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「殿下の気さくさを分かってもらえるのは嬉しいが、殿下とばかり話されても妬いてしまうな」
屋敷には魂の抜けたお父様を放置しているので、二人で庭を歩く。男性とお庭を歩くだなんて婚約者っぽいわね。
「伯爵令嬢の立場では王太子殿下とあれだけ言葉を交わすことなどなかったでしょう。あまりの話しやすさにうっかりしてしまいましたわ」
「殿下は尊敬できる御仁だ。っと、あの建物は一体?」
「……浮いていますわよね。あれが愛人用に建てた離れですわ。人が来ませんからあそこでゆっくりお話ししましょう。何といっても私達、昨日の夜にお互いを認識したばかりですもの」
「そうだが……勝手に入って良いのか?」
「えぇ、よく一緒にあちらで女子会なるものをしますから。旅行中は私がカギを管理しております」
伯爵家の本邸は歴史ある厳かな建物であるのに対し、離れは可愛い造りだ。色味も明るいので、本邸と比べて浮いてしまっている。もうちょっと考えて建てれば良いのにと思うが、慣れてくると可愛く見える建物だ。
「父と母は今、領地に行っていてね。もうすぐ兄に家督を譲るから呑気なものなんだ。だからまずは兄夫婦に会ってもらいたい」
「緊張しますわね」
「昨日話したら歓迎ムードだったからそんなに緊張しなくても大丈夫だ」
侍女が淹れてくれた紅茶を飲んで一息つく。さすがに父も一緒のあの場では飲む気になれなかった。
離れの中は落ち着いた内装だが、家具は可愛い系で揃えられている。
「それにしても昨日から怒涛の流れだったから改めて二人きりにされると何を話していいのか……分からないな」
ウォルフは照れ臭そうに頭をかく。さすが公爵令息。粗野に見えるはずの動作にも品が見える。これは私の目が助けられたフィルターでもかかっておかしくなっているのだろうか。
ただ、私達はお互いに本当に何も知らない。我が家の恥ずかしい部分はさっきまで隠していないからかなり伝わったと思う。その前から父が母に子供ができないとか親戚に愚痴を言いまくっていたから他にも伝わっていたかもしれないけれど。
「そうですね……ではお互いのちょっとした秘密を話しますか? そうすると親密度が上がる気がします」
「ちょっとした秘密……?」
「えぇ、ここで『お好きなお菓子は?』などとお見合いのようにしてもいいのですが、それよりも距離が縮めやすいかなと。良ければ私から話しますわ」
「そうだな。プロポーズもしたのに『ご趣味は?』などと始めるのはなんだか……それも照れ臭いな」
お互いにふふっと笑う。これは第五王子と婚約していた時にはなかった雰囲気だ。
「そうですわね……私、趣味で小説を書いているのです」
「そうなのか、文才があるんだな」
「才ではございませんわ。今、ざまぁ小説が流行っているので私も書きたいと思ったのです」
元婚約者である第五王子からの現実逃避というか、ストレス発散で始めたようなものだ。
「ざまぁ小説というと……婚約破棄のあれこれのものか?」
「はい。まさに私の身に起きたあの夜会での出来事が発端にざまぁになるケースが多いですね」
「そうだな……読んだことはないが、使用人達がそのように話していたのは聞いている」
「ざまぁって難しいのですわ。中々書けなくて。それであの夜会でしょう? 私、あの時、第五王子殿下にざまぁすれば良かったと今更後悔しているのですわ。でも、ざまぁして逆恨みされたら面倒だとも思いましたし、何より現実でそんなことをするのかとあきれ果ててしまって。私、かなり弱腰な人間なのかもしれません」
小説と違って、人目も気になって現実では厳しかった。羨ましい、あんな風にやり込められたらあの場ではスッとするだろう。
「ふふ。そんなことはないだろう。ルアーンは羽虫やそこまで暇ではないとしっかり言い返していたし。それに第五王子殿下の行動には私も驚き呆れたよ。夜会の主催者に対して無礼だ。それに何よりも手順をきちんと踏まず、女性に対してあんなやり方をする男は信じられない。第五王子殿下はこれから大変だろう。むしろ、これからの方がざまぁになるのではないか?」
「あら、確かにそうかもしれません。あの場で無理にざまぁしなくても大丈夫だったのですね! チャンスはいくらでも!」
あ、平民になってしまったらないかも? その場でざまぁばかりに囚われすぎてウォルフの意見は目から鱗だ。
「いや。無理にざまぁとやらをしなくても目撃者はたくさんいたんだ。手順も踏まずにいきなり夜会で婚約を失くして欲しいと言い出す相手とは誰も付き合いたくないだろう。自然と淘汰されるさ。自業自得でね」
なるほど、無理に私がざまぁしなくてもいいのか。さらに目から鱗だ。