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短編集

愛の自然 -少年と少女、時の結実-

初の短編です! よろしくどうぞ

 夏の夜の砂浜にて。


 少女と少年はもうずっと見つめ合っていた。


 二人は、明日、十六になる。


 海風に揺れる少女の長い黒髪も、少年の強い意志を示すように曲がった眉も、明日を境に大人びてしまうかもしれなかった。


 月の光は青々と、二人の影を伸ばしている。


 ざざーん、ざざーん。

 白波が少女の裸足を捕らえた。


 少女は白のワンピースをからげて、その片足で力いっぱい波を蹴り上げた。星の一つも見えない深海のような夜空に、しぶきが煌めいた。


「わたしは昔から、運命という言葉が嫌いでした。みんな、運命、運命、歌うように口を揃えて言いますけれど、そんなにいいものかしらって。恋に落ちて、相手との間に、見えない繋がりが欲しくなるのでしょうか。二人が一つになろうとする大いなる力に、名前を付けたくなるのでしょうか。分かりません。だってそうでしょう? ある日突然目の前に、白馬に乗った王子様が現れたって、わたし困ります。どうしていいか分からなくて、困ります。そもそも、あなたは誰なのでしょうと、困ります。顔も名前も知らない王子様に、いったいどんな感情を向ければ正しいのでしょう。きっと、なんでもいいのです。だって、相手は白馬の王子様なのだから、それが熱情だって冷静だって、運命に導かれるように、赤い糸を辿って、全部が嘘みたいに華々しい物語の結末を迎えるのです。でもそれって、なにがいいのでしょう。何をしたところで、変わらないのですか? そんなの、死んでいるようなものです。自分からは何もしなくとも、あちらから幸福がやってくるの。わたし生きてる心地がしません。だから運命は嫌いです」


 少年は少年の心を持っていたから、あらゆる不条理を思いのままに壊す力を当然持っていた。少女が運命とか赤い糸とかいう少女の哲学の言葉を紡ぐ時、少年の世界にはいつまでも際のない大海原が広がっていた。


「僕はもうずっと前から君が好きだった。そして君もそうだと言ってくれた。するとこれは運命なのか? 僕はよく分からないが、違うんじゃないかと思うが、なんせ、僕らは会おうとしないと会えなかった。都合よく街中で出会うこともなく、都合よく同じ班行動を強制されることもなく、同じ教室でもなく、隣の席でもなく、当然家が隣だなんてこともありえなかった。僕は君に会おうとしない限りどうしても会えなかったし、君もきっとそうだった。僕らが今ここにいるのは、お互いに会おうとすることをやめなかったからだ、その意志を中途で終わらせなかったからだ、必然でもなく、自然でもない、それが僕らだったと思う。これまでの日々は、別に華々しいこともないし、そこに赤い糸なんてついぞ見えなかった、それでも僕らは恋人になったわけだが、するとこれも、君の哲学では……」


 少女は思わずこう繋げたくなった。


「……運命ですね」


 そのいとけなき顔にはいたずらっ子の笑みが浮かんでいた。


 二人の月光に透き通る手は自然と繋がっていた。見えない力に引き寄せられるようだった二人は、しかし確かに自らの意思で砂浜を走り出した。

 少年と少女が手を繋いで海へ飛び込む影を、月だけが見ていた。


 海の深きに沈んだ二人は、なんだかおかしくて、誰に見られることもなく笑い合った。


 しばらくして二人は浮かび上がった。息継ぎをして、額を合わせて、互いの熱が高いのを確認した。

 夜の海に浮かぶ二人は、たしかに同じ空をその目に映していた。


 そこへ突然、ぽお、ぽお、と汽笛の煩い音が水平線の不知火から響いた。

 二人は示し合わせたように同じとき、どういうわけか心のうちで、見つかった、と思った。


 一も二もなく大きく息を吸い込んで、ざぷんと海中に潜る。


 そこでは白の気泡と月の光ばかりが、二人の仄かに明るい世界だった。

 そこには月と海と少年と少女だけだった。


 すぐに息は切れた。海中で大きく息を吐いて、代わりに冷たく重い水が身体を満たす。


 この酸素のない苦しみと霞む意識がむしろ、二人に絶対の燃える情動を抱かせた。

 どこまでも前に進もうとする意志と、それを阻むように立ちはだかる命の危機が、かつてない衝突を果たしていた。


 ここで少年と少女は、初めての口づけをかわした。


 海の中で、飾るものは何もなく、少女は少年を、少年は少女だけを見ていた。

 暗闇に白い肌はよく目立っていたから、二人が抱き合ったのはきっと夜の海のおかげだった。


 ――この日、二人は十六になった。

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