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そんなに見つめられても困る。
そんな風に頬への視線を感じていると、より頬の赤味が増している気がするのだ。
「私の騎士であるアダルウォルフ・バートンがルアーン嬢にプロポーズしてね。彼は私を命がけで守ってくれるほど忠誠心の塊だ。バートン公爵家の次男でとても真面目でね。夜会でいきなりプロポーズを決めるから私が驚いた。跡取りではないから婿入りできるし、バートン公爵家との繋がりもできるから良縁なのではないかな」
視線に気を取られていると話はさくさく進んでいた。ウォルフが王太子の言葉に合わせて頭を下げる。
「婚約をお許し頂けますでしょうか」
ウォルフが父にとても丁寧に問う。
「しかし……その方は……そのぅ……」
父は長い物には巻かれるタイプなので今のところ反論していなかったが、ここにきて額に汗をにじませながら口を開いた。
「何か気になる点があるかな?」
「いえ……あ……その……ふの……いえ……」
父はさすがに王太子の前で「不能」とは口にできないのか口をパクパクさせている。王太子が「文句あるのか?」と言いたげな笑みを浮かべているせいもあるだろう。父が金魚のようで面白いので横からしっかり見ておこう。
「私はルアーン嬢の頬が腫れている方が気になるのだが」
父からの返事がないのをいいことに王太子はさらに畳みかけてくる。さすが王太子。ツッコミ係だけではなく、ちゃんと権力の使いどころなども分かっていらっしゃる。
父は内弁慶だもの。妻と娘には強く出るけど、外面は良いのよね。
「良かったではないですか。お父様。バートン様でしたらお父様のことを子種がないなどと他の皆様方のように揶揄することはありません。私、昨日バートン様からのプロポーズをお受けしておりますの。王子に捨てられた令嬢となるのを救って頂いたの」
王太子はさすがにギョッとした顔をした。すぐに取り繕ったので父は見ていない。ウォルフはちょっとだけ口角を上げた。やだ、素敵。ニヒルな微笑も良いわね。
「は? 皆が揶揄するとはどういうことだ?」
気になるのは娘の評判ではなくそこなんですか、お父様。
でも「みんなそう言ってる」って言われたら反論しづらい。「あなたの昨日のドレス、変だったって皆言ってたわよ?」なんて嫌味を言われたら弱気な方は自信をなくしてしまうわよね。私だったら「皆ってだぁれ?」と問い詰めるけれども。
だってねぇ、同調圧力ってあるでしょう?
「あの人のドレス、似合ってないわよね」って振られて、逆らえない相手だからと頷いてしまったら「あの方もドレスを変だと言っていた」一員になってしまうのだもの。だから皆が言ってるって信じても意味がないのにね。
「嫌ですわ、お父様。愛人を我が家の離れに囲っておいて愛人との間に子供ができてないということはそういうことでしょう? さすがに面と向かって仰る方がいないだけで。元婚約者の第五王子殿下はそう仰っておられましたよ」
しれーっと元をつけておく。第五王子が父をバカにしていたのは本当なんだけどね。王子だからって婿入り先の伯爵をバカにしていいわけじゃないのにね。
それに、父には子種がないわけではなく極端に少ないようなのだ。
父は陰で揶揄されている可能性を微塵も考えていなかったらしい。
そこからは魂が抜けたようになり、王太子主導で婚約の書類にサインをしていた。散々子供ができないことで母を責めていたのに、父は自分が言われるのは嫌なのだ。こんな自分のことを棚に上げた男だけは絶対に嫌である。元婚約者も父と同類だ。
「君の家って……傍から見ている分には面白いけど、当事者になるのはキツイね」
「王家の方がよほどドロドロしているイメージがありますわ。我が家のおもてなし、いかがでしたか?」
「満腹だね。ところで君、そのセリフ言いたかったんだろう?」
「いえ、言いたかったのは『くらえ、私のおもてなし』ですわ。王太子殿下相手に『くらえ』とは言えませんので変えました」
「いやー、君って面白いよ、うん。じゃあ私も言いたいセリフを言っていいかな?」
「はい」
「じゃあ遠慮なく。ウォルフ、護衛は足りているから今日はもう休みだ。しっかり婚約者と友好を深めるといい。『あとは若いお二人で』」
王太子はなかなかキザな方だった。魂の抜けた父を置いて部屋から出たところで、王太子は笑うと護衛を引き連れて帰ってしまった。