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美術館の後も何度かデートを重ね、とうとうウォルフのご両親が王都に戻ってきてしまった。つまり、顔合わせである。
「ルアーン、右手と右足が同時に出てるわよ」
「お嬢さん。さっきから立ったり、座ったりしてるしねぇ。緊張してるんだね。お嬢さんでも緊張することがあるんだね」
母とミカエラにからかわれながら送り出される。
白髪が混じり始めてはいるがそれすらも含めて威厳に感じるバートン公爵と、私の母よりも年上のはずなのに若々しく見えるバートン公爵夫人。ウォルフの雰囲気はバートン公爵夫人に似ていた。全体的な色彩が夫人寄りだからだろうか。
「お時間をありがとうございます。ヴィクトル伯爵が娘、る、ルアーン・ヴィクトルでしゅっ」
挨拶は練習していたはずなのに重要な場面で噛んだ……。今まで一度も噛んだことなかったのに……。
隣でウォルフが吹き出す。一番失敗するべきではない場で失敗してしまってさすがに立ち直れない。
「ルアーンはとてもしっかりした人だから。今日みたいに緊張した様子は新鮮だよ」
「気が強そうに見えるけど可愛いお嬢さんじゃないの」
「手紙で許可した通り、特に反対することはない」
「申し訳ございません……」
落ち込んでいる間に親子で話が進む。
「良かったわ。婚約解消になってから大変だったもの」
「いや、婚約中から王女のワガママに振り回されて大変だったからな。次の婚約がしっかりしたお嬢さんで良かった」
「そうそう、ルアーンちゃん。第五王子はヒギンズ子爵家に婿入りすることになったそうよ」
「そうなのですか?」
「えぇ、私は王妃殿下と仲が良いのよ。昨日決まったばかりだって教えてもらったわ」
「子爵家相手なら舐めた真似をしてきたら潰せるな」
バートン公爵が恐ろしいことを言っているが、笑顔で頷いている公爵夫人も恐ろしい。
「あとは第三王女ね。なかなか次の婚約が決まらず焦っているみたいよ」
「侯爵位以上じゃないとあの王女は納得しないから」
ウォルフが嫌そうに言う。
「王族や高位貴族と結婚したいなら、他国しかないんじゃないか? 与える土地にしても痩せているところしか残っていない」
「うふふ。他国に行くならその前にうちのウォルフにしたことを後悔してもらわないとねぇ」
「あの人のことは別にもういいよ。やっと解放されたんだ」
公爵夫妻は微笑を浮かべながらも目は笑っていないので、大変怖い。
「ねぇ、ルアーンちゃん。うちには息子ばっかりだし、しっかりしたご令嬢と結婚してくれるのは万々歳なのよ。でもね、ウォルフは王太子殿下を庇って不能になったと診断されているわ。あなたも色々言われると思うけど、それはいいのかしら? その辺りの覚悟はできていて?」
公爵夫人は笑顔のまま私を見た。夫人の視線で射抜かれそうになる。嘘やきれいごとはすぐに見抜かれる、そんな鋭い視線だった。
「正直、私の今の覚悟では足りないと思います」
私は正直に口にした。どうでもいい第五王子殿下との婚約解消でさえ疲弊したのだ。
これからウォルフとのことでどんなことを社交界で言われるのか、想像もつかない。その中で強がっていても、いくら覚悟していても私はきっと傷つく時があるだろう。
「でも、彼と一緒なら大丈夫だと思えたんです。一人で戦わなくていいと、命を預けられると感じたんです」
私一人だったら傷ついて、傷を悟らせないように相手にむやみやたらと噛みつくこともあるだろう。第五王子と婚約していた時は、一人で家や自分を守ろうと必死だった。
でも、ウォルフと一緒なら一人じゃないと思えるのだ。ウォルフは黙ったまま私の手を握ってくれた。
公爵は面白そうに笑みを浮かべ、公爵夫人はしばらく私を眺めた後満足げに頷いた。
「ウォルフと次に参加する夜会があるわね? それには第三王女も参加するわ。気を付けなさいね。焦っている女ほど何をしでかすか分からないわよ」




