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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
9/108

以心伝心の勉強会

「何号室?」

「三〇一!」


 日路と頼来が先導して、五人で部屋へ向かい、中に入る。部屋の中は予想していたより広く、五人が入ってもかなり余裕があった。日路と頼来が隣同士で座り、その向かいに深雪と成瀬と千太郎がソファに腰かけた。


 すぐに勉強道具を鞄から取り出す日路とは対照的に、頼来はいきなりマイクを握る。


「さっ、何歌うかな~」

「勉強しに来たんだぞ」


 日路に咎められ、頼来はマイクを通して不満の声を上げた。


「カラオケに来て、歌わないとかないだろ!」

「隣の部屋で、一人で歌えば?」


 成瀬が目線も合わせず突き放すので、頼来は頬を膨らませながらもマイクを置いた。

 その様子を見て、日路が感嘆する。


「成瀬は、頼来遣いだな」

「人を珍獣みたいに・・・・」


 文句を言いつつ、頼来も鞄からノートやら筆記用具やらを取り出していく。

 深雪も勉強道具をテーブルの上へ広げ、いよいよ勉強会がスタートした。


「三人は、どの教科が苦手なんだ?」


 勉強会に対する意気込みが高い日路が、一年生三人に問いかけた。最初に答えたのは成瀬である。


「物理です」

「あれ、俺の得意分野じゃん。 じゃあ、俺が教えてやるよ」

「・・・・・オレも物理」


 頼来と千太郎が、成瀬の回答に合わせる。あまりに自然な演技だが、意図するところを知る深雪にとっては、プレッシャーをかけられている様で、緊張感が高まった。


 一人で焦りを感じている深雪に、日路が「立花は?」と再度聞いてくる。


「一番苦手なのは、数学です」

「おお。 俺、割と得意だから、数学なら役に立てるかも」


 日路は、ほっとした様に笑みを浮かべた。彼の笑顔は、間近で見るには破壊力がありすぎる。深雪は動揺を悟られないように、俯いて「よろしくお願いします」と小さく呟いた。


 実際、日路の教え方はとてもわかりやすかった。深雪がどこがわからないのかを理解し、的確にポイントを絞って説明してくれる。下心から始まった勉強会だったが、確実に身になる会になっている。これも、日路の真面目さのおかげだと、深雪は尊敬の視線を日路に向ける。


 その隣で、成瀬と千太郎に物理を教えていた頼来が割って入ってきた。


「深雪ちゃん、捗ってる?」

「はいっ」


 頼来の質問に笑顔で返すと、頼来は羨ましそうにして、日路に絡んだ。


「いいなぁ。 俺にも数学教えてよ、日路ちゃん」

「お前はちゃんと、物理教えろよ」


 至極真っ当な日路の指摘に、頼来はここぞとばかりに不満をぶちまけた。


「だってこいつら、教えなくてもできるんだもん!つまんない!」


 頼来が勢いよく指さす先には、黙々とノートにペンを走らせる成瀬と千太郎がいる。

 不平不満を述べる頼来に、成瀬は目線も向けずに冷たい言葉を口にした。


「てか頼来、教えるのへったクソ」

「酷いでしょ? あんまりじゃない?」


 頼来は深雪に同意を求めて、身を乗り出した。


 仰け反る深雪を見て、日路が呆れた様子で頼来の肩を引いて元の席に戻させる。そして、空になっていた深雪のカップを頼来に押し付けた。


「立花は今真剣なんだから。 お前は、飲み物でもとってこい」

「けち!・・・・・まあいいけどさ。 深雪ちゃん、飲み物何にする?」

「そ、そんな、いいですっ。 自分で取りに行くので・・・・」


 恐縮しきりの深雪の隣で、成瀬が自分のカップを持って頼来に押し付ける。


「私、レモンティーね」

「成瀬は自分で行けよ」

「頼来サン、けちっすね」


 千太郎のツッコミに、頼来は「うるせぇ!」と叫んで、成瀬と千太郎の腕を引いて立ち上がらせた。それぞれにカップを持たせ、そのまま部屋の外まで連れていく。


「ほら、行くぞお前ら!」

「めんどくさっ」


 頼来に嫌々連行される成瀬と千太郎を見送り、深雪は今一度数学の問いに立ち向かった。




「うん。 全部できてる」

「やった!」


 思わず、はしゃいだ声が出る。慌てて口を閉じる深雪に、日路は優し気な微笑みを向けた。

「やったな」


 日路が片手を上げて、こちらに向けてきた。ハイタッチを求められていると、気が付くのにたっぷり五秒ほどかかった。


 遠慮がちに日路の掌に、自身の手を近づけると、日路の方から軽くタッチして来てくれた。


 好きな人に振れたことで、深雪は照れを隠し切れず赤面した。日路がそのことに気が付く前に、部屋の扉が開いて賑やかな三人が帰ってくる。


「深雪ちゃんが飲み物何にするか、聞き忘れたー」

「なんでもかんでも、頼来は雑なのよ。 勉強を教えるのも雑だし」

「チョイスも雑だったよね。 女の子はメロンジュースだろって」


 総攻撃を受ける頼来が、頬を膨らませながらも深雪にカップを手渡す。


「という訳で、二人のブーイングが酷いので、ウーロン茶にしちゃった」

「ありがとうございます」


 お礼を言って受け取ると、頼来は感激した様子で「深雪ちゃんは素直だよね」と言って何度も頷いた。その様子を見て、やれやれと首を振る成瀬がソファに腰かけて、深雪の耳元でそっと囁く。


「進展した?」

「え!?」


 成瀬がせっかく小声で話しかけてきたにもかかわらず、深雪は咄嗟に大きな声を出して驚いてしまう。男三人が、不思議そうな顔をしてこちらを見てきた。


「なにしてんの、成瀬? 深雪ちゃんに、変なこと言っちゃダメだろー」

「ばっかじゃないの? 頼来じゃないんだから、変なことなんて言わないわよ」


 苛立ちを全面的に表に出す成瀬が、頼来とお決まりの応酬を始める。例によって挟まれる形となった千太郎が、げっそりとした顔で棒立ちしている。


 先週、日路に会いに二年の教室へ行った時と同じような状況だと、深雪は思い出してくすっと笑った。

 すると、向かいに座る日路が同じ様に笑った。


「この前とおんなじ感じだな」


 以心伝心だ。


 深雪は、勝手にそう感じて一人舞い上がった。

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