桃華
家出をした美佳は、拾ってくれた桃華に玩具にされている。美佳は年下にしか見えない桃華に悪戯をしようと企んでいる。そんな日常。
一応R18設定になっていますが、ほとんどエロパートはありません。
学校が終わって、何時もと違う方向に向って帰っていた。
今日はお姉さんの家に帰る。
お姉さんの部屋のチャイムを押して、しばらく待つとお姉さんがドアを開けてくれた。
「おかえり」
と、見下ろすほどに私よりも低いところから迎えてくれるのが、とても私よりも年上には思えないお姉さんだった。
「ただいま」
にっこりとお姉さんに笑顔を向けていると、玄関にはお姉さんのサンダルの他に、もう一組の靴が綺麗に揃えて置かれていることに気づいた。
「お客さんですか?」
私が尋ねると、お姉さんは声を潜めて言った。
「そう」
「じゃあ、私もう少し散歩してきた方が良いですか?」
「大丈夫よ」
そう言ってくれたけれど、
「でも、くれぐれも粗相のないようにね」
とお姉さんは真剣な表情で言った。
「どんな人なんですか?」
「怒らせるとまずい人よ」
「怖い人なんですか?」
「ヤクザを黙らせるくらいにはね」
「えっ?それって本当にどんな人なんですか?」
ヤクザというのがどんな人なのかよく知らないけれど、穏やかならざる人であることくらいは知っている。人を海に浮かべてみたり沈めてみたり、ドラム缶にセメントと一緒に人を流し込んだり、魚に餌をあげたりすることを厭わない人たちだとテレビで言っていた気がする。
「会ってみればわかるわ」
「私が会っても大丈夫なんですか?」
私は少しばかり怖気づいていた。ヤクザと対峙するお巡りさんだって、一体どちらがヤクザなのか見分けが付かないほどに厳しい人達だということもニュースの映像で見たことがある。私は、そんな人と関わり合いになりたいとは思わない。
「むしろ会ってほしいわ。貴女のために来たんだから」
「私のためですか?」
「そうよ。貴女を追い返した児童相談所に落とし前をつけてもらって、合法的に貴女がここに住めるようにしてもらうためよ」
お姉さんは落とし前だなんて、凡そ法律に適合しなさそうな穏やかならざることを言っておきながら、合法的だなんて矛盾に満ちたことを言った。
「……お姉さんにお任せしちゃ駄目なんですか?」
私はますます怖気づいてしまった。落とし前だなんて、そんな抗争に巻き込まれたくない。
「覚悟を決めなさい」
お姉さんがそんなことを言うから、どんなに恐ろしい人なのかと不安が膨らむ。けれど、玄関の揃えられた靴をは明らかに女性用のパンプスだった。しかも、普通の、平凡なベージュ色の地味なものだった。
私はその隣に履いていた靴を脱いで、揃えて並べた。
封筒を持っていたお姉さんの手が微かに震えていることに気づいた。
「そんなに怖い人なんですか?」
お姉さんの震えが私の声にまで伝わっていた。
「その代わり、気に入って頂けたら頼もしい人よ」
「お姉さんは気に入られているんですか?」
「返しても返しきれない恩がある人よ」
そうか。お姉さんはその恩とやらに縛られて、縁を切りたくても切れないのか。でも、もしかしたら、私もその人のお世話になってしまったら、逃げられなくなるんじゃないんだろうか。
「そんなに凄い人なんですか?」
私の問いかけは、緊張で身体をこわばらせたお姉さんの耳には入らなかったらしい。
「さぁ、行くわよ」
お姉さんが、ゴクリとつばを飲み込む音が聞こえた。
私にも緊張がピリピリと伝わってくる。
「春子さん、お待たせしました」
緊張の面持ちでリビングに消えていったお姉さんに続く。
「おかえりなさい」
意外なほどに優しそうな女性の声が私を出迎えた。
声の主の方を見ると、見るからに優しそうなおばさん、もとい、お姉さまが座っていた。クリーム色のジャケットを着用した、如何にも真面目そうな感じの人だった。とても怖い人には見えなくて、私は幾分ホッとした。
「こ、こんにちは」
私がそう応えている間に、お姉さんはそのお客様とテーブルを挟んだ向いに正座をしていた。
私もお姉さんの隣に並んで正座して座った。
「どうしたの?何でそんなに改まっているの?」
お客様は優しい口調で訪ねた。
「春子さん。今月分です。どうぞお納めください」
言いながら、お姉さんは手にしていた封筒を、厳かにテーブルの上に差し出した。その封筒は随分と厚みがあった。
「ありがとう。今月は随分と多いのね」
「申し訳ありません、手違いがありまして……」
お姉さんが頭を下げている間に、お客様はちらりと封筒の中身を指で摘んで確認していた。
いくら入っているのか検討もつかないけれど、ちらりと見えた一瞬で、それがお札であるとすぐに分かった。
一体どういう関係なんだろう?なんのお金なんだろう?さっきの口振りだと毎月払っているんだろうか?お姉さんは何か弱みを握られていたりするんだろうか?気になったけれど、その疑問を口にする勇気はなかった。
お客様はニコニコと笑顔を崩さない。ひょっとしたらこのお客様は悪徳弁護士とかなんだろうか?
「金額はいつも通り?」
「はい、間違いなく」
お姉さんは目を伏せたまま言った。
「この子が話していた美佳さん?」
チラリとこちらに目を向けられた瞬間、心の中の声が漏れてしまっていたのかと、ドキリとしてしまった。
「は、はい!」
私の声は裏返り、跳ねるように背筋を伸ばしていた。
「奇麗な子ね」
「き、恐縮です!」
体育会系の部活の事は全く知らないけれど、怖い先輩に睨まれるのはこんな感じなのだろうか。
「児童相談所に電話したのに相手にされなかったんだってね」
事情はお姉さんから聞いているのだろうか。
「はい」
「ちゃんと謝りに来させるからね」
このお客様はそんなことができる人なんだろうか。
「それはもう良いです」
別に謝ってもらっても何も変わらない。そんな事で恩を着せられても困るし、相手に逆恨みをされても困る。それに、そのおかげでお姉さんと出会えたのだから。
「市長にも責任取らせないと」
そのお客様はどう見ても普通のお姉さまにしか見えないのに、市長にまで顔がきくらしい。
「よかったら一人暮らしができるように部屋とか用意してあげられるけど、どうする?」
聞かれて私はお姉さんの顔を見た。
「ここに居てくれても私は気にしないよ」
お姉さんが、そう言ってくれたから、私の心は迷わなかった。
「お姉さんに捨てられたら、……そのときはお願いします」
そうは言ってみたけれど、このお客様と関わってもいいものなのかと、不安は拭えなかった。
「随分と優しいのね」
お客様はお姉さんに向かって言った。
「いろいろと思うところがあって」
「桃華も変わったわね」
お客様の口から、聞き慣れない名前が飛び出した。『桃華』って誰だろう?聞き間違いだろうか。
「今日は美佳さんの顔も見られたことだし、そろそろ帰るわ。今日はまだ上納金を集めに行かないといけないし」
上納金?それはひょっとしてさっきお姉さんが渡した封筒の中身の様なもののことなんだろうか。
「今日はお忙しいところ、ご足労いただきましてありがとうございました」
そう言ってお姉さんは正座をしたまま、少し後ろに下がって、両手を床に着いて、
床に額が擦りそうなほどに深々と頭を下げた。
「もう、桃華、何の冗談よ」
お客様はお姉さんに向かってはっきりと『桃華』って言った。
「『とうか』って誰ですか?」
私は思わず疑問を口にしていた。
お客様は不思議そうな顔でお姉さんの方を見た。
「これが桃華でしょ?」
「さくらさんじゃないんですか?」
私の言葉を聞いて、お客様は呆れたような顔をした。
「それはこの女の源氏名よ」
「げんじな?」
「水商売じゃ普通本名は名乗らずに、仮の名前を名乗るんだよ。それが源氏名って言うの」
チラリとお姉さんと目があった途端、お姉さんはテヘッといたずらっぽく笑って、舌をチロリと覗かせていた。
「美佳さん、この女は息をするように嘘を付くから気をつけてね」
「じゃあ、もしかして、晴子さんがヤクザを黙らせたって言うのも嘘なんですか?」
余りにも優しそうな雰囲気だったから、そうであって欲しいという期待の籠もった問いだった。
「あぁ……そんなこともあったわねぇ……」
お客様は遠い過去を思い出すように、視線を遠くに向けて言った。
「ヤクザだったかどうかは知らないけれど」
とお客様は補足した。
「何があったんですか?」
私はつい聞いてしまっていた。
「この女がお金に釣られてAV出演の契約したのよ」
私は『この女』の方に目を向けた。
「二十歳にもなっていない頃かな。いざAVの撮影が始まろうとしたときに、この女が急に怖くなって、トイレに立て籠もって、そこから私に電話で助けを求めてきたのよ。それを助けに行ってあげたのよ」
「大丈夫だったんですか?」
「大丈夫だったけど、怖かったのよ。もうあんなこと二度としたくない」
その言葉には似合わない涼しげな表情でお客様は言った。
「どうやったんですか?」
「どうやったんだろう?無我夢中だったし、十年以上も昔のことだから覚えてないよ」
言いながらお客様は笑っていた。
「美佳さん、また今度ゆっくりお話しようね」
「は、はい!」
お客様は笑っていたけれど、私の体は強張ってしまった。無我夢中だったなんて言っても、ヤクザからお姉さんを助け出した時のことを覚えていないはずがない。覚えていないふりをしているだけで、きっと口にはできない壮絶な何かがあったに違いない。落ち着き払っているお客様の瞳にはそんなすごみがあった。
お客様は、分厚い封筒を鞄に仕舞うと、にこやかに手を振って帰っていった。
「お姉さん、AVにも出たんですか?」
私はAVなんてものを実際に見たことはないけれど、それがどんなものかはなんとなく知っている。
「出てないよ。出ようと思っただけ」
AVに出るって言うことは、大勢の人が見ている前で、知らない人とエッチをする。それを撮影されて、その映像が出回ってこの先ずっと残るっていうことだ。それなのにお姉さんはまるで学園祭の劇に出るかのように軽く言う。
「何でそんなの出ようと思ったんですか?」
「だって、一千万円くれるって言うんだもん」
「『言うんだもん』じゃないですよ!自分の体は大事にしないと駄目ですよ!」
たった一千万円で。私なら百億円と言われても出ようとは思わないのに。
「うるさいなあ。若気の至りよ」
「私だって若いですけど、そんなの出ようと思いませんよ!お姉さんは欲の皮が突っ張りすぎです!」
「だってお金好きだもん」
「『好きだもん』じゃないですよ!」
お姉さんは子供みたいなことを言う。本当に子供みたい。
「生意気なこと言ってるとお買い物に連れて行ってあげないわよ」
お姉さんはそうやって話を逸らそうとする。
「お買い物って、何のことですか?」
「ここに住むんだったら色々と必要でしょ?」
今日、家に荷物を取りに帰るつもりをしていたけれど、行かなかった。今日じゃなくてもいいや、という思いが私の足を家から遠ざけてしまっていた。実際、着替もなにもないのだから、今日すぐにでも行く必要があるのに、行けなかった。家には帰りたくなかった。帰って、顔を合わせてしまうのがたまらなく嫌だった。お姉さんはそんな私を少しも責めないばかりか、必要なものを買ってくれようとしている。それは分かっているのだけれど。
「一人で行きます!」
私はムキになって感情的に言い返していた。
「お金持ってるの?」
そう言えば、今の私はケーキを食べるお小遣いさえなかったことを思い出して、言葉をつまらせた。
「ずるいです!」
そうやってお姉さんはお金の力で私を黙らせようとする。
「行かないの?」
「行きますけどぉ……」
私はお姉さんを足の先から頭の天辺まで眺めてみた。鼠色のだぼっとしたスエットに、着古して襟元が緩んでいて何かを食べこぼしたような小さな染みのついたトレーナーに、きっと今日はまだ一度も鏡の前に立っていないのであろうぼさぼさの髪という、休日スタイルだった。
「その格好のまま出かけたりしないですよね?」
私の質問の意味が理解できなかったのか、お姉さんは不思議そうな顔を私に向けた。
「何か文句でもあるの?」
「あります!」
私は怯まずにはっきりと言った。これだけは譲れないし、許せない。不細工が私と並んで歩くなんて許さない。けれど、その点お姉さんは可愛い。可愛いのに、そのみすぼらしい恰好が全てを台無しにしている。それなら全裸の方がましだ。いや、全裸になるべきだ。
「触らないで!」
私の伸ばした手をお姉さんは払いのけた。
「お着換えするだけじゃないですか?」
「どうして着替えるの?」
その言葉に、この人は三十何年も何を考えて生きてきたんだろうかと不思議に思わずにはいられない。もしも、お姉さんがその見た目通りの年齢だとしても、小学生の女の子でさえ出かけたくないと駄々をこねるほどに可愛くなさすぎる姿をしているのに、お姉さんはどうして平然としていられるのだろうか。
「コンビニに買い物に行くんじゃないんですよね?」
「駅前の百貨店に行けば必要なものは一通りそろうでしょ?」
駅前?百貨店?その言葉を聞いただけで眩暈を覚える。
「お姉さん、ダメです」
「何がダメなのよ?」
「お姉さんが、ダメです」
「何がダメなのよ?」
お姉さんに今のそのダメな恰好を見せてあげようと思ったけれど、姿見が見当たらなかった。足元から頭のてっぺんまで、全身を写してくれる姿見が、この部屋には見当たらなかった。
「お姉さん、姿見はないんですか?」
「姿見?鏡なら洗面所にあるじゃない」
「ダメです!そんなんじゃダメです!お姉さんはダメです!」
「何がダメなのよ?」
お姉さんはどうして私が興奮しているのか、少しも理解していない風だった。
「とりあえず、姿見を買いましょう。って言うか、今までよく姿見もなく生活していましたね」
「そんなのなくても生きていけるわよ」
「いいえ、生きていけません!女子は姿見がないと生きていけません!」
「何よ、私はこうして生きているでしょ?」
「いいえ、お姉さんの女子力は死んでいます!」
「ふん」
お姉さんは小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「いいですか、お姉さん!女子力は一日三回鏡を見て、『私可愛い』って思わないと死んでしまうんですよ!」
「面倒くさい女ね」
「お姉さんはそれでも男の人を相手にしているプロですか!?」
「そんなの、客とかお店が指定する服着ておけばいいのよ」
当たり前の様にそんなことを言われても、私にはよくわからない世界だった。
「とりあえず、お姉さんの持ってる服を見せてください。私が選んであげます」
お姉さんのクローゼットの中にはいくつもの服や鞄が並んでいたけれど、私の想像していたものとは大分違った。
「これって……」
赤いランドセルがまず目に飛び込んできた。
「仕事道具よ」
「これ背負って、お仕事に行くんですか?」
「そうよ。オプションで一万円ね」
お姉さんはさも当然の様に言った。
「じゃあ、この帽子は?」
いかにも小学生が登下校の時に被っていそうな黄色い帽子だった。
「それも一万円の追加料金よ」
言いながら、お姉さんは私から帽子を取り上げると、被って見せてくれた。その姿は現役の、少しばかり発育の良い高学年の小学生で通用しそうだった。
「お姉さんって十万円の人ですよね?ランドセルと帽子を追加したら十二万円ですか?」
「そうなるわね」
「払う人、いるんですか?」
「人気オプションよ」
お姉さんはさも当然の様に言った。どうやらお姉さんは私が思っている以上にその童顔と、発育の悪い身体を活かして、あざとくお金を稼いでいるらしい。
「これって、ドレスですか?」
それは結婚式にでも着て行けそうな、キラキラのドレスだった。青色、赤色、ピンク色の三色があった。
「それも仕事用」
「友達の結婚式とかに着て行ったりするんじゃないんですか?」
「友達はいないから」
そうだった。お姉さんは友達がいない人だったんだ。
「お、お姉さんには私がいるじゃないですか!」
「要らない」
お姉さんは素っ気なく冷たい言葉を吐き捨てた。
「酷いです!」
「ほら、早く服選ばないとお店閉まっちゃうわよ」
お姉さんはちっとも自分で服を選ぼうとしない。着たい服とかないのだろうか。
「お姉さんのお気に入りの服はないんですか?」
「別に」
私は服を物色しながらお姉さんに似合いそうなものを探す。
「これなんてどうですか?」
それはセーラーカラーのついた薄い水色のブラウスだった。セーラー服でありながら、色遣いや装飾で制服らしさを薄めている。
「スカートはこれが合うんじゃないですか」
藍色のひざ丈くらいのプリーツスカートを取って、組み合わせてみる。
「ほらほら、お姉さんっぽいですよ」
言いながら、お姉さんの身体にあてがってみる。こうしてみると、少し大人びた感じがして、中学生くらいには見える。
「これも仕事着なんだけれど、まぁいいわ」
言いながら、お姉さんは私から服を受け取った。
「じゃあ、お姉さんの普段着はないんですか?」
「これよ」
言いながら、お姉さんは両手を広げて、今着ているダサい部屋着を見せてくれた。
そっか……きっとお姉さんに友達がいないのはそれが理由だなって思った。私だったら、いくら仲のいい親友でも、いつもこんな恰好している子と、お出かけなんてしたくない。ひょっとしたら結婚式に呼んでも今のこの服装のまま来そうな恐怖が脳裏をよぎる。
「何よ、何か言いなさいよ!」
私がついつい、『お姉さん可愛そう』って思っていたのが顔に出てしまったんだろう。
「お姉さんのことは、私が可愛くしてあげますから!」
「要らないわよ!変な性癖押し付けられるのは仕事だけで十分よ」
お姉さんは心底、身に着けるものには興味がないらしい。
「私変態じゃないです!」
私をお姉さんに一万円も払ってランドセルとか背負わせて喜ぶ変態と一緒にされるなんて心外だ。
お姉さんは私に背を向けて、クローゼットから出て行こうとしていた。
「お姉さん、どこに行くんですか?」
「着替えるのよ」
「ここじゃダメなんですか?」
「そうね。貴女に視姦されるもの」
「そ、そんなこと……」
しないと言い切れる自信は少しもなかった。
お姉さんが着替えているうちに、私は箪笥の引き出しを開けた。色とりどりの靴下と、パンツと、ブラジャーが見つかった。どれも、今の地味な部屋着の下に身に着けているとはとても思えない様な可愛い代物ばかりだった。
「私の下着、盗らないでね」
着替えて戻ってきたお姉さんは、『お待たせ』って言う代わりに、まるで私が下着泥棒の常習者の様な冷たい言葉を浴びせた。
「しませんよ、そんなこと!」
私は女の子の下着になんて興味はない。女の子が身に着けている下着にしか興味はない。女の子の身体から下着を剥ぎ取ることにしか興味はないんだから、下着を集めて喜ぶ変態の類と一緒にしないでほしい。
「お姉さん、やっぱりすごく可愛いです!」
それは私の偽らざる本心だった。初めてセーラー服に袖を通した女子中学生を彷彿とさせる初々しさを醸し出す可愛い美少女がそこにいた。
「子供っぽくない?」
子供っぽくなんてない。だって正真正銘どこからどう見ても子供なんだもの。
「超絶可愛いです!」
私はあえてお姉さんの質問には答えなかった。
「でも、まだダメです」
「どうして?」
私はお姉さんの前にしゃがみ込むと、ひざ丈の短めのお姉さんのスカートの裾を摘まんで、ひらりと持ち上げてみた。
「愛梨」
呼ばれて、お姉さんのパンツに向けていた視線を、お姉さんの顔に移した。その瞬間、お姉さんの平手が私の頬を打った。
キーンと耳鳴りがして、他の音が聞こえなくなる。眩暈がして世界がフラフラと揺れて、私は姿勢を保っていられなくなって、クローゼットの床の上に倒れ込んでしまった。
私の顔の横に立ったお姉さんが足を振り上げたかと思うと、次の瞬間、躊躇いもなく勢いよく振り降ろした。
顔を踏みつぶされると恐怖した私のすぐ目の前を、お姉さんの小さな足が激しく床を踏み鳴らした。
「きゃっ……」
私は思わず悲鳴を上げて、ぎゅっと目を閉じていた。
しばらく身体を強張らせていても何も起こらず、私は恐る恐る目を開けた。
見上げてみると、お姉さんの顔は良く見えなかったけれど、ひらひらと揺れるスカートの中に、お姉さんの細い太ももと、さっき確認したゴムの緩んだ少しくすんだ色の白いパンツが見えた。
「ち、違うんですよ、お姉さん……」
「何が違うの?」
お姉さんの冷たい声が降ってくる。
「お洒落は見えないところからするものじゃないですか」
「そうなの?」
感情の籠もっていない声色に、かえってお姉さんの怒りを感じる。
「そうなんですよ。見えるところはもちろん、見えないところも手を抜かないのが大切なんですよ」
「それで?」
「せっかく可愛い女の子の服を脱がせたのに、下着が上下合ってないとか、靴下穴が空いているとか、そういうの見ちゃったら冷めちゃうじゃないですか?」
「そう。つまりそういう恰好をしておけば、貴女に服を脱がされても貞操は守れるということね」
「違います!お姉さんのそのパンツじゃ、パンチラしてもちっとも可愛くないんです!」
私はお姉さんのスカートの中を睨み上げながら叫んだ。
「ひゃぁぁっ!」
私は思わず叫んで、両手で頭を抱え込んでいた。
お姉さんが、私の顔をめがけて思いっきりジャンプした。今度こそ、私の綺麗な顔を踏み潰されるんだと恐怖した。ドスンと激しい音とともに床が震えたけれど、私の顔は無事だった。お姉さんは足を開いて、私の顔を避けて、両耳のすぐ横に足を着いて着地していた。
頭を覆っていた手を退けると、さっきよりもはっきりとお姉さんの股が覗けた。
「懺悔は終わったかしら?」
凍てつくようなお姉さんの声が降ってくる。
「いつでも勝負できるように、どんな時でも気を抜かず、見えないところまでしっかり準備を整えておくのがお洒落なんです!冬はムダ毛のお手入れをしないとか、水着を着ないから太っても平気とか、そんなだらけた精神が女子力を蝕むんですよ!見られているという緊張感で女子力は養われて、女の子は可愛くなっていくんですよ!」
磨かない玉は光らない。私の顔は生まれた時から綺麗だけれど、何の努力もせずに今も綺麗でいられるわけじゃない。
「貴女は一体何と戦っているの?」
「怠惰な心との戦いです」
「わかったわ」
お姉さんは呆れたように言った。
「それで、どれに着替えればいいの?」
私の言葉が通じたのだろうか。お姉さんのお許しも出たことだし、これで堂々とお姉さんの下着を物色できる。
「ひょっとして、これも仕事用ですか?」
「そうね」
「もしかして、オプション料金とるんですか?」
「ノーパン、ノーブラはそれぞれ一万円ね」
「そんな格好で外出ちゃうんですか?」
「別に誰かに見られるわけじゃないんだし。すぐに慣れるわよ」
お姉さんの言葉にがっかりした。心底がっかりした。ノーパンの女の子のあるべき反応というのは、愛梨が見せてくれた様なものが理想であって、女子力の死滅したお姉さんに愛梨と同じものを望むのは絶望的なんだろうと思った。
黒いのとか、赤いのとか、レースで透けたものとか、紐みたいなのとか、およそお姉さんには似合わない様な過激なものから、まさに小学生のスカートの下に隠れていそうな純白のものから、イチゴとか水玉とか水色とか可愛いものまでいろんなパンツと、お揃いのブラジャーがあった。
「あっ」
私は靴下を漁っていて、興味深いものを見つけた。
「これって、ガーターベルトですね」
「それも一万円よ」
「お姉さん、これ穿いてみませんか?」
「一万円よ」
そう言って、お姉さんは私にお金を要求する。
「お姉さんって、本当にがめついんですね」
「当たり前よ。ペットを飼うのにもお金がいるんだから」
そのペットって、私のことなんだろうか。
「じゃあ、これの脱がせ方教えてください」
「脱がせ方?着用方法じゃなくて?」
「まぁ、それでもいいんですけど」
私の顔をじっと見つめるお姉さんは、私の下心を探っているようだった。
「じゃあ、貴女にも買ってあげるから、自分で使ってみなさい」
そう言って、お姉さんは私の手からガーターベルトを取り上げると、そのまま元通りにしまった。
「お姉さんってガードが固すぎです」
「貴女が緩いのよ」
「そんなんだから幸せが逃げちゃうんですよ」
「美佳」
お姉さんが私を呼ぶ。
「何ですか?」
「見てほしいの」
言いながら、お姉さんはスカートの裾をキュッと掴んでいた。パンツを穿きかえたんだろうか。
「来て」
言われるままにお姉さんの前に立つ。
「跪いて」
頬を仄かに赤らめ、恥じらうように言うお姉さんの言葉に私は素直に従った。
次の瞬間、私の下腹部にお姉さんの膝がめり込んだ。てっきりお姉さんがスカートの裾をたくし上げて、私に履き替えたばかりのパンツを見せてくれるのかと期待していたのに、お姉さんに騙し討ちされた。
「ぅぐぅっ……」
私はお腹を抱えて、その場に蹲ってしまった。
「あああぁぁぁ……!」
私は叫んだ。
「ああぁぁっ!あぁぁっ……!」
私が泣く様に叫ぶものだから、お姉さんは少しばかり慌てたように表情を崩した。
「赤ちゃんが……赤ちゃんが……!」
私がお腹を抱えて、蹲ったまま叫んだものだから、お姉さんの顔からたちまち血の気が引いていくのが分かった。
「貴女……もしかして、妊娠しているの!?」
お姉さんの声は恐怖で震えているようだった。
「お姉さんと私の赤ちゃんがぁぁっ!」
お姉さんの顔から、表情が消えた。何を考えているのかわからなかったけれど、私の背後に回り込んだお姉さんは、未だ床に転がったままお腹を抱えて蹲っている私のお尻を蹴った。蹴って、蹴って、蹴って、蹴った。
彼女が想定外の妊娠をしたと知って、流産させようと必死に彼女のお腹を蹴るクズ男のような顔をして、お姉さんは私を蹴り続けていた。
「やめてぇ!酷いことしないでぇ!」
あまり痛くはなかったけれど、それでも何度も何度も同じところを蹴られていると、少しずつ鈍い痛みが蓄積してくる。
「この子は私一人でも産んで育てるからぁ!」
「世間知らずのガキの癖に生意気なこと言ってるんじゃないわよ!」
お姉さんは私のお尻を尚も蹴って、蹴って、蹴って、蹴り続けていた。
「ダメぇっ!破水しちゃうぅぅ!」
「死ね!馬鹿!!」
「ダメぇっ!本当にダメだからぁっ!」
お姉さんが余りにも何度も蹴り続けるものだから、私のスカートが捲れ上がって、お姉さんの目の前に私のパンツが露わになっていた。そして、お姉さんもようやく気付いてくれたんだろう。私のパンツに血が滲んでいることに。
「ご、ごめんなさい……そんなに強く蹴ったつもりはないのよ……」
お姉さんは顔を青くして狼狽えていた。
「もぉ、違いますよぉ」
「でも、血が……」
「始まっちゃったんですよぉ」
「始まったって、何が?」
「せ・い・り」
お姉さんは少しばかりホッとした様な、力の抜けたような顔をしていた。
「そろそろかなって思ってたんだけど、お姉さんに蹴られて興奮しちゃったショックで、きちゃったみたい」
「いろんな女を見てきたけれど、貴女ほど女の武器を巧みに操る女は初めて見るわ」
お姉さんは呆れたように言った。
「もぉ、女の子とお腹を蹴るなんて、最低だぞ!」
次の瞬間、お姉さんはまだ傷の癒えていない私の両方の胸を鷲掴みにすると、力一杯握りしめた。
「いやぁぁぁっ!血が、血が出ちゃうぅ……」
引きちぎられそうなほどの胸の痛みに悶えているうちに、つぅっと太ももを滴が垂れていく感触があった。
「仕方ないわね」
血が伝い落ちている足に目を向けたお姉さんは、私の胸を解放してくれた。
「お姉さん、ナプキン貰っていいですか?」
「トイレにあるからさっさと行ってきなさい」
「はーい」
何も持たずに家を出てきた私には着替えも、お小遣いも、ナプキンもなかった。
「お姉さんもナプキン持ってたんですね」
「当たり前じゃない」
「そうなんですけど……お姉さんはまだかと思ってました」
「貴女、私のことそんなに子供だと思ってたの?」
「だって、まだ下の毛も生えてなかったから」
昨日、お姉さんと一緒にお風呂に入った時、お姉さんに無駄な毛はどこにも一切生えていなくて、本当に子供のようだった。
「脱毛したのよ、永久脱毛」
「それって、もうずっと生えてこないってことですか?」
「そうよ」
「じゃあ、もう無駄毛のお手入れしなくても良いってことですか?」
「そうね」
「それって、高いんじゃないんですか?」
「お金ならあるもの」
「良いなぁ」
それはとってもとっても羨ましいなって。剃っても切っても抜いても焼いても次から次へと生えてくる無駄な毛との不毛な戦いにはうんざりする。いつでも勝負できるように、毎日毎日気を抜かずに毛を抜き続けるだけの労力に見合う可愛い女の子と遊べなかった日は本当にがっかりする。
「子供にはまだ早いわよ」
私よりも子供らしいお姉さんは、子供らしくないことを言う。
「始まっちゃったのなら、買い物は今度にする?」
「大丈夫です。行きます!」
お姉さんと一緒にお出かけ。並んでお出かけ。私とお姉さんの身長差とか、お姉さんの容姿を客観的に見れば、どう見ても姉妹にしか見えないに違いない。
「ねぇねぇ、桃華ちゃん」
私はお出かけした時の、少しばかりの高揚感に任せて、お姉さんの事を名前で呼んでみた。
「その呼び方やめて」
お姉さんの冷めた声は、私の舞い上がった心をたちまち地面に引きずり落とすくらいに低かった。凡そお姉さんの愛らしい容姿には似つかわしくない程の、枯れた声だった。
「私のこと、お姉ちゃんって呼んでみない?」
客観的にはどう見ても私の方が姉にしか見えないわけで、そんな私が人前でお姉さんの事を『お姉さん』と呼んでみようものなら、周囲の人の面くらった表情が容易に想像できる。
「はぁ?」
お姉さんは、私をまるで酒に酔った勢いで絡む迷惑な酔っ払いでも見るかのような、軽蔑しきった目を向けた。
「良いわよ。一万円払ってくれたら、二時間の間、お姉ちゃんでも、お兄ちゃんでも、パパでもママでも好きなように呼んであげるわ」
お姉さんは、仕事なら割り切って何でもするっていう、事務的な顔をしていた。
「それも、オプションなんですか?」
「そうよ」
「そんな事で一万円もらえるなら私もやりたいです」
そして、そうやって稼いだお金で、お姉さんに私のこと『お姉ちゃん』って呼ばせてみたい。
「出世払いでもいいですか?」
「ダメね。貴女出世しなさそうだもの」
「酷いです!なんでお姉さんにそんなことわかるんですか?」
「当然じゃない。お金の入ってくる当てもないのに使っちゃうような馬鹿な女の事だもの。収支のバランスを考えられない、自分の欲望をコントロールできない貴女は出世するよりも破産するのが先ね。そうやって借金と欲望にまみれて風俗で働いている女も珍しくないもの」
お姉さんがそんなことを言うと、何だか本当に私の未来を予言されているようで少し怖くなる。
「貴女みたいに美人を鼻にかけている女だと、こんなに可愛い私が売れないなんておかしい!なんであんなブスが売れるの?なんて喚きながら、風俗でも稼げなかったりするから、気を付けた方が良いわよ」
お姉さんは、まるでそんな人を何人も見てきたかのように、そしてまるで私もその中の一人であるかのような、憐れむような顔をしていた。
「酷いです!お姉さんは私のことなんだと思ってるんですか?」
「馬鹿な女だと思ってるわ」
「酷いです!」
「酷いのは貴女の頭よ。馬鹿なこと言ってないで早くいかないとお店が閉まるわよ」
そう言って、お姉さんはつかつかと歩き出した。
私が歩幅を合わせてあげないと、すぐに私に遅れるくらい歩くのが遅いくせに、お姉さんは生意気なことを言う。
遅れて迷子にならない様にっていう優しさで、お姉さんと手をつないであげようとしたのに、お姉さんは私の手を払いのけた。
「私とデートしたかったらお金払ってね」
お金、お金、お金って可愛い顔に似合わず、お腹の中は真っ黒の黒な守銭奴に違いない。
「幾らですか?」
いつかそのお金をお姉さんの前に叩き付けて、私の思い通りの玩具にしてやろうと心に誓った。
「二時間で十万円よ」
「それって、お姉さんとエッチできる金額じゃないですか?」
「あら、セックスってデートの延長でしょ?普通」
お姉さんの口から『普通』なんて言葉が飛び出してくるとは思わなかった。
「三十過ぎたおばさんの癖に、身の程知らずですね!」
私はムキになって、思わず言ってしまった。
「あら。可愛い私と一緒にいられて幸せでしょ?なんて思いあがって、相手に楽しませてもらって当然だなんて考えている小娘のお守をデートだなんて言わないのよ」
お姉さんは私の挑発を少しも意に介した様子もなく、事もなげに言った。
「お姉さんの意地悪!」
「タダで虐めてあげてるんだから、喜びなさい」
あぁ、この生意気な中学生の女の子の顔を、涙と泣き顔でぐちゃぐちゃにしてやりたい!
「美佳、その顔、すごく素敵よ」
私がつい、悔しさを滲ませていた顔を見て、お姉さんはニヤリと笑った。
金の亡者の様なお姉さんだけれど、意外にも財布の紐は緩かった。ゆるゆるだった。
「そんなので良いの?遠慮しなくていいのよ」
私が手にした下着を見て、お姉さんは意外そうな表情をしていた。
「貴女のことだから、もっと可愛いのを選ぶと思ってた」
お姉さんの口から『可愛い』なんて言葉が出てきたのが驚きだった。
「お姉さんにも分かるんですか?どれが可愛いかなんて」
お姉さんのファッションセンスは死滅しているとばかり思っていた。
「分からないけれど、貴女の趣味じゃなさそうじゃない?」
私は思わず両手でお姉さんの手をギュッと握りしめていた。
「嬉しいです!お姉さんがそんなにも私のことを分かってくれているなんて!」
「このくらい当然でしょ?」
言いながらお姉さんは私の手を振りほどくと、わざとらしく、見せつけるように、ポケットからハンカチを取り出して、汚いものを触ったかのように、念入りに手を拭った。
「酷いです!」
「あら、セクハラで訴えないだけありがたいと思いなさい」
「女の子同士なんだからいいじゃないですか!」
ちょっと手を触っただけなのに!スキンシップなのに!
「性別なんて関係ないわ。ハラスメントは被害者が嫌だと思えばそれで成立するのよ。イジメと同じよ。加害者がふざけているつもりだったと言ったところで、被害者が虐められていると認識したらイジメなのと同じよ」
「酷いです!」
「子供みたいに駄々こねないの。これが社会のルールよ」
「私のこといじめて楽しいんですか!?」
私の顔を見て、ニヤリと笑ったお姉さんの表情を見ただけで答えを聞くまでもなかった。
「もういい!」
「ほら、すねてないで、好きな下着選びなさい」
「お姉さんみたいな貧乳は知らないでしょうけれど、私くらいのサイズになると選べるほど可愛いデザインがないんです!」
私はできるだけお姉さんの感に触る言葉を選んで言った。
「無駄な脂肪ね」
涼し気な声を返したお姉さんだったけれど、表情はいくらか悔しさを滲ませていて、その顔を見られて私の心は少しだけ気持ちよくなれた。
「あったわよ、ガーターベルト」
不貞腐れて、ふらりといなくなっと思っていたお姉さんは、ガーターベルトを見つけてくれていた。
あまり人気がないのか、一角にひっそりとガーターベルトと、ガーターストッキングが並んでいた。
「お姉さん、お姉さん、どれが似合うと思います?」
「どれでもいいんじゃない」
折角お姉さんの好みを聞いてみようと思ったのに、どうでもよさそうな答えだった。
「どうせ、貴女スタイル良いんだし、どれ着ても似合うでしょ」
お姉さんは何だか少しだけ不愉快そうに言った。
「そりゃ、そうですけどぉ」
服に興味のないお姉さんに好みを聞くだけ無駄だっただろうか。
ガーターベルトの方は、白や黒だけではなく、赤やピンクや水色にといろんな色があって、レースやお花やリボンがあしらわれていて、セクシーなものよりも可愛いものが多いのに、ガーターストッキングの方となると、デザインの選択肢が少ない。
「悩んでるの?」
「だって、こんなにあったら決められないですよぉ」
「着替えも含めて何着もいるんだから、好きなだけ買えばいいでしょ」
好きなだけって言うけれど、お姉さんは値札を見て言っているんだろうか?お店を見回してみても、安くても五千円を下回るものは見当たらないし、一万円を超えるものだってごろごろしているのに。
「高いですよ……」
私は声を潜めて言った。
「お洒落は見えないところからするんでしょ?」
言いながら、お姉さんはさっきまで私が見つめていたガーターベルトを手にとった。
「買い物は下着だけじゃないんだから、早く決めて」
そう言ってお姉さんは私を急かす振りをしながら、私が気になったものを次々に手に取っていく。
「何ニヤニヤしてるのよ」
私の顔はいつの間にか緩んでしまっていたらしい。
「やっぱりお姉さんは私の事を愛しているんですね」
お姉さんは冷めた目で私を見る。
「こんなことで舞い上がるなんて、貴女もチョロい女ね」
お姉さんは口ではそんな素直じゃないことを言う。
「ちょっと試着してみますね」
私がそう言うと、お姉さんは私の後ろをピッタリとついてきて、一緒に試着室の中にまで入ってきた。
「やだ、お姉さん、私の着替えるところを見たいんですか?」
冗談めかして聞いてみた。きっとお姉さんなりの冗談だと思ったから。
「恥ずかしいの?」
お姉さんは少しもふざけているつもりではなかったらしい。でも、私だけお姉さんの目の前で裸になるのは、やっぱり少しだけ恥ずかしい。
「……お姉さんだったら、いいですよ」
私は、顔を赤らめ、恥ずかしそうに俯いて、囁くような小さな声を漏らして、理想的な乙女の恥じらいをやってみせた。
「貴女もそんな可愛い顔するのね」
珍しくお姉さんが褒めてくれた。
お姉さんの見ている前で制服を一枚ずつ脱いでいく。
ブレザーの上着を脱いで、お姉さんが差し出してくれた手に渡した。お姉さんはそれをハンガーにかけて吊るしてくれる。
リボンを解いて、ブラウスのボタンを一つずつ外していくと、水色のブラジャーがチラリと覗く。
「本当に無駄な脂肪ね」
言いながら、お姉さんは無遠慮に私の胸をマジマジと見つめていた。
「……恥ずかしいです……」
私は努めて小さな声で囁いた。恥ずかしさを演じていたら、何だか顔まで熱くなってきた気がする。
「早く」
お姉さんは、まるで子供のように無邪気に続きを促す。
ブラウスもお姉さんに手渡して、スカートのホックを外し、ファスナーを下ろすと、フワリとスカートが舞い落ちる。
「見ないで!」
お姉さんの前で下着姿になって初めて思い出した。そう言えば、朝はブラジャーとお揃いの水色のパンツを履いていたけれど、今は全く揃っていないベージュの生理用のパンツを履いていた。その不格好な姿を見られるのは、心底恥ずかしかった。
「盛った声出してないで、さっさとこれ試着しなさい」
お姉さんは私の目の前でブラジャーを摘んで見せる。
お姉さんは私の不揃いの下着を見てなんとも思っていない様だった。まぁ、あのゴムの緩んだパンツを履いていたお姉さんなのだから、下着が上下そろっていないなんて些末なことを気に留めるはずもないか。おかげで恥ずかしさが和らいだ反面、寂しくもあった。
ブラジャーを外すと、お姉さんの目の前に私の胸が顕になる。お姉さんは背が低いから、本当にお姉さんの目の前に私の胸がある。
「綺麗ね」
お姉さんは私の胸を見て褒めてくれた。
でも、私の胸にはまだしっかりと痕が残っていた。お姉さんに乱暴に握られたときの青い痣と、お姉さんに爪を立てられて赤くなった痕と、美穂に噛みつかれた歯の跡が私の胸に刻まれていて、せっかくの私の白くて綺麗な胸が無残な姿になっていた。
そんな私の胸を見て、お姉さんは言う。
「本当に綺麗ね」
「恥ずかしいです……」
明るい光の下で、私だけパンツ一枚になって、マジマジと身体を見つめられるとやっぱり恥ずかしい。
不意にお姉さんの手が私の胸に伸びる。その小さくて細い指が、そっと私の胸の頂きを摘んだ。
「ひゃうっ……」
私は思わず声を漏らしてしまった。
「声、出しちゃ駄目だよ」
お姉さんは囁くように、妖しい声を漏らした。とても、その幼い体から発せられたとは思えない程に艶を帯びた声。私を上目遣いに見るお姉さんの目は、妖しく輝いていた。
言いながら、お姉さんの指が私の胸をもてあそんでいた。
「何、するんですか?」
優しく私の胸を摘むお姉さんの指は、私に甘い刺激を与えてくれる。
「触っちゃダメだった?」
お姉さんはまるで子供のような無邪気な声を出して、不思議そうに小首をかしげてみせた。
「駄目じゃないですけど……」
さっきまで私を徹底的に拒んでいたのにどうした心境の変化なんだろう。
「おっぱい立っちゃったよ」
お姉さんは何も知らない風な、無垢な顔で言いながらも、私の胸を弄る手は休めない。
「い、言わないでください」
分かっていて触っているくせに、お姉さんは白々しいことを言って私を苛める。
「気持ちいいの?」
少しも色気の籠もっていない、純真な声色だった。
私は黙って頷いた。
「もっと気持ちいいこと、する?」
お姉さんはそっと私の胸に顔を近づけて、胸の先を吐息が擽るくらいに顔を近づけて、囁いた。
こんなところで、と思いながらもそれが返って私の胸をドキドキと高鳴らせて、私は好奇心で頷いていた。
「声、出しちゃ駄目だよ」
もう一度私が頷いた途端、お姉さんは私の胸を鷲掴みにした。正に、鷲が獲物に爪を立てて逃げられない様にガッシリと捕まえるが如く、私の両方の胸を握った。
「痛っ……!」
私は堪らずに叫びそうになった声を押し殺した。
「痛いっ!やめてください!」
私は声を潜めて抗議したけれど、お姉さんは邪悪な笑みを浮かべて、力の限り私の胸を握りつぶそうとしていた。
「駄目っ!駄目っ!!」
お姉さんの腕を掴んでやめさせたかったけれど、そんなことをしたら昨日の様に逆上したお姉さんが私の胸をねじ切ろうとするかもしれなくて、私は耐えるしかなかった。
私の綺麗な胸がお姉さんの手の中で無残に形を潰され、お姉さんの指の間から赤く腫れた肌が覗く。
「気持いい?」
「痛い……もうやめてください……」
「嫌よ。貴女も貧乳になればいいのよ。こんな無駄な肉はとってあげるわ」
そうか。お姉さんは私が貧乳って言ったことを根に持っていたんだ。お姉さんは体ばかりでなく心までも小さく、そしてその見た目通りに幼いのだろう。
「ひぐぅぅっ……」
私は声を殺しながら呻きを漏らした。ついにお姉さんは私の胸をねじ切ろうとし始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、もう許してください」
逃げ出したくても、パンツ一枚のこんな姿じゃ試着室から飛び出すこともできなかった。
「安心して。お腹は殴らないでおいてあげるから」
お姉さんは私の顔を満足げに見上げていた。ギュッと目を閉じると、じわりと涙が溢れ出して、ゆっくりと頬を伝っていく私の顔を見て、お姉さんは楽しそうだった。
耐えかねて、崩れ落ちるように床の上に座り込んで蹲ると、お姉さんはやっと手を離してくれた。
お姉さんは優しく声をかけてくれる代わりに、私の顎を掴んで顔を上げさせた。
「貴女って本当に綺麗な顔をしているのね」
まだ涙の乾かない私の顔を見て、お姉さんはうっとりとしていた。
お姉さんに文句の一つも言いたかったけれど、また痛いことをされたら嫌だから、何も言わずにじっと睨みつけた。
「その顔、凄くいい。凄く綺麗」
お姉さんは溜息を漏らして呟いた。
「痛かったんですけどぉ!」
お姉さんが一人で勝手に、余りにも気持ちよさそうな顔をしていたものだから、つい言ってしまった。
「気持ちよかった?」
「痛いって言ったんです!」
「もっとして欲しいの?」
私は慌てて両手で胸を覆い隠して、その場に小さく蹲った。
「ごめんなさい、ごめんなさい、もうしないで下さい」
「あら、その無様な姿、貴女にとても似合っているわよ」
お姉さんの嬉しそうな声が頭の上から降ってくる。
「ねぇ、美佳。踏んでもいいよね?」
その言葉と同時に、私が返事をするどころか、その言葉の意味を理解するよりも先に、お姉さんの小さな足が私の頭を踏みつけた。
乱暴にされたわけではなく、そっと頭に載せられた感じ。
何をされたのか理解できなくて、顔を持ち上げようとすると、頬にお姉さんの足の裏が押し付けられた。
「楽しいんですか?」
私はお姉さんの足の裏を睨みつけながら聞いた。
「うん、凄く」
無邪気なお姉さんの声。
でも、これは逆襲のチャンスだった。
お姉さんの足首をしっかりと掴んで持ち上げると、お姉さんはバランスを崩してフラフラとする。
「イャっ」
小さくて可愛い足の裏を指の先でくすぐってあげると、子供の様に黄色い声をあげて悶えた。
私をいたぶってくれた仕返しをしてやろうと、もう少し擽ってあげた。
次の瞬間、ドスンという音と共に、バランスを崩したお姉さんは強かに頭を壁にぶつけていた。
「大丈夫ですか?」
私が手を放すと、お姉さんは両手で後頭部を押さえた。よほど強くぶつけてしまったのだろうか。黙り込んでしまったお姉さんを見ていると、やりすぎてしまったんだろうかと罪悪感が沸き起こってくる。
顔をあげたお姉さんは、まるで拗ねた子供の様に、目に涙をためて、私を睨み付けた。その可愛くも生意気な瞳で見つめられたせいで、私の身体は考えるよりも先に動いていた。
小さなお姉さんの体を抱き寄せると、ぶつけてしまったお姉さんの後頭部を包み込むように撫でてあげていた。
「やめて、放して!」
お姉さんは、まるで溺れて助けと空気を求めるように、顔を上に突き出すようにして言った。お姉さんは、確かに溺れていた。お姉さんが痣だらけにしてくれた私の両方の胸の間に顔を埋もれさせていた。
「むぐぅ……」
私がギュッとお姉さんの後頭部を抱き寄せると、お姉さんの顔はますます私の胸の谷間に沈み込んで、その生意気な口を開くことができないようだった。
私から逃れようと、お姉さんが私の身体を押してみたところで、私が更に力を加えればお姉さんは私から離れることはできなかった。お姉さんのその小さな身体から絞り出せる力は、思った通り大したことはないようだった。
しばらくお姉さんの顔を抱きしめていると、いよいよお姉さんは手をバタつかせて、苦しそうにもがき始めた。抵抗をやめて、ギブアップと言わんばかりに、私の背中をぽんぽんと何度も叩く。
「桃華ちゃん、どうしたのかなぁ?」
そ知らぬふりをして、もう少しだけお姉さんを虐めてみる。
すると、いよいよお姉さんは苦しそうにもがきだして、何度も何度も私の背中を叩き続けた。その小さな体が私の腕の中でぷるぷると震えている。
ぱっと手を放してあげると、お姉さんはその場に崩れ落ちて、本当に溺れていたように苦しそうに息を乱していた。
「ちょっとはしゃいで悪戯しすぎちゃったのかなぁ?お利口さんにしてないとダメだよぉ」
言いながら、私はお姉さんの頭を撫でてあげた。
お姉さんはじろりと私を睨み上げたけれど、口は空気を貪るのに忙しいらしく、生意気な口答えはしなかった。
「桃華ちゃん、その顔可愛いよ」
悔しそうに睨みつけるしかないお姉さんの表情があまりに可愛くて、つい頭を撫でてしまう。
お姉さんは鬱陶しそうに私の手を払い除けた。
「もう、照れちゃって」
お姉さんは床に落としていたブラジャーを掴むと、ぐいっと私の目の前に突き出した。
「さっさと試着しなさい」
言われるままにブラジャーを受け取って試着する。
「どう?」
「サイズはいいんですけど……」
「なに?」
「可愛くない」
もっと可愛い色で、レースとかフリルとかリボンとか付いてるのが良い。
「牛にはそれがお似合いよ」
お姉さんは憎たらしい言葉を吐き捨てて、試着室から出ていった。
「酷いです!何ですか?牛って。私そんなに大きくないですよ!」
お姉さんは胸も体も小さくても、気前だけは良かった。何着もの高い下着を買い揃えたら、見たこともない金額が店員さんから提示された。一桁間違っていると思いたいけれど、これだけ買い込んだら当然だろう。
私も金額を見て戸惑っていたけれど、それは店員さんも同じだった。学校の制服を着た私と、せいぜい中学生にしか見えないお姉さんの二人組なんだから。『間違って買おうとしているんじゃないの?』とか、『お小遣い足りるの?』とか心配そうな声が聞こえてきそうな顔で私達を見ていた。
お姉さんはそんな目には慣れているのか、少しも意に介する様子もなく、身に纏っているセーラー服に似つかわしい、子供らしい白くてモコモコの小さな肩掛けの可愛いカバンから、それに似つかわしくない分厚い封筒を取り出した。夕方、晴子さんに差し出した封筒よりも分厚い気がした。そこからお姉さんは躊躇わずに何枚ものお札をつまみ出して、ポンとトレーの上に置いた。全部1万円札だった。
お姉さんの封筒の中身は全部これなんだろうか。私が驚いている前で、店員さんも面食らったようにお金を受け取って、精算をしに行った。
「こ、こ、こんなに買ってもらって良いんですか?」
私は今更ながら、見たこともない大金に怖気づいていた。
「ペットの面倒をみるのは飼い主の責任でしょ?」
お姉さんは何でもないことのように言う。
「でも、でも、何でそんなにしてくれるんですか?」
私はちっとも従順で可愛いペットなんかじゃないはずなのに。
「社会に少しでも貢献することで、私の人生は無駄じゃなかったって思いたいだけよ」
お姉さんは真面目な顔でそんなことを言ったけれど私にはさっぱりと理解できなかった。
「分かった。嘘ですね?」
晴子さんの言っていた、お姉さんは息を吐くように嘘を付くって言っていたのは、このことだろうと思った。
「貴女の様に若さも未来も希望もある子供には分からないことよ」
何だかよく分からなかったけれど、これはお姉さんの開けてはいけない闇の扉のような気がした。だからこれ以上深く聞かない。
「ありがとうございます」
私のとびきりの眩しい笑顔を返すくらいしか、私にはできることはなかった。
「そんなこと気にしてる場合じゃないでしょ。まだ買うものは色々あるんだから」
私は嬉しくなって舞い上がっていた。百貨店に買い物に来るなんてどれくらいぶりだろう?私のお小遣いじゃとても手が出ないものばかりだから、何年も近づくこともなかった。最後に来たのは、きっと母親と本当の父親が離婚する前に連れてきてもらった時以来だろうか。
それに、財布の紐の緩いお姉さんは何でも買ってくれる。
「お姉さんも服買いましょうよ」
「私は必要ない」
お姉さんはお買い物を楽しんではいなさそうに見えた。
「どうしてですか?私とお揃いにしてもいいんですよ?」
「要らないわ」
予想通りの、お姉さんのつれない返事。
「お揃いにしたら、仲のいい姉妹みたいじゃないですか」
「要らないわ」
「もぉ、お姉さんはノリが悪いですよ。そんなだから友達がいなんですよ」
「煩いわね。誰のお金で買い物してると思ってるのよ」
お姉さんは不愉快そうに私を睨んだ。
「それを言うなんて、お姉さんずるいです!」
そうは言っても、お姉さんは私の行きたいところに着いてきてくれる。高級なブランドのお店に足を踏み入れても、お姉さんは怒らない。
高級なブランドの売り場は、各ブランド毎に壁でしっかりと区切られている。その売り場の入り口は狭くて中は広いから、入ってみないと何がおいてあるかよく分からない。
買うわけではないけれど、興味本位で片っ端からお店を覗いて回った。私のお小遣いじゃ絶対に買えないし、立ち入ることさえ憚られたけれど、お姉さんと一緒だと心強い。
だから、外から見て何を扱っているのかよくわからないお店に、とりあえず足を踏み入れてみることには何の躊躇いもなくなっていた。
そんな時にふらりと迷い込んでしまった。お店の中に入って、並んでいる商品を見ても、何のお店なのかさっぱりとわからないところへ迷い込んでしまった。
パステルカラーの小物がいくつも並んでいて、私はその中の一つを手にとって見てみた。
ピンク色をしていて、少し重くて、尻尾のように電源の線が伸びていて、スイッチが付いていた。スイッチを入れると先端がブルブルと震えだした。マッサージでもするんだろうか?肩に当ててみたけれど、少しも気持ちよくなかった。人並みよりも大きい胸に恵まれていながら、肩こりというものを経験したことがないから、気持ちよくないのも当然なのだろうかと思っていた。
「何してるの?」
お姉さんが、頭のおかしい人を見るような目で私を見ていた。
「何って……何でそんな目で私を見るんですか?」
「それ、使い方が違うわよ」
「えっ、そうなんですか?」
マッサージ機ではないとするなら、何物かわからないこれの使い方が、これが何物なのか、ひと目でわかるなんて流石お姉さんだと見直してしまった。
「貸してみなさい」
言われて、スイッチを切ってからお姉さんに手渡したが
「マッサージするんじゃないんですか?」
「これはね、目を閉じて使うといいのよ」
「こうですか?」
お姉さんが言う通りに、少しも疑うこともなく、私は目を閉じてしまった。
「ひゃうっ……」
私は思わず叫んでいた。同時に、腰が砕けたように力が抜けて、その場に崩れ落ちるようにへたり込んでしまった。一体お姉さんに何をされたのか、自分の身に何が起こったのか分からなかった。ただ、下腹部に、一番敏感なところを触れられたのだけは分かった。その瞬間、今まで感じたこともない程の甘美な刺激が身体を駆け巡って、私は思わず叫ぶように声を漏らすと同時に、身体から力が抜け落ちた。
私はしばらく呆然とお姉さんを見つめ上げていた。
「可愛い反応するのね」
お姉さんの手に持っていたマッサージ機が低く唸るような音をたてながら、ブルブルと激しく震え続けていた。
「な……何したんですか?」
「何って、使ってみせてあげただけじゃない」
お姉さんは平然と言った。
「だって、だって……」
「気持ちよくなっちゃった?」
お姉さんは意地悪く言う。
「へ、変なことしないでください!」
「変じゃないわよ。これが正しい使い方よ」
お姉さんは少しも冗談を言っていないような顔だった。
「そんなわけないじゃないですか」
「そう思うんだったら店員さんに聞いてみたら」
お姉さんがあまりに堂々とそういうものだから、もしも本当にお姉さんの言うとおりの使い方だったら、私はどんなに恥ずかしい思いをするだろうか。そう思ったら、店員さんに聞くこともできなかった。
「別に気持ちいいことは恥ずかしいことじゃないのよ」
お姉さんは平然とそう言うけれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「好きでしょ?気持ちいいこと」
「別にそんなの……」
好きじゃないわけもないし、興味がわけでもない。
さっき私に感じたこともない甘美な刺激を与えてくれた、お姉さんが手に持っているブルブルと震えているものが私の意識を吸い寄せる。
「買ってあげるわよ」
「要らないです!」
私は反射的に答えていた。
「他のも見てみれば分かるわよ」
お姉さんがそういうものだから、売り場の他の物にも目を向けてみた。
お姉さんは見ればわかるって言っていたけれど、見てみても分からなかった。さっぱりと分からなかった。どうやって使うのか、凡そ予想もつかないものばかりが並んでいた。パッケージを手に取ってみても、使い方も書いて無ければ、本当にお姉さんの言っているようなものであるのかどうかも分からなかった。お姉さんの言う通りだとして、一体どうやって使うのかも分からない。ただ、『ラブグッズ』だとか『ラブタイム』だとか、他では見慣れない言葉がお姉さんの言葉に少しだけ信憑性を持たせる。
お姉さんの言うようないかがわしいものはもっと、おどろおどろしくて、不気味で、怖い雰囲気のあるものだとばかり思っていたのに、つい手に取ってしまうほどに可愛くて、オブジェになりそうなものばかりだったから、これをどうやって使うのか全く検討もつかなかった。
「どれにするか決まったの?」
お姉さんは、さも当然のように、聞いてきた。
「買わないです!」
「欲しいんでしょ?」
「見ていただけです」
初めて見るからちょっと興味が湧いただけ。ただそれだけ。
「本当に買わなくていいの?」
「要らないです」
「後で欲しくなったりしても知らないわよ」
お姉さんはまるで母親のようなことを言う。お店ではいらないって言っていたくせに、後になって欲しいって駄々をこねる子供じゃないんだから。
「ならないです!」
お姉さんは、最初に私が手にした商品のサンプルを持ち上げてみせた。
「気持ちよかったでしょ?」
「それは……」
鮮明に思い出せるくらいに気持ちよかったけれど……。
「これに慣れたらもう指じゃ満足できない体になっちゃうみたいよ」
お姉さんは私から目を逸らし、サンプルを見つめて、ひとりごちるように言った。
「そんなの関係ないです!」
お姉さんはチラリと私の反応を伺うように視線を向けた。
つい、私はお姉さんから逃げるように視線を反らしてしまった。
「そう、わかったわ」
言って、お姉さんはサンプルをもとに戻した。
「じゃあ行きましょうか」
背を向けて歩き出そうとするお姉さんの背中を見て、私は思わず声を漏らしていた。
「あ……」
「なに?」
お姉さんは、立ち止まり、不思議そうな顔を私に向けた。少しもとぼけている様子も、意地悪をしている様子もなくて、どうして私の口から勝手に声が漏れたのかわからないっていう顔をしていた。
「お腹減ったわ。早く行きましょ」
「……はい」
やっぱり欲しいって駄々をこねてしまう子供は、ひょっとしたらこんな気持ちだったんだろうか。
お姉さんはつかつかとレジに向かって進んだ。そして、いつの間にか手にしていた商品の箱をポンと置いた。
「何か買うんですか?」
気になって覗き込んで見ると、さっき見ていた物のようだった。
「自宅用でお願いします」
お姉さんは『プレゼント用ですか?』って聞かれてもいないのに言った。
「この子が使うので」
お姉さんは覗き込んでいた私の顔を指差して、聞かれてもいないことを言った。
「つ、使わないですよ!」
私は咄嗟に叫んでいた。お姉さんの顔のすぐ横で叫んでいた。
「うるさい」
迷惑そうに私の顔を押し退けるお姉さん。
「使わないですからね!」
私の声なんて少しも聞こえていないような素振りでお姉さんは会計をしていた。
「使わないですから!」
ムキになって否定すればするほど、周りのお客さんも店員さんも、可愛そうなものを見るような視線を私に向けている気がした。
「恥ずかしい子ね。静かにしなさい」
お姉さんは小さな子供を叱りつけるかのように言う。
「私が悪いんですか!?」
私の言葉なんて聞こえなかったかのように、今買った紙袋を私に突き出した。
「ほら、自分で持って」
「わ、私欲しいなんて言ってません!」
けれど、強引に押し付けられた紙袋を仕方なく受け取る。
「お腹減った。ご飯に行くわよ」
お姉さんは売り場から離れると、つかつかとエスカレーターを上って行った。
上には、レストラン街が広がっている。
「美佳、綺麗ね」
お姉さんは溜息を漏らすように言った。それは、すべからく私に向けられているものだと、少しも疑わなかった。だって、私は本当に綺麗なんだから。
「ありがとうございます」
そう言って、とびきりの笑顔をお姉さんに返した。
お姉さんは一瞬、キョトンと不思議なものを見るような顔をしていた。おかしい。男はもちろんのこと、女の子だって私の笑顔に当てられたら、頬を赤くするくらい当然だというのに、お姉さんの反応はおかしい。
「ふん」
お姉さんは鼻で笑った。
「あぁ、そうだっわね。美佳、あなたも綺麗よ。うん、すごく綺麗」
その言葉には少しも感情が籠もっていないばかりか、侮蔑したような悪意さえ感じられる。おかしい。私の美貌を笑えるほどの綺麗な女なんてこの世にいるはずがないのに。
「な、何なんですか?馬鹿にしてるんでか?」
こんな屈辱は初めてだ。
「違うわ。ただ、心の底から馬鹿な子ねって思ったのが、つい漏れちゃっただけよ」
「ば、馬鹿じゃないもん!」
咄嗟に言い返す私とは対象的に、お姉さんは落ち着き払っていた。
「美人は三日で飽きるって言うけれど、あれは嘘ね。三日も持たなかったもの」
お姉さんは私の顔をまじまじと眺めながら言う。
「そっ、……それって私のことですか?」
「やっぱり人間に大切なのは中身よね。見てくれだけじゃすぐに飽きちゃうもの。貴女はその程度の女だったってことね」
「酷いです!それじゃあ私が顔だけで中身がないみたいじゃないですか?」
「えっ?違うの?」
お姉さんはとびきり無邪気な顔で、不思議そうに小首を傾げながら聞き返す。
「違います!違うに決まってるじゃないですか!お姉さんは私のこと、そんな風に思ってたんですか?」
「おっぱいと図体にばかり栄養が行って頭の育たなかった可愛そうな子だと思っているわ」
「酷いです!」
「酷いのは貴女の頭よ。美人だと、みんなにチヤホヤされて、頭を使うこともなく、人並みの苦労をすることもなく、さぞかし楽な人生を歩んでいるんでしょうね」
「お姉さんが私のこと綺麗って言ってくれたんじゃないですか!」
「言ってないわ」
「さっき言ったじゃないですか!」
お姉さんは呆れたようにもう一度鼻で笑って、視線を窓の外に向けた。
「綺麗な景色だと思わない?それとも、美佳は窓ガラスに映った自分の顔の方が綺麗だと思っているのかしら」
言いながら、お姉さんは小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「ひ、酷いです!」
「本当に、酷い勘違いをするオツムね」
「わ、私のこと、馬鹿にして楽しいんですか?」
「すごく楽しかったわ」
言いながら、お姉さんはクスクスと笑いを堪えていた。
私は顔が熱くなるのを感じた。きっと赤くなっていたに違いない。
「あら、恥ずかしいの?当然よね、そんなおめでたい勘違いをしちゃうんだもの」
私は思わず両手で顔を覆っていた。
「もうやめてください……」
本当に恥ずかしくて死んでしまいたくなるくらいだった。
「嫌よ。貴女みたいな美人が鼻っ柱折られて、惨めな顔を見せてくれることなんて滅多にないんだからもう少し楽しませてよ」
お姉さんは楽しそうに私の恥をほじくり返そうとする。
「でも、ひょっとしたら、私が貴女の綺麗さに慣れちゃっただけかも知れないわね。だから、みんなに聞いてみると良いんじゃない?私とこの夜景、どっちが綺麗?って」
お姉さんは人の傷口を見ると、指を突っ込んで広げるような悪魔に違いない。
「もう、やめてください……」
「あの冴えないウェイトレスに聞いてみようかしら」
「もう止めて……」
お姉さんはいやらしく笑みを浮かべて、手を挙げ、ウェイトレスを呼びつけようとしていた。
「お願いします、もう許してください!」
私は思わずお姉さんの手にしがみついて、手を下ろさせていた。
「あら、まだ泣かないの?」
お姉さんは私の顔を見てつまらなさそうに言った。
「そんなことして楽しいんですか?」
「すごくゾクゾクする」
そう言った時のお姉さんの目は少しも冗談を言っていなかった。
僕の好きなものはお金です。寄付はいつでも受け付けています。
あと、お気に入りの子は愛梨です。