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ウィンク? 今のってウィンク?
首を横に振った給仕といい、この令息といい何なのだろうか。
ルアーンが混乱して迷っている間に、令息はルアーンの横を通り過ぎて部屋の扉を閉めてしまう。そのまま令息はルアーンの数歩後ろにとどまった。今のところ拘束されることもない。
「あなたは違う部屋で男に襲わせる予定だったけど。彼らもあなたが予定通り来ないようならこの部屋に来るでしょうし、ちょうどいいわ」
「や、めろ」
「ウォルフが私の護衛騎士兼愛人としてオルレーヌに来てくれると言うんだったら、彼女は私の出国の際にそのまま解放してあげるわ」
やはりあのご令嬢について行ったらまずかったのか。良かった、小説を読んでいて。
だが、依然として危険な状況に変わりはない。むしろ悪いかもしれない。武器になるものといえば履いている踵の高い靴くらい。脱いだ方がいいだろうか。
ウォルフがルアーンをじっと見てくる。彼の目は少し潤んでいて煽情的だが、ぜぇぜぇと肩で息をしていて苦しそうだ。ダメだと示すために首を横に振る。
ここで肯定の返事をしてしまったらどうなるか分からない。
ここは王女の生母である側室様の親戚のお家だから、このままウォルフがどこかに連れて行かれて王女の出国まで軟禁になるのだろうか。ルアーンもしばらく道連れで。いや、そんなにうまくいくだろうか。ウォルフは公爵家の次男なのだ。
ウォルフが頷いたら無理矢理置手紙でも書かせて、自分の意志で王女と一緒に出国したように見せかけるのか。
「ウォルフ、ダメよ。頷かないで」
「あらあら。それはウォルフが決断することよ」
扉が少し開き、令息が気付いてすぐ外から中が分からない程度に扉を開けて招き入れる。
ルアーンを会場から連れ出そうとしたエミリー・ジュール男爵令嬢と二人の知らない令息が入って来た。男爵令嬢はルアーンを見ると安心したような表情だ。
「エミリー、あなたちゃんと連れ出したんでしょうね」
「殿下、申し訳ございません。途中で逃げられてしまいまして。思いのほか足の速いご令嬢で追いつけなくて」
彼女は王女付きの使用人か、取り巻きの一人のようだ。
「いいわ、ウォルフの前でおやりなさい」
給仕の人を恨むわけではないが、向こうの部屋に大人しくついて行った方が良かったかもしれない。どのみち全力で抵抗はするが。
扉を閉めた令息がルアーンに近付いてきた。同時に王女はウォルフに近付いて彼の足に手を這わす。その様子を見て吐き気がする。もしかしてウォルフが王女と寝たように見せかけるのかもしれない。余計に吐き気がしてきた。
「ウォルフ、あなたが行くと言えばその子は令嬢として散々なことにしないであげるわ」
「頼む、やめてくれ! 彼女には手を出すな!」
「ウォルフ、ダメ! 自分を大切にして!」
ウォルフの悲痛な声が上がったので胸が痛む。
ウォルフに言われた通り、知っている誰かと会場に残っていたらこんなことにはならなかったが……今は後悔どころではない。とりあえず、脛を狙ったらいいかしら。ミカエラに教わった男性の一番の弱点まで足が上がるかは分からないから。
そんなことを考えていると、エミリーという男爵令嬢が視界から急に消えた。
「え?」
先ほど部屋に入って来た令息二人が瞬く間にエミリーによって背負い投げされていた。一人がこちらに吹っ飛んでくるのを近くにいた令息がルアーンを引き寄せて庇ってくれた……え、庇ってくれた? この人、さっきウィンクした人よね?
慌ててウォルフを見ると王女を押しのけ、押さえつけていた令息にタックルして拘束している最中だった。
「えぇ?」
「うわぁ、俺の出番ないな」
頭上からウィンク令息の呆れたような声がする。見上げるとまたウィンクされた。至近距離で見るとウィンクというには少し下手だ。
王女は尻もちをついたまま呆然として何が起きているのか分からないようだ。王族にしては表情豊かな人だが、いつも自信に満ち溢れているので呆然とした表情は珍しい。
「何してるの! その女を襲いなさい!」
「終わった?」
我に返った王女の悲鳴じみた金切り声にここ最近聞いていなかった声がかぶさる。王太子が騎士を数人引き連れて入って来た。
「はい、殿下」
王太子に真っ先に返事をしたのは令息二人を投げ飛ばして縛り上げているエミリーだった。
「俺の出番ないんすけど」
「それは仕方がない。あぁ、ウォルフを手伝ってやってくれ。暴れるから縛り上げるのに苦戦している」
「はい。ではヴィクトル嬢を頼みます」
ウィンク令息はルアーンを守るようにずっと立ってくれていたが、ウォルフの方に走って行った。王太子が連れてきた騎士は王女を取り囲んでいる。
「王太子殿下、失礼ですがこれは一体……」
「終わったらゆっくり説明するけど、これは仕込みだから。というか異母妹のための最後の恩情だったんだけどこのザマだよ」
ルアーンはまだ軽く混乱の中にいた。エミリー嬢は何? あのウィンク令息は?
ウォルフは何か飲まされているみたいだけれど大丈夫なの?
しかし、口から出たのはやや震えながらも冷静な声だった。
「恩情、ですか。まさか王太子殿下の計画ですか?」
「それは心外だよ、ヴィクトル嬢。これは頭の悪い異母妹が考えた計画だ。陛下を納得させるために、そしてウォルフと君にこれ以上の被害がいかないようにするために残念ながら必要だった」
王太子の視線がルアーンの後ろに向く。振り返ると同時に誰かに抱きしめられた。




