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性と日常  作者: moo
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さくら、捨て猫を拾う

家出から始まる百合を、また書いてしまいました。第一話目の今回は健全な内容です。

本シリーズは男との絡みも出てくる予定です。

 ポツンと一つだけ突っ立っている街灯の薄明かりが、ぼんやりとブランコで揺れている制服を着た女性の姿を照らしていた。コスプレだろうか?だって、彼女は女子高生というにはあまりに大人びていた。

 それにしても恥ずかしくないんだろうか。女子高生のコスプレをしたまま外を出歩くなんて。いくらもうすぐ日付が代わりそうな時間で、人通りが滅多にないとは言っても、こうやって私に目撃されたりするんだから。いや、違う。こうやって私の好奇な視線に晒されているのだから。

 彼氏に制服着せられて、いざ事を致そうとしたときに、喧嘩でもして飛び出して来て、でも彼氏が追いかけてこず、財布とかの荷物は全部彼氏の部屋に置きっぱなしで、帰るに帰れず途方に暮れているとか何だろうか。と、私は下衆な想像を膨らませていた。

 遠目からでも分かったけれど、こうやって隣に立ってみると、彼女はとても背が高かった。私とは比べ物にならないくらい。百七十センチメートルくらいあるんだろうか。それでいて、制服の上からでもその体の細さが見て取れる。袖からチラリとのぞく手首は大切に扱わないとぽきりと折れてしまいそうなほどに華奢だった。薄明かりに照らし出される肌は、一瞬幽霊と見紛った程に白い。俯き加減に伏せられた目元から伸びる長いまつげは緩やかに優雅なカーブを描いていた。眉の少し上で真っ直ぐに切りそろえられていた前髪が、彼女の端正に整った顔立ちを際立たせていた。肩まで伸びた毛先を静かに揺らしながら、彼女はゆっくりとこちらに目を向けた。

「こんばんは」

彼女は顔を覆っていた雲を押しのけるようにして、ニッと無理やり笑顔を作って、小さな子供に話しかけるかのような柔らかい声を絞り出していた。分かっている。私は小学生の時以来成長していないのだから、初対面の人が私の年齢を見誤ることには慣れている。

「こんばんは」

「こんなところで何しているの?」

 良い子はもうとっくにお家に帰って、暖かいお布団で眠っている時間でしょ?とでも、言いたげな表情だった。

「こんな時間に、こんなところに一人でいると危ないよ」

 私がそう言うと、彼女は驚いたように目を丸くしていた。当然だろう。それはこちらのセリフだと思ったに違いない。

「そうだね。じゃあ、一緒にお家に帰ろうか」

 彼女は私を家に送り届けようと思っているのだろうか。

「あなたは、帰るところあるの?」

 彼女は俯いて、黙り込んでしまった。

「タクシー代だったら、貸してあげるよ」

 言いながら私は財布からお札を摘まみだして、ひらひらと振って見せた。

 彼女は、また目をまん丸く見開いて私と、私の手で揺れているお札を見比べていた。私の容姿にあまりに不釣り合いな、子供らしくない言動に面くらっているのだろう。

「えっと……私はまだもう少しこうしていたいかな」

「もう少しっていつまで?」

「……いつまでかな……」

「彼氏と喧嘩したとかじゃないの?」

 彼女は、再び私の口から飛び出した、およそ子供らしくない言葉に目を見開いて振り向いた。

「お間瀬さんだね」

「そう?きっと貴女よりも私の方が年上だと思うけど」

「えっ?……本当に?」

「そうだよ。こう見えても、昭和生まれのお姉さんなんだよ!」

 そう言って、ぺったんこでつるつるな胸をはって見せた。嘘じゃない。少しも嘘じゃない。絶対に信じてくれないのは分かっているから、敢えて冗談めかしていってみたけれど、ちっとも嘘なんかじゃない。

「もう、何言ってるの?令和の前は平成だよ。昭和じゃ、おばさんになっちゃうよ」

「はっ?」

 私は思わず威嚇するように低い声を漏らしてしまった。

 私は自分のことをお姉さんとは言ったけれど、おばさんだなんて言っていない。

「えっ……え……」

 私に睨み付けられた彼女は、どこかに言い訳の言葉が落ちていないか、辺りを探すように視線を泳がせていた。

「ほ、本当に……?」

「行くところないんだったら、一晩くらい泊めてあげてもいいけど」

彼女は躊躇うようにしばらくの間俯き、黙りこくったあと、小さく頷いた。

「お願いします」




「あの……本当に……お姉さん……なんですか?」

 公園から私の住むマンションまでの道すがら、彼女は恐る恐る聞いた。

「何?おばさんに見えるって言いたいの?」

 彼女は慌てて首を横に振った。

「お、お姉さんのお名前は何て言うんですか?私は美佳って言います」

 慌てたように話題を変えた。

 私は少し間をおいて答えた。

「さくら」

 それが私の源氏名だった。

「可愛いですね!」

 美佳は満面の笑みで言った。

「ねぇ、それって彼氏の趣味?」

「それって……どれですか?」

 美佳はきょとんとした顔で、自分の体に目を向けた。

「その制服」

「あぁ……」

 美佳は何かを察したように声を漏らした。

「これ、学校の制服なんですよ。私、年上に見られますけど、まだ現役の高校生なんですよ」

 今度は私が驚かされた番だった。

「それに、彼氏なんていませんよ」

「なんで?作らないの?貴女が声かけたら誰でも付き合えるでしょ?」

 美佳の誘いを断る男なんているはずがない。美佳はそれだけの美貌に恵まれていた。

「だって、恋愛って大変じゃないですか」

 そう言われても、恋愛経験のない私は何とも返事に困った。

「そっか……」

「そうですよ」

 そう言ってほほ笑む美佳。それだけで見るものを虜にするほどだった。同性であるはずの私の心さえも一目で恋に落としてしまいそうな輝きを放っていた。

 私は思わず目を逸らしていた。見つめていたら、本当に心を奪われてしまいそうな気がしたから。


今日のお夕飯は、仕事に行く前に炊飯器で炊いておいたご飯と、電子レンジで温めたレトルトのカレー。それに、サラダだ。

「いや、お姉さん。これサラダじゃないですよね?」

「ちゃんとビタミンも食物繊維も配合されているよ」

「サプリをサラダなんて呼ぶのはお姉さんくらいですよ、きっと」

 私がお椀に取り分けてあげたサプリメントの粒たちを、美佳は指でじゃらじゃらとかき回しながら、ひょっとしたら妖しい薬が紛れているんじゃないかと疑うかのような目を向けていた。

「好き嫌いしたら大きくなれないぞ」

「あら、お姉さんよりかは大きいですよ」

 厭味ったらしく、美佳は私の前に、見せつけるように立った。

 制服を脱いで、私の貸した部屋着に着替えた美佳は着やせするらしく、今は私の目の前に、私の頭ほどもあるんじゃないかと思うような脂肪の袋をぶら下げて見せつけている。生意気な美佳の顔を睨み付けてやろうと、私は美佳の顔を見上げた。

 美佳は私をからかうかのように顔をニヤリと歪めて、私の頭をぽんぽんと叩いた。

「にぎゃぁ!」

 私が目の前に、これ見よがしに突き出されていた脂肪の塊を、水のつまった風船を握りつぶすかのように、ぎゅっと力いっぱい握りしめたら、美佳は無様な悲鳴を挙げた。




 ご飯を食べ終わると、美佳は私の分のお皿までまとめて洗ってくれた。

 それから、改まって私に向き合って座った。

「お姉さん、お願いがあります」

「何?」

 美佳が何を頼もうとしているのか、既に察しは付いていた。

「私をここに居させてください」

 困っているというのなら、私にできることなら力になってあげたいけれど、相手が女子高生で、ましてや未成年ともなれば、そんなに簡単な話ではないというのが大人の世界だ。

「何でもしますから」

 何でもする、か。そんなに追い詰められているのだろうか。

「私、料理できます!お洗濯だって掃除だって、何でもします!」

 そんな風に言われると、ついつい、意地悪をしたくなるのは職業病だろうか。

「本当に何でもするの?」

 私は、きっと、ついいやらしく笑みを浮かべていたんだろう。

「良いですよ。お姉さんとだったら、何でもします」

 言いながら、美佳は私に体を近づけてきた。

『冗談だよ』と私が言葉を発するよりも早く、美佳は私の腕を掴んで、私の体を引き寄せていた。体格差もあって、私はなす術もなく、美佳に寄りかかる様に倒れ込んだ。

 私が何をされたのか理解する間もないままに、美佳は私の体を腕に抱いて、その思わず見惚れてしまうほど綺麗な顔を私に近づけてきた。私の焦点が美佳の顔に合わなくなるくらい近づいてきたかと思うと、甘い香りが私の鼻孔を擽り、美佳の髪が私の頬を撫で、美佳の柔らかい唇が私の初めてのキスを奪っていた。

「お姉さんはタチですか?ネコですか?」

「え……何……?」

「あ、ひょっとして、お姉さんは女の子同士でするのは初めてですか?」

 美佳は初めてではないどころか、ずいぶんと慣れていそうな口ぶりだった。

「待って!待って。待って……」

 私は美佳の腕の中で、美佳に翻弄されていた。きっと私の半分ほどしか生きていないであろうはずの美佳に、圧倒されていた。

「シャワーにします?」

「うん……」

 美佳が私を解放すると、私は逃げ出すようにして浴室に駆けこんでいた。

私の心臓はバクバクと激しく脈打っていた。決して、居間から浴室までの短い距離を走ったせいではないはずだ。私はただのキス一つで取り乱していた。いくら私の初めてのキスだとは言っても、ただ、唇と唇が触れただけ。それも、好きな男でもなく、同性の、しかも高校生の女の子にからかわれただけだというのに。

 私は自分でもはっきりと、体が火照っているのを感じた。顔が熱い。

 指先で、美佳の唇に触れられたところを撫でてみる。それだけで、美佳の柔らかくて暖かい唇の感触と、美佳の髪から降ってきた香りが鮮明によみがえってくる。私の頭の中は、目の前一杯に広がる美佳の綺麗な顔が焼き付いていて離れなかった。

 私はもしかして女の子が好きだったんだろうか?そんな疑問が浮かんだけれど、恋というものを知らない私には、この感覚が何なのかよくわからなかった。

 湯船にお湯を張りながら、湯船に体を沈めていた。いつもなら、お湯が溜るまでの時間が待ち遠しいはずなのに、今日は少しも気にならなかった。

 私はぼうっと蛇口から流れ出るお湯を見つめていた。そうしているうちに、少しずつ心が落ち着いてくる。さっきの事を何度も何度も頭の中で反芻しているうちに、冷静に振り返れるようになってくる。

 あれ?ひょっとして、お風呂から出たら美佳に襲われちゃうの?

 途端に血の気が引く気がした。温い目のお湯なのに、のぼせてしまったような気分だった。

 おかしい。家出した女の子の弱みに付け込んで襲うようなことはあっても、襲われるなんてありえない。私の方が優位な立場にいるんだし、大人なんだし、年上なんだし、美佳にそんなことをする必要はないって言ってあげればいいだけだ。

 そんな時に、浴室の扉がノックされた。

「何?」

 すりガラスの向こう側に美佳の姿が見える。

「私もお風呂に入りたいです」

「良いよ。でも、もう少し待っ」と私が最後まで言い終わらないうちに、美佳は遠慮なくドアを開けていた。そこには、既に一糸まとわぬ美佳の裸体があった。

「待って!まだ早い!」

「えぇ?でもお姉さん、良いよって言ったじゃないですか?」

「違う!最後まで聞いて!」

「良いですけどぉ、その話って長くなります?私風邪ひいちゃうから、温まりたいです」

言いながら、浴室の中に入り込んだ美佳はぴしゃりとドアを閉めた。

 私は怯えたように美佳を見上げていた。いや、怯えたようにではない。私は怯えていた。

 美佳も私の方をじっと見つめていた。私の体を品定めするように、じっと見つめていた。

 膝を抱えるように湯船に座っていた私は、美佳の視線から体を隠す様に一層強く、ぎゅっと膝を抱えた。

 美香は湯船の外で私と目線を合わせるようにしゃがんだ。

「もぉ、お姉さん、そんな顔で私のこと見ないでくださいよぉ。まるで、私がお姉さんを襲おうとしてるみたいじゃないですか?」

「違うの?」

 美佳はニコリと笑って見せた。

 それは私に一層の身の危険を感じさせる一方で、思わず見入ってしまう微笑みだった。美佳の顔は本当に綺麗だった。

 私が膝を抱えて縮こまったせいで、まるで湯船に美佳のためにスペースを作ったかのようになってしまっていたところへ、美佳が体を押し込もうとした。

「ちょっと!邪魔!」

 私は美佳の肌に触れないように、一層身を小さく縮こまらせていた。私には、同性と肌と肌を触れ合わせてスキンシップする趣味はなかった。

「もぉ、照れちゃって、お姉さん可愛い」

 美佳は臆することなく、無邪気な笑みを絶やさなかった。

 私の頭に伸びてくる美佳の手を払いのける。

「触らないで」

「えぇ?女の子同士なんだから、良いじゃないですか」

 男とか女とか関係なく、まだ会って数時間しか経っていないのに、美佳はなんて馴れ馴れしいんだろうと思った。

「ひょっとして、私のこと嫌いですか?」

「そうね。やっぱり追い出そうかと思っているところよ」

「えぇ、お姉さん、冷たい」

 相変わらず美佳の声は明るい。

「私のこと、好きにしていいんですよ」

「要らない」

「おっぱいとか、触ってみてもいいんですよ」

「触らない」

「あれぇ?お姉さん、もしかしてお姉さんがさっきからちらちらと私の胸ばっかり見ていたことに、私が気づいていないとでも思っていました?」

 美佳は、さっきから絶やさない笑顔の中に、いやらしさを滲ませた。

「別に変な意味じゃないし」

 ただただ、綺麗な美佳のおっぱいに見とれていただけ。私の少しも成長しなかった、ぺったんこな胸と同じものとは到底思えない、脂肪のつまった大きな膨らみ。重力に負けてだらしなく垂れ下がることもなく、若く張りのある肌に支えられて、豊かに膨らんでいる。ツンと突きだした胸の頂きも、白い肌が薄く染まったような綺麗な色をしていた。その大きな胸を引き立たせるように、体のラインが滑らかに絞られていく。その細く絞られた胴回りだけは、きっと私と同じくらいなんだろう。

「ちょっとだけで良いから」

「何?触られたいの?」

「えへへ……」

 美佳は少しだけ恥じらって見せた。

「貴女、もしかして女の子が好きなの?」

 美佳は少しだけ考えるそぶりを見せた。

「嫌いじゃないですよ」

「もしかして、こういう事、慣れてるの?」

「そんなわけないじゃないですか。お姉さんみたいな可愛い女の子に悪戯するなんて初めてですよ」

「貴女、私に何するつもり?」

「何して欲しいですか?」

「何もしなくていい。泊めてほしかったら、何もしないで」

「えぇ……」

 美佳はつまらなさそうに、少しだけ表情を曇らせた。でも、その顔は諦めていなさそうだった。黙り込んで、私を見つめるその顔は、次の作戦を練っているように見えた。

「先に上がるから」

 そう言って立ち上がろうとした私の腕を掴んで、湯船に引き戻した。

 私と美佳の体格差から、そうじゃないかと思っていたけれど、あまりに軽々と引き戻されて、きっと本気で襲われたら美佳に抵抗できないんだろうと理解した。

「せめて、お話くらいしましょうよぉ」

 美佳はつとめて甘い声を出した。媚びるような甘い声。それは男どころか、女の私にだって、計算だと分かっているのに抗えない程の、甘い声だった。

「良いけど……私には触らないでね」

「良いですよ。でも、私に触りたくなったら、我慢しなくていいんですよ」

 そう言って、美佳は両腕を広げた。さぁ、私の胸に飛び込んでおいで、と言わんばかりだった。

 私は無防備になった美佳の顔めがけてお湯を浴びせかけた。

「お姉さん、酷い」

 美佳の声は喜んでいた。

「それで、何を話したいの?」

「じゃあ、お姉さんは本当は何歳ですか?」

 美佳がいやらしい目つきで私の体を舐めるように見つめるものだから、私はまた膝を抱えて縮こまった。

「貴女の倍くらい生きているはずだけれど」

「えっと……さんじゅうよん……?」

「えっ?貴女、本当に十七才なの?」

「酷い。私のこと、もっとおばさんだと思ってました?」

 美佳があまりに大人びていて、とても現役高校生には見えなかった。制服というのはいくらか幼さの残る少女が身に纏うから似合うのであって、美佳ほどの美貌であれば、もはやコスプレにしか見えなかった。

「誰がおばさんよ!」

 二十歳かそこらでおばさんなら、美佳の倍以上生きている私はばばぁだとでも言うのだろうか。

「まぁ、でも、そうよね。私も高校生の頃は、二十歳すぎたらおばさんだって思ってたし……」

 ふぅっとため息を漏らしていた。

「えっ……お姉さん、本当に三十四なんですか?」

 私は黙って首を横に振った。だって、もう少し年上なんだから。

「ですよねぇ……」

 言いながら、美佳は改めてまじまじと私の体を眺める。

「そもそも、お姉さんが私よりもお姉さんだなんて言われても、全然信じられないんですけどぉ……」

 分かっている。私がどんなに言ったところで、誰も私の年齢を信じないってことは、分かっている。もう慣れている。

「別に信じなくてもいいわよ」

 信じようと信じまいと、何も変わらないのだから。

「だって、普通、おばさんって、目のところとか弛んでくるし、頬のところとかに皺があったりするじゃないですか?」

 私の肌はまだぷるぷると弾力を保っている。肌の若さなら、美佳にだって負けないくらい若い。

「別に嘘言ってないから」

「じゃあ、彼氏とかはいるんですか?」

 私は黙って首を振った。

「今までは?」

 私はもう一度首を振った。

「三十年も生きているのに、一人も?」

「何?馬鹿にしてるの?」

「そんなことないですよ」

 美佳は少しも誤魔化している風ではなかった。

「だって、私も彼氏なんていませんでしたから」

「えっ!?本当に?」

 美佳ほどの美貌を持ち合わせていながら、彼氏がいないなんてあり得るのだろうか。

「貴女がその気になれば誰とでも付き合えるでしょ?断るやつなんているの」

「いますよ」

「えっ?それってどんなイケメン?」

「イケメンじゃないですよぉ」

「何?どんなやつなの?」

「う〜ん……身長は百四十くらいかなぁ。髪は長くて、おっぱいは小さくて、妹みたいに凄く可愛いのに、自分のことお姉さんだなんて背伸びしたがる女の子かなぁ」

 美佳は私をじっと見つめながら言った。

「貴女はどうして私にそんなに拘るの?」

「お姉さんはどうして私をそんなに嫌うんですか?」

 美佳は大きな目を潤ませて、悲しげな声を出し、表情を曇らせて、私の目を真っ直ぐに見つめる。美佳は自分の美貌と、相手の心の揺さぶり方を熟知しているんだろう。

あざとい芝居だと分かっていても、目を背けないと心を惑わされてしまう。

「彼氏はいなくても、彼女ならたくさんいそうね」

「彼女もいませんよぉ」

「今は、いないってこと?」

「昔もです。私、付き合いたいって思うほど、女の子のことを好きになったことがありませんから」

「じゃあ、何?遊び?」

 私の冷たい声の調子に、美佳は少しだけ表情を曇らせて、ずっと私を見つめ続けていた視線を、お湯に落とした。

「親友とか、友達とか、後輩とか、先輩とか。そういう意味じゃ、私はすごく好きだったんですよ。みんな大切な人たちだったんですよ。私はずっとそのままの関係でいたいなって思っているのに、みんな私のこと、好きになっちゃうんだもん。私は全然、そんなつもりなんてないのに。でも、付き合えないって言ったら一緒に居ずらくなっちゃうじゃないですか。せっかく今まで仲良くしていたのに、離れていっちゃうじゃないですか」

「だから、断らなかったの?」

「断れないですよ……」

 妬ましいほどの美貌に恵まれた美佳には、私には想像もできない悩みがあるんだろう。

「美佳」

 名前を呼ぶと、彼女は驚いたようにはっと顔を上げた。

「何ですか?」

 瞬く間に、美佳は満面の笑みを私に向ける。

「私は貴女のこと好きじゃないから。だから、勘違いしないでね」

「もぉ、お姉さんはガードが固いですよ。そんなんだからこじ……」

 美佳はまるで時間が止まったかのようにピタリと止まった。不味いことを口走ってしまったと気付いたんだろう。

「何?」

 私が睨み付けると、固まったままの美佳は視線だけを逸らして逃げた。

「ほらほら、おっぱい触ってもいいですよぉ」

 時間凍結から溶けた美佳は、誤魔化す様に胸を突き出して見せた。

 だから、私は遠慮なくそれを握った。両手で、しっかりと爪を立てて、水風船を握りつぶすように、渾身の力を込めてぎゅっとしてあげた。

「ほら、欲しがりな淫乱ね。こうしてほしかったんでしょ?」

「にぎゃぁぁ!」

 美佳は無様な声で悲鳴をあ悲鳴を上げた。

「どう?気持ちいい?」

 私の指が吸い付く様に美佳の脂肪の塊に食い込んでいくと同時に、指の隙間から憎々しい肉がむにゅりとこぼれ出る。

「痛い!痛いですよぉ!」

 顔が苦痛に歪んでいるというのに、美佳の声はまだどこか甘えるようにこびていた。

「痛い、痛い、もうやめて!」

 言いながら、美佳は私の腕を掴んだ。

「触らないでって言ったでしょ!?」

 美佳の胸を握ったまま、更に捻りを加えると、美佳の泣き声の音色が変わった。

「ごめんなさい、ごめんなさい、もう止めてぇ!」

 そこまで必死に泣いて謝るのなら、今回はこのくらいで許してあげようかしら。

 私が手を離すと、美佳は自分の両胸を覆い隠す様に抱きしめた。

 自分の胸に目を落とし、胸が毟り取られていないことを確認すると、美佳は顔を上げ、むっと私を睨み付けた。

「まだ虐めてほしそうな顔ね」

「お姉さんのせいで私の体が傷物になっちゃったんですけどぉ。どう責任取ってくれるんですか?」

「じゃあ、明日の朝ご飯にプロテインを追加してあげる」

「要らないです!」

 美佳が自分の両胸を覆い隠している姿は、それだけで同性の私でもドキリとするくらいに色気がにじみ出ていた。

「見てくださいよ、こんなになっちゃったんですよぉ!」

 美佳は見せつけるように、私に胸を押し付けた。

 染み一つなかった真っ白な肌が私の指の形に赤く腫れあがり、私の爪の跡がしっかりと刻み込まれていた。

「じゃあ、そんな邪魔なもの、取っちゃう?」

 言って、私が両手を伸ばそうとすると、美佳は自分の胸を覆い隠して、私から離れた。

「ねぇ、美佳」

「何ですか?」

 美佳の表情は拗ねていても綺麗だった。思わずもっと意地悪してみたくなるけれど、今は真面目な話をしないといけない。

「あなた、家に帰らなくていいの?」

「帰りたくないです」

 美佳は胸を抱えたまま、小さく蹲って、湯船に視線を落とした。

「ご両親が心配するんじゃないの?」

 美佳は何も答えなかった。さっきまで絶やさなかった笑顔は、もう面影も残っていない。そのまま美穂は黙り込んでしまった。

 まるで別人の様に、魂が抜けたように黙り込んで、一向に口を開こうとしなかった。

「もしかして家出とかしたの?」

 今度は、小さくコクリと頷いた。

「喧嘩とかしたの?」

「そんなんじゃないです」

「美佳。あのね、私は貴女が未成年だなんて思わなかったから連れてきちゃったけれど、貴女が未成年だとわかった以上、泊めてあげることはできないのよ」

「どうしてですか?」

「貴女を誘拐したなんて言われたら困るもの」

 美佳はまたしばらく黙り込んだ。

 私もしばらく黙ってお湯を見つめていた。困っているなら助けてあげたいけれど、親切を仇で返されるのが今の世の中だ。だからといって、追い出すなんて余りにも非情な事に思われた。

 美佳は独り言のように小さく声を漏らした。

「帰りたくない」

「逃げたって問題は解決しないわよ」

 そう言ったら、美佳は私を睨み付けた。さっきまでとは違って、その顔には少しも媚びは含まれていなかった。

「じゃあ、どうしたらいいんですか?」

 きっと美佳なりに考えて、他にどうしたらいいのか分からなくなってしまったのだろう。その苛立ちをぶつける様な声だった。

「訳を聞いても良い?」

 美佳はポツリ、ポツリと小さな声で話し始めた。

「私の部屋に隠しカメラがあったんです」

「盗撮?」

「きっとそうだと思います」

「犯人に心当たりはあるの?」

「きっと、父親だと思います」

「お父さんが?」

「あいつは、本当のお父さんじゃないんです」

 母親が再婚でもしたのだろうか。

「お母さんに相談した?」

「しましたよ。そしたら、お父さんがそんなことするわけないじゃないって、ヒスってました」

 ただの喧嘩だろうなんて甘く考えていた私の想像を超えた展開に、返す言葉を探していると、美佳は言葉を続けた。

「お父さんを誘惑した私が悪いんだって」

 無理して作り上げた美佳の頬を、既にお湯で濡れていたはずの美佳の顔を、はっきりと分かるくらい大粒の涙が目から零れ落ちて、ポチャリと湯船に溶けた。

「あいつの子供を妊娠してから、お母さんは私のことを恋敵を見るような目で睨むんですよ」

 美佳の声ははっきりと震えていた。

 美佳は同性の私にさえも変な気を起こさせそうな程の美貌を備えているのだから、義父という名の男なら尚更だろう。しかも、美佳に優秀な遺伝子を伝えた母親よりも若いのだから。

「だから、もう家には帰りたくないです」

「他に、誰かに相談とかしたの?」

「友達に言ったら、そういうのは性的虐待じゃないかって言ってました。だから、児童相談所に相談したらいいんじゃないかって。だから、今日行ったんです。お姉さんと会う前に。そしたら、今日はもう担当の人がいないから、明日来てくださいって」

「だから、公園にいたの?」

 美佳は大きくコクリと頷いた。その拍子に、大粒の涙が数滴飛んで、湯船に波紋を作った。

「そっか……」

「私、家になんて帰りたくないです」

 その声は、はっきりと涙に濡れていた。

「帰らなくていいよ」

 美佳はゆっくりと顔を上げて、すがるような表情を私に向けた。

「どうするんですか?」

「家にいなさい」

「でも、誘拐になるんじゃないんですか?」

「そんなこと、貴女が心配することじゃないから。ここにいなさい」

「良いんですか?」

「お姉さんに任せなさい!」

 そうは言ってみたところで、私も友達に頼るつもりなのだけれど。

 美佳は涙を拭って、大きく頷いた。

「お姉さん。ありがとう」

 満面の笑みを作って見せても、その目からは次々に涙が溢れていた。




 私は自分のベッドに潜り込んで、美佳には毛布を一枚手渡した。

「貴女は床で寝るのよ」

「酷いです!」

美佳はすっかりと甘えた声を取り戻していた。

「当たり前でしょ。貴女と一緒に寝るなんて、身の危険を感じるもの。明日布団を買ってあげるから、今日はそれで我慢して」

「お姉さんの意地悪」

 私は拗ねている美佳にクッションを投げてよこした。

「これを枕にするといいわ」

 美佳はそれを顔に押し付けて、すぅっと息を吸い込んだ。

「お姉さんの匂いがする」

 表情はクッションに埋もれて見えなかったけれど、その声だけで身の危険を改めて認識するには十分だった。

「いい?絶対にベッドに這い上がってこないでね!」

「お姉さんは私のことを何だと思っているんですか?」

「発情期真っ盛りの雌犬かしら?」

「は……発情期じゃないもん!」

 美佳は顔を真っ赤にして否定していた。

 そんな恥ずかしがっている表情こそ、女子高生らしくて可愛いのに。

「早く寝るわよ」

 電気を消して、ベッドに体を横たえた私の隣に潜り込んで来ようとする美佳を、力の限り蹴飛ばした。壁に背を押し当てて、目一杯美佳の体を蹴って押しのけて、ベッドから蹴り落とした。

 ドスンと鈍い音とともに、部屋が揺れた。

「痛いよぉ!」

「お休み」

 美佳はようやくあきらめたのか、床の上でごそごそと毛布に包まっていた。

「ねぇ、お姉さん」

「何?」

「私、本当にここにいてもいいんですか?」

「良いよ」

「どうしてですか?」

「家に帰りたくないんでしょ?」

「そうじゃなくて、どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」

 私は少しだけ答えるのを躊躇った。

「寂しかったのよ」

「寂しいんですか?」

「最近ね、思うんだよ。この先、死ぬまでずっと一人なのかな?なんてね。貴女にはわからないでしょうけれど」

「わからないです」

 そりゃ、私だって、美佳くらいの年の頃には、当たり前の様に結婚して当たり前の様に子供を産んでいるに違いないって信じて疑っていなかったんだから。

「それで、猫でも飼いたいなって思ってたから」

「私、捨て猫の代わりですか?」

「そうね」

「にゃぁ~」

 美佳は甘い鳴き声をあげたあと、クスクスと笑った。

「じゃあ、明日、荷物を取りに帰ろうかな」

「そうしなさい。それから、盗撮とかの証拠はちゃんと残しておくのよ。カメラとか、カメラが設置してあった状態の写真とか、とにかく後で状況が説明できるように写真とか、動画とかで記録しておくのよ」

「うん」

「学校はここから通えるの?」

「大丈夫ですよ」

「何かあったら、何でも言ってね」

「お姉さん、優しいんですね」

「当たり前じゃない。ペットの心配をするのは飼い主の責任でしょ?」

「にゃぁ~」

 顔も体も大人びているくせに、でもやっぱり中身はまだまだあどけない子供だった。

「ねぇ、お姉さん」

「何?」

「お姉さんってどんなお仕事してるんですか?」

「なんで?」

「お姉さんのこと、もっと知りたいなって思って」

 私は一瞬、嘘を言おうかどうか迷ってしまった。

「ダメならいいですけど……」

「デリヘル」

「でりへる?」

 美佳はそんな言葉、全く聞いたこともないというような、不思議そうな声をあげた。

「風俗よ」

「男の人とお酒飲んでお喋りするんですか?」

「違う」

「じゃあ、もしかして、エッチなこととかするんですか?」

「そうよ」

「お姉さんが?」

「何?文句でもあるの?」

「そうじゃなくて、お姉さんはエッチなことに慣れてなさそうな感じだったから、なんだか信じられなくて」

「美佳はSMって知ってる?」

「知ってますよ、そのくらい」

 美佳はさも当然のように笑って答えたけれど、本当に理解しているのだろうか。

「私、女王様だから」

「じゃあ、男の人を踏んづけたりするんですか?」

 美佳は興奮気味に聞いてきた。

「そうね」

「でも、お姉さんはヴァージンなんですよね?」

「デリヘルは本番禁止なのよ」

「ほんばんって何ですか?」

 ついつい、当たり前のように言ってしまったけれど、高校生に分かるわけがないか。

「セックスよ」

「せ……せ……と、SMって違うんですか?」

 美佳は年相応の女の子らしく、恥ずかしそうにゴニョゴニョと言葉を濁した。でも、私の話には大いに関心があるようだった。

「マンコにチンコを入れる事を本番って言うの」

「へ、へぇ……」

 私が少しも包み隠さずにハッキリと言ったものだから、美佳の声は恥じらいに満ちていた。

「普通、デリヘルは本番の手前までの事をするけど、私は客に体に触れさせたりしないから」

「男の人は、お姉さんに触れなくて満足するんですか?」

「SMだからね」

 そして、念の為に釘を差しておく。

「美佳、貴女も私に触らないでね」

「えぇ、私はお姉さんのお客さんじゃないんですよぉ?」

「そうだったわね。じゃあ、触ったらお金取るわよ」

「えっと……お金ないから、体で払っても良いですか?」

「ねぇ、美佳。貴女の体と私の体の値段が釣り合うとでも思ってるの?」

「酷い!酷いですよぉ!これでも、私だってヴァージンなんですよ!」

「貴方の処女なんて要らないわ。そんなもの豚にでもくれてやりなさい」

「お姉さんの意地悪」

「どういたしまして。それが私の仕事だもの」

「う〜ん……でも、お姉さんって、虐められるのが絶対似合うと思うんです」

「それって私が小さいから?」

「お姉さんみたいに気の強い子はねぇ、一度徹底的に虐めてあげると、急に素直ないい子になるんですよ」

「それって、あなたの経験?」

「むふふふ……」

 美佳はいやらしく笑いを漏らした。

 この子は私の半分ほども生きていないのに、どうやら私よりも濃厚な人生経験を積んでいるらしい。それも、その妬ましい程の容姿に恵まれているからだろうか。

「ねぇ、お姉さん」

「絶対にダメ」

「えぇ?まだ何も言ってないですよ?」

「いいからダメ。とにかくダメ。絶対にダメ」

 どうせ私を虐めたいとか言うんだろう。

「お姉さん」

「うるさい、ダメ」

「違いますよぉ、今はお姉さんを虐めたりしませんよぉ」

「何?」

「そんなお仕事って嫌じゃないんですか?」

「あら、仕事が好きな人なんているの?」

「そうですけどぉ、他のお仕事じゃ駄目だったんですか?」

「美佳は、大卒の初任給って幾らか知ってる?一般企業で、一日八時間、週に五日以上拘束されて、一ヶ月でいくら貰えると思う?」

「う〜ん……分からないです」

「二十万円くらい。でも、私は一日に四時間お客さんの相手をして、それが週に二日。月に六日だけ働いて八十万円くらい稼いでるの」

「お姉さん凄いです!じゃあ、お給料が良いからですか?」

「月に六日しか働かなくても良いから、この仕事をしているのよ」

「お姉さん、良いなぁ。そんなにお休みがいっぱいあって」

「羨ましいでしょ?」

「私もデリヘルしてみようかな」

「やめておいた方がいいわ」

「私が子供だからですか?」

「違うわ。もしかして、貴女は私がなんの苦労もしないで楽して稼いでいるなんて思っていないわよね?」

「……違うんですか?」

 美佳は恐る恐る聞いた。

「そうね。売れている一流の女優がいる影で、数え切れないくらいの食べていけない自称女優がいるようなものよ」

「それって、お姉さんが一流ってことですか?」

「一流とは言わないけれど、売れるための努力はしているつもりよ。私よりもすごい人は世の中にいるけれど、私の下にも沢山いるのよ」

「お姉さんって、時給いくらですか?」

「三万五千円くらい」

「じゃあ、たった一日で十四万円ですか!?」

 美佳は鼻息を荒くして、体を起こした。

「いいなぁ……」

「美佳は欲望に正直なのね」

「だって、お金があったら何でも買えるんですよ」

「あら、買えないものの方が多いと思うわ」

「えぇ?例えば何ですか?」

「幸せ」

「お姉さん、ひょっとして寂しいんですか?」

 美佳は可愛そうなものを見るような目を私に向けた。

「そうよ!寂しいのよ!」

 私の頭を撫でようとする美佳の手を払い除けた。

「触らないで!」

 美佳は私が叩いた手を擦りながら訪ねた。

「他に、お姉さんは何が欲しいんですか?」

「だから、時間とか、健康とかお金じゃ買えないでしょ?」

「お姉さんって、なんだかおばさん臭いですね」

 美佳はクスリと笑った。

「どうせ行き遅れのおばさんよ」

 体は子供の頃から少しも老いなくても、心だけは汚れていくのを感じる。

「お姉さんは結婚したいんですか?」

「別に。ただ、このままずっと、死ぬまで一人なのかなって思うと、寂しい。このまま死んでいくだけの人生だったのかなって思うと、悲しい」

「友達とか、いないんですか?」

「昔はいたよ」

「今はどうしたんですか?」

「みんな結婚して、子供を産んで。そうしたら話も時間も合わなくなっていって。私がデリヘルしてるって知ったら汚いものでも見るような目を向けるようになって、離れていったわ」

「お姉さん。私と友達になりましょう」

「同情なんて要らないわ」

「そんなんじゃないですよ。私、お姉さんのこと、好きですよ」

「要らないわ。身の危険を感じるもの」

「何もしないですよぉ!」

「今は、でしょ?」

「そ、そんなことないですよぉ……」

 嘘の下手な子。

「お姉さんて、もしかしてすっごくエッチが上手なんですか?」

「さぁ……普通のエッチなんてしたことないから知らない。あと、貴女ともエッチはしないから」

「良いじゃないですかぁ、少しくらい!どうせいつもしてるんじゃないですか?」

「そう。じゃあ二時間で十万円払ってくれたら、泣いて謝りたくなるくらい痛いことをしてあげる」

「気持ちいいことはしないんですか?」

「痛いのが気持ち良くなるらしいわよ」

「えぇ〜、そんなの嘘ですよ」

「嘘じゃないわよ。だからお客さんが私にお金払ってくれるんだから」

「じゃあ、変態なんですね」

「変態よ」

 思わずその言葉に力が入ってしまった。

「でも……」

 美佳は不思議そうに言葉を紡いだ。

「一回エッチするのに十万円って、高いんですか?それくらい普通じゃないんですか?」

「貴女は子供だから、現実を知らないだけよ」

「そうかもしれないけどぉ、でもたった十万円じゃ嫌だなぁ……」

「貴女、大切なことを忘れているわよ。私は高いのよ。二時間で、本番もなしで、十万円って法外に高いのよ」

「そうなんですか?」

「貴女……程の美人は見たことがないけれど、十万円あれば、貴女より少し劣るくらいの、まだ二十歳にもなっていない女の子と本番ができるのよ。それも、生で中に出し放題」

「えっ……えっ……」

 美佳は大きな目をさらに大きく見開いて言葉を失っていた。

「そんなお店を高級店って言うのよ。安いお店なら三万円で本番ができちゃうのが相場よ」

「そんなに……安いんですか?」

「そうよ。女の裸なんてそんなものよ」

「風俗って……もっと稼げるんだと思ってました」

「体を売ったら稼げるなんて言うのは幻想よ。風俗はエンターテインメントなのよ。普段は決して味わうことのできない、普通の女の子とはできない、非日常の夢のような時間を提供するサービスなのよ。常にお客さんの期待を超え続けるサービスが提供できないと、稼げないのよ」

「お姉さんって、凄いんですね……」

「それが仕事をするってことだと思うわ」

 気が付けば私は興奮して熱弁してしまっていた。私はこの仕事が嫌いじゃない。

「でも、お姉さんの時給は三万五千円くらいって言っていたのに、二時間で十万円じゃ変じゃないですか?」

「十万円のうち三万円がお店の取り分なのよ」

「じゃあ、三万円で体売ってる人は、もっと少ない金額しかもらえないんですか!?」

「そうね」

「そんなの嫌だぁ」

「嫌なら体なんて売らなければいいのよ」

「お姉さんって、何だかすごく大人ですね」

「貴女がまだ子供なだけよ」

「お姉さん、今度私にも教えてくださいね」

「教えるって、何を?」

「S・M」

 美佳は、頬を染めて恥ずかしそうに言った。

「お姉さんにだったら、虐められるのも良いかなって……」

「仕方ないわね。じゃあ、七万円にまけておいてあげるわ」

「えぇ……お金とるんですか?」

「そうね」

「お姉さんと私の仲なのに?」

「当然ね」

 美佳は不満そうにじっと私を見つめていた。

「大体、未成年に手を出したら、私淫行で捕まっちゃうんだからね」

「女の子同士なのに、ですか?」

「女の子同士でもダメなのよ」

「黙っていれば分からないですよ」

「ダメよ。そんなリスクを冒すくらいなら、合法的に女の子を買った方がましよ」

「えぇ……私くらいの女の子なんて、いるんですか?」

「すごい自信ね」

「だって、私、綺麗でしょ?」

 自負しているだけあって、非の打ちどころがないほどに綺麗な顔をしている。

「でも、電気消したら暗くて顔なんて良く見えないでしょ?」

「お姉さんが私の顔を見たいって言うんだったら、明るくても我慢します」

「待って。そもそも、私女の子に興味があるわけじゃないからね」

「じゃあ、やっぱり男の人が好きなんですか?」

「別に男だって好きなわけじゃないわ」

「それじゃあお姉さんは一体何が好きなんですか?」

「お金」

「うわぁ……」

 愛梨は可愛そうなものを憐れむような声を漏らした。

「お姉さんって生きていて楽しいんですか?」

「何それ!私に死ねって言ってるの?」

「そうじゃなくて、お姉さんは何を楽しみに生きているのかな?とか、生きていて楽しいのかな?って思っただけです」

 私の人生は女子高生に憐れまれてしまうようなものだったのだろうか。そりゃ、何だか美佳は悩みはあるものの、キラキラと充実した人生送ってそうな感じだけれど……。

「そりゃ、なんのために生きてるのかな?とか思うこともあるけど……」

「あの……なんか、ごめんなさい……」

 美佳は覗いてはいけない扉のドアを興味本位で開いてしまったことを後悔している様な口ぶりだった。

「将来は一人寂しくぽっくり死んで、ハエに集られて、ウジ虫の苗床にされて、腐って溶けて、ようやく誰かに発見されて、ゴミみたいに捨てられて死ぬのかなって思うと涙が止まらなくなったりもするけどさ……」

「あの……本当にごめんなさい……」

 そうか、ピチピチの十七歳の女の子は老後の事なんて考えたりするわけもないんだろう。

「私が友達になってあげますから!」

「要らない」

「もぉ、何でそんなに私を嫌うんですか?」

「同情なんて要らないわ」

「私、お姉さんの事好きになれると思うんですよ?」

「ふん」

 私は鼻で笑っていた。

「そんなの、男ができて、子供ができると直ぐに忘れるわよ。どうせ私のことなんて底辺のゴミクズみたいな目で見るのよ」

「お姉さん!そんなこと言ったら幸せが逃げちゃいますよ!」

「知ってるわ。だって幸せに捨てられたのが私だもの」

「お姉さん!きっと疲れているんですよ!今日はもう寝ましょ!疲れているときに考え事しても、悪い方向にしか進まないんですから。寝ましょ!ね?寝ましょ!」

「寝て起きたら幸せが待っているだなんて、美佳は本当に幸せな子ね」

「お、おやすみなさい〜い」

 美佳は私の言葉なんて聞こえなかったふりをして、毛布をかぶって横になった。

「そうだ」

 何かを思い出したように、ムクリと体を起こす美佳。

「お姉さん、お姉さん。大切なことを忘れていました」

「何?変なことならそのまま忘れていていいのよ」

「違います!」

「じゃあ、何よ?」

「泊めてくれて、ありがとうございます」

 美佳はそう言ってとびきりの笑顔を向けてくれた。

「いいのよ、そんなこと」

「お姉さん」

「何?まだ何かあるの?」

「もぉ、お休みなさいって言いたかっただけなのに!」

「そう。お休み」

 それから私はいつも通りの穏やかな眠りに付いた。

 美佳はちゃんと眠れたのだろうか。




「お姉さん、起きてください。朝ですよ」

 柔らかい声が、優しく私の体を揺する。気持ちの良い夢の世界にいた私を、今度は天国に誘おうとでもいうのだろうか。朝の目覚めがこんなにも心地よく訪れる日が来るなんて思わなかった。

「お姉さん、おはようございます」

 朝日よりも眩しい笑顔が私を真っ直ぐに見つめていた。太陽は眩しくて直視できないけれど、その笑顔は眩しいのに少しも目を逸らすことができなかった。

 美佳は、すっかりと似合わない制服に身をつつんで、出かける準備を整えていた。

「お姉さんはお仕事行かなくていいんですか?」

「今日は休みだもの」

 私は、重くてまたくっつきそうになる瞼を必死に持ち上げて、美佳の顔に焦点を合わせようとしていた。

「いいなぁ。私もお休み欲しい」

「子供には贅沢よ。早く学校に行きなさい」

「じゃあ、行ってきますのキス……」

 言いながら、美佳は目を閉じて、その余りにも綺麗な顔を私に押し付けようとしていた。

 目はぱっちりと大きい癖に、鼻は小さくて、リップでも塗ったらしい唇は淡い桜色で、仄かに紅潮した綺麗なほっぺを私は力いっぱい引っ叩いた。

 パチンと余りにも清々しい音が響いた。

「痛い!」

 美佳は涙で潤ませた瞳で私をじっと見つめる。

「目、覚めたでしょ?」

「痛いです!」

「気持ちよかったでしょ?」

「痛いです!」

「変ね。私が叩いてあげたらみんな喜ぶのに」

「私はそんな変態じゃないです!」

「そう?可愛い顔になったわよ」

 美佳の白い頬は、私が打った跡が赤くなっていた。妬ましい程に綺麗な顔に傷をつけてあげたかと思うと、体の奥からジンと心地良い感覚が溢れてくる。

 思わず、顔に出てしまったんだろう。

「お姉さんの変態」

 蔑むように睨みつける表情さえも美佳は綺麗だった。

「何時までも盛ってないで学校に行きなさい」

「ふん」

 美佳は不機嫌そうに顔を背けて、玄関へと向かった。

「行ってきます!」

 不機嫌そうに吐き捨てると、私の部屋に静寂が戻った。

 昨日までと何も変わらない静寂のはずなのに、どうしてだか、一段と深い静寂に包まれた気がする。

 再び眠ろうと思ったのに、美佳のせいですっかりと目が覚めてしまった。

 起き上がってダイニングに向かうと、朝ごはんが用意されていた。トーストの上に目玉焼きを乗せたシンプルなものだったけれど、その上にケチャップでハートが描かれていた。

 久しぶりに食べた、誰かの作ってくれた朝ご飯は美味しかった。

 僕の好きなものはお金です。寄付はいつでも受け付けています。


 僕は、自分で作ったご飯の方が美味しいと思います。実際は大したことがなくても、自分で作ると、どうしてだか何割増しかで美味しく感じます。まぁ、自分の好きな味付けだから、とかいうのもあるのでしょう。

 逆に他人の作ってくれたものだと、色々荒が見えてしまうので、基本的に僕は共同生活のできない人間です。


 さて、僕が家出少女を題材に小説を書くのはこれが二本目です。家出少女というものを題材にしようと思ったとき、はて、家出少女とはどんなものなのだろうかと思って調べてみました。その手のタイトルの踊る本を読んでみました。ところが、本を読んでみると、それまで僕の抱いていた家出少女に対する認識が大きく変わりました。「家のない少年たち」「援デリの少女たち」という本が興味深かったです。

 以前の僕は、家出は非行であり、素行不良の少女が安易な気持ちで行うものだと思っていました。中にはそういう人もいるのかもしれませんが。しかし、本を読んでみると、家が少しも安らぎの場所ではなく、虐待などが行われていてむしろ家が安全な場所ではなく、帰るに帰れず、それならば家出した方がいくらかマシという状況に追い込まれている少女たちが少なからず存在するということを知り、驚きました。

 例えば、Colabo(https://colabo-official.net/)という、実際に家に帰れない少女たちを保護する活動をしている民間団体が存在することを考えると、この国の社会福祉は機能していないのでしょう。


 ところで、Googleドキュメントってすごく便利ですね。家でデスクトップパソコンでも、ノートパソコンでも、出先のスマホでも、会社のパソコンでも、どこでも思いついたときに小説がかけるのですから。スマホとか、文字を打ちにくいツールだと思っていたものの、どこでもかけるというのは思いのほか強くて、何割かはスマホで書いています。クラウド万歳ですね。


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