クリスマスのご予定は?
美形オーラを纏う杏香から名前を聞かれた深雪は、肩を縮こまらせながら自己紹介した。
「立花深雪です」
「深雪ちゃんね」
弟の後輩と知り合えたことが嬉しかったようで、杏香の深雪への質問が止まらない。
「日路とはどうやって知り合ったの?」
「今日は何しに来たの?」
「今時の女子高生の流行りは?」
「彼氏はいないの?」
次々と繰り出される質問に、深雪の頭と口がついて行かない。
狼狽える深雪を気遣った日路が、遠慮がちに会話に割って入ってきた。
「あんまり質問攻めにするなよ、杏姉。 立花が困ってるだろ」
「あら、ごめんなさい。 若い子と話す機会って、少なくって」
日路に諫められ、杏香がぺろっと舌を出す。そんな姿すら美しいと、深雪は感激してしまう。
「先輩とお姉さんは、ご姉弟でお出かけですか?」
姉弟で仲がいいなと思って深雪が尋ねると、杏香が嬉しそうに何度も頷いた。
「そうなの。この前、日路の誕生日を祝えなかったから、埋め合わせにご飯に連れ出していたの」
良い姉を気取る杏香の言葉に、日路は「よく言うよ」と言って盛大にため息を吐く。
「荷物持ちにしたかっただけだろ・・・・・」
そう言って肩を落とす日路の両手には、専門店の紙袋が四つ。それに対して、杏香の荷物は小さな肩掛けのポーチだけ。
荷物持ちにしたかったというのは、間違いではないのだろう。
「やあねえ、結果的にそうなっちゃっただけよ」
ばしばしと日路の肩を遠慮なく叩く姿を見ると、意外と豪快な人なのかもしれないと深雪は印象を改める。
パッと見は繊細そうで、穏やかな蓮季とそっくりだが、内面は別であるらしかった。
「調子良いんだから」
あっけからんとする実姉に口を尖らせる日路を、深雪は物珍し気に見上げた。
蓮季や千里といる時は、しっかりとした兄に見えるのに、今はちゃんと弟に見える。
学校にいる時も、どちらかというと面倒見の良いお兄さんのポジションである日路から漂う“弟感”に、深雪は人知れず歓喜した。
深雪が平静を装って興奮する中、杏香が「そうだ」と話題を切り替えてくる。
「ねえ、深雪ちゃんはもうクリスマスの予定はあるの?」
「え、クリスマスですか?」
唐突な質問に、深雪は言葉に詰まる。
クリスマスといえば、家族でなんとなくケーキだけ食べるというのが通年である。
イルミネーションを見に行くことも、食事に出かけることもなく、じっと家で時が過ぎるのを待つのみ。
というのも、クリスマスはどこへ行ってもカップルで溢れかえっている。その中をかき分けて出かけるのは何となく気が引けてしまい、基本的に自宅待機というのが常になっているのだ。
何も言ってこない深雪の反応を“予定なし”と捉えた杏香は、自分のスマホをぱぱっと指で操作して、画面をこちらに見せてきた。
「うちのお店で、クリスマスシーズンの間、ランチタイム割引やってるの。 良かったらみんなで来ない?」
スマホの画面には、杏香が働くレストランのホームページが映し出されていた。
クリスマスを前面に押し出したお洒落な広告は魅力的で、深雪も釘付けになる。
その横では、微妙な顔をした日路が口を開く。
「杏姉の店、フルコース料理じゃん。 学生向けじゃないんじゃない?」
日路の言葉に、深雪も怖気づいてしまう。「フルコース料理」と言われてしまうと、途端に敷居の高さを感じてしまうのだ。
深雪のその様子に、杏香が「それがね」と食い下がった。
「今、若い人向けにハーフコースも出してて。 日路もクリスマス、暇ならいらっしゃいよ」
宣伝上手な杏香に勧められ、日路も「うーん」と唸って考え込む。
行きたいのはやまやまだが、深雪には未だ懸念事項があった。
「でも、今から予約ってとれるんですか?」
既に十二月に突入している。クリスマスシーズンの予約はずっと前からするものだと、クリスマスはどこにも出かけない深雪でもわかっている。
深雪の不安そうな質問に、杏香は持っていたスマホを更に操作した。
「日によるけど、昼は未だ空きがあった筈・・・・」
どうやら、予約状況を見てくれているようで、一通り確認してから杏香がにこりと微笑む。
「うん、まだ空いてる時間帯もあるから。 お友達と予定合わせてみて」
「わ、わかりました!」
美人にそこまで言われては、予定も組みたくなるというものである。杏香の働くレストランにも純粋に興味があった。
勢いよく頷いた深雪に、日路がそっと耳打ちしてくる。
「無理しなくていいからな、立花」
「無理なんて全然。 成瀬ちゃんたちに聞いてみます」
笑顔で答えれば、日路も「そうだな」と言って頷いてくれた。その日路の脇を、杏香が人差し指でつつく。
「日路も蓮季たち連れて、皆で来なさいよ。 千里も引っ張って」
「聞くだけ聞いてみるよ・・・・」
この短時間で感じたことだが、日路は杏香にはたてつくことができないらしい。
そのことに気が付いて、深雪から思わず小さな笑いが漏れる。
「八人までなら個室でいけるから。 また連絡してね」
最後にウインクをかました杏香が、くるりと華麗に踵を返した。
「じゃあね、深雪ちゃん。 またね~」
「はい!また・・・・・」
高いヒールを鳴らして颯爽と去っていく後ろ姿に見惚れながら、深雪は頭を下げた。
杏香の後を追うようにて、日路もゆっくりと歩き始める。
「じゃな、立花。 気を付けて」
「は、はいっ」
手にした紙袋を邪魔そうにしながら、日路が小さく手を振ってくる。
まさか手を振り返すこともできないので、深雪は更に頭を下げて見送った。
図らずも、日路とクリスマスの約束(の予定)を交わしたことになるのではないかと、深雪が気が付いて絶叫したのは、家に帰ってからだった。




