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「婚姻後3年以内は愛人を持つことを禁ずるとかそんな感じでいいかしらね? 5年かしら? あとは恋人や愛人との間に子供ができても認知しないっていうことも入れておいた方がいいかも。あ、でもわざわざ書くのは嫌味? 万が一のことがあって、うちで認知しなくてもバートン公爵家で育てるかもしれないわよねぇ」
「なんでしょうか、その契約結婚のような文言は」
家令に確認すると呆れられてしまった。
「第五王子殿下だって私との婚約中に浮気するのよ。自分の常識ってつくづく通用しないんだなと痛感したわ。だから結婚前に文書にしておいた方がいいかと思って」
「ルアーンお嬢様は恋愛的な意味でバートン公爵令息との婚約を決められたのではないですか?」
「第五王子殿下よりもよっぽど良い人だったんだから即決よ。あんな短い時間で恋愛感情が芽生えていたらびっくりだわ。外見しか分からないじゃないの」
「バートン公爵令息はかなりの色男ではないですか」
男性から見てもウォルフは美男のようだ。
「そうねぇ、私もさすがに夜会の時は動転していてなかなか気づかなかったわ。だってすぐその場でプロポーズされたら何か罠かと思うじゃない。メリットの方が上回ったから良かったけれど。ねぇ、他にこれだけは入れておいた方がいい項目ってあるかしら」
「……奥様と……ミカエラ様にご相談された方が……適任かと愚考します」
「あら確かにそうね。もうすぐ戻ってくる予定だものね。そうしましょうか。ウォルフ様のお兄様に会う前になんとかなりそうね」
ミカエラとは父の愛人の名前である。
父が愛人のために離れを建てて住まわせ始めた時はさすがのルアーンも反抗した。母は心労で諦めきっていたけれど。
どう反抗したかというと簡単だ。子供の考えることである。
ダンゴムシを庭師に手伝わせて集めて箱一杯にして離れの入口にぶち撒けようとしたのだ。令嬢のやることではないが、バナナの皮がなかったのだから仕方ない。今では懐かしい思い出だ。
「アタシは田舎出身だからね。ダンゴムシなんて平気だよ、お嬢さん。せめてカメムシくらいにしな」
没落貴族の令嬢だったらしいミカエラは出てきてそう言った。しかもダンゴムシを元居た場所に帰すのも手伝う始末。ルアーンの嫌がらせは全く意味がなかった。
その後、悪趣味(当時はそう思っていた)な離れでお茶を振舞ってくれた。
「お嬢さんの受け入れがたい気持ちもわかるよ。まぁアタシも家の借金のために娼館に売り飛ばされるとは思わなかったし、ここで愛人になるなんて思いもしなかったね」
ミカエラは令嬢が絶対しないような明け透けな物言いをするが、不思議と不快感を抱かせない女性だった。
「アタシもこれ以上年を食うと娼館にいられなくなるからって図太く話に乗っちゃったけど。悪いことしちまったねぇ。浪費が激しくてヒステリー気味でなかなか子供ができない奥様とかなり病弱のお嬢さんだって聞いてたけど、情報集めてみたら旦那様から聞いてたのと全然違うしねぇ」
ルアーンが病弱だったのは過去の話である。目の前のミカエラはぽっちゃり気味の頬にふくふくした手を当てて困っている。白パンみたいな手で美味しそうだなと思ってしまったのは内緒だ。
父はあることないこと言って彼女の同情でも買いたかったのだろう。
「アタシは子供を産んで伯爵家を継がせようなんて考えてないよ。身の丈は分かってるんでね。平穏な日常と安心できる程度のお金が欲しいだけさ。そうだね……ちょっといい考えがあるよ」
それから、娼館の伝手でミカエラが呼んだ専門家により父は子種が極端に少ないと言われたのだ。
もしかしたら、父は実はそうでないのかもしれない。ミカエラに聞いても「専門家が言うんだから。アタシに難しいことは分からないよ」と笑っていた。
専門家の言う通りそうなのかもしれない。
それから父は母を責めなくなり母は心労から回復した。ルアーンはこの一連の流れを、女性をバカにした父の自業自得だと考えている。