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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
83/109

大神兄弟の問題~相談編~

 学校からの帰り、千里は当てもなくふらふらと街中を歩いていた。


 今日は時短授業だった為、いつもより早めの下校時刻。そのおかげで、サッカーのクラブチームの練習時間までかなり時間が空いてしまった。


 他の友人は学校の部活動がある。仕方がないので、一人真っすぐ帰宅しようとしていたのだが、途中で兄の日路も今日は早い帰りだということを思い出した。


 昨日の兄弟喧嘩をセットで思い出し、千里は苦虫を噛み潰したような顔で荒く頭を搔いた。


 兄弟喧嘩は、別に初めてではない。ただ、今までの喧嘩はどちらかというと、千里の態度の悪さを日路が説教するという構図が多く、お互い長く引きずる様なことはなかった。


 それが、今回はどうにも雲行きが怪しい。


 昨日はサッカーの練習から帰ってくると、ラップのかけられた晩御飯がテーブルに置かれており、日路は既に自室に引っ込んでいた。


 今朝も朝練のある日路は、千里が起きるよりも早く家を出た様で、会話どころか姿すら見かけなかった。


 千里自身、日路と今は顔を合わせ辛いと思ってはいたが、ここまであからさまに避けられるとは考えておらず、正直かなり動揺している。


 律儀にも、昨日の晩御飯と同じ様に、朝も食事は用意されていた。それが余計に胸の靄を色濃くさせて、千里の頭を悩ませる。


 真っすぐ家に帰ることが躊躇われ、千里はふらふらと街を歩きながら、どうするべきかを考えた。


「はぁ・・・・・」


 良い解決策が一つも思い浮かばず、千里は深いため息を吐いた。


 このままサッカーの時間まで時間を潰そうかとつらつら考えていると、後ろから声がかけられた。


「・・・・・あれ、千里君?」


 控えめな女子の声に振り向けば、千里の悩みに濁った瞳に、寒さに鼻を赤くする深雪の姿が映った。


 思わず、げっと声が漏れる。その反応を、深雪のうしろからひょっこりと顔を出した成瀬が、怖い顔で咎める。


「相変わらず、態度悪いわねえ」

「・・・・・」


 いらん世話だと、千里はむすっと顔を顰めた。しかし、成瀬の更に後ろからゆっくりと歩いて近づいてきた影に態度を一転させる。


「千太郎さん!」

「うわ、態度変えてきたんだけど。 ムカつくー」


 だるそうにして現れた千太郎に向かって、千里が無い尻尾を振る。成瀬の嫌味も聞こえない様で、きらきらとした目を真っすぐ千太郎に向けていた。


 その様子を見て笑っていた深雪が、予想外な提案をしてくる。


「今から三人でカフェに寄ろうと思ってたんだけど、千里君も一緒に行く?」

「「え?」」


 意表を突かれた成瀬と千里の声が重なる。


 まさか深雪がそんなことを言ってくるとは考えておらず、千里どころか成瀬さえも驚きを隠せない様だった。


「急にどうしたのよ、深雪。 生意気少年なんて誘っちゃって。 乗り換え?」

「ち、違うよう! やめてよぉ・・・・・」


 腕にしがみついて理由を聞いてくる成瀬をやんやり抑えつつ、深雪は千里と向き直る。


「千里君、さっきすごい溜息吐いてたから。何か話せばすっきりするかなって・・・・」


 「余計なお世話かな?」と言って遠慮がちに笑みを浮かべる深雪を、千里は睨むようにして暫く凝視した。


 余計なお世話かどうかと聞かれれば、全くその通りで、千里のもやもやした気持ちを余計に逆なでする。


 しかし、このまま一人でぐだぐだと考えているだけでは、一生解決できないこともなんとなく感じていた。


 今ここで、第三者に話すことで千里自身、気持ちを整理することができるかもしれない。


 そんなことを思いながらも、深雪相手に素直に頷くこともできずに固まったままの千里に、千太郎がゆっくりと口を開いた。


「いつも男一人なのも肩身狭いし。 暇なら付き合ってくんない?」


 あくまで自分に付き合ってほしいという千太郎の完璧フォローにより、千里の心の天秤ががくんと傾く。


「はい! 是非お願いします!」

「あー、ホントにムカつくわぁ」


 苛立ちに腕を組みだした成瀬を深雪が宥めつつ、四人は近くのカフェへと入店した。



***



 無事にボックス席に案内された深雪たちは、早々にドリンクの注文をしてほっと息を吐く。


 並びは奥から成瀬、深雪が横並びになり、その前に千太郎と千里が座る。


 ドリンクが届くまではつまらない雑談を交わし、注文したものが全て揃ったところで成瀬が「で」と鋭く千里を見据えた。


「生意気少年のお悩み相談? しょうがないから聞いてあげようじゃないの」

「成瀬ちゃん・・・・・」


 どうしていつもそんなに喧嘩腰なのか。深雪は冷や冷やしながら千里へとそっと視線を向けた。

彼は少しだけ眉間に皺を寄せているようだったが、それよりも深刻そうに俯いたのが気になった。


 反論せずに黙り込む千里に、成瀬も肩透かしを食らったようだった。珍しく動揺した様で、無言で千太郎にアイコンタクトを取る。


 助けを求められた千太郎は、頭を搔きながら千里に話を促した。


「なんかあったんなら、話してみれば。 アドバイスできるかは保証できないけど」


 実に千太郎らしいと、深雪はふっと笑みを零す。


 千里も張った肩が少しだけ解れた様で、顔を上げて事の次第を話し始めた。


「大神先輩と喧嘩かぁ・・・・・」


 千里の話を聞いた深雪は、なかなかハードルの高かった相談内容に静かに唸る。


 隣では、成瀬が優雅に紅茶を啜ってから、何故か可笑しそうに笑っていた。


「兄弟喧嘩でそんな深刻そうにしてたの? 意外と小心者じゃん」

「な、成瀬ちゃん!」


 流石にデリカシーがないと、深雪が怖い顔で成瀬を咎めた。千里もこちらを怖い顔で睨んでいる。


 それでも成瀬は、自身の発言を訂正せずに更に続けた。


「ま、大神先輩って世話焼き屋だもんね。 下手したら親よりうるさそう」


 成瀬の分析はあながち間違いではなく、一時は顰め面をしていた千里も、その意見に乗ってくる。


「全くそうなんだよ。 大体、進路のことを兄貴に逐一報告する弟がいるのかよ?」


 言いながら、胸の内には段々と日路への愚痴があふれ出てきた。あれもこれもと言ってくる日路だが、ちょっと保護者感が強すぎる。年齢だって二つしか違わないのに。


 声を荒くした千里に、成瀬が「いないわね」ときっぱり言い放つ。


「少なくとも私は、弟の進路なんて興味ないし。 今どこにいるのかも知らないわ」

「え、成瀬ちゃんて弟いたの?」


 ここに来て新たな成瀬情報に、深雪が場違いな発言をする。興味ないのは置いておくとして、どこにいるかも知らないというのはどういう意味か。


 不思議に思った深雪に対して、成瀬は「言ってなかったっけ?」としれっと答えるだけで、それ以上弟のことを話そうとはしない。


 千里が羨ましそうに溜息を零した。


「俺も干渉してこない兄貴が良かった・・・・・」


 そう零した千里だったが、心の中では小さな罪悪感がちくちくと刺すような痛みを生む。


 日路には頭が上がらないことも多いし、尊敬もしている。でも、時々めんどうくさいのだ。そう感じてしまうのは、ただの我が儘なのだろうが。


 急に黙ってしまった千里を、隣の千太郎がじっと見つめてきた。


「羽澄の家はちょっと変わってるから、あんまり参考にするなよ」

「ちょっと千太郎、どういう意味よそれ」


 勝手に引き合いに出された成瀬が抗議の声を上げたが、千太郎は聞こえていないふりを通す。


 千里は目の前に置かれたコーヒーをじっと見つめながら、漸く口を開いた。


「日路兄が、俺のこと考えてくれてるのはわかってるけど・・・・・」

「あれ、そういえば何でサッカーの推薦は断ったわけ?」


 未だ千里が喋っている途中で、成瀬が唐突な疑問をぶつける。しかも、かなり肝になる様な内容の質問に、隣にいる深雪の方がヒヤリとさせられてしまう。


 言葉を遮られた千里は、目をぱちくりとさせてから「それは・・・・・」と案外すんなり答えてくれた。


 その回答を聞いた一同は、それぞれに顔を見合わせる。


「・・・・・それを、そのまま大神先輩に言えばいいんじゃないかな?」


 深雪の遠慮がちな言葉に、成瀬と千太郎も深く頷く。


 微妙な空気が流れる中、千里は「わかってるよ」とぶっきらぼうに答えてまた俯いてしまう。


 どうしてそんな簡単なことを言えないのかと、成瀬が雑に聞くと、くわっと目を剥いて反論してきた。


「言おうと思った! でも、日路兄が聞いてくれないから!」


 昨日、言おうと思ったのだ。説明すればわかってくれると思ったから、言おうと思ったのに。日路が先にいろいろ言ってくるから、気持ちとは裏腹な言葉がつい口から飛び出てしまった。



 完全に八つ当たりだと、千里は内心泣きたい気持ちになる。


 昨日だって、別にあの後、冷静に話をすれば良かったのだ。そうすれば、こんなことにならなかったのに。


 いつまでもガキっぽい自分が、心底嫌になる。


 瞳の表面が濡れている千里に、流石の成瀬も歯に衣着せぬ発言は控えている様だった。代わりに、千太郎が千里に声をかける。


「ちゃんと話せば、大神先輩ならわかってくれるだろ。 わかって欲しいんだろ?」

「・・・・・うん」


 千太郎の言葉に、千里の頭の中もだいぶ冷静になった。


 そうだ、わかって欲しいのだ。日路には理解して欲しいから、今のこの状況が本当に辛い。


 話さないと。そう思った瞬間、今すぐ家に帰らなければならないという気持ちになる。


「俺、帰ります。 急いで帰らないと・・・・・」


 サッカーの時間が迫っている。日路とちゃんと時間をかけて話すには、早く帰宅する必要がある。


 財布から自分のドリンク代を出してから、千里が慌てて店を出て行こうとするので、成瀬が「まあ待ちなさいよ、生意気少年」と言って呼び止める。


 走って帰ろうとしていた千里は、じれったい様子で振り向いた。


「何!?」

「走って帰るつもり? そんなに早く帰りたいなら、もっと周りを頼りなさい」


 成瀬の言葉の意味が分からず、千里が首を傾げる。


 深雪も状況が読めずに、成瀬の続く言葉をじっと待った。


「千太郎、車呼んで頂戴。 帰るわよ」

「もう呼んである」


 凸凹コンビの会話に、深雪にも漸く合点がいく。千里を車で送ろうとしてくれているという訳だ。


 同じ様に意図をくみ取った千里だったが、流石にこの急展開に困惑している様だった。


 たじろぐ千里を見てにやにやとしながら、成瀬が大きく胸を張る。


「生意気少年の家は抑えてあるから。 十分で着けてやるわよ」

「法定速度は守ろうな」


 得意げな顔で言う成瀬を、千太郎が突っ込む。


 千里は数秒間の抜けた顔をしていたが、ばっと勢いよく頭を下げた。


「お願いします!」

「素直で宜しい」


 成瀬は満足げに笑った後、紅茶を飲み干して腰を上げた。

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