◇1
◇side.リンティ
「リンティー、ごはんだよ~!」
「ビー、きょうは?」
「カレー!」
昨日、先生とみんなで畑にまいて作った野菜で作るのかな。やったぁ!
院長せんせいと、私と、あと私と同じくらいの歳の子と、私達よりお姉ちゃんの人の8人でこの孤児院に住んでいるから、ごはんを作るのはたいへん。院長せんせいは今お年? だからはやく行ってお手伝いしなくっちゃ!
美味しいカレー、楽しみだなぁ。
「院長せんせー!」
「こぉら、走らないの。早く手を洗ってきなさい」
「「はーい!」」
とっても美味しそうなカレーの匂いがする。とっても楽しみ。
みんなで仲よく並んで食べるごはんは、とっても美味しいし、話をするのも楽しい。だから、私はこの時間がとっても好きだ。
「院長せんせい、きょう来てたお兄さん達ってだれ?」
「あ……ただ、お手紙を届けに来てくれたのよ」
「へぇ~」
へぇ、そんな人来てたんだ。でも、昨日も私、知らないお兄さんたち見たような……
「おれおかわりっ!」
「ずるいっ! 私もっ!」
院長せんせいに、そんなにいっぱいお手紙がくるのかな? どんなお手紙なんだろう……?
けれど、その次の日の事だった。またこの孤児院にたずねてきた人が……1、2……5人?
「リンティ、こっち」
「え?」
ここでいちばん年上のお姉ちゃんに手を引かれて、奥に連れていかれた。外では、せんせいと男の人の声が聞こえてくる。
けれど……せんせいの声、いつもと違って、怖い、ような……
「いい、これはかくれんぼよ。大人の人達に見つからないように、静かにしてるのよ」
「……うん」
いい子ね、と頭をなでてくれた。かくれんぼ、なんて……いきなり?
大人の人たち、ってどんな人たちなんだろう?
「待ってくださいっっ!!」
「失礼します。捜せ、くまなく」
バタバタと家に入ってくる、大きな足音。おどろいたみんなの声。その足音は、だんだん大きくなってきた。それに合わせて、私を抱きしめてくれていたお姉ちゃんの力も、強くなってくる。
そして、ついに、この部屋のドアが開かれた。
「いたぞ!」
お姉ちゃんが私をかくすように動いたけれど、よく見えた。
銀色のかみに青い目の男の人。その人が、私の目の前に片ひざを付いた。
「ハニーブロンドの髪と、瞳。間違いない、この方だ」
この人たちが、かくれんぼのおに? どうしよう、見つかっちゃった! けれど、院長せんせいの私を呼ぶ声がした。急いで入ってきて、私たちと男の人のあいだに入るように私を抱きしめた。
「得体の知れない者に、大事なこの子を引き取らせるなんて事、出来る訳ないでしょう……!!」
いつもと全然違うようすのせんせい。目の前にいる男の人の後ろにいた男の人は、ため息をつきながら「仕方ありませんね」とポケットから何かを取り出した。
手のひらに収まるくらいの大きさの、しかくいもの。うすくて、シルバー。ハニーブロンド、私のかみと目の色と似た色で、もんよう? が書かれている。
それと、目の前にいる男の人は腰にさしてあった……剣を取り出していた。それを、私たちに見せる。
それに、何の意味があるのだろうか。それを見たせんせいは、恐ろしいものを見ているような、そんな顔でふるえていた。
ど、どうしたのだろうか……はっ、剣!!
も、もしかして、剣でころされちゃう!? そ、そんなのヤダ!!
「あっ」
「せっせんせいころさないでっ!!」
自分もころされてしまうかもしれない。けど、大好きなせんせいがころされちゃうのはもっとイヤだっ!!
せんせいと男の人のあいだに入って、大きくうでを広げてせんせいをかくした。
怖いけど、でもイヤだ。泣いちゃダメ、そしたらせんせいが守れない。そう思っても、怖いものは怖い。
その剣を抜いて、刺されっちゃうんじゃ? そしたら死んじゃう……
「ご、誤解です、皇女様!」
男の人はあわてて剣をしまって、もう一人は目の前に片ひざを付きそう私に言った。
「かっ、帰ってっ!!」
「例え皇女様の頼みであっても、我々は皇帝陛下より命を賜りこちらに赴いたわけですので、それは聞けません」
こ、皇帝? それに、皇女さまって……えらい人の名前が出てくるのは、どうして……?
「詳しい事は、城でご説明します。とにかく、我々と共に来ていただきたいのです」
「お、お城……?」
「貴方様が、本来いるべき場所です」
「……私の家は、ここだよ……?」
「いいえ、それは間違いです」
ま、まちがい? だ、だって、ここは小さい時からずっといる家で、みんなといっしょに、せんせいといっしょに……
ぜんぜんよく分からなくて、うしろにいるせんせいの方にふりむいた。
「せ、せんせぇ……」
ねぇ、せんせい。どういう事なの……?
「証拠は」
「髪と瞳の色を見れば、一目瞭然でしょう」
「……リンティを連れていて、どうする気」
「先程も申し上げた通り、リンティ様には本来いるべき場所に戻って頂きます」
「……危険は」
「我々近衛騎士団が命に代えてもお守りいたします」
せんせいは、こわい顔でそれだけ聞いてだまってしまった。それから、私をきつく抱きしめた。
「ごめんなさいっ……本当に、ごめんなさいっ……先生が、無力なせいで……」
あ、あやまらないで、なかないで、せんせい。
「リンティ、貴方は強い子よ。さっきも、剣を出されて私を守ってくれた。勇気があって、そして優しい子に育ってくれて、先生は誇らしいわ。けど、無理や無茶は決してしちゃダメ。先生と約束できる?」
すぐにわかった。せんせいと、みんなとお別れしなきゃいけないって。
「や、やだよぉ、せんせぇ……」
「大丈夫よ、リンティ。これが最後じゃないんだもの。いつか、会いに来て」
「せんせぇ……」
「先生はいつでも、リンティを愛してるわ。孤児院にいるみんなも、リンティの事が大好きよ」
「せんせぇ……大好き」
「ありがとう、リンティ」
「……」
イヤだ。
この人たちを追い出して、ここでみんなとずっといっしょにくらしたい。
けれど、どうしてだろう。それを言ったら絶対せんせいが困っちゃうって分かった。
せんせいを困らせるのは、いやだ。
「おわかれじゃ、ない?」
「えぇ」
「せんせいに、また会える……?」
「えぇ、きっと会えるわ」
「……」
抱きしめてくれたせんせいは、その手をはなした。目いっぱいの、笑顔を見せてくれた。
「……いって、きます」
「っ……えぇ、いってらっしゃい」
こわいけど、でもせんせいが大丈夫って言ってくれた。だから、大丈夫。
バイバイ、と手を振って男の人たちの方を向くと、「参りましょうか」と言われた。どういういみか分からないけれど、この家を出ないといけないって分かっていたから、男の人たちについていった。
泣いちゃ、だめ。そう思っていても、出ちゃう。
ダメ、自分で決めたんだから。せんせいを困らせたくないって、自分で思ったんだから。
「……いってきます!」
まわりにいたみんなにむかって、笑顔で手を振った。
「お別れはお済みですか?」
「……どこ、行くの?」
男の人が、私にそう話しかけてきた。とってもやさしそうな人だけど……
失礼します、と抱っこされて、馬車にのせられてしまった。
「かぼちゃ……」
「すみません、かぼちゃの馬車はご用意出来ませんでした」
「あっ……」
つい、口からかぼちゃが出てしまった。ダメダメダメ、私はせんせいを困らせちゃいけないんだから、しっかりしなきゃ!
「申し遅れました。私は近衛騎士団団長のアーサー・エバンズです」
「私は、陛下直属の秘書をしています、テオ・デービスと申します」
二人は、とてもキレイな洋服と、よろい? だ。お金持ち、なんだよね。すごいところで働いてるし、ファミリーネームがあるから貴族。当たり前、だよね。
「これから向かうのは、モファラスト国の皇都にある皇城でございます。そこで、まずは皇女様のお父上、皇帝陛下に会って頂きます」
皇帝へいか、この国でいちばんえらい人、だよね。どうして?
「どうして、私なんですか?」
「皇女様は、陛下と血の繋がった皇女様なのですよ」
「私、おとうさん、いません」
おぼえてないし、せんせいがいないって言ってた。
「今は亡き皇后陛下は、皇女様をお産みになり皇室から去ってしまわれました」
……ん?
なき? こうごうへいか?
「あ……皇后陛下とは、皇帝陛下の伴侶……」
「おい、伴侶じゃ伝わらないだろ。奥さん、なら分かりますか?」
おくさん! おくさん、ってことは……皇帝へいかのおくさんだ!
「皇帝陛下の奥さんが子供を産んだ後に、奥さんと子供がいなくなってしまったのです」
「え……」
い、いなくなっちゃったの……!?
「ようやく手掛かりを掴んだ時には、奥さんはお亡くなりになってしまっていました。ですが、ようやくあの孤児院で貴方様を見つける事が出来たのです」
「……」
「貴方様ですよ」
「……私?」
「そうです」
へぇ……でも、私あの孤児院に……
よく、分からないなぁ……
男の人によると、ここからお城まで2日らしい。
「お忍びとはいえ乗り心地の悪くみすぼらしい馬車しかご用意できず申し訳ありません」
あやまられた、んだよね?
けれど、馬車に乗ったのはこれが初めてだし、揺られてるだけで足もいたくない。外を見ると、もう孤児院は見えなくなっちゃった。座ってるだけでもうこんなに進んじゃったなんて、すごい。
ひと月に一回ある市場のイベントに、いつもせんせいとみんなで行ってたけど、ちょっと遠くて帰ったらいつも夕方だった。これがあったらすぐ行ってすぐ帰ってこれるんだろうなぁ。
院長せんせい、みんな……今、なにしてるんだろう。
「皇女様、如何なさいました?」
いきなり話しかけられて、すぐに頭を横にふった。
お城に向かうまでのあいだの時間は、いつもの2日間よりだいぶ長かった。
ただ馬車にしらない二人といっしょに乗っていて、いろいろお話をしてくれるけど、それでも長くてつまらなかった。
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