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 王宮では、手紙も小包も中を検められる。

 安全のためだということはわかっているけれど、嫌がらせの小包はアリーチェさんには見られたくなかったなぁと中身を広げて落ち込んだ。

「エレノーラ様、ゴシップ紙の書くことが間違った情報なのは皆わかっておりますから。気にしないのが1番ですよ!」と励ましてくれた。

 そう、小包が届いて、なんだろうとワクワクしていたら、中身がゴシップ紙だったのですと伝えられたのだ。

 ゴシップ紙に書かれることはままあるけれど、決して嬉しい物ではない。有る事無い事を創作して書いてくれるものだから、エレノーラは恋多き女になっているし、ユーナは逆ハーレムを作っていることになっている。


 あたし、まだ初恋だってしたことがないっていうのに。


 このゴシップ紙を送ってきた新聞社のことは、絶対に忘れないだろう。特ダネとでも思っているのだろうか。

「ちょっとお庭を散歩してきます」

 そう言って、ゴシップ紙を持って外へ出た。


 テラスの手すりにもたれかかり、「なによ」と手に持っていたゴシップ紙を地面に叩きつけた。

 一面にデカデカと『魔性のエレノーラ、王子に囲われる』と書いてある。

 この新聞社は、いつもあたしがどこそこの貴族に囲われただの、貴族の誰々氏がエレノーラにご執心だの、出どころのわからない記事を書いている。実際に貴族のファンにはここへきて初めて出会ったから、全く見に覚えのないことだ。

 ゴシップ紙は嘘ばかり書いて何が楽しいのだろう。売れるから書くんだろうけど。小説を書いた方がいいんじゃないかな。あたしの記事が嘘だらけだから、他の記事も真実は書いていないのだと思っている。

 ファンのみんなはこんな嘘を信じないと信じている。

 ゴシップ紙に書かれるたびに落ち込んでいては仕方ないってわかっているんだけれど。それでも毎回落ち込んでしまう。

 タリサは、ゴシップ紙に書かれるようになれば一人前と言っていたし、他のお姉さまたちも、名前を売るチャンス、有名になった証拠だから胸を張りなさいよなんて励ましてくれる。けれどあたしは喜べないんだ。嘘ばかりだから。

 なんで書かれた貴族の皆さんは反論しないんだろう。訴えられたりしないのかな。しかも今回は王子様だ。絶対に国から訴えられるに決まってる。これで少しは嘘記事を控えてくれると、あたしも心休まるというものだ。


「恋多き女エレノーラの次の恋の相手はなんとフィンレー王子。婚約発表したばかりの王子も、魔性の魅力にやられたか。先日エレノーラの住む建物に王宮の馬車が彼女を迎えに来て、そのまま帰ってこないという事だ。噂の真相を確かめに記者は王宮へ取材を試みると、エレノーラは部屋を与えられ王宮に滞在しているとのこと。ふむ」

 記事を読み上げる声にハッとし顔をあげると、あのもっさり頭にメガネの研究員がゴシップ紙を拾い読み上げていた。

「なんですか」

 元々良い印象がないのだ。ファンにさせてみせると誓ったのに、態度がトゲトゲしてしまう。

「新聞に載るなんて、本当に有名人なんだな」

 はいどうぞ、とゴシップ紙を渡してくる。

「なんで読み上げたんですか」

「すごい見出しで目に入ったから。こんな見出しならどんどん売れそうだな」

 嫌味かな? と思いながらゴシップ紙を受け取る。

「あなたもこんなゴシップ紙の記事を信じるんですか」

「ゴシップ紙か。初めて見た」

 会話のキャッチボールができているんだかいないんだか、するつもりがあるのかないのか、答えをはぐらされているのかもしれない。

 もっさりした頭を思わず睨みつけてしまった。

「あたしは、ゴシップ紙は大嫌いです。ウソばかり」

 ゴシップ紙への怒りをこの人に八つ当たりしているだけなのはわかっている。でも、この人も記事を読み上げるなんて悪趣味なことをしたから、あたしが怒っても仕方ないよね。

「おれは、自分の目で見たことを信じますよ。文献も参考にはするが、確認してみないことには確信が持てない」

 あたしはすっかりなんの話をしているのかわからなくなった。ゴシップ紙の話をしていたのではなかったかしら。

 王立研究所の研究員よりもあたしに学がないのは当たり前の事だから、恥もかき捨てて「なんの話をしているの?」と首を傾げた。

「あなたが、この記事通りの人ではないということです」

「っ!」

 思わず息をのんだ。よく知りもしないのに、あたしの話を信じてくれるなんて。

 あたしのファンではない、あたしのことをよく知らない人があたしのことを肯定してくれたことがなんだかものすごく嬉しくて、ゴシップ紙への怒りが薄まっていった。

「あたしの話を信じてくれるの?」

「まぁ本人の話はまず聞きます」

「ありがとうございます!」

 気持ちが軽くなって、元気にお礼を伝えた。悪い印象ばかりだったけれど、しっかり人を見てくれる人なんだな。

 まぁ、最初のアレは事故だったわけだし。そんなに悪い人じゃないんだろうな。人は見かけによらないと言うし。

「本当はいい人なんですね。ぶつかった時のことを覚えていないくらいだから、変な人かと思ってた」

 あたしがにっこりすると、彼はメガネをかけ直した。その様子がなんだかソワソワしているように見える。

 あら、とうとうあたしの美貌に気がついたのかしら。あたしの笑顔の虜になるといいわ。ついにこの人をエレノーラファンにすることができたみたい。思っていたよりも早かったじゃない。

 あたしがフフンと鼻息を漏らすと、彼は「いやその、実は」と少し狼狽えているように見える。

 さっきの何を信じるかの話の時とは少し様子が違う。顔がよく見えないって、結構もどかしいものだ。

「まさか、覚えているの?」

「本当に事故で」

 ちょっと待って。それってもしかして。

「あたしのどこに触ったか、覚えているの?」

「寝不足だと体が思うように動かず、申し訳ない」

 曖昧に答えるなんてずるい。でも答えはYESってことよね?

「覚えてないって言ったじゃない!」

「他の人がいるところでそんな話をすればあなたが傷つくかと」

 そういう気配りはできるようね!

 それより、エレノーラファンになったんじゃなくて、あたしの胸を触ってしまった事故を思い出して慌てているだけだったなんて!

 落ち着いた怒りがまた沸々と湧き上がってくるようだった。きっと髪も逆立っているに違いない。

「サイテー! 全然いい人じゃない!」

「お詫びにその新聞を処分しますから」

「お願いします! そしてあたしの胸のことも忘れてください!」

 なんなのよこの人!

 ちょっといい人なのがまたムカつく!

 あたしはゴシップ紙を丸めて突き出した。バトンのように渡して踵を返す。

 ちょっといい人と思ってしまった自分にも腹が立つ。

 なんでエレノーラの魅力にはやられないのよ。胸に触ったことを思い出して狼狽えるくらいのくせに。

 悔しい思いで振り返ると、もうその人も去るところで、背中が少し丸まっていてしょんぼりしているように見えてしまった。

 何よ大の大人がしょんぼりすることないじゃない。

 ちょっと可愛いなんて思ってしまって、ちがう可愛いじゃないと打ち消した。

 どうしたらあたしのファンになるんだろう。

 こんなこと踊り以外で考えたことなかったから、全くわからない。やっぱり踊りを見せないことにはファンにはならないか。だったら見せてやろうじゃないの。

 そして、あの男の名前を知らないままなことに気づいて、さらに悔しくなってしまった。なんであたしの情報ばかり知られてるのよ。でもあたしは巷で人気者のエレノーラだ。あたしは有名人だから仕方がないか。でもやっぱり悔しい。

 敵を倒すために情報収集は必要だ。

 なりふり構っていられない。立場は上手く活用しないとね。

 クラリーサ様と王宮のエレノーラファンのためのステージはどうだろう。屋外のステージで誰でも見れる様にすれば、あの男も自然に呼べるじゃない?

 我ながら良い案を思いついたと、ほくそ笑む。

 嫌なことがあっても、次の楽しみの計画を考えると嫌なことを忘れられて良い。

 部屋に戻ってクラリーサ様を迎える準備をしなくては。

「あの」

 物思いに耽ってほくそ笑んでいたところに、急に声をかけられた。びっくりしすぎて体が縮んだ。

「はい」

 落ち着いているのを装って振り返ると、あの男だった。あれ、さっき去っていかなかったっけ。

「言い忘れたけど、そういう服が一番良いですね」

 そんな事を言われるとは思わなかったから、本当に言葉が出なかった。

 今の服装は、ブラウスにスカートというなんの変哲もないただの普段着だ。着替えで持って来たいつもの普段着。クラリーサ様が仕立て屋さんを呼ぶと言っていたから、着替えやすい格好にしただけだった。

 踊り子の華やかな衣装でもなく、美しく滑らかなドレスでもなく。

 この普段着のブラウスとスカートが良いと言う。

「それは、どうも」

 なんと返せば良いのかわからず、呆気に取られてあたしは間抜けな顔をしているだろう。

「では」

 くるりと踵を返し、その男はローブを翻して去っていった。先ほどの様に丸まった背ではなく、颯爽とした歩き方だ。翻るローブが騎士様の様で思わず見入る。なんだか既視感があるような。でも思い出せない。

 それよりも、なんなのだろうあの男は。本当に。一体。

 それを言うためだけに戻って来たのだろうか。

 本当に変人なのかも。

 部屋へ戻る足元が軽いのは、ゴシップ紙を持っていないからであって、絶対にあの男のおかげとかではない。

 絶対に。

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