22
いつもお読みいただきありがとうございます!
「この国には不能の治療法なんてないでしょ? だから他国から薬を仕入れたの」
「薬? 一体何を……」
薬? そんなものが存在しただろうか。
「他国では研究がすすんでいるのね。ちょっとその薬を飲ませただけよ。ウォルフは完全に不能になっているけど、私だって愛人と楽しみたい時はあるもの。薬でどのくらい使い物になるか今試しているのよ」
「薬なんて治験段階のものしか存在しない!」
あぁ、ウォルフは不能の治療について調べていたのか。この国では治療法はないとされているが、他国はそうではない。
治験段階の薬は情報が出回らないけど、公爵家の力で調べたのかもしれない。でもその薬があるならウォルフの不能は治療可能になるわけで、そうすると――。さすがに避妊くらいは王女殿下もするってことよね? 妊娠したらまずいものね?
ウォルフを返せとおかしなことを言われたので、下世話なことを考えてしまった。
「不能だから婚約解消したけど、不能がメリットになる日が来るとは思わなかったわ」
ウォルフが不能であることは周知の事実だ。というか不能が周知されたのは、王女が婚約解消について言いふらしたせいもある。
王女様ってみんなこんなんじゃないわよね。
それにしても気になるのはウォルフの状態だ。息が上がっていて顔も赤い。これって薬を飲んで出る症状なの?
「ウォルフを愛人として連れて行くのがちょうどいいのよ。顔はもともと好みだったし。ね、あなたには別のいい男性を紹介してあげるわ。私の知り合いの。だからウォルフはもういらないでしょう?」
「いる、いらないの問題じゃないです」
王女の言葉にさすがにカチンときた。
「さっきから何ですか、人を物のように。ウォルフは物じゃありません」
「あら、もともとは私がウォルフを見つけたのよ。捨てた物をまた拾うだけよ」
「愛人を連れて行くなんて。オルレーヌ王国を馬鹿にしたと下手をしたら戦争になります」
「先にバカにしたのはあっちよ。すでに妃が一人いて、候補がもう一人いるなんて!」
王女が初めて取り乱した。
向こうの妃候補までは知らないけど……そうなんですねとしか言いようがない。むしろ二代続いて一人の妃しかいなかったのがあの国では珍しいし、そもそもそれがイレギュラーだ。
「複数の女と夫を共有するなんて汚らわしいわ!」
「王女殿下はお美しいのですから、その中で一番になれるんじゃないですか」
複数の妻がいるのが嫌なのは理解できるが、散々好き勝手したんだから自業自得では?という思いがある。
「それは当たり前でしょ。でも、相手にだけ他の妃を持つ権利があるなんて不公平よ。だから私にも愛人を持つ権利があるはずだわ! それで初めて夫婦は対等で平等になるのよ」
あぁ、そこなのか。この人は一夫多妻制の文化に文句を言っているのかと思ったがそうではない。自分が少しでも恵まれた上の立場にいないことが嫌なのか。自分のことだけを考えている、自分のことだけが可愛い王女様だ。
そして、ウォルフは彼女に二度も大きな迷惑をかけられた。
「人それぞれ考えがあるでしょうが、ウォルフは私の婚約者ですから渡しません」
最初にウォルフに出会った時は困惑した。でも、後から考えるとあの会場で私を何とか救おうと動いてくれたのはウォルフだけだった。あの場で初対面の女にプロポーズなんて勇気が要っただろう。しかも不能騎士なんて呼ばれていたから、笑いものにされる可能性さえあった。
「他の取り巻きの方を連れて行ってください。王女殿下のためにこのような犯罪に手を染められる方とか」
「ウォルフは不能騎士よ? 子供が欲しくてもできない可能性が高いわよ? 治療薬はできても高いだろうし伯爵家で用意できるのかしら」
「最初から分かって婚約しています。そんなことでウォルフを嫌いになることはまずないです」
あの時、私を助けてくれたウォルフの心が私は嬉しい。あの場で跪かなくて良かったのに。後から婚約の打診をしたって良かったのに。
開け放った扉の入り口のところで喋っていたが、私は部屋の中に歩を進めた。
「私は王女殿下とは違います。みくびらないでください」
ウォルフを押さえていた令息たちが頷き合い、一人が立ち上がってルアーンの方に向かってくる。
ここまでノープランで来てしまった。ウォルフの同僚も信用できずに一緒に来てもらわなかったのだし……。
大声を上げて助けを呼ぼうと息を吸い込んだルアーンの目に映ったのは、こちらにウィンクする令息だった。




