以心伝心の勉強会
「何号室?」
「三〇一!」
日路と頼来が先導して、五人で部屋へ向かい、中に入る。部屋の中は予想していたより広く、五人が入ってもかなり余裕があった。日路と頼来が隣同士で座り、その向かいに深雪と成瀬と千太郎がソファに腰かけた。
すぐに勉強道具を鞄から取り出す日路とは対照的に、頼来はいきなりマイクを握る。
「さっ、何歌うかな~」
「勉強しに来たんだぞ」
日路に咎められ、頼来はマイクを通して不満の声を上げた。
「カラオケに来て、歌わないとかないだろ!」
「隣の部屋で、一人で歌えば?」
成瀬が目線も合わせず突き放すので、頼来は頬を膨らませながらもマイクを置いた。
その様子を見て、日路が感嘆する。
「成瀬は、頼来遣いだな」
「人を珍獣みたいに・・・・」
文句を言いつつ、頼来も鞄からノートやら筆記用具やらを取り出していく。
深雪も勉強道具をテーブルの上へ広げ、いよいよ勉強会がスタートした。
「三人は、どの教科が苦手なんだ?」
勉強会に対する意気込みが高い日路が、一年生三人に問いかけた。最初に答えたのは成瀬である。
「物理です」
「あれ、俺の得意分野じゃん。 じゃあ、俺が教えてやるよ」
「・・・・・オレも物理」
頼来と千太郎が、成瀬の回答に合わせる。あまりに自然な演技だが、意図するところを知る深雪にとっては、プレッシャーをかけられている様で、緊張感が高まった。
一人で焦りを感じている深雪に、日路が「立花は?」と再度聞いてくる。
「一番苦手なのは、数学です」
「おお。 俺、割と得意だから、数学なら役に立てるかも」
日路は、ほっとした様に笑みを浮かべた。彼の笑顔は、間近で見るには破壊力がありすぎる。深雪は動揺を悟られないように、俯いて「よろしくお願いします」と小さく呟いた。
実際、日路の教え方はとてもわかりやすかった。深雪がどこがわからないのかを理解し、的確にポイントを絞って説明してくれる。下心から始まった勉強会だったが、確実に身になる会になっている。これも、日路の真面目さのおかげだと、深雪は尊敬の視線を日路に向ける。
その隣で、成瀬と千太郎に物理を教えていた頼来が割って入ってきた。
「深雪ちゃん、捗ってる?」
「はいっ」
頼来の質問に笑顔で返すと、頼来は羨ましそうにして、日路に絡んだ。
「いいなぁ。 俺にも数学教えてよ、日路ちゃん」
「お前はちゃんと、物理教えろよ」
至極真っ当な日路の指摘に、頼来はここぞとばかりに不満をぶちまけた。
「だってこいつら、教えなくてもできるんだもん!つまんない!」
頼来が勢いよく指さす先には、黙々とノートにペンを走らせる成瀬と千太郎がいる。
不平不満を述べる頼来に、成瀬は目線も向けずに冷たい言葉を口にした。
「てか頼来、教えるのへったクソ」
「酷いでしょ? あんまりじゃない?」
頼来は深雪に同意を求めて、身を乗り出した。
仰け反る深雪を見て、日路が呆れた様子で頼来の肩を引いて元の席に戻させる。そして、空になっていた深雪のカップを頼来に押し付けた。
「立花は今真剣なんだから。 お前は、飲み物でもとってこい」
「けち!・・・・・まあいいけどさ。 深雪ちゃん、飲み物何にする?」
「そ、そんな、いいですっ。 自分で取りに行くので・・・・」
恐縮しきりの深雪の隣で、成瀬が自分のカップを持って頼来に押し付ける。
「私、レモンティーね」
「成瀬は自分で行けよ」
「頼来サン、けちっすね」
千太郎のツッコミに、頼来は「うるせぇ!」と叫んで、成瀬と千太郎の腕を引いて立ち上がらせた。それぞれにカップを持たせ、そのまま部屋の外まで連れていく。
「ほら、行くぞお前ら!」
「めんどくさっ」
頼来に嫌々連行される成瀬と千太郎を見送り、深雪は今一度数学の問いに立ち向かった。
「うん。 全部できてる」
「やった!」
思わず、はしゃいだ声が出る。慌てて口を閉じる深雪に、日路は優し気な微笑みを向けた。
「やったな」
日路が片手を上げて、こちらに向けてきた。ハイタッチを求められていると、気が付くのにたっぷり五秒ほどかかった。
遠慮がちに日路の掌に、自身の手を近づけると、日路の方から軽くタッチして来てくれた。
好きな人に振れたことで、深雪は照れを隠し切れず赤面した。日路がそのことに気が付く前に、部屋の扉が開いて賑やかな三人が帰ってくる。
「深雪ちゃんが飲み物何にするか、聞き忘れたー」
「なんでもかんでも、頼来は雑なのよ。 勉強を教えるのも雑だし」
「チョイスも雑だったよね。 女の子はメロンジュースだろって」
総攻撃を受ける頼来が、頬を膨らませながらも深雪にカップを手渡す。
「という訳で、二人のブーイングが酷いので、ウーロン茶にしちゃった」
「ありがとうございます」
お礼を言って受け取ると、頼来は感激した様子で「深雪ちゃんは素直だよね」と言って何度も頷いた。その様子を見て、やれやれと首を振る成瀬がソファに腰かけて、深雪の耳元でそっと囁く。
「進展した?」
「え!?」
成瀬がせっかく小声で話しかけてきたにもかかわらず、深雪は咄嗟に大きな声を出して驚いてしまう。男三人が、不思議そうな顔をしてこちらを見てきた。
「なにしてんの、成瀬? 深雪ちゃんに、変なこと言っちゃダメだろー」
「ばっかじゃないの? 頼来じゃないんだから、変なことなんて言わないわよ」
苛立ちを全面的に表に出す成瀬が、頼来とお決まりの応酬を始める。例によって挟まれる形となった千太郎が、げっそりとした顔で棒立ちしている。
先週、日路に会いに二年の教室へ行った時と同じような状況だと、深雪は思い出してくすっと笑った。
すると、向かいに座る日路が同じ様に笑った。
「この前とおんなじ感じだな」
以心伝心だ。
深雪は、勝手にそう感じて一人舞い上がった。