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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
79/109

年明けの生意気少年

 水道の水の冷たさに、千里はぐっと眉間に皺を寄せた。


 今日は、兄二人と頼来と共に、初詣に訪れている。


 年末に実家に帰り、今日の朝帰ってきたのだが、千里は初詣に来たことを後悔していた。


 寒し、人が多いし、正直言って眠い。


 明日から、サッカーのクラブチームの練習が始まるのだ。今日は一日ゆっくり過ごすべきだった。


 それでも何故千里が初詣に来たのかと言うと、単なる気まぐれである。


 最初に日路から誘われた時は、行く気など無かった。


 最近の日路はというと、学校の後輩たちと行動を共にすることが多い。今回も、頼来を含めたそのメンバーで集まるのかと思っていたので、絶対に行かないつもりだった。


 しかし、珍しく今回、一緒に行くのは頼来だけだという。


 意外さに肩透かしを感じ、千里は思わず初詣に行くことを承諾してしまった。



「・・・・・やっぱり来るんじゃなかった」


 千里は水道の水を止め、ポケットからタオル生地のハンカチを取り出して手をしっかりと拭く。


 初詣に訪れて早々、千里はトイレに来ていた。あまりの人の多さに辟易してしまい、トイレに逃げ込んできたと言った方が正解だが。


 千里はハンカチをポケットに戻すついでに、入れ替わりでスマホを手に取った。


 人が大勢いるので、日路達との合流は簡単にはいかないと思われる。蓮季あたりに連絡を取ろうと、千里は人を避けながらトイレから出た。


 邪魔にならないところで連絡を取ろうと歩いていると、前方からスマホを弄りながら歩く、ガラの悪い男がこちらに向かってきていた。正確に言うと、千里の後方にあるトイレに向かって。


 周りが見えていないらしく、遠慮なくずかずかと歩くその男を、周囲の人間は邪魔そうに顔を顰めながらも、無言で避けている様だった。



 めんどくせ。



 千里は溜息を吐きながら、他の人と同じ様にその非常識な男を避けようと歩く方向を変えた。


 そうやってせっかく道を譲ってやったにも関わらず、前から歩いてきた男は、視線をスマホに向けたまま、ふっと千里が避けた方へと進路を変更してきた。


「わっ」


 あまりに急なことだったので、千里も避けきることができずにぶつかる。


 その拍子に、手にしていたスマホを地面に落っことした。


「あ!」

「痛ってぇっ」


 落としたスマホに気を取られた千里の耳に、ぶつかった相手の苦々しい声が届く。


 自分からぶつかってきたくせに、その男はぎっと千里の方を睨んできた。


「くそ! 前見て歩け!!」

「・・・・・はァ?」


 理不尽な男の言葉に、千里の眉がピクリと動く。


 前を見ていなかったのはそっちではないか。そのくせ、謝るどころか逆ギレしてくるとは、なんて非常識な奴だと腹が立つ。


 そんな内なる気持ちが、千里の表情に色濃く出てしまう。


 元々目つきは悪い方だ。更に深い眉間の皺も相まって、人相はかなり悪くなっていた。


 その所為か、ぶつかった男の機嫌が更に悪くなった。


「何だ、その目は! ぶつかっておいて、謝りもできねえのかっ」


 アルコールを摂取しているのか、叫ぶ男からは若干の酒臭さがあった。


 周りの人たちは、千里たちをちらちらと見つつも、関わりたくないのか素通りしていく。



 ああ、やっぱり初詣になんか来るんじゃなかった。



 千里は客観的にそんなことを思いながら、目の前の男を無言で睨みつけた。


 これが蓮季であれば、笑顔と共に軽く謝って場を切り抜けるだろうが、千里はその処世術を持ち合わせてはいない。


「てめぇっ・・・・・」


 千里の鋭い眼光に、男の怒りが頂点へと達したとき、男の後ろからぬっと大きな影が現れた。


「邪魔」

「んだとぉ!?・・・・・」


 短い非難の声が気に入らなかった男が、怒りながら後ろを振り返る。が、振り返った目線には声の主の顔は映らず、そこから二段階ほど上を向いて、漸くその顔を拝むことができた。


 男の後ろに立っていたのは、背の高い若い青年だった。


 それまで威勢の良かった男も、青年の体格の良さに少しだけ身を縮こまらせる。千里でさえ、多少びびってしまうほどの威圧感だ。


「な、なんだよ」

「・・・・・」


 数秒、男と青年が睨み合う。


 しかし、どう見ても眼力の威力が違う。青年は背の高さだけでなく、整った顔立ちから漂うオーラがあった。


 暫く無言が続いたが、じきに男の方が「くそっ」と吐き捨ててその場を去って行く。


 千里が呆然と小さくなっていく男の背中を眺めていると、すっと目の前にスマホが差し出された。


「ん」


 青年が、千里の落としたスマホを拾ってくれた様だった。千里は受け取りながら、小さく頭を下げる。


「ども」

「うっす」


 短いやりとりの後、青年は千里の横を通り過ぎて行った。


 不穏な空気から一変、嵐の去った場に一人取り残された千里は、握りしめたスマホの着信を知らせるバイブに驚いて、びくっと肩を震わせる。


 画面に表示されたのは、蓮季の名前だった。


「もしもし?」

『あ、千里? 戻って来れそう?』


 なかなか帰って来ない千里を心配してか、蓮季が電話をしてきたらしい。


 すぐ戻ると答え、蓮季達の現在地を確認してから通話を終了する。


 千里はゆっくりと歩みを再開させながら、先程の出来事を思い返した。


 すっかり気分が悪くなってしまったが、助けてくれた青年は男らしくて、同姓の千里から見ても見惚れる程だった。



 あんな風に格好いい人になれたら良い。背も高くて、立っているだけで存在感があった。



 まだ成長途中な中学三年生の千里からすると、あの青年は憧れの姿である。


「あ、千里。 こっちこっち」


 きょろきょろと辺りを見渡していると、遠くで蓮季がこちらに手を振ってきていた。


 きらきらと美しい笑みを浮かべる蓮季は、身内目を抜いても輝かんばかりの存在感を放っている。


 我が兄ながら目立っているなと思いながら、千里が蓮季たちに合流しようと近寄って行くと、その途中で思わず立ち止まる光景が目に映った。


「げっ」

「あ!」


 千里の引き攣った声と、驚いた女子の声が重なる。


 蓮季や日路たちと一緒にいたのは、頼来だけではなく、出来れば会いたくなかった女子二人。


「ひ、日路兄ぃ?」


 深雪と成瀬の姿を視界に捉えた千里は、恨む様な声で日路ににじり寄る。


 弟の非難を帯びた声色を、日路は特に気にした様子もなく、状況の説明を始めた。


「立花たちと偶然会って。 せっかくだから、皆でお参りすることになったんだ」


「・・・・・」


 勝手にメンバーを変えられても困る。


 今日はこの二人はいないと聞いていたから、まあ行ってもいいかぐらいに考えていたのに。これでは詐欺ではないかと、千里はぐっと奥歯を噛み締めた。


 苦々しい表情を隠そうともしない千里を、頼来がからかう様に笑う。


「千里ってば、あからさまに機嫌悪いぞ~」

「相変わらずの生意気少年って感じね」


 成瀬の冷めた皮肉は聞かなかったことにして、千里はふんっとそっぽを向く。


 日路は良い顔をしなかったが、そんなことは知らない。


 不機嫌な千里に、おろおろとしている深雪の姿も気に入らなかった。


 やっぱり来るんじゃなかったと、何度目かになる後悔をしていると、突然成瀬が「あっ」っと声を上げた。


「千太郎! 遅いよ、もうっ」


 千里の後方に向かって大きく手を振る成瀬。


 まだ誰かいるのかと、正直うんざりしながら千里はゆっくりと振り返った。


 振り返った先にいた人物と目が合って、千里は大きく目を見開いた。


「「あ」」


 目の合った人物と千里の声が重なる。


 現れたのは先刻、千里のスマホを拾ってくれた青年である。


「そういえば、二人は初対面だったか?」

「う、うん」


 日路の声掛けに、千里は曖昧に頷いた。


 本当のことを言えば、先程会ってはいるのだが。知り合いではないので、ここは初めましてを装う。


 日路は千里の肩に手を掛けながら、青年に向かって口を開いた。


「こいつは下の弟の千里。 千里、こっちは後輩の双葉だ」


 紹介を受けた千太郎が「そうですか」と短く返事をする。


 千里は小さく頭を下げた。


「さっきは、どうも」

「ん」


 二人のやりとりを近くで見ていた成瀬が、不思議そうにして眉を顰める。


「何、千太郎は生意気少年のこと知ってたの?」

「何だよ、生意気少年って」


 成瀬と千太郎の会話を聞きながら、千里はこそこそと蓮季に近寄って小声で質問した。


「蓮兄も、この人と知り合い?」

「千太郎君? うん、そうだよ。 成瀬さんの幼馴染」


 蓮季の説明を受け、千里は「ふーん」と興味ありげに反応した。


 身を刺す寒さにも、初詣の人の多さにも、唐突なメンバー追加にも嫌気が指していたが、千太郎と知り合えたことだけは良いことだったかもしれないと、人知れずそう思った今日この頃だった。


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