もっと近くで見れたら
子ども達のために作ったというライム達の料理を見た私は、美味しそうなのだが、盛り付けがなんだか味気なく見えた。
そこで、リンゴのウサギをいくつか作り、ライム達の料理の邪魔にならないようにお皿に盛りつける。
私の行動を終始見ていた料理人達は、目を見開いて驚きを隠せない様子でいた。
「マリアンヌ様が……鮮やかな手つきでナイフを……」
「それに、リンゴがウサギになった……」
「これで少しは可愛くなるはずよ。ナイフを貸してくれてありがとう。そして私を厨房に入れてくれてありがとう」
「い、いえ……」
「それじゃ、お邪魔しました!」
料理も出来上がった事で、おそらくあとは食堂へ運ぶだけだろう。
私はそう考え、厨房にいる皆にお礼を伝えると、駆け足で厨房を後にしてそのままの足で食堂へ向かった。
食堂に着いたのはいいが、表立って子ども達に会いに行ってせっかくの食事の時間を壊してしまうのは気が引ける。
考えた結果、食堂の扉を少しだけ開けて、子ども達の食事の様子をこっそりと見る事にした。
扉の隙間から見えた子ども達は、運ばれてきた料理を前に、礼儀正しく銀食器を使って食事を始めた。
――食べる姿も可愛い~。音もたてずにちゃんと食器を使えてる! さすがね! あの年であれだけの使いこなし……相当に練習したのだわ。
子ども達の食事の様子を見守る事数分後。
一人の執事によって、最後であろう果物が盛りつけられたお皿が運び込まれた。
そのお皿を見るなり、子ども達は嬉しそうに歓喜の声を上げた。
「ノア、これ、ノアの好きなウサギさんだぞ! 可愛いな!」
レオンの言葉に嬉しそうに何度も笑顔で大きく頷くノア。
二人のやり取りに微笑ましくなり、こちらも自然と頬が緩んでしまう。
――可愛いのは二人の方だよ~。ウサギさんリンゴ作ってよかった。
あ~、二人の笑顔が眩しすぎる。もっと近くで見れたらな~。
ノアもレオンも本当に嬉しそうに、そして美味しそうに満面の笑みでリンゴを頬張り、さらには残りの果物も平らげたようだった。
子ども達は食事が終わった後の挨拶を済ませて、食堂を出て行く。
私は子ども達の笑顔が嬉しくて厨房に戻り、料理人たちに先ほどのお礼を改めて伝えた。
その後、ライムによって私自身の朝ごはんの提案を受けたので、二つ返事で食堂にて朝食を済ませたのだった。
朝食を終えた私は、この後の予定に頭を悩ませていた。
子ども達に会える10分という時間を、いかに有効に使うかが最大の問題だ。
――う~ん……たしかニコラに教えてもらった子ども達の予定だと、午前中は自由に過ごしていて、だいたい庭で遊んでるって……。
子ども達の予定を前日に頭に入れていた私は、さっそく庭に向かう事にした。
この屋敷で目が覚めて庭に足を運ぶのは初めての事。
屋敷の裏にある中庭はとても広く、木々や低木、どれに至ってもキレイに整えられていた。
「すごい! 広い! 花もいっぱいできれ~い!」
整えられた庭を見るなり気持ちが高ぶってしまった私は、軽い足取りで庭の中を散策し始めた。
庭の中を歩いていると、小さいがビニールに覆われた屋内を見つけた。
簡易的な温室だろうか。
中の様子が気になり、私はその建物に足を踏み入れる。
すると、そこは予想通り温室で、中には階段式の棚があり、多くの鉢植えや、レンガで囲われた小さい植場がいくつもあった。
その鉢植えや、植場には多種類の花々が植えられていた。
花たちに魅入られてしばらくその場にかがんで眺めていると、突如、背後から声を掛けられた。
「わ?!」
「も、申し訳ありません……」
「えっと……あなたは?」
「この庭の責任者のリチャードと申します」
驚いて振り返ると、ご年配というには若く、だが白い髭が特徴の優しそうな男性が苗を持って立っていた。
「リチャードさん……。えっと……お邪魔してます」
「マリアンヌ様……このような所に珍しいですね」
「庭に出てみたら、この温室が目に入って。
気になって覗いてみたら、すごくキレイな花がいっぱいで見入っちゃいました」
「記憶があいまいになって人が変わられたというのは、本当なのですね」
リチャードは私の隣に腰を掛けて、花たちを眺めながら静かに話し出した。
「そんなに噂になってるのですか?」
「屋敷の皆が口をそろえて言っております」
皆噂話が好きなのだろうか。
一日も経っていないというのに、私の変わりようが屋敷中に広まろうとは。
だが、これで少しは皆と接しやすくなっているといいのだが。
「リチャードさんは……私に何か……言われたり、されたり?」
「……申し上げても……よいのですか」
「……お願いします」
やはり、ここでも何かしでかしたのだろうか。
リチャードは言いにくそうに言葉を選んでいる。
だが、ぽつりぽつりと話してくれた。
「……花を……育てるのをやめるように……言われました。
屋敷内から花をなくそうと仰られて……それでこの温室も取り壊し、私もクビに」
「そう……でしたか。――あの、今までの言動……ごめんなさい。
これからは……屋敷内を花でいっぱいにしたいの。あなたをクビにもしない。
なので、このまま……ここで花を育ててくれませんか?」
私は他の皆にもしたように、ここでも頭を下げた。
リチャードも他の皆と同じように目を見開き驚いた様子を見せるが、次第に瞳が潤んでいった。
「私を……いまだに……置いてくださるのですか。まだ……花を育てていいと」
「……はい。あなたさえよければ。
お屋敷を明るくするために、力を貸して欲しいです」
「こんな……取り柄のない私を?」
「取り柄がないだなんて言わないでください! あなたの力が必要なんです! ここにいてください! お願いします!」
「……正直、街に行っても新しい仕事が見つかるかどうか不安でした。
まだ、ここにいていいと言うのならば……力を貸して欲しいというのならば……謹んで、お受け致します」
「リチャードさん、今までの事……本当にごめんなさい。
お願いを聞いてくれてありがとうございます。
これからもよろしくお願いしますね」
リチャードは溢れ出た涙を自身の袖で拭い続ける。
そんな彼に、私は持っていたハンカチをそっと渡したのだった。