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異世界救世同好会  作者: まさき
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第2章




第2章



夢を見た。


真っ暗な場所に一人たたずむ俺。

振り返ると、映画のスクリーンに映し出されるように、映像が浮かんでいた。

そこには王宮が写っていた。

見たこともない建物のはずなのに、俺は一目でそれがイラハムートの宮殿だと察知する。

真っ黒な雲に覆われた空に、怪しげなオレンジの光がうねうねと踊る。

その空を最強魔獣であるドラゴンが何体も飛んでいた。

宮殿こそ結界に守られまだ無事だったが、周りの街はすでに瓦礫と化していた。



「爽汰!爽汰!起きろ!」


突如耳元で叫ぶ隼人の声に、俺は眠りから呼び戻される。


「爽汰!」


ハッとして顔を上げると、険しい顔の隼人が俺を揺さぶっていた。


「隼人?」

「歴史の書!何が書かれてる!?」


隼人の剣幕に、俺は慌てて今まで突っ伏していた『歴史の書』に目を落とした。

そこには、先ほどまで真っ新だったページに新たな文字が書きつけられていた。


「『王国の東、トルタの森で中級魔獣の群が村を襲う。ワイルドボアの群とグレイウルフの群に異世界から来た冒険者4名のパーティーが立ち向かう。討伐には成功したものの、多大な被害を受ける。リモタの村は修復不可能となる。』」


読みながら冷たい汗が背中を伝った。

隼人が眉を寄せた険しい顔で俺を見る。


「・・・成功した、と書いてあるんだな?」

「うん・・・『討伐には成功したものの、多大な被害を受ける』・・・国が?・・・あいつらが・・・?」

「まだ帰って来ないのは・・・おかしいよな?」


隼人が拳を握りしめるのが見えた。


腕時計を覗き込む。


俺は、3時間も眠っていたのか。

歴史書には『成功した』と書いてある。

てことは、討伐はもう、終わっているはず。

なのに、あいつらは帰って来ない。

何かが・・・起こったのだ。

俺の不安が的中したのか・・・・?


俺と隼人は無言で見つめあっていた。

どうするべきなのか、わからないのだ。


俺と隼人がこの同好会に入って以来この3年間。

こんなことはなかった。

怪我をして帰ってくることはあった。

時折、重傷を負っていることもあった。

が。

みんな必ず帰ってきた。

帰って来なかったなんて・・・10年以上も前に命を落としたというあの一人だけ・・・。


まさか・・・。

まさか・・・・っ


自分でも顔から血が引いていくのを感じた。


「隼人っ・・・」


隼人が唇を噛み締めているのが見える。


と、その時。

背後でガラッと扉の開く音が静まり返った部室に鳴り響いた。


ビクッと肩を震わせて、俺と隼人が同時に振り返る。


「お?お前ら、まだいたのか?」


「先生!ルナ!」


扉から顔を覗かせていたのは、この同好会の顧問の太田力弥先生と、ルナだった。



力弥先生は、この高校のOBで、かつてこの同好会にも所属していたらしい。

まだ若い、20代後半の先生は、俺らのいい兄貴分だった。


「どうしたの?二人とも、顔真っ青だけど?・・・・なんかあった?」


ルナが心配そうに隼人に歩み寄った。


「先生っ・・・どうしよう、みんなが帰って来ない!何か・・・あったのかも・・・!俺・・・なんか嫌な予感してて・・・止めればよかったんだ・・・っ!もっと詳しく説明すべきだったのかもしれない・・・っ!先生!ねぇ、どうしよう!!」


俺は、涙を必死にこらえて、先生に取りすがった。


「おぉ、落ち着け、爽汰、深呼吸して、とりあえず、座れ。・・・隼人、何があった。」

「・・・・歴史の書には、討伐は成功したと書かれてるそうなんですが、まだ・・・送ったメンバーが一人も戻って来てません。」

「・・・そうか。誰が行ったんだ?どんなミッションだったんだ?」

「ユージと、湊、環、それに蓮が行きました。・・・中級魔獣の群れの討伐です。」

「中級魔獣?ユージと湊と環がいるんなら、大丈夫だろう?」

「・・・だと思ったんです、俺らも。だから、俺は行かなかった・・・」


隼人が握り締める拳が白く色を変えていた。


「隼人・・・落ち着いて、大丈夫よ、あの3人なら、討伐には問題があるはずないわ。」


ルナがそっと隼人の拳に手を添える。


「でも、ルナっ・・・帰って来てないんだよ!?もう、3時間以上になる・・・っ!・・・・俺・・・さっき夢見たんだ・・・イラハムートが最強魔獣に襲われてた・・・。」

「爽汰、それ・・・っ」

「ただの夢かもしれない。でも今日は『予言の書』を見た瞬間からずっと、嫌な予感が消えなかった・・・っ」


髪の毛をかきむしる俺の手を、先生の大きな手が包み込んだ。


「落ち着け。・・・爽汰、今『予言の書』には、何か書かれてるか?」


先生の言葉に、俺は急いで『予言の書』を開いた。

いつもは丁寧に、ゆっくりとめくるページを、俺は急いで乱暴にめくっていく。



「・・・・いえ、何も書いてないです。」

「・・・・隼人、扉を開けてみろ」


先生の言葉に、隼人が弾かれたように扉に駆け寄り、それを開いた。

が。

ドアから溢れる光はなく、その向こう側には、ただ部室の壁があるだけだった。


「う〜ん・・・明日まで待つしかないか...」


腕組みをして考え込む先生と悔しそうに唇を噛み締める隼人と、隼人に寄り添うルナを横目に、おれはフラフラと魔法の扉に歩み寄る。

震える手でそっとノブに触れた。


その瞬間。

パキンッと何かが壊れるような音が響き、おもむろに向こう側から扉が開かれた。


「うわっ」


いきなり開かれた扉に、慌てて後ずさると、今まで俺が立っていたその場に、崩れ込むように蓮を担いだユージの姿が現れた。


「ユージ!!蓮!」


床の上に倒れたユージの元に膝ま付く俺の視線に、環をおぶった湊もフラフラと扉をくぐるのが飛び込んで来る。


「環!湊!」


俺の金切り声に、先生、隼人、ルナも駆け寄ってくる。


「ユージ!蓮!大丈夫か!?」


隼人が肩で息をしながら、ぐったりとしているユージを揺さぶる。


「何があった!?ユージ?」


「あー....キツい。....おい、蓮、大丈夫か?」


ユージがゆっくりと起き上がり、担いでいた後輩の顔を覗き込んだ。


「だい...じょうぶです....なんとか....」


蓮もそう言いながらゆっくりと立ち上がると、そのまま崩れるように椅子に座った。


「おい、環!いい加減起きろ!落とすぞ」


湊は、肩で荒い息をしながら背負った環を優しく揺さぶる。

口では乱暴なことを言うが、湊は環を壊物でも扱うかのように優しく触れる。


「環?」


俺は身動きをしない環の顔をそっと覗き込んだ。

環は泥に汚れた顔をしてはいたが、気持ちよさそうにスヤスヤと小さな寝息を立てていた。


「湊、そこのソファーに環寝かせてあげて。」


ルナが優しく微笑みながら言う。


「ったく、コイツは....」


文句を言いながらも、湊は優しく環をソファーへと寝かせ、自分のジャケットを脱ぐとそっと環をそれで覆う。


「....よかった、みんな無事で。何があったか聞かせてくれるか?」


扉を閉じ、一息ついたところで、先生がみんなを席へと促した。

ユージと湊が席に着くのを見届けて、俺も机に広げられた予言書の前に座り込む。



「最初は特に問題もなくうまくいっていたんだ・・・」


ルナが渡してくれたボトルの水を一気飲みして、ユージが話し出す。





ユージ、湊、環、蓮がイラハムートの宮殿に姿を表すと、いつものように、騎士団が迎えてくれた。

今回は中級魔獣の群の討伐ということで、50人余りの騎士団と一緒に移動魔法でトルタの森の入口へと移動する。

魔法のおかげで時間はかからないが、まだそれに慣れない蓮がその場にうずくまっていた。


「ちょっと、蓮、しっかりしなさいよ」


環が呆れたように言いながらも、屈み込み、蓮の背中をさすってあげていた。


「お前も初めは酷かったよな」


軽口を叩く湊を睨んだ時だった。

あたりの空気が一変したような気がして、環はばっと森の入り口を振り返る。

同じ気配を感じたのか、ユージと湊も顔を一気に引き締め同じ方向を睨んだ。


ユージが片手を上げて、後ろに控える騎士団へ戦闘準備の合図を送る。


蓮は地面に座り込んだまま、その気配を感じ顔が青ざめていく。


魔獣の気配だ。


「・・・蓮、立てる?来るよ」


環が蓮をかばうようにその前に立ち、またそれをかばうように、湊とユージが最前線に立った。


森の奥から地響きとともにワイルドボアの群が姿を現した。

群は止まる事なくこちらへ突っ込んで来る。


「ブリザード!」


環が持っていた杖を高く掲げて氷魔法を放つ。

一番先頭を走っていたワイルドボア5頭が氷の塊となって動きを止めた。


「アタック!」


そこをすかさず湊の攻撃魔法がトドメを刺す。

が、その死体を乗り越えて、次から次へとワイルドボアが突進して来る。


「ブリザード!」

「アタック!」


環が次々と魔法を放ち、湊がそれに続く。


「環!そっちも来てるぞ!」


正面に気を取られていた環の左側から新たな群が押し寄せて来る。

ユージが環に注意を促しながら前に飛び出す。

目にも留まらぬ速さで、次々とワイルドボアの頭を切り落としていく。


「あーもう!キリがない!!スーパーブリザード!」


環が広範囲に届く魔法を放つ。

一気に大量の魔力を放ちすぎて、一瞬くらっと目の前が真っ白になった。


「環!」


ふらつく環を湊が慌てて支える。

そこに凍った仲間の死体を乗り越えて、ワイルドボアが突っ込んで来る。


「サンダーボルト!」


蓮のかすれた声が響き、環を抱えた湊の目の前に雷が落ちる。

チカチカする視覚が元に戻った時には、目の前に無数のワイルドボアの死体が転がっていた。


「サンキュー、蓮、助かった!環、しっかりしろ、大丈夫か?」

「大丈夫!」


環と湊がうなづきあって視線を敵へと戻した。


「ブリザード!ブリザード!」


左側、前、右側と順番に何度も魔法を放ち、魔獣を凍らせていく。

スーパーブリザードは広範囲に効くが、魔力が持たない。

一度に放つ魔力が少ないブリザードを連発しながら、溜まっていく疲労感に思わず首をかしげる。


いつもは、魔力がなくなるなんてことはないのだ。

異世界から来た者特有のチートで、魔力を放出するのと同じくらいのスピードで回復し続けるため、魔力が切れることはない。

はずなのだ。

いつもは、そうなのだ。


が、今日に限っては、いつもと違い、魔力の消費を激しく感じる。

ふらふらになりながら、ようやく最後の一頭を凍らせる。

と同時に、ユージの剣劇がトドメを刺してくれた。


キンッと剣を鞘に収めて、ユージがこちらに戻って来る。


「環、湊、蓮、大丈夫か」


額から流れ落ちる汗を拭うユージは、まさに小説の中の勇者のようにかっこよかった。


「蓮、よく頑張ったね」


環は、ふらつく頭を片手で押さえながら、後輩を振り返った。

こちらも汗だくで疲れた笑みで環に答えた。


「団長さん、そちらは大丈夫ですか?」


ユージが騎士団へと向かう。


「負傷者が数名おりますが、大したことありません。大丈夫です。今、リモタ村の被害を調べに行かせたところです。村で休憩できそうであれば、そちらに移動いたします。」


団長の背後では負傷した騎士が数名、地面に座り込んでいるのが見える。

命に別状はないのであろうが、血まみれになってる騎士もいて、ユージは、思わず唇をかんだ。

ルナがいれば治療してもらえるのだが・・・今日はいない。

俺がみんなを守らなければいけなかったのに。



「ユージ先輩」


己の不甲斐なさに俯いていると、背後で後輩の声がした。


「どした?」

「なんか、おかしいです。」


湊と環が不安そうに眉を寄せている。


「何が」

「なんか・・・・いつもと違うんです。魔力が回復しない。なぁ、環?」

「うん・・・いつもは、どれだけ魔法を使っても、使うより早く魔力が回復していくから、魔力が減ったなって感じることないんですけど・・・今日はその回復が異常に遅いみたいで・・・」

「俺も環も・・・蓮も、魔力がもうほとんど残ってません。」

「・・・・」


二人の言葉に、ユージは腕を組むしかない。

自分は魔法を使わずに剣劇のみで戦っているので、気づかなかったのだ。


帰ろう。

討伐も終わったし、後始末を全部押し付けるのは気にはなるが、万が一、魔力が底をついてしまえば、どうなるかわからない。

命を落とす危険性も出て来るかもしれない。

そうなる前に。


ユージは、腕組みを説き、団長へ帰る旨を伝えるべく振り返った時だった。


「団長!」


リモタ村の様子を見に行っていたであろう騎士が馬を猛スピードで走らせて戻って来るのが見えた。


その騎士は、馬が完全に止まるのすら待たず飛び降りると、団長の前に膝をつく。


「団長、リモタの村は全滅です。村人全員、一人残らず死に絶えています。」

「何だと!?」

「村の建物も全て崩壊しています。」


その騎士の報告に、団長が言葉を失う。


「どうして・・・・」


団長が唇をかみしめて俯いた。



おかしい。

普段、魔獣は自ら人間を襲うようなことはない。

自分の縄張りを荒らされたり、自身や群れに被害があった時のみ人間に向かって来る。

それでも魔獣を討伐しなければいけない理由は、魔獣が放つ魔力にあった。


この世界の住人はほとんどの人が魔力を持ち、魔法を使うことができる。

が、ほとんどの人が生活に必要な最低限の微力な魔力しか持っていない。

そんな人々が魔獣の放つ濃い魔力に触れてしまうと、体調を崩し、その魔力が強すぎれば、中毒症状を引き起こし死に至る。


たまに誕生するその魔獣の魔力に耐えうるだけの魔力を持つ人間は、王宮に集められ、騎士として育てられているのだ。 


「ワイルドボアの群れが突然村を襲い、その魔力に当てられた村人が全滅したということですか?」


ユージの言葉に、団長が苦しげにうなづいた。

ユージは湊と環と顔を見合わせた。


普段は人間を襲わないはずのワイルドボアの襲撃といい、魔力の回復が異常に遅い事といい・・・。

何かが起こっている。

とりあえず帰って、爽汰の意見を仰いだ方がいいかもしれない。

もう一度、帰る旨を団長さんに伝えるべく、向き直った時。


今度は、騎士団の背後から悲鳴が上がった。


「グレイウルフの群れだ!」

「うわぁ!!!」


騎士団が不意の奇襲に悲鳴とともに逃げ回る。


「総員、戦闘態勢!」


団長が声を張り上げるも、疲労とパニックで悲鳴は大きくなるばかりだ。


ユージが声もなくグレイウルフの群れめがけて走り出す。


「ユージ先輩!」

「ユージ先輩!・・・環、蓮!行くぞ!」


湊も環と蓮を振り返りつつ、ユージの後に続いた。


「ファイアーフレーム!」

「ファイアーボール!!」


湊と蓮が同時に叫び、その両手から炎魔法を放つ。


「アイススピアー!」


環も負けじと巨大な氷の槍を作り出し、グレイウルフを串刺しにする。

グレイウルフの群れは、ワイルドボアほど大きくはなかった。

気がつくと、グレイウルフの爪や牙に引っかかれでもしたのか、環の頬から血が流れ、湊と蓮も片腕を負傷していた。

それよりも何よりも、魔力の消費が激しく、もう持たないと思い始めた時、ようやく、最後の一頭を仕留めたユージの姿が目に入る。

今まで経験したことのない魔力の消費に、湊、環、蓮がその場に崩れ落ちた。


「湊、環、蓮・・・」


3人にふらふらと歩み寄り、ユージもまた力尽きて意識を失った・・・。





「で、俺が気がつくと、宮殿の一室だったんだけど、3人ともまだ眠ったままだし、顔色めちゃくちゃ悪いし、環はなんか脈も弱ってるし、慌てて湊を叩き起こして扉に向かったんだけど、なぜか開かなくて」

「扉が開かなかったのか?」

「はい。鍵でもかけられたかのように開かなくて困ってたら、突然、パチンって何が切れるような変な音がしたと思ったら、開いたんで、慌てて飛び込んだんです。」



ユージが、困惑した顔でそう話を結んだ。


「ふーん・・・・」


力弥先生が腕を組んで考え込んだ。


「爽汰、お前、なんかわかるか?突然人間を襲うようになった魔獣、回復しない魔力・・・、開かなかった扉・・・」

「うーん・・・はっきりとは・・・わかんないですけど・・・何かの前兆のような気はします。」


俺は、そう言いながら、歴史の書を引き寄せる。

何度も何度も読み込んできたこの歴史の書には過去にこんな事例があったことは一切なかったはず。

予言の書は比較的新しく、まだ10年ほどの記録しか残されていない。

こちらも何度も読み込んでいるはずだが・・・読み落としている部分があったのだろうか。


「俺、歴史の書と予言の書をもう一度隅々まで調べてみます。何か手がかりがあればいいんですけど」

「そうだな、とりあえず、俺らに今できることはそれしかないからな。」


力弥先生が、よしっと立ち上がる。

「何にしろ、無事でよかった。お前ら、もう帰れ。遅いから気をつけて帰れよ。」

「はい。」


一人一人見回して、部室を出て行く先生を見送って、俺らも顔を見合わせると、立ち上がる。


「帰るか。」

「うん。」

「環、起きて?環?」


ルナが優しく環を揺さぶる。


「ん・・・・あれ?ルナ先輩?・・・あれ、わたしいつの間に帰って来てたんですか?」

「湊が運んでくれたのよ。」

「重かった、死ぬかと思った。ただでさえ疲労困憊の時に・・・」


恨みがましく言う湊に、環が一瞬言い返そうと口を開いたが、そのまま何も言わずに俯いた。


「ごめん・・・」


小さな環の声が聞こえた。


「何謝ってんだよ、らしくないな。帰るぞ!」


湊が照れたように慌ててそっぽを向いた。



そんなやりとりに思わず、俺と隼人は顔を見合わせて微笑んだ。







それから数日。

放課後の異世界ミッションは要請がパタリと止まっていた。

今までも1日2日ミッションが来ないことはあったことだった。

が。

あんな異変があった直後の事。

言いようのない不安が俺らを包み込んでいたのも事実だった。


俺はここ数日、歴史の書と予言の書を隅から隅まで読み込んでいた。

あの日みんなに起こった事を解明しようと何か情報を探していたのだ。


「爽太。何か、新しい情報は見つけたか?」


放課後、部室への道筋を隼人と並んで歩きながら、隼人が俺を覗き込む。


「・・・・」


俺は、無言で静かに首を横に振って見せた。

もう、何度も何度も擦り切れるくらい読み返して来たこの二冊の本。

何かあの日の謎を解く足がかりになるような情報が書かれていないのは、俺にはわかっていた。


「もっと・・・詳しい歴史の本とか・・あればいいんだけどな。」


悔しさに唇を噛み締める俺を見て、隼人がドンマイと背中を叩いてくれる。


「・・・俺、次向こうに行ってくるよ。何か手がかりになりそうな本がないかどうか聞いてみる。」

「うん・・・」


不安な気持ちが顔に出ていたのか、隼人がふっと苦笑する。


「そんな顔すんなって。下級生が不安になるだろ。笑ってろ。お前が笑顔だと、あいつらも安心するから。」


いつものように、ポンっと俺の頭を優しく叩いて、隼人は部室に入って行く。


・・・よしっ


ペシペシっと自分の頬を叩いて気合を入れて、俺も笑顔で隼人の後に続いた。



「あ、爽太先輩、お疲れ様でーす。今日はミッションありそうですか?」

「お疲れ。どうかな、今見てみるよ。」

「もう、ミッション来なくなって3日目ですもんね。今までにもあったんですか、こんなにミッションが来ない日が続く事。」


不思議そうな、若干つまらなそうな顔をした隆と蓮に隼人が苦笑いをしながら答える。


「そーだな、なくはなかったかな。いいじゃん、別に、無いなら無いで、向こうが平和な証なんだから。」

「そーっすけど・・・」


納得がいかないと1年コンビが口をとがらかすのを見ながら、俺はそっと予言の書をひらいた。



新たなページに記されたその文言に、俺は絶句する。

ひやりと冷たい汗が背筋を伝って流れ落ちた。


「・・・・隼人・・・これ見て・・・」


俺の声に、隼人が怪訝げに眉を寄せ予言の書を覗き込む。


「っ!?」


隼人が声もなく息を飲む。


「隼人先輩?」


隆と蓮が頭を寄せて予言の書を覗き込もうとするのを遮るように、俺は慌てて本を閉じた。


「隆、蓮、力弥先生、呼んできて。緊急だから今すぐ来てって」


俺の真剣な声音に、二人が神妙にうなづいて部室を出て行った。

ドアが閉まるのを見計らって、もう一度予言の書をゆっくりと開いた。

隼人の顔を見上げる。

隼人も若干青ざめた顔で俺を見ていた。


予言の書のその新たなページには、日本語で「助けてくれ」と、逼迫した状況を表すように殴り書きされていた。


「隼人・・・・」


声が震えていた。

何か恐ろしいことが起きている。

それを肌で感じるのだ。


あの日、部室でうたた寝をしてしまった時に見た夢の光景が脳裏に浮かんだ。

あれは、予知夢だったのだと、得体の知れない確証があった。


「隼人・・・」


俺は途方に暮れて、思わず隼人の腕を強く掴んだ。

血の気の引いた顔で、隼人が俺を見下ろす。

と、その時、ガラッと勢いよく部室のドアが開かれる。

息を切らして駆け込んで来た隆と蓮の後ろから、力弥先生を筆頭に、環、湊、ユージ、ルナも走りこんでくる。


「隼人!爽太!何があった!」


体育教師特有の大声で言いながら、俺と隼人の肩を揺さぶった。


「これ・・・見てください」


隼人が机の上の予言の書を目で指す。

力弥先生が隼人の視線を追い、例の文字に釘付けになる。


「・・・・・っ!」


一瞬で青ざめた顔で、力弥先生が予言の書を凝視した。


「裕太・・・・?まさか・・・裕太が・・・・」


力弥先生がつぶやく。


「先生・・・?何か知ってるんですか?」


ルナが不思議そうな顔をする。


「いや・・・・俺が向こうへ行く。ルナ、ユージ、湊、環。お前らも一緒に来てくれ。」


力弥先生の言葉に、名前を呼ばれたメンバーが、神妙にうなづく。


「隼人、隆、蓮、爽太。お前らは、待機しててくれ。爽太、お前は、予言の書から目を離すな。・・・もし、万が一、明日になっても俺らが戻ってなければ、隼人、お前も来てくれ。」

「先生!俺らは?俺らも戦うなら戦力になるはずです!」


隆が悲痛な声を上げる。

そんな隆と蓮に目を向け、一瞬考えて、力弥先生は隼人に視線を戻す。


「・・・もし万が一、俺らが明日になっても戻ってなければ・・・3人で応援に来い。」


無言でうなづく3人を確認し、力弥先生の視線が俺に移る。

一瞬申し訳なさそうな顔をして、力弥先生が俺の肩をポンっと叩いた。


「・・・ルナ、ユージ、湊、環。行くぞ。」


4人を伴って、先生が扉へと向かう。

そっとノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開いた。


いつものように向こう側から溢れ出す光に、先生はホッとしたように小さくため息を吐き、俺ら待機組を振り返り、力強くうなづいて、光の中へと足を踏み入れた。


5人が光の中へ消えて行くのを見送って、隼人は静かに扉を閉めた。


「・・・隆、蓮、お前達、帰ってもいいぞ。俺と・・・爽太は、今日は部室に泊まりだな。」

「隼人先輩!俺らも泊まります!このまま帰れなんて言わないでください!」

「・・・家に連絡入れろよ」


それぞれ携帯を取り出す3人から予言の書に目を移して、そこに書かれた助けを求める日本語の文字をぼんやりと見つめた。



これは一体誰が書いたのか。

日本語が書けるなら、どうして今までイラハムート文字でこの予言の書を書いていたのか。

さっき・・・力弥先生が呟いた「裕太」とは・・・一体誰のことなのか。

先生は何を知っているのか。


謎は深まるばかりだ。

それを解明する手立てが俺にはない。

向こうに行くこともできない。


俺には何もできないのか。


向こうでは世界の終焉が近づいているのかもしれないのに。


俺は、ギリギリと音が出そうなくらいきつく拳を握りしめた。





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