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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
81/109

恋みくじ

 温かいものを買いに出店通りに訪れたはずが、成瀬が急におみくじを引こうと提案してきた。


 なんでも恋みくじというのが有名らしく、周辺は若い女性を中心に賑わいを見せていた。


「深雪ぃ、おみくじ引きましょうよ」

「うん、引こう引こう」


 深雪と成瀬の二人も例に漏れず、磁力に引かれるようにしておみくじの方へと歩いていく。


 一方で、男性陣は恋みくじには興味がない。千太郎と蓮季は当初の目的通り、温かいものを買いに行き、残りの三人はその場で雑談を交わす。


「千里、お守り買うか? 今年受験だし」

「ああー・・・・・うん」


 日路の提案に、千里が曖昧に頷く。

 

 二人のやりとりを聞いた頼来は、感慨深そうに唸った。


「千里が受験生かぁ。 どこ受けるの?」

「ええっと・・・・・」


 答えにくそうにする千里の代わりに、日路が口を開いた。


「サッカーの推薦もらったんだよな、千里は」

「おお、すごい。 千里、ずっと頑張ってるもんな~」

「・・・・・」


 頼来の褒め言葉を浮かない顔で受け止めた千里は、それから日路に連れられてお守りを買いにその場を離れた。


 暫くして、おみくじを引き終えた深雪と成瀬が戻ってくる。


「あれ、他の人は?」

「日路と千里はお守り買いに行ったよ。 千太郎と蓮季は出店の方」


 辺りを見渡す成瀬の問いに答えた頼来は、興味津々に女子二人が手にしているおみくじを覗き込んだ。


「なんて書いてあったんだ?」

「まだ見てないし、頼来になんて見せないし」


 成瀬はおみくじを頼来に見られない様、ぐっと胸に引き寄せる。


 その仕草を見た頼来は、流石にそれ以上しつこく追及しようとはしてこなかったが、その代わり、にやにやとからかうような笑みを浮かべてきた。


「でも、成瀬も女子だな、恋みくじなんて。 あれ、成瀬って誰か好きな人いるの?」

「・・・・・いたとしても、頼来には一生言わないから」


 ぷいっと顔を背けた成瀬は、そのまま隣にいる深雪に話を振る。


「深雪のは、なんて書いてある?」

「え、ええっとねえ・・・・・」


 深雪は緊張しながら、そっとおみくじの内容を確認した。


 どうやら大吉やら凶やらといったことは書いていないおみくじらしく、恋に関するアドバイスや良い時期などが示されていた。


「身近にいる年上の人との良縁あり。 積極的にアプローチしましょう・・・・・だって!やったじゃん、深雪」


 隣で音読した成瀬が、自分のことの様にはしゃいで笑う。


 “身近にいる年上の人”なんて、ざっくりとしていて特定できない。しかし、深雪の頭の中にはたった一人しか浮かばないのだからしょうがない。


 照れくさく頬を赤らめる深雪を見て、成瀬が意地悪な笑顔を浮かべた。


「積極的にアプローチしましょう、ですってよ。 これは、今年も沢山ミッション用意しなくっちゃね」

「それはいらないよお・・・・・」


 含み笑いを漏らす成瀬と、その成瀬にしがみついて嘆く深雪。女子二人の微笑ましい光景を、頼来は保護者になった様な温かい気分で見守った。



***



 温かいものを買いに出店をぶらぶらしてみたものの、めぼしいものが見つからなかった千太郎は、結局何も買わずに、空いていたベンチへと腰を下ろした。


 蓮季とは途中ではぐれてしまったが、お互い幼い子供でもないので、探し回ったりはしない。


 皆のところに戻ろうかとも思ったのだが、楽しそうに会話をしている成瀬たちの姿を見つけたところで、なんとなく近づけなくなってしまった。


 仕方がないので、彼らの様子を伺えるこのベンチで暇を潰す。


 柄にもなくぼうっとしていると、耳に心地よい重低音が響いた。


「今日は、騎士ナイトはお休み?」

「蓮季・・・・・」


 両手で何かを包み込むようにしながら声をかけてきた蓮季は、自然な流れで千太郎の隣に腰を下ろす。


 千太郎は蓮季の「ナイト」という言葉に引っかかりを覚えて、眉根を寄せた。


「ナイトって?」


 からかわれるのは面白くないと、しれっと聞き返したのが失敗だった。


 蓮季はいつでも余裕の笑顔だ。


「え、そのままの意味だけど、聞く?」

「・・・・・」


 にんまり笑顔の蓮季から攻撃に合い、千太郎は「いや、いい」と潔く首を横に振る。


 それから、視線を再び成瀬に戻す。


 彼女は、また頼来となにかしらの言い合いをしている様で、近くにいる深雪がおろおろと仲裁に入っていた。


「まあ、正月ぐらいな・・・・・休んでも良いだろ」

「・・・・・」


 成瀬にとっても、自分といるよりずっと実のある時間になっているはずだと、千太郎は自虐的に笑う。


 昨日は幼馴染のよしみか、アポもなく家まで押しかけてきて誕生日を祝いに来たくせに。


 今日の彼女の目に、千太郎が映ることは一切ない。


 体感的な寒さより、心の寒さが染みていく。


「はい、これあげる」


 呆然と遠くを眺める千太郎に、蓮季は両手で包んでいた何かを差し出してきた。


 蓮季から手渡されたのは缶コーヒー。咄嗟に受け取った千太郎は、その缶コーヒーの熱さに少しだけ驚く。


 意図が分からず、千太郎が困惑していると、蓮季はすっと目を伏せた。


「一日遅れの、誕生日プレゼント」

「プレゼントが、缶コーヒー?」


 別にケチをつけるつもりは無い。ただ、誕生日プレゼントと缶コーヒーという組み合わせが、どうにも頭の中で結びつかなかった。


 微妙な顔つきで缶コーヒーを見つめる千太郎に向かって、蓮季は「それもそうだけど」と静かに笑みを浮かべた。


「今日、寒いから。 この缶コーヒーの温度ごと、千太郎君にあげる」

「・・・・・」


 美しい笑みは、後光のように差す太陽の逆光によって、より神秘的になって千太郎の目に映る。


 これは計算か、偶然か。計算だとしたら末恐ろしい。


「蓮季って、たらしって言われない?」

「ええっ? そんなこと、言われたことないよー」


 ははっと笑う蓮季は、確かにそんな計算高い男には見えない。


 天然たらしか、と千太郎はふっと息を吐き出した。


 吐いた息が白く染まり、空気中に溶けて見えなくなる。


 体感的寒さは変わらなかったが、心の中は少しだけ温かくなったような気がした。


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