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勝負

 とある事で喜びのあまり、子ども達がいるであろう書斎に来た私。

 予想通り書斎に子どもたちはいて、今現在気まずい空気の中、レオンに鋭い視線を向けられている。


 レオンの背中に隠れているノアに関しては、今はどんな表情か私には見えない。

 どうにかしてレオンやノアとお近づきになりたいのだが、そう簡単には許してくれない。


 ノアの姿をどうにか視界に入れたくて、体を上下左右に大きく動かすが、私の動きにレオンも合わせてくるため、なかなかノアの姿を見る事が出来ずにいる。


――ガードが固すぎる。さすがお兄ちゃんね。


「レオン君、ちょこっとだけノアちゃんを見せて欲しいな~」


「イヤです」


「……ですよね~」


 このやり取りも何度目だろう。

 これではノアを見ることも出来なければ、話もできない。

 いや、淡々とだがレオンとはちょっとは話しが出来ている。

 これだけでも大変な進歩ではないだろうか。


 だが、このままでは貴重な10分があっという間に経ってしまう。

 少しだけ思考を巡らせて思いついたのが、レオンとの勝負だった。


「ねぇ、レオン君、私と勝負しない?」


「勝負……ですか?」


 レオンは勝負という言葉に一瞬ピクリと眉を動かしたが、鋭い視線は向けたままだ。

 それでも体制を崩さずに黙っているという事は、一応話しを聞いてくれようとしているのだろう。


「私と勝負をして、私が勝ったら言う事を一つだけ聞く。

もし、私が負けたら、あなたたちの言う事を一つだけ聞く。

これでどうかしら」


「俺たちに……何のメリットがあるんですか?」


「メリット……」


 たしかに、私にはメリットがあっても、彼等にはない。

 だが、それを聞かれたからと言って引き下がる訳にもいかない。


「メリットは――。そうね、レオン君が勝ったら私を屋敷から追い出す……とか?」


 自分で言って少し心が折れそうだ。

 せっかく仲良くなりたかったのに、すぐにでも屋敷を追い出されるとは。

 いや、自分から言った事なのだが。


「屋敷から追い出す。それは、リシャール家の恥になるのでそんな事は頼みません。

本当は追い出したいのですが」


――あ、追い出したいんだ。それもそうだよね。

それにしても正直だなぁ。なんか涙もホロリしそうだなぁ。


 わかってはいたが、いざ素直な気持ちを正面から聞くと、込み上げてくるものもある。

 子どもは素直が故に時として残酷だ。


 そんな気持ちを押し込めながらも、どうにか勝負に持ち込もうと少しだけ挑発を試みた。


「追い出せないのは残念として、勝負……するの? しないの?

メリットがないと勝負はしないのかしら?」


「そんなことは――」


「あ、それとも嫌いな私に負けるのが嫌だとか?

それは不戦勝として受け取ってもいいわよね?」


――これは挑発しすぎた? この辺で勝負に乗ってくれるといいのだけど。


 私の言葉に押し黙ったレオンは、今一度きっと睨むような視線を向けてくる。


「次期リシャール家の当主として、そこまで言われて勝負しないのは負けを認めたも同然。

それならば……受けて立ちます!」


「決まりね」


 どうにか挑発が効いたようで、レオンは私との勝負に乗ってきた。

 どんな勝負かと問われたので内容を説明すると、彼は唖然とした表情になり、周りにいた兵士も唖然とした表情でこちらに視線を向けてくる。

 レオンの背中に隠れていたノアでさえも、恐る恐るだが、ちょっとだけ顔を覗かせている。


「それが……勝負になるのですか?」


「そうよ? 笑ったら負けだからね!」


「わ、わかりました……」


 この短時間で出来る勝負と言えばアレだ。

 合図の後ににらめっこと称して顔を歪ませて相手を笑わせる。

 そう、通称「にらめっこ」と言う遊びだ。

 レオンに睨まれ過ぎて出た発想がこれなのだ。


「それじゃ、いっくよ~。

に~らめっこしましょ、笑うと負けよ、あっぷっぷ!」


「……」


 私が合図を出して、頬に両手をあてて顔を歪ませる。

 レオンもまた、無言ながらも頬に手を伸ばして顔を歪めている。

 初めての経験からなのか、たどたどしく頬を掴みながら顔を歪ませている。


――ぎこちなさがか、可愛い! 微笑ましくて笑いそうだけど、我慢しなきゃ!


 二人して負けじと頬を両手で挟み込んだり、左右に引っ張ったりしていると、兵士の何人かがぷっと声を漏らし、必死に笑いを押し殺しているのが目の端に見えた。


「兵士のあなた達が笑ってどうするのよ。私はレオン君やノアちゃんに笑ってほしいのだけど……」


「も、申し訳ございません……。あのマリアンヌ様が……こんなお姿を見せるとは……」


「右に……同じく……ふふっ……」


「くっ……ふっ……」


――まぁ、うん、そうだよね。マリアンヌって聞いてる限り、きっとこんな事しないよね。

だからって笑い過ぎじゃない?


 ここまで来たらどうとでも笑ってほしい。

 笑う事は基本は良い事なのだから。

 時と場合にもよるが、今はあくまで笑わせるための勝負の最中。

 それで笑うなら大いに大歓迎だ。


 だが兵士達が笑っているというのに、肝心の子ども達はいまだに笑いがない。

 私の渾身の変顔が効いていないというのだろうか。


――園の皆には結構好評で、大爆笑だったのに。


 こうなれば何としてでも笑わせたい。


 そんな欲が沸き上がり、再び合図をして顔を歪ませる。

 今度は頬ではなく、目じりを指で上げたり下げたり、はたまた目をぱっちりと見開いたりした。


 要領がわかってきたのか、レオンも両手を使って頬を上下に動かしたり、目じりを動かしたりありとあらゆる手段で私を笑わせに来た。


――くっ、笑いが出そうだけど……負けない!


 大人げないかもしれない。

 だが、今はこの時間が楽しくてしょうがないのだ。


 私が負けじと変顔を続けていると、書斎の扉がノックされ、人が入ってくる気配を感じた。

 そして反射的に変顔をしたまま振り返ってしまったのだ。


 書斎に入ってきたのは、何やら書類を持っているクリスチャンだった。


「……何を……しているのですか」


「えっと……にらめっこ?」


「その顔で……ですか」


「そういう遊び……いえ、勝負なの」


「……そうですか。それにしても、レオン様まで……」


 クリスチャンが入ってきた事によってレオンは変顔をやめて、笑っていた兵士達も笑いをやめた。

 私はというと、再び訪れた気まずい雰囲気におずおずと手を下げて変顔をやめる。


 私には今の現状がものすごく気まずいのだが、クリスチャンは何食わぬ顔で勉強の時間が来たと子ども達に告げた。

 それを聞いて邪魔するわけにもいかず、私は「また今度」とレオンに告げて子ども達に軽く手を振って書斎を出たのだった。

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