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「君もあれのお守りは大変だっただろう」
「ヒギンズ子爵こそ……いかがですか、元第五王子殿下のお勉強の進捗は」
「ヴィクトル伯爵家の補佐でさえ逃げ回っていたとすぐ分かる。まっさらだな。変に知識があるよりはいいが、君はあれの尻拭いをずっとしてきたんだな……」
「一つも頭に残っていないのもどうなのでしょうね……尻拭いといいますか、放置していたらあんなことにといいますか」
とある夜会で私がお酒片手に喋っているのはウォルフではない。ヒギンズ子爵だ。
リリー・ヒギンズの父親で、元婚約者の婿入り先の現当主。息子に譲ってさぁ引退というタイミングで娘がやらかし、元王子が婿入りしたせいで引退が伸びに伸びてしまった。あの騒動がなければ今頃夫人と隠居生活か旅行をしていただろう。
ウォルフが離れている間にたまたま遭遇して、相手が「あ!」という顔をした。
私も慰謝料はもらったが王太子殿下が間に入ってくれていたので、子爵と顔を合わせて挨拶をしたことなどない。
第三王女のことが片付き、元婚約者にも会うことなどなく「夜会クラッシャー」なんてウワサもされないだろうと呑気に考えていた矢先のことだった。
ぎこちなく挨拶をして、謝罪され、すぐに避けるように去るのも憚られて二人でちびちび会話をしていたら苦労話しかしていない。
子爵は現状を分かっている分、ウォルフよりも赤裸々に元婚約者のことを愚痴愚痴言える相手ではあるのだ。
ちなみに、リリー・ヒギンズと元婚約者は夜会に出てくる余裕もない。
慰謝料をすぐに払ってもらえて謝罪文を読めば普通の方だなという印象だったので、この普通で真面目な子爵からどうやってあんなリリー・ヒギンズが生まれたのか本当に謎である。
「まさか娘があれほど愚かだとは思わなんだ。妻は一時寝込んだよ。いや寝込みたいのはヴィクトル嬢だな。本当に申し訳ないことをしてしまった」
娘が婚約者のいる人に懸想して奪い取ったとなれば、普通の夫人なら卒倒ものだろう。うちの母とミカエラは違うが。頭を再び下げる子爵を慌てて止める。
「いえ、慰謝料と謝罪文はすでに頂きましたので何度も謝らないでください。お嬢様はお元気ですか」
一番貧乏くじ引いたのはこの方で間違いない……娘と縁を切ることもできずに元王子が婿入りとは。後継者だと思っていた長男はあっさり留学に行ってしまうし。
「残念ながら元気だ。あれは元気しか取り柄がない」
「まぁ。手厳しいですね」
「他人の婚約者を奪う教育をしたつもりなどなかったのだが」
「元王子殿下にも責任はありますから。あまり仰ると王家が浮気をする教育をしていたように受け取られかねません」
王家といえば、あの側室様からどうやって第五王子と第三王女のようなモンスターが生まれたのかも分からない。側室様は王妃様を立てていつも弁えていらっしゃる方なのに。親子とは本当に不思議だ。
ルアーンだってあの父を自分の父だと思いたくもない。子供の責任は親の責任なのかもしれないが、自分の父が酷い分ヒギンズ子爵には同情してしまう。
「君の小指の爪の垢でも娘に煎じて飲ませたい気分だ。王家が役人を派遣してくれるのだけが救いだ」
「領民に迷惑をかけられませんからね」
「あぁ、元王子殿下の代で没落というのも王家は避けたいだろう」
ウォルフが戻って来て、ヒギンズ子爵と一緒にいる私を見て目を丸くしていた。子爵はウォルフとも少しばかり喋ってウォルフにも謝罪すると重い足取りで移動していった。取引のあるところに挨拶に行くのだろう。
「まさかヒギンズ子爵と一緒にいるとは思わなかった」
「偶然お会いしたの。苦労してらっしゃるみたい。私は元王子殿下を押し付けられて良かったんだけどね」
「今日はエミリー嬢みたいな人について行ってなくて良かった」
「じゃあ、私を一人にしなきゃいいのに」
「そうしたいんだけど、ルアーンはタバコの臭いが苦手だろう? よくタバコを吸う相手とは私が話せばいいから」
「ありがとう」
これまでは夜会に出席したら婚約解消を迫られたり、元婚約者に絡まれたり、ウォルフが危険な目に遭ったりしていた。今日の夜会はヒギンズ子爵と愚痴を言い合ったくらいで平和に帰れそうなのが嬉しい。
「そういえば、第三王女殿下は結局オルレーヌに嫁いだのよね?」
「あぁ、身一つで。向こうの王太子殿下は、気が強い女性がハーレムにいた方が鬱憤がそちらに向くから本命を守れて良いと」
「すごい考えの人ね。でも要するに生贄ということでしょう?」
「違った毛色がいてもいいなどとおっしゃっていたから……ここでやらかしたこともご存じなのだしそういう扱いなのだと思う。取引はやらかす前の条件と変わらずにできたからいいのだけれど」
この夜会で最後となる曲の準備が始まり、ウォルフに手を引かれてダンスのためにホールに進み出る。
視線を上げると思い切り目が合った。
さっきまで平気だったのに、彼の唇を見たら唐突に第三王女がやらかした夜会でのキスを思い出してすぐに視線を逸らす。ウォルフの笑う気配がして、ぐいっと腰を引き寄せられた。
「そんなに避けられると傷つくな」
「避けてるわけじゃなくて……」
「恥ずかしい?」
「ダンスしてるんだから言わないで」
耳元でウォルフが囁くものだから余計に顔が熱くなる。
この前のキスから妙に距離が近くなったようだ。ウォルフの首あたりを見ながら会話を続ける。
「さっきヒギンズ子爵と話していて感じたのだけれど」
「うん?」
「私、ウォルフにプロポーズされて良かったわ」
ウォルフがステップを間違えかけた。慌てて足を踏まないように避ける。
ヒギンズ子爵と話していて、ルアーンは何の損もしていないと思ったのだ。どうでもいい第五王子はリリー・ヒギンズが引き取ってくれて。ウォルフはプロポーズしてくれた。
受けた時は打算しかなかったけれど、お互いを徐々に知っていって今は彼のことが大切だ。こんな穏やかな感情があるのか。
「あの時、私を助けてくれてありがとう」
「まずいな。キスしたくなってきた」
「ここではやめてってば」
そろそろ完結です!




