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手伝わせてもらえない

 料理長であるライムの辞職をどうにか食い止めた私は、夕食を終えた後、運動がてらにニコラと屋敷内を歩きまわった。

 実際に自分の目で見て、部屋の位置や内装などを把握するためだ。


 ニコラに教えてもらった見取り図もあるにはあるが、やはり自分の目でしっかりと見ておきたい。

 今後、この屋敷で迷わないように。

 さらには、生活していくうえで知っておかねばならない事だと思ったからだ。


 ある程度把握した後は、ニコラに驚かれながらもリネン室で何日か分のメイド服を調達してマリアンヌの部屋に戻った。

 部屋に戻るなり、ニコラの手を借りて湯あみを済まし、部屋着に着替えてテーブルに向かう。

 そして少しばかり雑談をし始める。


「お屋敷の中の事はだいたいわかったけど……」


「何か気になる事でもあるのですか?」


「ん~……お買い物したい時ってどうしたらいいの?」


「お買い物……ですか。

街に行くのであれば出先用の衣服に着替えて、私と護衛がついて行きます。

あとは……メモなどを頂けたら私たち下の者が行ってまいります」


「うーん……それじゃぁ、メモを渡してお願いしようかな」


 私はそろえて欲しいものをメモ用紙に書いてニコラに渡した。

 現代日本では容易にそろえられた物だが、この世界でも手に入るだろうか。


 ニコラはメモを見るなり首を少しかしげている。

 やはり日本とは違ってこの世界では手に入りにくいのだろうか。

 ニコラの反応に次第に不安がこみ上げる。


「どう? 手に入りにくい?」


「いえ……そういうわけでは…。

このような物が欲しいなど、珍しいと思いまして」


「そうかな? 今すぐにでも欲しいのだけど」


「でしたら、明日の午前中にでも調達して参ります。

え~……確認ですが、懐中時計に小型の双眼鏡……少し大きめのポシェット、ガーゼに包帯、色紙(いろがみ)に画材道具……でございますね」


「そうそう。色紙(いろがみ)はこう……小さくて、折って遊ぶものなんだけど……あったりするかな? それに画材道具も。白い紙や色のある鉛筆とかあれば嬉しいのだけど」


 私が今すぐにでも欲しいとお願いしたのは、折り紙に画用紙、それから色鉛筆だ。

子どもの遊び道具に使われ、大人でも趣味の一部や生活の一部になっていたりするもの。

 それらがあれば、今後子ども達と距離を近づくためのきっかけにもなるだろう。

 それを見越してニコラに頼むと、街で売っており、明日には揃えられるとの事だ。


 いよいよ明日から本格的に私の生活が始まる。

 時計の針も良い時間帯を指しており、今日は早めに布団に入って明日に備える事にした。


 ニコラに今日はもう下がるように伝えると、ゆっくりお辞儀をして部屋を出て行った。

 その背中を見送った後、私は明日の事を考えながらベッドに入ったのだった。


***


 翌朝。

 カーテンの隙間から少しだけ日が差しており、時計を見ると時刻は五時を指している。


 日本での感覚が残っているのか、朝早くに目が覚めてしまった。

 もう少し横になろうと目を閉じてみるが、眠れる気配がしない。

 それならば起きて活動の準備をしよう。


 そう決めた私は、起きて部屋に備え付けの洗面所で顔を洗い、鏡を見ながら髪型を始めとして身なりを整えた。


――そして今日もこの服! これで今日も動きやすい!


 昨日と同じく動きやすいようにメイド服に着替えた私は、鏡の前で最終確認を終えて部屋を出た。


 朝早くだというのに、屋敷の中は照明ですでに明るい。


――ニコラの話だと、この時間帯に活動しているのはシェフの皆だと言っていたな。厨房に行ってみよう。


 厨房に着くなり、朝ごはんの用意がすでに始まっているのか、中からは料理のいい匂いが漂い、小刻みの良い音や人の掛け声が聞こえる。


「おっはようございま~す!」


 私は厨房の中に入るなり、話し声より少しだけ高い声で明るめに、中にいる料理人たちに声を掛けた。

 私の声に反応した皆は、私を見るなり作業していた手を止め、その場で固まってしまった。

 中には道具を落とした者までいる。


――またこの光景? 皆固まり過ぎなんだけど。


「マ、マリアンヌ様、おはようございます! このような所にどうされたのですか?」


「ライムさん! おはようございます! 私に手伝えることはありませんか? 下ごしらえでもなんでも手伝います!」


 固まっている周りのシェフたちとは違い、料理長のライムだけは驚き、戸惑いながらも私の方に駆け寄ってきた。


「そんな! マリアンヌ様のようなお方が厨房に入るなど、あってはなりません! ここは私達にお任せください!」


 ライムに背中を押されながら厨房を出るように促された私は、致し方なく引き下がる他なかった。


「え~、ライムさんのケチ! でも、絶対に諦めませんよ! 次こそ、厨房に入れてもらいますからね!」


 ライムは驚いた顔をしていたが、私はライムに向かって少しだけいたずらっぽく笑顔を向けてその場を後にした。


――この時間、どうしようかな。子ども達は寝ているだろうし。いっそ寝顔を見に行く? いや、でも、バレたら二度と会えなくなるかも。それはイヤだ! なら、他にどこに行けば。


 行く当てもなく屋敷内を歩いていると、通路を横切るクリスチャンを見かけた。

 私はクリスチャンの通った方へ駆け足で向かい、彼の背中をとらえると、先ほどのように高めの声で明るめに声を掛けた。


「クリスチャ~~ン!! おっはようございま~~す!!」


「?!」


 彼はよほど驚いたのか、振り返るなり目を見開いたまま、その場で一瞬固まってしまった。

 だが、その表情はすぐにポーカーフェイスに戻った。


「おはようございます、マリアンヌ様。こんな朝早くにいかがされましたか」


「何か手伝うことない? 厨房は追い出されちゃって」


「そうですか」


 クリスチャンは一言返事をすると、再び歩き出した。

 私もクリスチャンについて行く形で声を掛けながら隣を歩き出す。


 それにしても冷たい返事だ。

 今までのマリアンヌ事を思うと当然なのだが、それにしてもだ。

 これだけ明るく話かけているというのに、こちらに視線を合わせようとせず、淡々とした口調なのだ。


「本当に手伝える事はない? なんでもするよ?」


「ありません」


「そんな事言わずに……ね?」


「ありません、お引き取りを」


 クリスチャンはとある部屋の前に着くなり、一言冷たく言い放ったのち、扉をバタンと閉めた。


「もぅ! 皆の役に立ちたいだけなのに! でも、絶対諦めないから!」


 私は扉に向かってそう叫ぶと、次の場所に向かって歩き始めた。

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