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隣人の車

作者: 村嶋

人がいる場所に人がいない時、なんだか怖いような気がします。しかし、怖いというのは人がいない時ばかりに感じるものではないようです。



最近、隣人の様子がおかしい。


穏やかな新興住宅地として注目されるこの町に、念願のマイホームを購入した。新しい町での暮らしに家族もやりすぎなほど期待して、引っ越してきたのだ。

周囲は同じようにマイホームの購入をして地方から引っ越してきた若い人たちが多く、自治会の強い結びつきはなくとも何となく町に活気のある感じがして喜ばしく思った。


それから数年経ち、隣人が新たにマイカーを購入した。有名な国産車の高級ラインだった。

彼は車を家族かのように扱っていて、毎日のように洗車したり近所をあてもなくドライブしたりするのを見かけた。抑えきれない喜びと深い愛情を感じて、他人ながら微笑ましく感じたものだ。


だが、最近の隣人はどこかおかしい。


まず、常に車に乗っているようになった。彼は運転席に座って、エンジンもかけず、何をするではなく前を向いているのだ。


初めてその行動を見かけたときは土曜日の夕方で、運転席の彼と目が合い、お互い会釈をした。少しは驚いたが、これから出かけるところだったのだろうと思った。


しかし、翌日も、その次の日も、彼は運転席に座っていた。その頃には、目も合わなくなった。

ある日の夜、コンビニに買い物に出たとき、ふと隣人の車が目に入った。

彼は運転席に座っていた。座って前を向いていた。車にエンジンはかかっておらず、ルームランプもついておらず、車内は真っ暗で彼の詳細な表情は読み取れなかった。不意のことに驚いて、声も出ず目的のコンビニまで走ってしまったが、コンビニの中で帰りにまた隣人の車の前を通ることを考えて憂鬱な気持ちになった。

家にいる妻に連絡を入れ、家の中から様子をうかがうように言うと、すぐに携帯が鳴る。「外は静か! 誰もいないと思うけど?」という彼女の返信に、心の底から安堵してしまった。今のうち、今の隙にと帰りの足が急ぐが、その勢いも長続きしなかった。


あは ははは ヒヒヒ あーっおかしい…… あははっ はっ ははっ


家の方向から、誰かが笑う大声が聞こえてきた。どこかの家から漏れ聞こえているかと思ったが、その望みはすぐに打ち砕かれた。


あの車だ。


運転席からこちらを指さして、笑い転げている隣人の姿があった。

走っている自分のことをしっかりと指差しつづけ、半狂乱と言っていい勢いで笑い転げている。


ああっ ははっ ギャハハ ははっひっ ふふふっ


周囲に彼の声が響き渡る。一方で、並んだ家々はひっそりと静かで、まるで空き家のように暗く人の気配もほとんどしない。同じように、その車の中も真っ暗なままだ。


自分の家に転がり込んで、いつもは閉めない2個目の鍵やチェーンまで閉めて、玄関で座り込んでいると、妻が寄ってきて言った。

「ねえ、静かでしょ 夜だものね」

もう驚くこともなく、半ば諦めのような気持ちが湧いてきていた。ドア越しでもまだ、隣人の笑い声は響いていた。



妻の反対を押し切ってでもマイホームの買替えを検討するには十分な出来事ではないだろうか。


それから、何件かの土地をまわっているが、未だに引越し先は決まっていない。

理由は簡単だ。

どの町のガレージの車にも、運転席に人がいる。それは、昼でも、夜でも、まったくお構いなしに、いつも座っているのだ。


今も、隣人は運転席に座っている。

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