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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
89/109

甘い季節の訪れ

 二月に入り、甘い香りが漂うイベントが近づいていた。


 深雪は自転車を走らせて通学路を進み、向かい風に冷え切った鼻が赤くなっていないかを気にしながら、駐輪場に自転車を停める。


 マフラーに鼻先まで埋めながら昇降口に向かえば、丁度成瀬と千太郎に行き会った。


「深雪、おはよ。 今日は遅いのね」

「おはよ~」


 速足に成瀬たちに駆け寄り、深雪はそそくさと靴を履き替える。


 もこもこのマフラーに、暖かそうな手袋、更に耳当てまでした完全防寒の成瀬が、マフラーだけを雑に巻いた深雪の姿を見て怪訝な顔をした。


「随分と寒そうな格好してるわね。 手袋どうしたのよ?」

「忘れちゃって・・・・・」


 溜息を吐く深雪の話をよく聞けば、どうやら今日は珍しく寝坊をしたらしく、慌てて外に出たところ、うっかり手袋をしてくるのを忘れてしまったらしい。


 マフラーも適当に巻いてきたので、すき間から入り込む冷気に深雪はぶるっと体を震わせた。


「急ぐのは良いけど、事故とか気をつけなさいよ」


 やれやれと首を振りながら教室に足を向ける成瀬の後を、にやけ顔の深雪が続く。


「成瀬ちゃんに心配してもらっちゃった。 えへへ」

「何?そのにやけ顔・・・・・」


 ちょっと引き気味な成瀬はおいておいて、深雪は少し後ろを眠そうに歩いている千太郎を振り返る。


「羨ましいでしょ、双葉君」

「・・・・・」


 ちょっと自慢気な深雪に、千太郎の顔がぴくっと反応して、ゆっくりと不機嫌な表情に変わっていく。


「・・・・・立花、最近性格悪いぞ」

「そんなことないよ」

「二人は何の話してんの?」


 深雪と千太郎のやりとりの意味が全く分からない成瀬は首を傾げたが、対して気にはなっていない様で、ごそごそとポケットからスマホを取り出すと、早々に話題を切り替えてきた。


「ところで深雪。 二月の一大イベントと言えば?」


 成瀬の唐突な問いかけに、深雪ははっとした表情を浮かべる。


「節分!」

「冗談じゃないんだけど」


 自信満々の深雪の回答をばっさりと切り捨てた成瀬は、自身が手にしていたスマホの画面をこちらに向けて突き出してきた。


 画面に映るのは、宝石の様なチョコレートとバレンタインの文字。


「バレンタイン! 美味しそう~」

「深雪、さっきから欲しい反応が一つもないんだけど」


 げんなり顔の成瀬に文句を言われる深雪だが、頭の中はすっかり可愛くて美味しいチョコレートでいっぱい。毎年デパートで開催されている、バレンタインイベントに足を向けては、自分用のチョコレートを物色するのが常であるバレンタイン。


 今年はどんなチョコレートを買おうかと、ほくほく顔で考える深雪を、成瀬が鋭く切りつけにかかる。


「勿論今年は、大神先輩に渡すんだからね?」

「え!?」


 既に決定事項として下された命に、深雪はすっと我に返って驚きの声を上げる。


 やっと状況を理解し始めた深雪に気を良くした成瀬は、いつもの不敵な笑みを浮かべて更にスマホに指を滑らせて画面を切り替えた。


「という訳で、これ作りましょ!」


 再び成瀬が向けてきた画面には、簡単に作れるお洒落なチョコレート菓子のレシピが。


 成瀬の急な乙女提案にも驚いたが、それ以上に深雪には驚いたことがあった。


「え、作るの!?」


 あまりに大袈裟な衝撃を受けて深雪が固まるので、成瀬と千太郎もちょっと慄く。


「そんなに変なこと言って無くない?」

「いやいや、私いつも買いチョコだもん!」


 家族ぐらいにしかチョコレート渡したことがない深雪は、バレンタインにチョコレートなんて作ったことがない。というか、そもそも作るという選択肢がない。


 そのことをそのまま話せば、成瀬はとても意外そうな顔をした。


「へえ、そんなもんなのね。 既製品なんて自分でも買えるし、作るものだと思ってた」

「解釈違いだね・・・・・」


 成瀬は多分、今までバレンタインなど気にしたことが無いのだと思う。


 深雪にミッションを与えるべく、都合の良いイベントを持ってきただけに違いない。


 そして深雪の読みは見事当たっていたようで、成瀬は化けの皮を自分から脱ぐ。


「チョコあげて告白するイベントってことぐらいしか認識ないわ。 千太郎詳しい?」

「俺が詳しいわけないだろ・・・・・」


 聞く相手を間違えていると、千太郎が面倒くさそうに首を振る。


 まあそうよね、と聞いておいて大変失礼な態度の成瀬は、ひたすらにバレンタインについて検索をかけていく。


「でも、作ってる人も多いみたいじゃない? うちのキッチン使えばいいから、作りましょうよ」

「え、ええ・・・・・」


 成瀬からのお誘いは嬉しいが、内容が深雪的には重い。しかも、チョコレート作りの先にあるであろうとんでもミッションが怖すぎる。


 びくびくしている深雪を他所に、成瀬が一人でやる気をみなぎらせていく。


「チョコ作って、大神先輩に告白よ!」

「無理だよ!? そのミッションは!!!」


 予想通りのハードルエベレスト級のミッション。深雪は、流石に今回は成瀬の強引さに折れるわけにはいかないと、必死に抵抗した。


 結局妥協案で、普段の感謝をチョコレートを渡すとともに伝えるというミッションに変更となる。


「そうと決まれば、作る日決めましょ」


 楽しそうにスケジュールを確認する成瀬を見ていると、ミッションはともかく、深雪もちょっとずつ楽しみになっていく。


 日路に渡すのは緊張しそうだと、今からドキドキしつつ、深雪は「そういえば」と口を開いた。


「成瀬ちゃんは、誰かにあげるの?」


 純粋且つ特に深い意味のない深雪の質問に、成瀬は気づかれない程度の動揺を見せた。


「え?・・・・・ああ、まあ、千太郎に処理してもらうわ」

「・・・・・」


 空笑いをする成瀬の発言を、微妙な顔つきで受け止める千太郎には、誰も気が付かなかった。

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