1
いつもお読みいただきありがとうございます。
暑すぎて思いついたネタです。
まさかこんなに阿呆な人間がいるとは思わなかった。
しかもそれが自分の婚約者だったとは。この婚約をまとめた父親は当時ひどく酔っていたのだろうか。脅されていたのだろうか。いや、王命に逆らえなかったのか。
こんな阿呆を婿入りさせるなんて絶対にダメだろう。いくら第五王子だと言っても。
「君との婚約は無かったことにして欲しいんだ」
この夜会には体調不良だから出席できないと返事がきたはずなのに、他のご令嬢を腕にくっつけて夜会に参加していた婚約者。
なるほど、あの返事は「お前が欠席しろ」という意味だったのか。そう書いてくれないと読み取れないではないか。
「ええっと。つまりそちらの腕にくっついている方と婚約されるということですか?」
「ああ。彼女を愛しているんだ。だから君との婚約は解消したい」
「……承りましたわ。父に伝えますので、殿下も陛下にお伝えください」
夜会の隅っことはいえ、衆目の中でこんなことを言いだす男と結婚なんてごめんである。
「あぁ、そういえば。そちらのご令嬢のお名前をうかがっても?」
ついでだからお金(慰謝料)は貰えるところから貰っておかないとね、と思ってご令嬢の方に視線を向ける。調べれば簡単に分かることだけど、言質は取っておかないと。衆目で必要以上に引っ付いているにも関わらず、彼女は私の視線を受けて体を震わせた。いやいや、今更震えるならそんなに引っ付かないでよ。そもそも引っ付いてるとこからみっともないわよ。
「知っているだろう」
なぜか婚約者が答える。元婚約者と言ってもいいのだけど、まだ一応婚約者だしね。それに名前を聞いただけなのに、なぜ眉間にシワを寄せられなきゃいけないのかしらね。
「知らないからお聞きしているの」
「この場で言う事ではないと思っていたが、彼女は君から脅しを受けていたと聞いている」
え、そのやり取り必要? 密かに流行ってる婚約破棄小説みたいに「お前、彼女をいじめてただろ!」っていうやり取りって必須なの? やってなくても? 濡れ衣バンザイってこと?
「そちらのご令嬢とは初対面ですし、脅されていたと声高に仰るなら証拠を求めますわ。何よりも、私が羽虫を気にかけるほど暇だと思われていたなんて心外ですわ」
私が嫌われるならこういう嫌味な所だろうけど、一言でも二言でも言ってやらないと気が済まない。夜会の隅っこだが、不穏な空気を察知して私たちの周囲に人が集まり始めている。
さていい加減切り上げないと、今日の夜会を主催する公爵様の顔に泥を塗ってしまう。せっかくこちらの公爵家のご令嬢とは仲良くさせてもらっているのだ。
「では後日お話合いを」と口を開こうとしたが、それは思わぬ人に遮られた。
「私があなたの婚約者に立候補してもいいだろうか?」
私よりも先に他の観客がどよめいた。声がした方に視線を向けると、その男性は胸に手を当てて跪いた。ポカンと口が開きそうになるが、プライドと根性でなんとか口を引き締める。
「あなたの堂々とした姿勢と態度に見惚れたんだ。ぜひ私を婚約者にして欲しい」
私、白馬の王子様なんて信じてないんだけど。でも実際跪かれると、ときめきよりも先に困惑がくるわね。
「父に確認しないといけませんが、嬉しいですわ。私としましては喜んでお受けしたく存じます」
その男性の後ろにお忍びの王太子がいらっしゃるのをしっかり確認して、私は頷く。
「自棄になったのか? 不能騎士だぞ?」
婚約者、いやもう元婚約者でいいや。第五王子が話しかけてくるがこちらは王太子がいらっしゃるので無視しよう。
私の目の前で跪いているのは昨年、王太子を毒矢から庇ったせいで不能になったと言われる公爵家の次男。彼は第三王女と婚約していたが、その婚約は彼が毒から回復してから解消された。理由は言わずもがなである。
王太子殿下を命がけで守ったにも関わらず、先ほどの元婚約者のように彼は一部の人間から陰で「不能騎士」と呼ばれているのだ。
それを全て分かった上で私は跪く彼にそっと手を伸ばした。彼は私の手を取って握り返してくれる。
王太子は拍手しながら前に進み出てきていた。