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不能騎士は嫌味な令嬢に跪く  作者: 頼爾@2/12「尊い5歳児」コミカライズ1巻発売


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いつもお読みいただきありがとうございます!

 離れの暖炉の前で粛々と紙を破って火にくべていると、ミカエラがお茶を淹れてくれた。母は知り合いのお茶会に行っている。


「お嬢さん、一体何の黒歴史を燃やしてるんだい?」

「ウォルフと婚前に交わそうと思っていた契約書の下書き」

「あぁ、愛人は結婚して何年経ってからとか、子供は認知しないとかいうやつかい?」

「えぇ」


 改めて内容を言われると恥ずかしくなり、ミカエラから目をそらして暖炉の火に目を向けた。最初は頼りなく揺らめいた火は紙を入れると少し燃え上がり、また落ち着いた様子に戻る。


 恋愛もきっとこの火のようなものだ。冷静に判断しなければいけない。

 第三王女や第五王子といった火種のスパイスがあったから盛り上がったのか、そうではないのか。そもそも恋愛のロウソクの火は燃えていたのか。


「お嬢さんがそれを燃やそうと思ったってことは清書ができたか、それ自体が必要なくなったかのどっちかだね」

「要らなくなったの」

「じゃあ、あの麗しいバートン様を信用できるようになったのかい」

「信用できるようになったというか、ウォルフがどうだというより私に自信がなかったの」

「それはいいことだ。恋をして自信がなくなるのは良くないね。まさしくそれは恋に落ちたのさ。だが、素晴らしい恋なら上がったっていいと思わないかい。恋をしてお嬢さんは綺麗になった。それが答えだね」


 最後の紙片を火にくべ終わって、手を軽くはたいてお茶にする。

 苦労して生きてきて娼館にまでいたミカエラから見れば、ルアーンのやっていることは恋愛のままごとにしか見えないのかもしれない。

 それでも、そんな風に言ってくれたことは嬉しかった。


 父の連れて来た愛人と二人でこんな会話をする日が来るなんて。ダンゴムシをぶちまけようとした日の私は想像もしなかっただろう。そういえば、父にざまぁをしてくれたのは目の前のこの人なのだ。


「ところで、あのバートン様にお薬は効いたのかい?」

「え?」

「ほら、王女様に無理矢理飲まされたっていう薬だよ。効果あったのかい。あれに」


 ちょっと含んだような悪い笑みをミカエラは浮かべている。少し経ってからミカエラの言葉の意味が分かってルアーンは恥ずかしくなった。


「その……あれは一時的な効果があるだけで……その都度服用しないといけないから」

「あぁ、そうだねぇ。で、使い物になったのかい」

「そ、それは重要じゃないから! 分かってて婚約したんだからいいの」


 生粋のお嬢様だった母なら絶対にこんな会話をしないだろう。あまりに恥ずかしい会話なのでルアーンは顔を覆った。


「いやぁ、やっぱり治るかもしれないっていう可能性があるのは重要だよ」

「いいの。子供できなかったら親戚から養子をもらうから」

「まぁ確かに最初から分かってたことだけどねぇ。思い返してもバートン様は誠実な方だよ。割と知られてるっていっても自分から不能だなんて言いたかなかっただろう」

「そうね」


 ウォルフは最初から誠実だった。パーティーで跪いてくれた時もその後も。

 でも、あんな風に跪かれたから好きになったなんて思いたくなかった。困惑しただけだった。ちゃんと彼自身のことを知りたかった。


「で、ちゃんとお嬢様はバートン様に惚れてるのかい?」


ミカエラがおかしなことを言い出したので顔を覆っていた手をのける。


「どうしたの、急に」

「このくらいの時に、ダンゴムシぶちまけようとしていたお嬢さんを見てるアタシとしても気になるんだよ」


 このくらい、と子供の背丈をミカエラはてのひらで空中に示した。


「それにお嬢さんが結婚したらアタシも出て行かなきゃいけないしねぇ。バートン様も嫌だろう、婿入り先に姑が二人もいちゃあ」

「え、そんなこと言わないで。出て行くならあの父でしょう。舅がいなくなって姑二人でちょうどいいじゃない。ミカエラが領地のお屋敷に引きこもりたいって言うなら止めないけど……父が威張り散らさなくなったのはミカエラのおかげなのよ。母も元気になったわ」

「ふふん。あれはアタシのためにやったことでもあるんでね。ま、気持ちはありがたく受け取っとくよ。夫人にもまた旅行に行こうと誘われてるからそれから決めてもいいしねぇ」

「良かった。母も喜ぶわ」

「そんな二人目の姑は心配になるわけだよ。愛人としてやって来たアタシを睨んできた勇敢で家族想いの小さなお嬢さんが大きくなってちゃんと幸せになれるのか」

「もしかして、心配してくれているの?」

「当たり前じゃないか。いびつな関係だけど一緒に住んでたわけだし」


 ミカエラとは血のつながりなんて一切ない。血は水よりも濃い、なんて我が家に限っては嘘だ。父よりもこの人に母と同等の愛を感じるのだから。


「お嬢さんはあの殿下とやらと婚約してた時はえらくピリピリしてたし、攻撃的で嫌味もよく言ってたよ。まぁ、アタシがここに来た時からなんだけどさ。たまに怖い顔で何か殴り書きしてたし」


 ルアーンがミカエラの言葉にじんと来ていて返事ができないでいると、ミカエラはさらに口を開いた。ちなみに殴り書きというのはストレス発散で書いていた小説のことだろうか。


「そんなに?」

「そうさ。殿下と婚約解消した後もそうだった。殿下とその浮気相手に絡まれていたあたりかね。あれならイライラするのも仕方がないがね」


 元婚約者が養子の受け入れ先を探していたあの頃か。夜会でやり込めて主催者の伯爵様に窘められた覚えがある。


「でもバートン様とデートし始めて以降柔らかくなったね。嫌味や攻撃的な雰囲気も変わったからまぁ安心はしてるっちゃしてるんだけどね。お嬢さんの心の内までは読めないからさ」

「大丈夫、ちゃんとウォルフのこと好きだから」


 ミカエラは笑みを浮かべて白いふくふくとした手で自分の両頬を包んで頷く。幾度見ても白パンみたいで美味しそうな手だ。少女のような仕草だが、妙にミカエラに似合っている。


「王女殿下が起こした事件でも感じたんだけど、弱っていても普通の時でも彼のことが好きなの。殿下は健康でも不健康でもどちらにしろ存在自体が嫌だったのに」

「そうかい。だってよ、バートン様」


 ミカエラの視線はルアーンを通り越した後ろを見ている。慌てて振り向くと、離れの可愛い小窓が開いてその向こうでウォルフがひらりと手を振った。


「え、うそ。今日は約束してない」

「約束してなかったら来てはいけなかった?」


 ミカエラが入って来いと手招きしたせいで、ウォルフが離れに入って来る。ウォルフの後ろには素知らぬ顔をした家令。彼が案内したらしい。


「バートン様。うちのお嬢さんはいろいろこじらせて警戒心が強いんだから。こういう風に好意を表現してもらえるようになるまでしっかり頑張るんだよ」

「精進します」

「女のヒステリーはほぼ男のせいだからね」

「はい、お義母さん」

「いい男に義母と呼ばれるのも案外いいもんだね」


 ウォルフにお義母さんと呼ばれてまんざらでもなさそうな顔のミカエラ。

そして言うだけ言って家令と一緒にそそくさと出て行ってしまった。「あとは若いお二人で~」なんて声も聞こえた。


「どうしたの、何かあったの」


 ルアーンは唖然としていたが、我に返ってウォルフと一緒に座る。


「何もないのに会いにきちゃいけなかった? 伯爵夫人からは家にいるって聞いていたから」

「お母様が犯人ね」

「でも安心した」


 ミカエラがウォルフに気が付いて誘導していたのだろうか。では、ルアーンの言葉はどこかからか分からないがウォルフにばっちり聞かれていたわけだ。ウォルフの表情から察するに最後の告白はしっかり聞かれていただろう。


「ルアーンの態度でなんとなくは分かっていたけど、実際に聞くと違うね」


 あからさまに好意が態度に出ていたのだろうか。さらに恥ずかしくていたたまれなくなって視線をそらす。

 ウォルフはしばらく黙っていたが、膝の上に置いたルアーンの手に自身の手を重ねるとソファから中腰で立ち上がって跪いた。


「勝手に聞いたから怒ってる? それとも急に来たから怒ってる?」

「怒ってはなくて。恥ずかしいだけ」

「もう一回跪いてやり直そうか? この前も最初の時も情けない姿で結婚してくれるか聞いてしまったから」


 頑張って逸らしてテーブルの足ばかり見ていた視線をウォルフに向ける。すでに彼は跪いてルアーンの手を取っている。


「跪かないで」


 手を引っ張り上げてウォルフの体をソファに戻す。こういった状況は女性としては好きだけれど、一回してくれただけで十分だ。


「私はきっとどんなウォルフも好きだから」

「きっと、なんだ? 絶対じゃなくて?」


 ウォルフは手を握ったままうっすら笑っている。


「禿げたり、太ったり飲んだくれたりしたウォルフを想像できないから」

「そんなルアーンも想像できないな」

「情けない姿くらいで嫌いになったりしないもの」

「あのパーティーの日に散々見せてしまったから。イスに押さえつけられたところと、催淫剤飲まされたところと」


 指を折って数え始めた彼の手をルアーンは緩くつかんで止めた。

 ウォルフの紫の目と視線が合って、どちらからともなく近付いてキスをする。


 軽く息を吐いてそれでも離れがたくてお互いそっと鼻をこすり合わせた。


「あの時、後先考えずにルアーンに跪いて良かった」


 あり得ないほど近い距離でウォルフが喋る。吐息が顔にかかるほどだ。


 彼の行動は我に返ってしまったらできなかったことだろう。


 王子から婚約解消された女に公爵家の次男がその場で跪いて婚約を願うなんて。でも、彼が行動を起こしてくれたから今がある。彼があぁしてくれていなかったら、そしてルアーンが全力で乗っからなければ、王太子が面白がらなければ。すべては今この瞬間のために存在する気がした。


「私たちはこれから対等なんだからもう跪かないでね」


 暖炉の火はまだ消していないので穏やかに燃え続けていた。



ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

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