気まずい
花冠を間接的に渡したことによって、子ども達の眩しい笑顔を見れた私は、少し浮かれ気味に中庭を後にして屋敷内を行く当てもなく歩いていた。
ただ歩いているのは屋敷内で働いている使用人たちに悪いので、視界に入った執事やメイドに何か手伝えることはないか聞いて回る。
だが、彼らは気まずそうに愛想笑いを浮かべながら、「マリアンヌ様にそのような事させられません」と、皆口をそろえてそそくさと離れて行ってしまう。
マリアンヌが変わったという噂が広まってはいるが、やはり本人を前にすると気まずいのか、相手にしてくれない使用人がほとんどだ。
逆にニコラやレオン達の侍女達の方が、珍しいと言えるだろう。
――長期戦になるかも……。でも、しょうがないよね。マリアンヌのした事は到底許される事じゃない。どうしたもんかなぁ……。
浮かれた気持ちはどこかへ去り、私がトボトボと少し肩を落として歩いていると、前方からメイド長のクロエが歩いてきた。
彼女は私の目の前で足を止めるなり、少し頭を下げて挨拶をする。
そして顔を上げて淡々とした口調で話し出した。
「マリアンヌ様、メイド達の口から聞こえてきたことなのですが、「何か手伝える事はないか」と尋ねまわっているそうですね」
「は、はい……」
「今一度お尋ねします。どういうおつもりですか」
彼女の疑問。
それは、マリアンヌが嫁いできて半年。
この半年のうちの約三か月間、屋敷の者や子ども達にキツくあたるようになったかと思えば、急に仲良くしたいと数々の奇行を繰り返す事を言っている。
私は彼女の疑問に応えるべく、まっすぐに視線を合わせた。
人格が入れ替わった事は伏せたうえで、彼女にはっきりと自分の気持ちを告げる。
ただ純粋に屋敷の者達と仲良くなりたいのだと。
そのためには頭も下げるし、手伝いだってする。
時間がかかっても、諦めるつもりはないとそう伝えた。
私の答えを聞いた彼女は、一瞬目を見開いたが、すぐにまたキリっと引き締まった表情に戻った。
「本当に……別人のようですね。お気持ちはわかりました。
正直、我々屋敷に仕える者達は、如何なる主人にも敬意を示さなければなりません。
それが善であれ悪であれ、仕えると決めたからには従わなければならない。逆らえないのです。
嫌なら屋敷を去る……それが暗黙のルールです」
――だから、嫌でも耐えられる者は耐えてきた。そういう事かな?
まるでブラック企業みたいだな。
「今のマリアンヌ様は変わろうとしておられます。
我々も、お気持ちに応えられるよう努めます。
ですが、マリアンヌ様が行った罪が消えるわけではありません。
お忘れなきよう」
「わかっているわ」
彼女は、「無礼を失礼致しました」とお辞儀をして再び先を歩いて行った。
クロエの言葉からすると、少しは気持ちを受け取ってくれて認めてくれたという事だろうか。
だが、彼女の最後の言葉である「罪は消えない」この言葉を忘れずに、今後も屋敷の者達の心を配慮しながら接していこう。
そう、改めて心に誓った。
私が今後、どうやって皆と接していこうか考えながら歩いていると、背後から慌てたような足音とともに名を呼ばれた。
歩いていた足を止めて振り返ると、その視線の先には厨房で見かけたシェフの一人が、息を切らしながら駆け足で近づいてくる様だった。
彼は私の前まで来ると、膝に手をついて、苦しそうにしながらも何かを伝えようとしている。
私はそんな彼を見て、優しく背中をさすった。
「ゆっくり、落ち着きましょう? 息を整えるのもゆっくりとね」
「は、はい……」
しばらくして息が整ったのか、顔を上げてハンカチで汗を拭いながら話し出した。
「じ、実は……マリアンヌ様にお願いがあってきました」
「お願い?」
「はい、ライム料理長からの伝言でもあるのですが……」
彼が話したお願いであり、ライムからの伝言というのは、今後、子ども達の毎食分のフルーツを可愛く切って欲しいとの事だ。
事の経緯は、先ほど子ども達が厨房に足を運び、料理長のライムに朝ご飯に出たウサギ型のリンゴを今後も出して欲しいと頼んだそうだ。
「という事は……厨房に入って、子どもたちのご飯のお手伝いが出来るのね!」
「は、はい……。お願いできますか?」
「もちろんよ! それじゃ、さっそくお昼ご飯の前にも厨房に顔を出すわね! 許可を出してくれてありがとう! ライムさんにもよろしく伝えてね!」
私は嬉しくなり、彼の手を取って上下に何度か激しく振って離した。
そしてそのままスキップをしながら、彼をその場に残して子ども達がいるであろう書斎へと足を向けた。
先程は庭にいたが、あれから幾分が時間が経っている。
きっと侍女たちが、子どもたちの体が冷える前に中に入るように促すだろう。
そう考え、浮足立った状態で書斎に着いた私は、ハッと我に返る。
――嬉しい事があったからってついここに来てしまったけど……。
どうしよう、ここで限られた10分を使ってしまう?
でも、この先どこで使えばいいのか……。ええい! 来てしまったものはしょうがない! いざ!
「たーのもー!!」
私は掛け声とともに、勢いよく書斎の扉を開けた。
書斎の中には予想通り子ども達がいて、さらにその子達を見守るように立ち並ぶ兵士達がいた。
子ども達は、床に白い紙を広げて何やらお絵描きをしている。
彼らは私の掛け声や姿に驚いたのか、こちらに視線を向けたまま身動き一つしなくなった。
――予想はしていたけど、書斎にいてくれてよかった。というより、皆また固まってしまった……。
私は咳ばらいを一つして書斎の中に入り、5メートルの間隔を空けて子ども達の視線に合わせるように床に座る。
私の行動に兵士たちは一瞬、剣を構えそうになったが、すぐにその行動はやめてくれた。
子ども達はというと、レオンは私に鋭い視線を向け、両手を少し広げてノアの前に出た。
ノアはというと、オドオドした様子でこちらを伺いながら、レオンの背中に隠れて、また床に視線を落として手を動かし始めた。
そんな気まずい雰囲気の中、私は彼らに遠慮がちに声を掛けた。
「あ、あの~……レオン君やノアちゃんをただ愛でたいだけなのだけど……。
その敵意……向けるのやめて欲しいな~……なんて」
「マリアンヌ様は信用できませんので」
「……ですよね~」
困った。
非常に困ったこの空気。
このままだと、貴重な10分が何も出来ないまま過ぎてしまう。
いや、こんな近くで子ども達を見れただけでも十分なのだが、欲を言えばもう少しお話もしてみたい。
さて、どうしたものか。