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異世界救世同好会  作者: まさき
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第1章


第1章





キーンコーンカーンコーン・・・・



校舎に終業を告げる古典的なチャイム音が鳴り響く。

俺は、ニンマリと口角を上げ、机の上に広げていた教科書とノートをそそくさとカバンにしまい込む。

その手で、カバンの奥から、一見、博物館にでも展示されていそうな、古めかしい二冊の分厚い本を取り出した。


それらの表紙には日本語ではない、まるで何語なのかもわからないような書体でデカデカと一冊には『イラハムート王国歴史の書』、もう一冊には『イラハムート王国予言の書』と書かれている。

俺は、その黄金の文字をそっと指でなぞった。




俺の通うS学院高等部には『異世界救世同好会』なるものが存在する。

偏差値も高く、いい大学、いい会社を目指す、いわゆる、優等生ばかりが通うこの高校に存在する唯一の異色な部活。

どんな活動をしている同好会なのかと言うと・・・・。


この部室には、一見、ただ壁に立てかけてあるように見える、古いドアがあった。

それは、同好会会員しか知らない魔法の扉だった。

この扉を開くと、その向こう側には、異世界が広がっており、毎日、同好会会員は、それをくぐり、異世界へとミッションをこなしに出かけるのだ。


扉の向こう・・・。

そこは、イラハムートと言う異世界の王国だった。

この世界では魔法が存在し、また魔物も蔓延っている。

俺ら、『異世界救世同好会』会員はその名の通り、このゲームの中のような世界の救世主としてミッションを与えられ、それをこなす、言わば、冒険者パーティーなのだ。

扉をくぐることにより、俺らのような普通の人間も、魔力を持ち、魔法を使えるようになる。

それも、異世界転移特有のチート付きで、向こうの世界の住人が持つ、倍以上の魔力を与えられ、最初から、レベルもMPもHPも何もかも桁違いなのだ。


普通の高校生から、スーパーマンのような強さを誇る冒険者パーティーとなり、危険なミッションに着く。

スーパーマンのような強さを持つとは言え、これはゲームではない。

実際にその世界で生き、暮らしている人々の中に入っていく。

もちろん、ドジをして怪我をすることだってある。

過去には、たった一人だけだが、死者も出たことがあるそうだ。

不死身ではない。

が。

異世界人やよく討伐に行く魔獣のレベルが俺らよりも低い為、攻撃を受けてもダメージは少なく済む。

それに加え、俺らには強い味方があった。


魔法の扉。


生きてさえいれば、息さえあれば、この扉をくぐりこっちの世界に戻ってくると、怪我はどんなひどい重傷であっても、回復するのだ。

流石に、ひどい重傷を負ってしまった場合、扉をくぐり、怪我は治っても、体の疲労は残るらしいが。




「爽汰、行くぞ」


隣のクラスの隼人が教室の出入り口から顔だけ突っ込んで俺を呼ぶ。


「うん、今行く」


俺も慌ててカバンを肩にかけると、2つの本を大事に胸に抱えて隼人へと向かう。

こいつは、同好会の会長で、今いる8人の同好会会員の中で一番強い勇者だ。



「今日はどんなミッションがあるんだろうね?」


俺より身長があり、歩幅が大きい隼人を小走りで追いかけながら、俺はワクワクと隼人を見上げる。


「昨日は薬草集めだったから、1年に行かせたけどな。今日はどうだろうな」


俺を見下ろして、隼人がちょっと複雑な顔をする。


「お前も・・・行けたらいいのにな・・・」

「ハハッ・・・しょうがないよ、俺はなぜか行けないんだから。でもその代わり、知識だけは誰よりも豊富だからさ。なんでも聞いてよ」


俺は、誇らしげに胸に抱えた本を見せる。


隼人が、小さなため息をついて、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「助かってるよ、毎回、お前の知識には。」

「やめろよ、髪の毛〜!!」


俺は、照れ隠しに、わざと乱暴に隼人の手を振り払った。




俺は・・・・イラハムート王国には行ったことがない。


1年の時この同好会を知り、興味を惹かれ即入会した。

同好会会員となり、まるで夢の中のような、小説の中のような出来事が実際に起こっているのを目の当たりにした。

毎日、放課後、『予言の書』に新たなミッションが勝手に書き込まれ、それを元にパーティーメンバーを選び、扉は開かれ、その光の中へ先輩方が姿を消して行く。

そして、手元にある歴史書に、今向こうの世界で起こっている出来事が「歴史」として次々に刻まれて行くのを俺はこっちの世界で読むのだ。


同好会に入ったばかりの1年生は、まず、先輩方に向こうの世界について教わる。

この俺の手の中にあるイラハムートの本は、もう何十年もこの同好会に受け継がれて来ている本だったが、今現在俺以外にこれらの本を読むことの出来る人がいなかった。

長く続いているこの同好会の卒業生の中には、向こうの世界で言葉を勉強し、読めるようになった人もいるらしいが。

なぜか俺は、まるで幼い頃から慣れ親しんできた日本語とまるで同じようにイラハムート王国の言葉を読み書きすることができた。

俺は歴史書を読み込み、3年生の先輩ですら知らないような細かい歴史や薬草の名前、ポーションの作り方やレアで強力な魔法など、全て頭に叩き込んだ。


いつか俺の番が来て、イラハムートへ行った時には、これを試してみよう、あれを見てこよう。

そんな期待に胸を膨らませていたのだが・・・。



俺が選ばれた初ミッションへと出発することになった日。

俺は絶望した。


魔法の扉を使えなかったのだ。


一緒に出かけることになった隼人と先輩は、普通に扉の向こうの光の中へと消えて行った。

それに続こうと俺も光の中へ足を踏み入れようとした。

が。

俺は、扉を通ることができなかった。


踏み出した俺の足は、ただ、ゴツンと壁にぶつかった。

光はそこにあるのに、異世界はその向こう側にあるのに、俺は受け入れられなかったのだ。


以来2年間・・・。

俺は歴史の書と予言の書を読み込み、異世界へと赴くメンバーへ助言をする係として重宝されてはいるが、俺も異世界へ行きたいと言う欲求が満たされることはなかった。



「よーし、今日もやるぞー!」


元気にそう言いながら、部室のドアを開ける。


「あ、隼人先輩、爽汰先輩、お疲れ様です!今日はどんなミッションですか?」


俺と隼人の顔を見るなり、すでに来ていた1年生がワクワクと顔を輝かせる。

まるで、昔の俺を見ているようなその二人の姿に、俺は微笑み返した。


一年生コンビのれんりゅう

こいつらは、俺と隼人のように幼馴染で、小さい時からずっと一緒にいるらしい。

昔から剣道をやっていたと言うこの二人は、剣士としてすでに即戦力になるレベルだ。

それに加え、蓮は、火属性の魔法にも長けていた。



「ちょっと待って、今見てみるから・・・」


俺は、机の上にカバンを投げ出すように置くと、胸に抱えていた本をそっと机に置いた。

『予言の書』をゆっくりと開く。


『予言の書』には、毎日その日のミッションが追加されるのだが、なぜか、部室の魔法の扉のそばにいなければ、更新されない。

俺は丁寧にページを繰り、そっと今日のページを開いた。

そこにはイラハムートの文字でミッションが綴られていた。


「爽汰先輩!なんて書いてあるんですか?読んでください!」


蓮が急かすように俺の腕を揺さぶった。


俺は文字を目で追いながらちょっと眉をひそめた。

咄嗟に隼人を振り返る。


「どうした?」


隼人が俺の表情を読み、不審げに問いかける。


「いや・・・読むぞ。・・・『王国の東、トルタの森で中級魔獣の群が村を襲う。異世界から来た冒険者4名のパーティーがこれを救う。』」


「中級魔獣・・・?」


蓮と隆の顔が引きつった。


こいつらが入部して来て以来、中級魔獣の討伐は初めてだ。

今まであった討伐ミッションは小級魔獣までだったか。


「隼人、中級なら、2年の(みなと)(たまき)でも大丈夫なんじゃないかな。」

「・・・そうだな、あいつらはまだ来てないか。環と、湊、あとは・・・」


隼人が腕を組んで今日のパーティーメンバーを選出する。


「そうだな、1年生2人を行かせるのはちょっと心許ないかな。隼人が行くまでもないとは思うけど・・・どうする?」


「俺行く!」


腕を組む隼人の頭上から声がする。


「ユージ!」

「隼人、俺が行ってもいいか?」

「そうだね、隼人、ユージがいいかも。」

「そうだな、ユージと、あとは、お前、蓮、行って来い。いい経験になる。」


隼人が、俺の前で顔を引きつらせる蓮に声をかけた。



2年生の環と湊は、二人とも凄腕の魔法使いだ。

環はショートカットが似合うボーイッシュな女の子で、俺よりも身長が高い。

氷魔法に長けていて、ある弱点を除けば何の心配もなく何事も一人でこなせるやつだ。

湊は、そんな環に想いを寄せているらしいが、顔を合せばいつも言い合いをしている。

俺からすると、両思いの恋人同士が仲良くじゃれあってるようにしか見えないのだが、付き合っているわけではないらしい。

「あいつは俺を男として見てない」と湊が以前こぼしていた。


火属性の魔法を操る湊の魔法の威力は隼人に勝るとも劣らないレベルだ。

環と湊二人揃えば、中級魔獣でも負けることはないだろう。


3年生のユージは、剣士だが、こいつの腕も同好会随一だ。

タッパがあり、手足も長く、リーチが効くだけでなく、俊足で、あいつの足にかなう奴は滅多にいない。

その身軽さと読みの速さを活かし、無敵な強さを誇っている。


蓮は、まだ役職を決められずにいたが、こいつもそれなりの攻撃魔法が使えるし、身のこなしも悪くない。


「よし、じゃぁ、この4人だな。・・・・環、湊、準備しろ。」


その時部室に入って来た二人に、隼人が声をかけた。


「え、わたし行くの?どんなミッション?また湊と一緒なの?」

「光栄だろ、文句言うな」


不満げな環の声とテンポのいい湊の切り返しを聴きながら、俺はもう一度『予言の書』に目を落とす。


何だろう?

なぜか胸騒ぎがする。

このメンバーなら・・・中級魔獣も無理なく倒せるはずだ。

群・・・とはどのくらいの群なのか。

場所が・・・トルタの森と言うのも気になるな・・・。

あそこは魔獣が出るような地域ではないはずなのに・・・。


根拠のない異様な不安がふつふつと胸にこみ上げる。


「・・・た?爽汰?おいって!」


眉をひそめて『予言の書』を睨み続ける俺を、隼人が軽く揺さぶった。


「あ、ごめん!」

「どうした?」

「あ、いや、何でもないんだ。・・・湊、環、ユージ、蓮。じゃぁ、ちょっと今日のミッションについて説明するね。」


俺を囲むように席に着き、俺を見つめるメンバーを見回して、俺は『歴史の書』を開いた。

イラハムート王国の地図を開いて、俺はある一点を指差した。


「ここがトルタの森。王国の東の端にある森で、みんなも知ってると思うけど、かなりの大きさの森だ。襲われた村というのは、おそらく、森のすぐ西側にあるリモタ村のことだと思う。・・・この村の周辺で魔獣が出たなんて、あんまり過去にはなかったことだと思うんだけど、王国の東側だし、可能性のある中級魔獣といえば、ワイルドボアだと思う。ワイルドボアはこっちのイノシシみたいな形格好をした魔獣なんだけど、大きさはその3倍以上あるかな。他には、グレイウルフの可能性もある。グレイウルフはまんま狼だけど、コイツらもこっちの世界の狼の3倍以上ある。ワイルドボアなら、冷気に弱いから、環、君の氷魔法で凍らせて動きを止めたあと、湊、君の攻撃魔法かユージの剣撃でトドメを刺すのが効果的だと思う。グレイウルフだとしたら、グレイウルフの弱点は火だ。蓮、君は、火属性の魔法が得意だったよね?君と湊で炎魔法で攻撃すればいい。」


俺の説明を不安顔でうなづきながら聞く蓮に、俺は大丈夫と微笑んで見せた。


「ユージと湊と環がいれば、大丈夫だよ。蓮は、3人をよく見て、サポートをして。ね。」

「は、はいっ、俺、頑張ります!」

「よし、じゃぁ、いっちょやりますか」


軽く楽しそうに言うユージを傍目に、俺は隼人を振り返った。

まだ慣れない1年生に声をかけ準備をさせる隼人を見ながら、もう一度、この胸に宿る不安の元凶について考えてみたが、答えは見つからなかった。


「よし、じゃぁ、気をつけろよ」


隼人がそんな言葉とともに、ゆっくりと魔法の扉を開いた。

その向こう側からは溢れんばかりの眩しい光が差してくる。


蓮がまぶしそうに目を細め、顔を背けた。

俺は、ポンっと蓮の背中を押した。


「頑張れ」


俺の言葉に、不安そうにうなずき返して、蓮はユージ、湊、環の後に続いて光の中へと消えていった。


蓮の姿が見えなくなったのを見届けて、隼人がまたゆっくりと扉を閉める。


「隆、お前、今日はもう帰ってもいいよ。ここにいてもすることないだろ。」


相棒を見送り、つまらなそうにため息をついた隆に隼人が声をかけた。


「でもまだルナ先輩が来てないですけど」

「ルナは多分、生徒会で来られないんじゃないかな。」

「そうなんですね、わかりました、じゃぁ、俺帰ります。また明日。」

「おう、また明日な。」


隼人と俺に一礼して、隆が部室から出て行った。



「・・・ルナ、今日も来れないんだ?」

「うーん、なんか、生徒会で忙しいって。」

「ふーん・・・」


俺は生返事を返しながらもう一度椅子に座った。


ルナは、治癒魔法が使え、それは、俺らの中でも、向こうの世界でも唯一無二の魔法で、聖女であるルナにしか使えない魔法だった。

ルナは、聖女と呼ばれるにふさわしく、整った顔立ちに、ストレートの腰まである黒髪はつやつやと輝いていて、この学校で随一の人気を誇る生徒会長だ。

ルナと俺と隼人は小さい頃からずっと一緒の幼馴染だった。



「で?爽汰。何がそんなに不安なんだ?」


隼人が俺を至近距離で覗き込む。


「え?」

「『予言の書』を見た瞬間から、ずっと不安そうな顔してる。」

「あぁ・・・」



隼人には、俺の考えてることなんて、全て手に取るようにわかってしまうらしい。


「いや・・・わかんないんだよ。何がこんなに不安なのか。群とは言え、中級魔獣の討伐は、湊と環がいれば十分に可能だと思うし、ユージまでついて行ったんだから・・・問題はないと思うんだけど・・・なんなんだろう?不安が消えない。なんか・・・とんでもないことが起こりそうな予感がするんだ・・。縁起でもないこと言ってごめん・・・」

「ふーん・・・ま、大丈夫だろ、ユージがいるし。そんな心配そうな顔してんなって!」


隼人がまたぐしゃぐしゃと俺の頭を撫でた。


「うん・・・だといいんだけど。」


それでも俺の不安は消えない。

俺は、『歴史の書』を開いた。

まだ更新されていない。

まだみんなはトルタの森に到着してはいないのか。

俺は腕時計を覗き込んだ。


みんながドアの向こうへ消えてから、10分。

こちら世界の10分は、向こうの世界ではすでに何時間も経っているはずなのだが。


いつも正確に決まってるわけではないが、向こうの世界とこちらの世界では流れる時間に時差があり、こちらの3、4時間が、向こうの世界の時間ではほぼ2日くらいらしい。


みんなの話によると、この魔法のドアの向こう側は、イラハムート王国の宮殿に繋がっていると言う。

まず宮殿に到着し、討伐の場合、宮殿の騎士隊と合流し、転移魔法でミッションの場所へと飛ぶのだ。

移転魔法はものすごい重力を感じるらしく、初めて体験する1年生は、大抵その後、使い物にならないくらい具合が悪くなるのだそうだ。

前回、それを初めて経験した蓮と隆は、帰って来て、俺に散々愚痴をこぼしていた。


「爽汰先輩は体験したことないんですもんね、羨ましいです。」と、心底羨ましそうな顔で言い、環に思いっきりどつかれていた。


気持ち悪くなったっていい、俺だって行きたい。


そんな言葉を口にすることはできなかった。



「なぁ・・・隼人・・・」


俺は、『歴史の書』の上に突っ伏して目を閉じながら、隼人を呼んだ。


「ん?」

「なんで俺は・・・あっちに行けないんだろうな・・・」

「・・・・」

「俺も・・・行きたいなぁ・・・イラハムートに行ってみたい。いつか・・・行けるのかな・・・」

「過去にも・・・行けないメンバーなんていなかったみたいだしな・・・なんとも言えねぇよ。お前も行ければいいなぁ。一緒にミッション行ってみたいよ、俺だって。」


隼人の悔しそうな声を聴きながら、俺は急激な眠気に襲われ、あっという間に意識を手放していた。






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