彼女には理由がある
一月十四日、朝のこと。
教室でそわそわとする深雪は、登校してきた成瀬の姿を視界に捉えて、満面の笑みで手を振った。
「成瀬ちゃん! おはよう!」
異様にテンションの高い深雪に、成瀬は探るような視線を向けてくる。
「おはよ・・・・・なんか企んでる?」
開口一番酷いな、と深雪は苦笑い。
企んでいるかなんて、成瀬にだけは疑われたくない。
そんな深雪の心の内を、成瀬と一緒に教室に入ってきた千太郎が、席に付きながら代弁してくれた。
「いつも何か企んでるのは、羽澄だろ」
「企画を提示してるだけよ。 楽しいでしょうが」
聞き捨てならないと成瀬が怖い顔をしたが、千太郎は既に机に突っ伏して、居眠りの態勢に入っていた。
張り合いの無さにむくれる成瀬に向かって、深雪はにっこり笑顔を向ける。
「成瀬ちゃん、誕生日おめでとう!」
お祝いの言葉と共に、深雪は机の下に隠し持っていた小さな紙袋を成瀬に手渡す。
今日は成瀬の十六歳の誕生日。小さな紙袋は彼女へのプレゼントだ。
反射的に受け取った成瀬は、一瞬意表を突かれた顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「ありがと。 開けていい?」
「いいよ! 大したものじゃないけど・・・・・」
成瀬が紙袋を開ける様子を、深雪が緊張気味に見つめる。机に伏せていた筈の千太郎も、一緒になってその様子を眺めていた。
紙袋から成瀬が取り出したのは、ピンクを基調としたヘアピンと紺色のヘアゴム。
「最近成瀬ちゃん、髪伸ばしてるみたいだったから。 使うかな~って思ったんだけど・・・・・」
言いながら、成瀬ならもっと可愛くて高級なアクセサリーをいくらでも持っているだろうという考えが急に浮かんできて、語尾が弱くなる。
自信を無くす深雪に、成瀬は「嬉しい、ありがと」と珍しく険のない顔で笑みを向けてきた。
どうしよう、成瀬ちゃんが可愛すぎる!
「あ、あのね、それで勝手なんだけど、私もヘアゴムをお揃いで買ってね」
しどろもどろになりながら、深雪は腕にはめた紺色のヘアゴムを見せる。
勝手にお揃いにしてしまって良かっただろうかと、そっと成瀬の顔を窺うと、彼女は更に笑みを深めていた。
「深雪とお揃い? 嬉しい!」
「ほ、ほんと? 私も嬉しい」
いつもと違って素直な反応を示す成瀬につられて、深雪の気分も高揚する。
女子二人の平和なやり取りを見ていた千太郎も、ふっと笑みを零した。
「せっかくだから、ゲームしましょ」
「ゲーム?」
成瀬が口にすると、何故か不穏に聞こえてしまう“ゲーム”という単語。
身構える深雪に、成瀬はふっと噴き出した。
「勝ち負けとかはないわよ。 深雪と私、好きな時にこのヘアゴムをつけてくるの」
「うんうん、それで?」
深雪が頷いて話を促すと、成瀬がいつもの不敵な笑みを浮かべた。
「同じ日にこのお揃いのヘアゴムをつけてきたら当たり! 賞品として、千太郎が飲み物奢ってくれます」
「成程!」
「いや、何で?」
唐突に話題に引っ張り出された千太郎が、猜疑心にまみれた瞳を成瀬へと向ける。
しかし、一度言ったことを取り消すような真似、この女王様がするはずもない。
「毎日つけてきちゃダメよ? 週に一回、どこかでつけてくるの」
「わかった!」
「わかりません」
あれよあれよという間に進んでいく話を止めようと、千太郎が横から口を挟むが、最早決定事項に変更はない。
これ以上言っても無駄かと、千太郎はがっくりと肩を落とした。その様子を、深雪と成瀬は目を見合わせて笑う。
そんな平和な朝の時間は終わり、事態が急変したのはお昼休みのことであった。
「成瀬いるー?」
昼食を終え、いつもの様に席に座って雑談を交わしていると、廊下から成瀬の呼び出しがかかる。
首だけそちらに向ければ、教室の入り口付近に、こちらに手を振る頼来の姿が。隣には、いつもの様に日路がいた。
成瀬を先頭に、深雪と千太郎も連なって廊下に出る。
「頼来が私を呼びだすなんて、良いご身分ね」
「誕生日までそんなノリなの? ま、誕生日だから許してやるけど」
どうやら、二人は成瀬の誕生日のお祝いに来てくれたらしい。
嫌味を言いあう成瀬と頼来に苦笑しつつ、日路が手に持っていた小さな箱を成瀬に手渡した。
「俺と頼来から、大したものじゃないけど。 誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
日路には丁寧にお辞儀をする成瀬に、頼来がいつもの様につっかかってくる。
「随分猫かぶりだな。 俺との対応の差がすごいぞ」
「人の誕生日まで、うるさいなあ」
言いながら、成瀬ははらりと顔にかかった髪を耳に掛けた。
その仕草を見て、頼来がふと気が付いた様に話題を変える。
「すごい髪の毛伸びたなぁ。 成瀬がそんなに髪が長くなるの、初めて見たかも」
「あっそ」
そっけない態度をとる成瀬を、近くで見守る深雪と日路が苦笑する。
本当は祝いにきてくれたこと、すごく嬉しく思っているんだろうな。
素直じゃない成瀬の本心は、随分と分るようになってきたと思う。
微笑ましく思っていた深雪だったが、その後に頼来が不用意に放った言葉で、場の空気は一変した。
「いつ切んの?」
「・・・・・」
軽い頼来の質問を、成瀬は無言で受け止めて俯いた。
彼女の様子の変化は深雪の目にも明らかだったが、一体どうしてしまったのかまではわからない。
ただ一人、千太郎だけは全てを察した様で、まずいと言いたげな顔をしていた。
「あれ、成瀬? どうした?」
下を向いて沈黙する成瀬を、頼来が心配そうに顔を覗き込む。それから逃れるように、成瀬はふいっと顔を背けて小さく呟いた。
「・・・・・でしょ」
「え?」
あまりに小さな声だったので、頼来が聞き返す。
すると、成瀬はきっと怒った顔を上げた
「頼来に関係ないでしょ! 馬鹿っ」
「な、成瀬ちゃん!?」
言い捨てるようにして大声を上げた成瀬は、ぐるりと背を向けて廊下の向こうへと走り去っていった。深雪の呼び止める声など聞こえていない様で、すぐにその姿は見えなくなった。
突然のことに困惑する深雪や頼来、日路とは対照的に、千太郎はすぐさま成瀬の後を追いかけて行く。
「うわー、俺また何かやった? 変なこと言っちゃってた?」
「うーん・・・・・」
成瀬の態度の急変に、頼来と日路が難しい顔で頭を抱えた。
深雪は追いかけるタイミングを見失ってしまい、成瀬が消えて行った方向を心配そうに見つめる。
成瀬ちゃん、大丈夫かな。
追いかけたい気持ちと、果たして自分が何かの役に立てるのだろうかという不安がせめぎ合う。
結局、成瀬を追いかけることは、深雪にはできなかった。
***
後ろから追いかけてくる千太郎のことを無視して、成瀬は逃げるようにして女子トイレに駆け込んだ。
流石の千太郎も、ここまで入ってくることはできないだろう。
個室に勢いよく飛び込んで、鍵を閉めてから、止めていた息を一気に吐き出した。
頭の中では、ぐちゃぐちゃな想いが駆け巡る。
頼来の馬鹿!あんたが言ったんじゃない、髪が長い方が好きだって。
熱くなる瞳に意識を集中させながら、成瀬は数か月前のことを思い返した。




