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「え、あなた喋れたの?」
うっかり出てしまった私のツッコミに、やっと言葉を発したヒギンズ子爵令嬢は大げさともとれるほど肩を震わせてさらに王子の後ろに隠れた。
王子は彼女を庇いながら睨んでくる。全然怖くないけど、ただただめんどくさい。
「挨拶もされなかったので喋れないのかと誤解しておりましたの。ただの事実確認でそのように怯えられるなら我が家の養子だなんて無理ですわ」
横でまたウォルフが笑う。
「それに子爵家を継がれるのだと思っておりましたもの。我が伯爵家への婿入りを蹴ってまで得たお相手のお家に婿入りされるのが殿下にとっても幸せでしょうから」
事実を述べたつもりだけどおそらく「爵位が上の養子受け入れ先を探すなんてみっともない」という嫌味も伝わっただろう。
「殿下は以前の夜会で彼女がそこのヒギンズ子爵令嬢を脅していると仰っておられましたが……もし、それが事実ならその家に養子に入れなどとは殿下もなかなかのお方です。婚約者が苦労するのは構わないということでしょうか」
ウォルフまで嫌味を言い始めてる!? 婚約者って似てくるのかしら。
でも、さすがに周囲から注目を浴びすぎているから、そろそろ何とかしたいところだ。別のスキャンダルがお誂え向きに起きることなんてない。
王子が『夜会クラッシャー』だと誹りを受けるのは別に構わないが、私まで巻き添えをくらって『夜会クラッシャー』などと呼ばれてはたまらない。
世間体を考え始めると、ざまぁって本当に難しいわね。
「お前達、婚約したからと言っても余りもの同士だろう。調子に乗るなよ」
余りもの同士なのは、まぁ事実よね。王子の言葉にそんなことを思っていると、私達と殿下達の間に男性の背中が割り込んできた。
「どうしてもと仰ったので招待しましたが……。これならやめておいた方が良かったですな」
先ほどはさっさと逃げていた、本日の夜会の主催である伯爵だ。細身でオールバックが似合うおじさまである。お歳の割には白髪が少なく、うちのお父様と違って髪もまだまだボリューミーだ。
「ご存知だと思いますが、我が家は子供に恵まれず養子を迎えております。立派な跡取りになってくれたので養子は必要ございません。ただ、不能、不能と言われますとデリケートな問題ですし、私も妻もやはり傷つきますのでお控えいただければ」
そういえばそうだった。さすがにこちらの伯爵に養子の話を持ちかけたのはまずかったと思いますよ。
「こちらのバートン公爵令息は王太子殿下を庇ったことで“不能騎士”などと呼ばれているそうですが、そういった方々は王太子殿下が助かったことに何か思う所があるとも取られかねませんね」
にこやか且つスマートに事態を収拾しようとする伯爵様は、王子達に近付くと周りにあまり聞こえないよう声量を落とした。私とウォルフには聞こえた。
「……そのようなつもりはなかったが、誤解させたのは良くなかったな」
王子は劣勢だと見たようだ。まだ王族なので謝罪はもちろんしないが、先ほどよりも勢いが弱まっている。伯爵は相変わらずスマートだ。
「失礼する」
王子は心なしか顔を青くしてヒギンズ子爵令嬢と共に去って行った。周囲の人垣も王子達を目で追っていたが、会場から出て行ったのを確認すると興味をなくしたようですぐに散って行った。
「お騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」
夜会を騒がせてしまったので、主催の伯爵様に謝罪をする。
「向こうから請われたにせよ、最終的に招待したのはこちらですから。ある程度、歳を重ねないとああいった方に対処は難しいです」
伯爵はそこで言葉を切ると、少し目を細めた。
「実は子供ができなかったのには私に原因がありましてな。バートン公爵令息には勝手に共感をしておりました。だから不名誉なあだ名で呼ばれているのは我慢ならなかった」
「……ありがとうございます」
ウォルフが神妙な顔で礼を述べる。少し照れているのだろう、唇に力が入っているようだ。
公爵令息の彼がここまで表情に出すのは、彼が「不能騎士」と呼ばれることに少なからず傷ついていた証拠だろう。彼の手は私の腰に回されたままだったので、少しだけ彼に寄り添った。
「ヴィクトル嬢は気が強いが、一人で背負って戦いすぎる嫌いがある……気がします。もう少し他人や婚約者に頼ってみるのもいいかもしれませんな。いやなに、お若い二人を見て老婆心ながら言わせてもらいました」
伯爵は最後までスマートに去っていく。
こうして私は二度目のざまぁチャンスをいろいろ考え過ぎたせいで逃したのだった。




