私は可愛くないので
逃げるようにして女子トイレに駆け込んだ成瀬だったが、いつまでもこうしている訳にはいかないなと、段々と冷静になっていく頭で考えていた。
今回は流石に、頼来に対して理不尽に暴言を吐いてしまったと反省する。
どんな顔をして戻ろうかと考えながら俯くと、ずっと手に持っていた小さな箱の存在に気が付いた。
日路と頼来からもらった誕生日プレゼントだ。
開けもせずに、ここまで持ってきてしまっていた。
日路に対しても、失礼なことをしてしまったと、成瀬は大きな溜息を吐く。
最近、頼来に対してイライラしすぎだとは自覚している。頼来に、というよりは頼来に対する自分の態度に、ではあるが。
空回りしている自分が自分じゃないみたいで、ペースを乱す元凶である頼来へのあたりが強くなり、また苛立ちが増すという悪循環。もう笑うしかないと、成瀬は自分に対して嘲笑した。
成瀬は徐に、プレゼントの箱を開けてみた。中に入っていたのは、お洒落なデザインの折り畳み式コンパクトミラー。自分の為に二人が選んでくれたことを考えて、余計に罪悪感が募る。
ミラーの横の突起部分を押すと、可愛くない顔をした自分の顔が鏡の中に現れた。
こんな顔をしていたら、好きな人にも嫌われそうだと、成瀬はふっと息を吐く。眉間にうっすらと浮かんでいる皺を指でさすってみたが、そんなことでは取れそうもないので更に溜息が漏れる。
自分が可愛らしい子ではないことは、火を見るより明らかだ。並の人間なら仲良くしたいとは思ってくれない。皆仲良くしてくれるのは、千太郎は幼馴染のよしみだからだろうし、深雪は人が好すぎる。頼来は誰にでも分け隔てないし、多分日路も同じ感じだと思う。皆の優しさに甘えて、好き勝手やっている自分が心底嫌いになっていった。
とにかく、今回は自分が全面的に悪い。
成瀬は素直に自分の非を認めた。
さくっと謝ってしまうと、成瀬は漸く女子トイレを後にする。
廊下に出ると、女子トイレの前の壁に凭れて待つ千太郎の姿があった。そういえば、後を付けて来ていたっけと思い出す。
「・・・・・長いトイレだな」
腕を組んで見下ろしてくる千太郎。
待ってたんだ、と成瀬はちょっとむず痒い気持ちになる。
「女子トイレの前で出待ち? 千太郎、変態じゃん」
誤魔化すようにしれっとそう言う成瀬に、千太郎は「誰の所為だと・・・・」と小さく零したが、それ以上突っ込んでは来なかった。
ちょっと拍子抜けだな、と客観的に思う成瀬が重い足を引きずって歩き始めると、当たり前の様に千太郎が隣を歩き始める。
普段通りの感じがなんとなく安心できて、成瀬の硬くなっていた表情も少しだけ解れた。
教室まで戻っていると、未だに廊下で固まっている深雪たち三人の姿が見えた。
どうやら、急に機嫌を損ねていなくなった成瀬のことを心配して、話し合いをしているようである。
「俺、成瀬に謝ってくる!」
「待て、頼来。 理由がわかってないのに謝られても、多分成瀬は納得しないぞ」
「吉井先輩、落ち着きましょう!」
何がどうしてそんな話の流れになったのかはわからないが、三人揃って頭を悩ませているところを見ていたら、擦れていた心も慰められていく。
うーんと唸っていた深雪が、ふと顔を上げた拍子に成瀬に気が付いた。
「・・・・・あ、成瀬ちゃん!」
深雪の声に、日路と頼来もぱっと成瀬の方を見てくる。
成瀬はちょっと緊張気味に三人の前に立った。一番に口を開いてきたのは頼来である。
「成瀬、俺なんか・・・・・」
不安そうな顔をしている頼来の言葉を遮って、成瀬は「ごめん」と短く謝罪した。
「ちょっと、お腹痛くて。 それで機嫌悪くなってた。 大神先輩もすみません」
「「・・・・・」」
成瀬はバレバレな嘘を吐いたが、三人は何と返せば良いかわからずに口を噤む。それを良いことに、成瀬は深く追及される前にと、手にしていたプレゼントの箱の中身を頼来たちに向けた。
「あと、これ。 プレゼント、ありがとうございました」
「わー、綺麗なミラーだね」
深雪が成瀬の手元を覗いて、素直な感想を述べる。
頼来と日路も、成瀬の強引な話題の変換を快く受け入れてくれる。
「一応、杏香さんにアドバイスもらって買ったから。 センスは悪くないと思うぜ」
「若者の流行りはわからんって、杏姉言ってたけどな」
重たかった空気が弾けて、軽い笑いが生まれる。
クスクスと笑う日路の後に、頼来が「あ、でも!」と声を上げて、どや顔で成瀬の持つコンパクトミラーを指さした。
「このデザインに決めたのは俺だからな!」
「・・・・・あ、そう」
成瀬は上がりそうになる口角を、なんとか硬化させようと口元の筋肉に全神経を使う。
ふっと息を吐き出して、いつも通りを必死に装った。
「ま、ありがたく受け取っておいてあげるわ」
「ちょー上から目線だなぁ」
いつもの様に返す頼来。
しかし、成瀬は更に言い返しては来なかった。いつもなら、もう一言二言生意気なことを言ってくるのに。
あれ?と少しだけ肩透かしを感じる頼来だったが、既に笑顔で深雪と会話する成瀬に、それ以上何かを言うことも出来ずに、言葉を飲み込んだ。
頼来の中で、言葉に表せないつっかえが生まれて、それは暫く取れそうにはなかった。




