限度というものがある。

 生前、日本では機械のおかげでメレンゲを難なく作れたけれど、この厨房内には見当たらない。

 それ故に、残念な事にすべて手作業で行う必要がある。


 知っている人もいると思うが、手作業でのメレンゲづくりは回数を重ねると骨が折れるほどの重労働だ。

 それはさすがに猫の手、いや、シェフの手を借りたくもなる。


 私の言葉にシェフの皆は快く頷き、ともにお菓子作りを再開した。


 集まっていた人だかりは、「出来上がりが楽しみ」だと言い残して各々仕事に戻って行った。

 それでも何人かは厨房の入り口に残って、作業を興味津々に見ている者もいる。

 ニコラもその中の一人だ。


「メレンゲって簡単そうに見えて意外と重労働ですね」


「そうでしょう? これを一人でするのはさすがに……。シェフの皆に手伝ってもらって助かるわ。ありがとう!」


 シェフの皆と協力をしてお菓子作りをする事十数分。

 出来上がったお菓子をお皿に盛りつけて言っている最中、厨房の入り口の方から凛とした声が響いた。


 その声は私を呼んでおり、声のした方に視線を向けると、メイド長のクロエが立っていた。


「マリアンヌ様、仮にも奥方様がこのような所に……」


 クロエの言わんとしている事がわかった私は、少し声を張って彼女の言葉を制止した。


「ストップ! その事ならすでにライムさんに言われたし、今はもう解決済みよ!」


「さ、さようでございますか……」


「ところで、クロエはどうしてここに?」


 クロエに厨房に来た理由を尋ねると、彼女は表情を一切変えず、淡々とした様子だが、応えてくれた。


 厨房や給湯室の方から出てきた使用人たちが、なにやら楽しそうにしていたので何かあったのか問いただすと、厨房で(マリアンヌ)がお菓子を作っていて、それを楽しみにしている事を聞いたのだそうだ。


「なるほど。そうだ! クロエも食べてみる? 幸せのパンケーキ! ちょうど出来立てがあるの!」


 そう言ってくるりと厨房内に足を向けて、パンケーキが乗ったお皿とフォークをクロエの前まで持っていって目の前に差し出す。


 クロエは目を丸くしたのち、瞳がほんのわずかに揺らぐのが見えた。

 そして喉をごくりと鳴らしたのだ。


「クロエは甘いのお好き? よかったら一口いかが?」


「い、いえ……今は勤務中ですし」


「少しくらい、いいじゃない。休息も大事よ? 頑張り過ぎはよくないわ」


 私の誘惑を頑なに断る彼女。

 食べたそうにしているのに断る姿を見て、どうにか食べてもらおうとパンケーキをフォークで一口大に切り分けて、彼女の目の前まで持って行った。


 さらには、鼻の前や目の前でゆらゆらとフォークを動かして見せる。


「あの、そのように目の前で誘惑しないでください」


「ふふっ、ごめんなさい。でも、食べてもらいたくて」


「で、ですが……」


「一口! 一口だけ! はい、あーん……」


 私の押しに彼女は観念したのか、私が持っていたフォークを優しく手に取り、パンケーキをジッと見つめたのち、ゆっくりと口に運んだ。

そして「わっ」と小さく声をこぼした。


「どう? すごくふわふわで美味しいでしょ?」


「……」


 彼女は無言だが口元に手を当てて、目を見開きながら何度も首を縦に振った。


「もう少し、頂いても……」


「いいわよ! 好きなだけどうぞ!」


 頑なに断っていたのは、どうやらお菓子に興味がない訳じゃなく、ただ単に真面目な性格故の事のようだ。


 お皿に乗っている残りのパンケーキを食べる彼女は、本当に美味しそうに食べており、淡々としている印象とは違って目の前のスイーツに目がない一人の女性のようだった。


 私とクロエがそんなやり取りをしていると、厨房の中から私を呼ぶ声が聞こえた。


 パンケーキを作っているシェフがいる傍ら、子ども達の昼食を用意し始めたシェフもおり、その昼食後のデザート用にフルーツを用意してほしいとの事だ。


「フルーツ? それもマリアンヌ様が?」


「そうなの!」


「……どのようになさるのか、拝見しても……」


「いいわよ。

でも、クロエが私のやる事に興味を持つなんて珍しいわね」


 クロエは何か言いたげだったが、私がそそくさと厨房内に戻った事で彼女の言葉を聞く事は出来なかった。


 それでもクロエを始めとして、ニコラや使用人の何人かが私の後に続いて厨房内に入ってくる。

 そして私の背後に立ち並んだのだった。


「……あの、どうして皆して私の後ろに?」


「今度はこのフルーツをどうなさるのかと……」


――ただ切るだけなんだけどな。


「というより……子ども達にもパンケーキをと思ったのだけど、材料が少なくなっているわ……」


 パンケーキの材料は数えきれないくらいあったはずなのに、いつの間にか少量しか残っていなかった。

 あるのは少量の卵と牛乳、そしてお砂糖くらいで、この材料だけではあのふわふわなパンケーキは作れそうにない。

 他の材料はどうしたのかとライムに尋ねると、言いにくそうに彼は答えた。


「それが……すべてパンケーキに使って焼き上げてしまいまして……。

そしてそのパンケーキはもう給湯室に……」


「なんですって?! どれだけ気に入ったのよ! 子ども達にも食べさせたかったのに!」


「も、申し訳ありません……」


「仕方ないわ……。もともと使用人の皆で食べる用にって話だったもの。

3時のおやつはプリンを作るとして……問題は昼食後のデザートね。

果物だけを出すのは、もの寂しいし……そうだ!」


 パンケーキはあるが、子ども達が昼食を終える頃には冷めきっているだろう。

 そのような状態の料理を子ども達に出すのは気が引ける。

 やはり料理というのは温かいうちが美味しいのだ。


 目の前の数少ない材料を前に考えた末、私は果物を使ったあるデザートを思いついた。

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