表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
8/108

ジンジャーエール

 例の勉強会は、成瀬と頼来を中心にして予定が組まれ、勉強会の約束をした翌週の水曜日の放課後に、千太郎を含めた五人で校門に集合した。


 テスト一週間前から、部活動はなしになるので、放課後だけでもたっぷりと勉強の時間をもつことができる。


 五人は歩きながら、雑談を交わした。


「大神先輩って、自転車通ですけど、この辺の人なんですか」


 成瀬がぐいぐいと、しかし興味は然程なさそうに質問をする。自転車を引いて歩くのは、五人の中では日路と深雪だけだ。自転車通ということは、バスや電車で通う生徒よりは、近いところに住んでいるに違いない。


 日路は勿論、嫌な顔一つせずに答えてくれた。


「いや、実家はちょっと遠くて。 今は下宿先から通ってるよ」


 初耳情報を、深雪は脳内メモリーに刻み込む。深雪も日路に質問してみたいのだが、どうも自然に聞くことができない。事前練習をした際には、成瀬と千太郎の二人から「お前はとりあえず黙っておけ」と言われたので、無理に会話に入り込まない様に努めた。


 代わりに、普段はものぐさな千太郎が、会話を続けてくれる。


「じゃあ、一人暮らしなんすか」

「去年まではな。 今年から、弟たちもこっちに来たから、ちょっと広いところに引っ越して、今は一緒に暮らしてる」


 兄弟がいることも知らなかった。さぞかし、とてつもない爽やかイケメン兄弟であろう。深雪は、勝手に日路の弟を想像して、一人唸る。


 次々と出てくる日路の個人情報を、深雪は沈黙しながら余すことなく頭にインプットしていった。


「日路の実家、すっごい山の奥にあるお屋敷なんだよ。 くっそ広い」

「古いだけだけどな」


 頼来の説明に、日路は大袈裟だと軽く笑った。


 話を聞くと、日路と頼来は小学校の頃に同じ剣道場に通っており、そこから親しくしているらしい。それを日路の口から聞いて、漸く成瀬が、頼来と日路は友人であると百パーセント信じたのは、つい先ほどのことである。


 深雪が完全に聞き役に回っていると、満を持したように、成瀬が「そういえば」と日路に視線を向けた。


「大神先輩って、前に深雪が自転車を倒したとき、助けてくれたんですよね?」

「なんだ、知ってるのか」


 深雪は急に居心地が悪くなり、肩にぐっと力を入れた。


 その斜め後ろから、今度は千太郎が質問を入れる。


「何でこの前、三人で会いに行った時、言ってくれなかったんですか」

「お前ら、日路に興味持ち過ぎじゃね? ちょっと妬くぞ」


 成瀬と千太郎の、日路への食いつきように、頼来が茶々を入れてくる。それを成瀬が鋭い視線で牽制して黙らせ、日路に回答を促した。


 日路は、戸惑いながらも答えてくれた。


「二人が知ってると思わなかったから。 そういうの、勝手にばらされたりしたら、嫌な奴もいるかなと思ったんだけど、余計なお世話だったな」


 そう言って笑う日路は、眩しすぎて直視できない。


 つまり日路は、成瀬や千太郎が言っていたように、後になってから深雪のことを思い出したわけでもなく、ましてやあてずっぽうで言ったわけでもない、ということが証明されたわけだ。


 一人で感動する深雪の隣で、成瀬が微妙な顔をして「くそっ」と小さく漏らした。


「気遣いまで完璧とか、先輩は何者なんですか」

「え、何で俺、喧嘩売られてるの・・・・・」


 初めて成瀬から敵意を向けられ、日路は困惑して頼来に目線で助けを求めた。付き合いの長い頼来は、面白そうに笑うのみである。


 とにもかくにも、今日一番聞きたかったことは、聞くことができた。後は、勉強に励むのみであると、深雪は既にミッションをクリアした気分で、肩に入っていた力を抜く。ただ黙っていただけのはずなのだが、謎の達成感が沸き上がった。


 その後も雑談という名の情報収集を続けること十分ほど、五人は目的地に辿り着いた。


 今回の勉強会の会場は、カラオケ店である。頼来の提案で、周りに気を遣わなくていいという利点に、他四人も賛同して決定した。


 入店後、受付で手続きを済ませ、部屋に向かう前にドリンクを取りに行く。


「カラオケとか、来たことないわ」

「オレも」

「えっ」


 成瀬と千太郎の発言に、驚きの声を上げたのは日路である。確かに、お嬢様とお坊ちゃまであるこの凸凹コンビと、カラオケは結び付かない。しかし、二人の家柄を知らない日路からすれば、軽く衝撃なのであろう。


「成瀬と千太郎は御曹司だからな。 まじで家が、城みたいにでかい」

「へえ」


 頼来の説明に、日路が納得した様子で深く頷いたところで、ドリンクバーに辿り着く。


「これ、どうやるの?」

「あー、俺がやるって」


 頼来が、ドリンクバーの前で仁王立ちする成瀬の両肩を持って、後ろに下がらせる。


 その横で、日路が深雪に声をかけてきた。


「立花は何飲む?」

「えっ」


 虚を突かれ、深雪は一気に汗をかく。ただ飲み物を何にするのかを聞かれただけなのだが、深雪はじっくり考えてから、一世一代の大決心をして口を開けた。


「お、オレンジジュースで」

「おっけ。 氷いる?」


 憧れに人と、普通に会話ができているこの状況に、深雪は感動して泣きそうになる。流石にヤバい奴と思われそうなので、必死に涙は堪えたが。


「はい」

「ありがとうございます・・・・・」


 日路からオレンジジュースを手渡され、なんとかこのオレンジジュースを保存できないかと、一瞬本気で考えた。そんな深雪の葛藤など露知らず、日路は続いて自分の飲み物を選び出した。


「えーと、俺は・・・・・」

「ん」


 横から、中身の入ったカップを持った、頼来の手が伸びてくる。日路はそれを、反射的に受け取った。


「日路はジンジャーエール、だろ?」

「サンキュ」


 日路の好きな飲み物はジンジャーエール。

 深雪は、日路の新情報を脳裏に刻み付けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ