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 アパートの前まで馬車が迎えにきてくれた。

 王宮の馬車は庶民用でもこんなに目立つのかと目を見張ってしまった。先日の送ってもらった馬車も同じだっただろうに、緊張していたせいか、あたしは全然覚えていない。

 何事かと街の人も少しざわついて集まってきていた。

 王子様ってお忍びで街に繰り出したりしないのかな? そういう時用のおとなしい馬車でいいんだけど。それって物語の中だけ?


 タリサとユーナは仕事で見送りにはいなかったけれど、カラとサラの元気な笑顔を見て寂しさも我慢できた。長期で留守をするのは初めてだ。


 しかし、王宮へ再びやって来るのが、こんなにすぐだと思わなかった。

 王子様の婚約者お披露目会の時は、朝はもう緊張でご飯が食べられなかった。無理やり押し込んだけど。前日までの楽しみな気持ちがびっくりするくらい無くなっていたのだ。

 けれどあたしは、エレノーラ。そんな姿を晒すわけにはいかない。踊りが普段通りにできてほっとして、緊張なんてすっかりどこかへ飛んでいってしまっていた。舞台を楽しめるくらいに。王宮の合奏団の演奏もとても素晴らしかったし!

 今日はというと、緊張はまぁまぁしている。けれど今日は踊るわけではないし、王子様の友人という仕事のつもりで来ているので、しっかりしなければならない。そう、これは仕事なのだ。よくわからない仕事だけれど。


 王宮へ着くと、早速滞在する部屋へ通された。今日のあたしは持っている中で1番上等なワンピースを身につけている。ドレスなんていうものはもっていない。前回来た時は踊り子の衣装の上にコートを羽織って来て着替えて帰ったけれど、今回はすぐ踊らないから、衣装は鞄に入れてきた。

 部屋では先日お世話になったお姉さんが待っていた。

「エレノーラ様のお世話をさせていただきます、アリーチェです。またお会いできて嬉しいです」

 にっこりと微笑みかけてくれ、歓迎されていることを嬉しく感じた。

「先日もお世話になりました。今日からまたよろしくお願いします。あたしもアリーチェさんがいてくれてよかったです」

 貴族の礼儀作法は勉強していないから、これを機に教えてもらおうっと。

「早速ですが、こちらに着替えていただいて、王子殿下とお打ち合わせです」

 お荷物お預かりしますねとカバンを受け取り、クローゼットの前に置く。クローゼットにはドレスが掛けられており、アリーチェさんが取り出す。

「お着替えお手伝いいたしますね」

「そのドレス、お借りしていいんですか?」

「もちろん! エレノーラ様のためにご用意いたしましたよ。王子殿下がわたくしどもエレノーラ様ファン同好会メンバーに選ばせてくださりました。エレノーラ様に必ずお似合いになるドレスを選ばせていただきました」

 なんかすごい同好会があるんだな。あたしのファンもどんどん広まっているようでくすぐったくもあり。

 「嬉しいです。ありがとうございます。お礼に今度同好会メンバーの皆さんに踊りを捧げないとですね」

 「ぜひ! お願いいたしますね!」

 まさか王宮でファンと交流することになるとは思わなかった。

 王宮勤めのお姉さんたちだから、庶民のあたしよりもきっとお家柄も良いだろうに、とても嬉しい。いじめられたりしたらどうしようかとほんのちょびっとだけ思っていたから。まぁ、そんな事があってもあたしは負けないけれど。

 淡いグリーンのドレスを着せてもらう。ドレスは初めて着るけれど、結構がっしりと体を締め付けてくるのね。安定感が強い。踊りの衣装がヒラヒラすぎるのかしら。でもやっぱりお金がないとこんなにしっかりした衣装は作れない。なんて、なんでも踊りに絡めてしまうな。

 髪もささっとまとめてくれた。さすが王宮のメイドさんだ。

「いかがでしょう」

「こんなに素敵なの初めてです。ありがとうございます」

 鏡を見ると、なんだかあたしじゃないみたい。不思議な感覚だけれど、初めてのドレスが嬉しくてニコニコしてしまう。

「それではご案内しますね」

 そう言われて、仕事だったとハッとする。気を引き締めなくては。

 しばらく歩いてようやく王子様の執務室にたどり着いた。

 どこを通ったか覚えられないくらい歩いたから、1人だと絶対に迷子になる。

 アリーチェさんが、コンコンとドアを叩き「失礼します。エレノーラ様です」と中に声をかけた。

 ドアが中から開いた。王子様が机に向かっている。部屋の中は思ったほど煌びやかではない。机も重厚そうで、年代物のような色合いと質感だ。

「やぁ、エレノーラ嬢。依頼を受けてくれてありがとう」

 顔を上げて王子様がお礼を言った。

 金色のサラサラの髪は毛先が揃っていて、まるで物語の王子様のようだなとお披露目会の時に思ったのだ。その隣にいた婚約者さまも、王子様よりも輝くプラチナブロンドの髪に緑の瞳が印象的で、こちらも物語のお姫様のようで、お二人はとてもお似合いのカップルなのだ。そのお二人のために踊れた事があたしは嬉しかった。それまで王族の方々を間近で見たことなんてなかったし、新聞の姿絵は当てにならないなと思ったのだった。

 あたしはお辞儀をしてから「こちらこそ、仕事のご依頼ありがとうございます」と答えた。ちょっと失礼だったかな。でも何も言われてないしいいか。

「今日はちょっとだけ打ち合わせをさせてほしい。さぁ座って」

 机の前にあるソファに案内される。

「失礼します」

 座ると紅茶が用意された。今日はいただきます。

「ドレスありがとうございます」

 忘れないうちに言っておこうと思ったら、王子様が嬉しそうに微笑んだ。

「クラリーサがエレノーラ嬢にお礼をしたいという事で、私が手配させてもらった。喜んでいたと伝えておくよ」

 あ、うん。そういう事でしたか。話のネタにね。なるよね。どんどん使ってくれて構わないです。今回はそういうお仕事。

「さて、本題だが、クラリーサがエレノーラ嬢と仲良くなりたいとのことでね。私はもちろんこうして友人になったわけだし、これからも王宮での催し物の中で踊りを披露してもらおうと思っているのだが。まず明日、クラリーサとのお茶会の時間に同行してもらいたい」

 友人……って王子様本当のお友だちいるのかな、王宮での催し物って、あたしがいる間に頻繁にあるのかな、とか、あたしどれだけここに滞在するのかな、とか色々思ったけど、まあ返事は「わかりました」だ。

「ちなみに明日は踊りますか」

 衣装はどうするか確認したくて聞くと、王子様は顎に手をやって悩むポーズを取った。

「うーん、お話ししてみたいと言っていたし、踊りを披露してもらうのはまた次の機会の方がいいかな」

「わかりました」

「でも、もしかしたら踊ってほしいって言うかな?」

「では一応用意しておきます」

 婚約者に甘すぎではないか、この王子様。国が大丈夫かちょっと心配になってきた。

「さすが、クラリーサのいち推しの踊り子だ。話が早い」

 うんうんと頷いて何かを納得している。アリーチェさんの方を見ると、うんうんと同じように頷いていた。あたしが褒められているのか、クラリーサ様を褒めているのか、どちらなのか。どちらもなのだと受け止めておこう。

「また踊りの依頼は都度アリーチェに伝えさせるので、王宮でゆっくり過ごしてもらいたい。エレノーラ嬢、よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 立ち上がって頭を下げると、アリーチェさんが、「エレノーラ様こちらへどうぞ」とドアを開けてくれた。

「王子様っていつもあんなに婚約者様に甘いんですか? って、あたしがここにいるからそうなんだろうけど。国は大丈夫ですか?」

 思わず言ってしまったけれど、アリーチェさんは肩をすくめて「王子殿下はとても素晴らしいお方なのですが、クラリーサ様の事になるとあんな感じになってしまわれるのです」と言った。

「でもクラリーサ様もそれはもうとても素晴らしいお方で、未来のお妃様に相応しい方ですから、国は安泰ですよ」

 最後はにっこり微笑んでいたので、ちゃんと信頼される人なんだとわかった。


 廊下を進んでいくと、向こうからこの前ぶつかった人のようなローブを着た人が2人歩いてくるのが見えた。

 私は少し足がすくむ。アリーチェさんに「あのローブの人たちは?」と聞くと、「王立研究所の研究員の方々ですよ」と教えてくれた。王宮内で普通にすれ違うものなんだな。

 近づいてくると、ますます前回ぶつかった人のような気がする。隣は少し小柄な三つ編みの女性だ。

 どうしようもないのに、すれ違ったらどうしようと考えていたら指先が冷たくなってしまった。

 アリーチェさんが「あの方……」と呟いたと思ったら、「もしかして、エレノーラちゃんでは!?」と可愛らしい女性の声が響いた。

 ハッと足元を見ていた目線を上げる。

 そうだ、あたしはドレスという勝負服を着ているし、こんなところで怯えていてはいけない。あの男をエレノーラファンにすると誓ったんだから。

 返事をしようと口を開きかけたところで、アリーチェさんが「もちろんエレノーラ様です」と返事をしてくれた。なんだか自慢げに見えるのはあたしだけだろうか。

「ヒェ! こんなところでお会いできるなんて! ワタシ、だいだいだいファンなんです!」

 ローブの三つ編みの女性が大きな丸いメガネの中から大きな丸い瞳をキラキラさせてあたしを見ている。

「ありがとうございます」

 あたしはもちろんとびきりの営業スマイルで応える。

「ファンサがすごい!」

 三つ編みの女性が喜んでいると、男性の方が一歩前に出た。あたしはギュッと手を握りしめる。

「もしや、先日ぶつかった方では」

 男性の方がもっさりした頭を下げてきた。

「どうも先日はすみませんでした。寝不足でよく覚えていないのですが」

 アリーチェさんも「そうです先日の方です」と小さい声で反応している。

「あたしも慌てていたから。お互い気をつけましょうね」

 よく覚えていないと聞いて、少し安心してしまった。胸につっぷしてきたことはわかっていないみたいで悔しい気もしたけれど、覚えていないならそれでいい。覚えていられる方があたしも嫌な気持ちになる。だからあたしは謝らなかった。

「エレノーラです。当分の間、王宮でお世話になるので、踊りを見ていただけると嬉しいです」

 ボサボサの前髪と太いフレームの眼鏡で顔がよく見えないけれど、あたしはその人を覗き込んで、にっこりと笑って見せた。ここが勝負どころだ。

「はぁ」とあまり興味のなさそうな返事をされても、あたしは笑顔を崩さない。代わりに三つ編みの女性が「先輩、絶対見せていただきましょう」と鼻息を荒くした。

 アリーチェさんがまた誇らしげに「私が間を取り持ちましょう。またご連絡いたします」と言ってくれた。

「では」と踵を返すと「エレノーラちゃんをこんな間近で見られる日が来るなんて……」とため息まじりの声が聞こえた。

 そんなふうに言ってもらえるなんてすごく嬉しい。王宮内のファンが思っていた以上にいてくれることにびっくりだけれど。

 ただし、あの人。あの男は本当にあたしに興味がないのかな?

 あたしに微笑まれて「はぁ」と言った人間が今までにいただろうか。いやいない。いないのだ。大体はうっとりするはずなのに!

 悔しい気持ちがふつふつと湧き上がっていた。

 すれ違いそうになって怯えていたあたしはもういない。怖いものはもうないのよ。あの男は覚えていないのだから。ただぶつかって倒れただけだと思っている。あたしの胸は無事だ。名誉は守られた。

 なんとしてでもあたしのファンにしてみせなければ。エレノーラの名が廃るってもんよ。

 あたしは決意を新たにしたのだった。

評価やブックマークありがとうございます!

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エレノーラヲタが多い職場。笑

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