勉強がんばります
昼休み、購買へ行く深雪に成瀬がくっついてきた。
「頼来のやつ、いつも購買でパン買ってるらしいから、探して勉強会の話をとり付けてきましょ」
有言実行派の成瀬は、そう言って足取り良く購買部へ向かう。
ちなみに千太郎は既に飽きたのか、教室でスマホをいじりながら、深雪と成瀬を見送った。
「結構人いるのね」
「成瀬ちゃん、購買で買わないもんね」
いつも豪勢な弁当を持って来る成瀬に、購買部は一生縁のないものとも言える。物珍し気に人ごみを見つめる成瀬の視線が、ある一点で留まった。
「頼来はっけーんっ」
「見つけるの上手だね・・・・・」
成瀬の視力の良さと探知能力には感服するしかないと、深雪は乾いた笑いを漏らした。成瀬が指を差して頼来を示すので、深雪もそちらへ視線を向ける。丁度、頼来がパンを購入しているところだった。その後ろに、憧れの人物を見つける。
「あっ、大神先輩もいるっ」
「え、どこ?」
今度は深雪が、日路を指差す。成瀬は急に眼が悪くなったかのように目を細め、日路の姿を探して捉えた。
仲良さげに会話をしている日路と頼来の姿を、しばらく遠目で見つめてから、成瀬が「ふーん」と言って腰に手をあてる。
「ほんとに仲いいんだ、あの二人」
「まだ疑ってたんだ」
成瀬の本音に苦笑で返す深雪は、それから視線をそっと日路へと戻す。彼は今日も眩い光に包まれているように輝かしく、最早神々しい。
見とれる深雪の横で、成瀬の有言実行が執行された。
「頼来!」
「・・・・成瀬? なんか既視感~」
群衆の中から的確にこちらを振り向いた頼来が、パンを持った手でこちらに手を振ってくる。そのまま日路と共に歩み寄ってきたところで、成瀬は単刀直入に要件を告げた。
「頼来、勉強教えてほしいんだけど」
「え?何、どっきり? いっつも俺のこと、馬鹿馬鹿言ってるのに」
わざとらしくカメラを探す素振りを見せる頼来に、成瀬は相変わらずの冷めた視線を向ける。
「頼来にどっきりとか、無意味且つ、図々しい」
「な、成瀬ちゃんっ」
流石に言い過ぎだと、深雪は成瀬の腕を引いたが、言われた当の本人はへらへらと笑うばかりである。
二人の間には強い信頼関係があるのだろう。成瀬の性格をよくわかっている頼来は、こんなことでは傷つかないし、怒りもしない。
二人の関係性が羨ましいな、と思っている深雪の横で、成瀬が話を再開させる。
「二週間後、テスト週間じゃない? 私たち、高校じゃ初めての中間テストだし。 出やすいところとか教えてほしいんだけど」
それっぽい理由を述べる成瀬が、頼来に意味ありげなアイコンタクトを送る。成瀬の意図を一瞬で理解した頼来は、ごく自然に了承してくれた。
「俺と、大神先生が請け負ってやるよ!」
「え、俺も?」
頼来に勢いよく肩を抱かれ、バランスを崩しながら、日路が驚きに目を丸くする。その反応に、頼来が「なんだよー」と口を尖らせた。
「やりたくないのかよ?」
「いや、そうじゃなくて・・・・・」
日路が、参ったなという感じで頭をかいた。
「人に教えたことないから、役に立てるかどうか・・・・・」
なんて謙虚なんだと、深雪の中で日路の株が更に急上昇する。その隣で、成瀬は淡々と話を続けていった。
「大神先輩は、勉強がお友達とお聞きしたので」
「・・・・・頼来、なんかお前、変なことを後輩に吹き込んでないか?」
「えー、言ってないよ?」
日路に疑いの目を向けられた頼来は、これ以上追及されてはまずいと、わざとらしく咳き込んでから話を継いだ。
「とにかく、困っている後輩がいるんだから、お願いを聞いてやるのが先輩だろ?」
「それは勿論だけど、力になれなかったら悪いというか・・・・・」
「悪くないです!」
深雪は思わず、心の声を漏らした。その場にいる全員が驚いたが、一番驚いて動揺したのは深雪だった。
「あ、ああ、その、先輩がご迷惑でなければ、お力を拝借し、したいとぉ・・・・・」
「落ち着いて」
赤面してどんどん俯いていく深雪を、成瀬が冷静につっこむ。
絶対に変な奴だと思われたと、深雪は絶望したが、意外にも日路は驚いた顔を崩して、柔らかく微笑んでみせた。
「わかった。 後輩にそこまで言われたら、気合入れて頑張るよ」
「物理は俺に任せてねっ」
「深雪は、物理選択してないから。 頼来はお呼びじゃないのよ」
ノリノリの頼来を、成瀬が軽くあしらう。
深雪は、未だに火照る顔を気にしながら、そっと日路を覗き見た。成瀬と頼来のやりとりを、楽しそうに眺める日路のことは、正直一生見ていられる気がした。
「そうとなったら、一年の範囲をおさらいしとかないとだな」
成瀬の計画にのせられた日路は、その責任感の強さからそんなことを言い出した。隣で頼来が信じられない、という様な顔をする。
「うわ、真面目かよ」
「期待されたら、応えたいって思うのが普通じゃないのか?」
本気で首を傾げる日路に、頼来は「うわぁ」と言って耳を塞いだ。
頼来の言う通り、真面目な日路の言葉を聞いて、深雪は罪悪感に苛まれる。
「すみません。 先輩もテスト勉強したいのに、ご迷惑ですよね・・・・・」
今更そんなことに気が付いて恐縮する深雪に、日路は慌てて否定してきた。
「全然、迷惑とかじゃないから」
「そうそう、日路は優等生だから。 テストなんて、普段の授業受けてれば、それなりに点数とれるっていう、嫌味な奴だから」
「深雪が心配してるのは、頼来の方なんじゃないの?」
調子良く喋る頼来が気に入らなかったのか、成瀬の攻撃は静まることがない。
苦笑いを漏らす深雪と、日路の視線が自然とぶつかった。彼が、にこりと微笑む。
「勉強、頑張ろうな」
「はいっ」
深雪は人生で初めて、本気で勉強を頑張ろうと決心した。