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馬車で街中にあるアパートの入り口まで送ってもらった。
アパートといっても、踊り子組合が管理している大きな建物で、食堂や大浴場、会議室、ガラス張りのレッスンルームまで備わっている。
組合に入っている踊り子は、申し込めば誰でも住める寮のようなものだ。家賃はもちろん発生している。そして男子禁制の完全女子寮。
ドアを開けるとロビーに仲良しメンバーが待ち構えていた。
「おかえり。王宮はどうだった?」
「やっぱり王子様ってキラキラしていたの?」
「私も王宮デビューしてみたいわぁ」
双子のカラとサラが目をキラキラ輝かせて言った。
あたしも行く前は、そんな風にキラキラした想像しかしていなかったけれど。
「めちゃくちゃ豪華絢爛って感じで緊張した!」
あたしが荷物を下ろすと、ユーナがわっと抱きついてきてくれた。ユーナはあたしと同期で、いちばんの仲良しだ。
「おつかれさま! 夢の舞台の話、しっかり聞かせてよね!」
まあるい栗色の目を細めて笑いかけてくれる。小動物のようで、愛され癒しキャラだ。
「それが、あたし、王子様の客人扱いになっちゃって」
「「ええー!」」
みんなが一斉に叫んだ。狭いロビーに声がわんわんと響いて、螺旋階段の上から何事かと覗く顔もちらほら。
共有スペースで騒がしくしてしまい申し訳ない。
「お腹もすいたでしょ。食堂で話しましょう。あなたは先にお風呂を済ませたら」
一番年上のタリサがそう提案してくれた。
あたしもあったことをみんなに聞いて欲しかったから、一旦部屋に荷物を置いてシャワーを浴びてから食堂へ向かった。
「で、客人扱いってどういう事よ、エレナ」
タリサが前のめりになる。
エレナは、あたしの本名。エレノーラは踊り子としての芸名。エレノーラもとても気に入っているからどちらも大好きな名前だ。
ちなみに、芸名はつける人もいればつけない人もいる。あたしはママがつけていたからあたしもならってつけた。エレノーラという名前を考えてくれたのは組合長だ。
今ここにいる人たちがエレナと呼んでくれるのは、大事な時だけ。普段はエレノーラと呼ぶし、あたしも芸名で呼ぶ。その方がより見られている感覚を身につけられるから。
タリサは一番お世話になっているお姉さま。ママが死んでから、踊り子の仕事のことはタリサが教えてくれた。
あたしのママも踊り子だった。そのママの弟子がタリサだ。あたしには本当の姉のような存在。ちなみにタリサはタリサで活動している。ユーナはこの街の出身で知り合いも多いから芸名はつけなかった。双子のカラとサラも芸名はない。
「なんか王子様が婚約者と仲良くなるダシにしたい、みたいな?」
変な要約をしながら手短に話す。
「えっ、ちょっとよくわからない」
「エレノーラを愛人にしようたってそうはいかないんだからね」
双子が声を荒げた。
「まったく、2人はエレノーラ過激派なんだから〜」
ユーナが2人を茶化した。
「黙っていれば国一の美少女と名高いこのエレノーラ様よ!」
「みんなの憧れるストロベリーブロンドの髪に、吸い込まれそうな青い瞳。すらりとしたプロポーションに、陶器のような白い肌。これぞ神様の最高傑作よ!」
双子は演技じみた台詞回しで、椅子から立ち上がりあたしの後ろへ立つ。
「その黙っていればってどういう事よ」
じろりと2人を交互に睨みつけると、カラとサラは嬉しそうに笑った。
「「だってこれが本性なんだから〜!」」
きゃっきゃと楽しそうに黒髪のツインテールを跳ねさせながら座席に戻る双子。あたしはその艶々した黒髪もとっても魅力的だと思っている。
「まぁ仕事って事なら全く問題ないんだから、王子の客人をやって来なさいよ」
タリサが眉尻を下げて笑った。
「そうする。またあたしが有名になっちゃうけどね」
あたしがそう言うと、双子が嬉しそうに「「出た高飛車〜!」」とハモった。さすが双子。
こんなふうに軽口を言い合える仲間がいてくれて良かった。
「それに、いい出会いがあるかも知れないし!」
にこにことユーナが頬杖をついた。
「あたしはまだ踊りを優先したいしな」
「でも、運命の人なんてどこで出会うかわからないじゃない」
いずれはあたしも好きな人に出会って結婚したいとは思う。けれど、あたしはまだ恋もしたことがないし、今は踊りを頑張りたいから恋はまだいいかなと思う。そういう話をすると、ユーナが好きな人がいるってとっても素敵なことよって話してくれる。恋をして、さらに踊りが良いものになるのなら、早く恋をしてみたいと思うけれど、なかなかそうはいかないものだし。こればっかりはね。
「王子様の愛人だけはやめて! あたしたちのエレノーラが愛人だなんて!」とカラが机に突っ伏す。
「いや、王子様は婚約者一筋っぽいから大丈夫」
ついつい冷静に突っ込んでしまった。
「それより、聞いてよ。ホールから部屋に戻る廊下で人にぶつかったんだけど、その人転んだ拍子にあたしの上に倒れ込んでさぁ」
軽食のサンドウィッチを齧りながら、一番話したかったことを話し始める。王宮での踊りの話よりも、あたしにはこっちの方が大問題だ。
「怪我ないの?」
ユーナが心配してくれる。
「うん、怪我はないんだけど、その。胸を触られて」
「男?」
「うん」
「チカン?」
「いや、違うと信じたい。寝不足そうだったし不慮の事故だと思う」
ユーナは黙ってあたしを抱きしめた。
「王宮で相談した方がいいよ。私も着いていこうか?」
タリサが怒ったような声を出した。
カラが「国宝になんてことするんだ!」と言った。いつの間にかあたしが国宝になってる。
涙が溢れてきた。やっぱり怖かったし、みんなが心配してくれたのが嬉しかった。
「ありがとう。今度相談してみる。あたしのファンの人、たくさんいるから」
泣き笑いで答えた。
「それよりもその人、あたしのこと知らなかったからめっちゃ悔しい。絶対エレノーラファンにさせる!」
涙を拭いながら言うと、「即落ちだ!」とサラが言った。
双子は同じことも言うけど、妹のサラの方が少し攻撃的だ。
踊り子の衣装は確かに心許ないけれど、もちろんお触り禁止だ。みんなも怒ってくれたことで、あたしもようやく気持ちが落ち着いた。
「それで王宮にはいつから行くの?」
あたしを抱きしめながらユーナが上目遣いで見てくる。
この娘は確信犯だろうか。こんな事をされて落ちない人がいるのか? と思う。
大きな目でこちらを見つめられ、ぎゅっと抱きしめ返した。
あたしは踊りは1番だと思っているけど、ビジュアルで言えばユーナには敵わないと思う。栗色のふんわりした巻き毛に白い肌、髪と同じ栗色の大きな瞳と長いまつ毛。良くある髪色と瞳の色だけれど、それなのに明らかに輝いていて。手の届きそうで届かないような。そしてみんなの庇護欲を掻き立てる仕草。
そもそも町1番の美少女(容姿も気立ても良し)が、踊り子になっているのだから、ファンも応援したくなるってものだ。でもユーナは「エレノーラが1番だよ」と言ってくれる。ユーナは1番を目指していないらしい。
「明後日からの予定だから、明日はゆっくりお休みする」
「しばらくは王宮生活になるのね。体調に気をつけて、何かあればすぐに帰ってくるのよ」
タリサがそう言ってあたしに微笑んだ。
ここで待っていてくれる人がいることが、あたしにはとても嬉しい。