太陽のように眩しい
中庭の温室で、庭の責任者であるリチャードとしばらく話し込んでいた。
彼は「ここにいて、力を貸して欲しい」という私の言葉に涙ぐみ、その涙がようやく落ち着きを取り戻したようだ。
「……申し訳ありません……涙など」
「いいのですよ、流したい時に流して。涙は、悪いものではありませんから」
「ありがとうございます」
「いえいえ。そうだ! 子ども達はこの時間、この中庭にいると聞いたのだけど」
「はい……先ほど、いつもの噴水のあるガゼボに」
「噴水のガゼボ?」
「そうでした、記憶が……。ガゼボまで案内致します」
「ありがとうございます!」
この広い中庭で子ども達を探し回るより、リチャードからの居場所に関する情報は非常に助かる。
さらには案内までしてくれるという。
ガゼボがどんな場所なのか、また子ども達がどのように過ごしているのか非常に楽しみだ。
さて、子ども達の居場所が分かったのは良いが、どのように接しようか。
昨日の書斎のように急に現われでもしたら、外という空間も相まって逃げられてしまうだろう。
それだけは避けたい。
どうにか接する事が出来れば。
いや、接近が出来ずとも、朝食の時のようにこっそり距離を保って見る事が出来るのならそれもよい。
私は花に視線を落としながらあれこれ考える。
結果、接近はせずとも子ども達の笑顔のきっかけになればと思い、花に手を伸ばす。
「あの、リチャードさん……この植場の花たち、使ってもいいですか?」
「……はい。構いませんが……何をされるのですか?」
リチャードは不思議そうに首をかしげている。
私は彼の疑問に応えるべく、彼が身につけているエプロンのポケットから見えるガーデニング用のハサミを借りた。
そうして植場の花たちを丁寧に刈り取り、あるものを作った。
茎の長い花を軸に、何種類もの花々を散りばめるように編み込み作っていったもの。
そう、花の冠だ。
以前、保育園の皆にも遠足に行った際に何度も作ったもので、男女問わず喜んでもらえた。
私は懐かしく思いながら作業を進めていき、ものの数分で二つ仕上げた。
「マリアンヌ様が……このような物を作られるとは」
「ふふっ、可愛くできてよかった。
こんなに可愛い花たち……きっと、リチャードさんが一生懸命育ててくれたからね」
花の冠を見たリチャードは驚きを隠せずに、物珍しそうにジッと見つめてきた。
それと同時に、少しだけ照れた表情も見せてくれた。
そんな彼に冠の一つを渡すと、上下左右に傾け、冠の事を褒めながらまじまじと見ている。
気恥ずかしさはあるものの、リチャードの反応に嬉しさで頬が緩むのがわかる。
「そうだ! その花の冠……リチャードさんから子ども達に渡す事をお願いしてもいいですか?」
「え……マリアンヌ様がせっかくお作りになられましたのに」
「うん……そうなんだけど、私じゃきっと――」
笑顔にならない。
私は出掛かった言葉を即座に飲み込んだ。
保育士時代に作って喜ばれたと言っても、今では状況が違う。
恐れている相手からもらっても、真正面から喜んではくれないだろう。
ならば、私からというより、他の者からのプレゼントといった方が笑顔を見せてくれるはずだ。
心境はものすごく複雑だが、致し方ない。
その事をリチャードに伝えると、何か言いたげだったが、私の意図を汲んでくれた。
私はもう一つの花の冠をリチャードに渡して、それぞれ子ども達に渡す方を説明した。
ピンク色の花をベースにした冠がノア用で、白い色の花をベースにした冠がレオン用。
これでも、二人に似合う色を選んだつもりだ。
――喜んでもらえたら。
私はそんな不安を胸に、リチャードとともに子ども達がいるであろう噴水のあるガゼボに向かった。
少し歩くと、温室からそう遠くない場所に噴水があったようで、水の流れる音が聞こえ始めた。
私はどこか隠れられる場所がないか辺りを見渡し、人が隠れられるほどの低木を見つけ、そこに身を潜める。
その低木からは、ガゼボを遠目にだが見る事が出来て、ガゼボの真ん中にある噴水や、脇にある大きい置物、そして子ども達のボールで遊ぶ姿が一望できた。
リチャードは困惑している様子だったが、私が内緒と言う意味を込めて、人差し指を口に当てると、軽く頷いて子ども達のもとへと足を向けた。
リチャードがガゼボまでもう少しの距離に差し掛かる。
すると、それに気づいた子ども達は遊ぶことを中断して、笑顔で彼に駆け寄った。
きっと、私だとあんな風に笑顔にはなってくれない。
わかってはいるが、やはり子ども好きの私にとっては寂しいものがある。
そうして様子を見ていると、身をかがめて子ども達の視線に合わせたリチャードが、花の冠をそっと頭に乗せた。
私が説明したように、ノアにはピンクの花の冠、そしてレオンには白の花の冠を。
二人は一瞬、何を頭に乗せられたのか理解が出来なかったのか、キョトンとした表情を浮かべたが、頭の冠を手探りで掴み、手に持って視界に入れた途端、驚きと歓喜の声を上げた。
その声はこちらにまで届き、自然と頬が緩んだ。
「すごい! 花の冠だ! ありがとう、リチャード!」
「い、いえ……私は」
「ノアの冠はピンク色で可愛いな。
すごく似合っていて、物語に出てくるお姫様みたいだ」
――きゃー! 何そのセリフ! 満点! お兄ちゃん、かっこよすぎでしょ! それに二人ともキラキラした笑顔でなんって可愛いの! ノアちゃん本当にお姫様みたい! 花に合わせてお着替えもさせたい~~。 お兄ちゃんは言うなれば王子様ね!
花の冠にキャッキャッとはしゃぐ二人を見て、直射日光を浴びた気分になった私は、素直に作ってよかったと思えてこちらもはしゃいでしまう。
直接渡せないのが少しの心残りだが、目の前の笑顔を見れただけでも良しとしよう。
しばらくリチャードと子ども達の様子を見ていたのだが、私に出来る事はこれ以上ないと判断してその場に背を向けて屋敷へと戻った。