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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
68/109

鬼の言うことには

「頼来みーっけ」

「げっ」


 トイレに併設された洗面台で手を洗っていると、勝ち誇った笑みを浮かべる成瀬に見つかった。


「来るの早っ! てか、ここ男子トイレだぞー」

「バッカじゃないの? ここ、私の家なんだけど?」


 正論を吐く成瀬に頼来が押し黙る。しかし、成瀬の攻撃は止まらない。


「トイレに隠れるとか、卑怯で頼来らしいわよね」

「違いますー。 隠れる場所探してたら、お腹痛くなってきたからトイレ借りてたんですー」


 調子に乗って、食べ過ぎてしまったらしい。かくれんぼが始まってすぐ、腹痛に見舞われた為、丁度行き当たったトイレに駆け込んだのだ。


 漸く本調子に戻って、これから隠れようとしていたところで、早くも鬼の成瀬に捕まってしまったわけだ。


 頼来の言い訳を聞いた成瀬は、眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をつくった。


「ちゃんと手ぇ洗ったんでしょうね?」

「今、洗ってただろ!」


 ハンカチで手を拭きながら訴える頼来を「ふーん」と言って軽くあしらった成瀬は、それからまた勝者の笑みを顔に浮かべた。


「ま、勝ちは勝ちだからね。 私の言うこと、一つききなさいよ」

「こえーな、マジで」


 女王のお願い程怖いものは無いと、頼来はこれ見よがしに身震いして見せる。


 それから、何かを思い出した様に「そういえば」と話題を変えた。


「成瀬、ちょっとお願いがあるんだけど」

「は? 何で私が、頼来のお願い聞かなきゃいけない訳?」


 成瀬の言い分はごもっともである。


 もともとの約束は、みつかった人がみつけた鬼の言うことを聞くというもの。


 速攻で見つかった頼来に、成瀬にお願い事をする権限などない。


「いいじゃんよー。 ケチっ」


 あまりにも頼来がしぶといので、珍しく成瀬が根負けして溜息を吐く。


「・・・・・言うだけ言ってみなさいよ。 聞くだけ聞いてあげるから」

「よっしゃ! あのな・・・・・」


 頼来が“お願い”を耳打ちしてくる。


 その内容を聞いた成瀬は「うーん・・・」と短く唸ってから、ちらりと頼来の顔を見た。


「・・・・ま、聞いてあげても良いけど?」

「サンキュー」

「その代わり、私のお願いも聞きなさいよ」


今度は自分がお願い事を聞いてもらう番だと、成瀬はにこにこと笑っている頼来に詰め寄った。


「はいはい、なんでございましょうお嬢様」


 からかい口調の頼来には若干苛立ちを覚えたが、ぐっと堪えて腰に手を当て、仁王立ちして“お願い”を口にした。


 成瀬の“お願い”を聞いた頼来は「ほんと成瀬は、深雪ちゃんが大好きだなぁ」と笑いながらも、すんなりと承諾してくれた。


「そうと決まれば、さっさと行くわよ」

「急げ急げ!」


 小走りに長い廊下を駆けていく成瀬の小さな背を、頼来は笑顔で追いかけた。





 かくれんぼがあっと言う間に終了し、千太郎の誘導で元居た部屋へと戻ってきた深雪は、日路と千太郎と共に成瀬らの戻りを待っていた。


 なかなか戻ってこないので、何かあったのだろうかと心配し始めた頃、部屋のドアが雑に開けれらた。


「あ、成瀬ちゃん」


 成瀬と頼来の戻りに一番に気が付いた深雪が声を上げる。


 窓辺に寄りかかっていた千太郎が、入口を振り返って眉根を寄せた。


「遅くね?」


 千太郎の疑問に、成瀬が無表情で答える。


「頼来がお腹壊して、トイレに籠ってたから」

「酷い嘘!」


 頼来が非難の声を上げると、成瀬の冷たい視線が彼に突き刺さった。


「下してたのは事実でしょ」

「そんな汚物を見る様な目で見んなよ・・・・・」

「まあまあ」


 激しく落ち込む頼来を哀れに思った日路が仲裁に入り、成瀬もそれ以上の攻撃を止めた。


 それから、成瀬は深雪の方を向く。


「全く、ちょっとは鬼を楽しませなさいよ。 見つかるの早すぎ」

「面目ないです・・・・・」


 ぐうの音もでないので、深雪はしゅんとして肩を竦めた。


 同じ様にバツの悪さを感じたらしい日路が、何とかこの場を乗り切ろうと話題を切り替える。


「鬼の言うことを一個聞くんだよな? 俺と立花は、双葉の言うことを聞くってことになるけど」

「俺はもう、成瀬のお願い事聞いちゃったからね」


 ちゃっかりとそんなことを言う頼来に向かって、成瀬が盛大にため息を吐く。


 一体何をお願いしたのだろうと気になったが、成瀬の様子からするに、教えてくれそうもない。


 深雪は早々に諦めて、千太郎からの“お願い”を待つ。


 しかし、そもそもかくれんぼにあまり乗り気でなかった千太郎は、特にお願い事を考えてはいなかったようで、困った様に頭を搔いた。


「遠慮するなよ、双葉」

「そうそう、日路を一日パシリに使うとかできるぞ!」

「頼来は黙ってなさいよ」


 大したお願い事が見つからなかった千太郎は、結局お願い事を保留する形をとった。


 日路と深雪は、そろって千太郎に声をかける。


「何でも言って来いよ」

「いつでも、なんでもするからね!」

「ああ、うん・・・・・」


 こうして恙なくかくれんぼが終了し、誕生日会もお開きの流れとなる。





「本当に、送らなくて良いんですか?」


 玄関を出たところで、成瀬は日路に問いかけた。


 自宅まで車で送ろうと進言したのだが、日路と頼来はバスで帰ると言ってそれを断ったのだった。


 成瀬の再確認に、日路はやんわりと笑顔を浮かべた。


「ありがと。 でも、買い物もしていきたいから。 バスで帰るよ」

「これから日路の家で、大神兄弟と二次会だからな!」


 誕生日を迎えた本人より楽しそうにはしゃぐ頼来に笑いながら、深雪は成瀬と千太郎と並んで、二人を見送る。


「今日は本当にありがとな。 また、学校で!」

「じゃーなー」

「お、お気をつけて!」


 最後に声をかけることもでき、深雪はすっかり満足してほっと息を吐いた。


 彼らの背が小さくなってきた頃、成瀬が満を持した様子で深雪に詰め寄ってくる。


「で、どうだった? 先輩の反応」

「え?」


 成瀬の問いの意図するところがわからず、深雪は首を傾げた。


 急いで頭の中をさらってみたが、答えを導き出せずに顔を引き攣らせる。


「えっと・・・・・何の話だっけ?」


 恐る恐る聞いてみると、成瀬は怪訝な表情を浮かべてきた。


「え、何って・・・・・先輩への誕生日プレゼントよ。 渡したんでしょ?」

「はっ!!!」


 成瀬の言葉に、漸く肩から提げたバッグの中の存在を思い出す。


 勿論、このバッグの中には日路へのプレゼントであるフォトフレームが入ったままだ。


「忘れてた!」

「はあ!? バッッカじゃないの!?!?」


 最大級の「バッカじゃないの」も頷けるほどの非常事態に、深雪は顔を青くする。


 成瀬がびしっと、消えて行こうとする日路の背を指さした。


「早く追いかけなさいっ」

「うう、でももう行っちゃったし・・・・・」


 今更追いかけて、タイミングが悪すぎやしないだろうか。


 一つネガティブなことが浮かぶと、次々と悪い考えが浮かんでいく。


「やっぱり、私なんかがプレゼント渡すなんて、おこがましかったのかも・・・・・」


 これはきっと、神様からのお告げなのだと思った。たかが一後輩が、学校の人気者に誕生日プレゼントを渡すなんてこと、分不相応過ぎたのだ。


 一気に後ろ向きになる深雪に、言いたいことが多すぎて声を詰まらせる成瀬の代わりに、珍しく口を開いたのは千太郎だった。


「俺は、渡した方が良いと思うけど」

「え?」


 まさか千太郎から、そんなことを言われるとは思わなかった深雪は、素っ頓狂な声を上げた。


 隣にいた成瀬も驚いたようで、目を丸くして千太郎を見ていた。


 視線を集めた千太郎は、少し間を空けてから改めて口を開けた。


「鬼の言うことは絶対な?」

「ええっと・・・・」


 急に持ち出された“鬼のお願い”に戸惑う深雪に、千太郎がじっとその視線を向けた。


「今すぐ、大神先輩を追いかけろ」

「双葉君・・・・」


 深雪の背中を押す“お願い事”に、深雪はぐっと両手を握り締めた。



 行かなきゃ。こんなに応援してもらっているのに。


 このまま引き下がっては、プレゼント選びに協力してくれた皆にも示しがつかない。



「ほら、行った!」

「は、はい!」


 成瀬にそっと背を押され、深雪は弾かれた様に走り出した。


 すっかり小さくなっていた日路の姿を追いかけ、深雪はすっと息を吸いこんだ。


「大神先輩!」


 精一杯出した大きな声は、日路の耳に届いてくれた。


 彼の足が止まり、そっとこちらを振り向いてきた。


 その顔を見ただけで、ぐっと胸が熱くなる。考えてきたいくつものシチュエーションは跡形もなく消えていき、素直な想いだけが後に残った。


「どしたん? 深雪ちゃん、そんなに焦って」


 深雪が追い付くと、日路の隣で頼来が驚いて目を大きくした。


 日路も同じ様に、不思議そうな顔で深雪の方を見てきていた。


 緊張で、足が震える。


 いろんなことを考えてしまい、言葉が上手く出てこない。


「あ、あのっ、先輩っ・・・・・」

「ん?」


 なかなか話し出さない深雪のことを、日路は根気強く待ってくれた。


 察した様子の頼来は、黙ってその気配を消す。


「どうした?」


 優しく問いかけられ、胸がいっぱいになった。うるさい鼓動を、頭を振って聞こえないフリをする。


 深雪は、震える手でバッグの中から、ラッピングした袋を取り出した。


 それから、ゆっくりと日路へとそれを差し出す。


「あの、これ・・・・・」


 日路を直視できず、深雪は俯いたまま漸く言葉を紡ぐ。


「誕生日プレゼント、良かったら・・・・・もらってください」

「プレゼント?」


 下を向いていたので日路の表情はわからなかったが、反芻した日路は、深雪の手からプレゼントを受け取った。


「用意してくれてたのか?嬉しいな」

「っ━━━━」


 日路のそんな言葉に、深雪は漸く少しだけ顔を上げて、彼の表情を確認することができた。


 いつも浮かべる笑顔が、いつもより輝いて見える。


「開けていいか?」

「ど、どうぞっ」


 目の前で開けられるのは緊張したが、まさかダメですと言うこともできず、深雪はまた怖くなって顔を下に向けた。


 ラッピングを解いていく音を聞きながら、深雪はぎゅっと目を瞑る。


 暫くして、再び日路の声が聞こえてきた。


「フォトフレームだ。 立花が選んでくれたの?」

「は、はい・・・・・」


 なんとか小さく答えると、近くにいた頼来が日路の手元を覗き込んで、笑顔を浮かべた。


「良いプレゼントだな」

「ああ」


 二人のやりとりを遠くで聞くような感覚でいた深雪は、うっすらと目を開けてそうっと頭を上げてみた。


 まっすぐにこちらを見る、暖かな瞳とかち合った。


「ありがとな、立花。 部屋に飾るよ。何の写真入れるかな」


 微笑みながら、深雪のプレゼントしたフォトフレームを見る日路の姿は、一生脳裏に焼き付いて離れないことだろう。


 緊張が一気に解けていく感覚に、涙腺まで緩みかけていると、頼来のおどけた声を上げた。


「おおと、こんなところに、こんなに良い写真が!」


 わざとらしい台詞と共に、頼来が一枚の写真を胸ポケットから取り出す。


 そのまま日路に手渡された写真は、今日撮った五人の集合写真であった。


「いつの間に印刷したんだ?」

「成瀬に頼んで、プリントしてもらったんだ」


 鼻高々に語る頼来は、深雪ににかっと笑いかける。


「あ、写真のデータは後で送るから。 深雪ちゃんも保存してね」

「勿論です!」


 思わず前のめりになってしまい、深雪は恥ずかしさに頬を赤らめた。


 そんな深雪に、日路がもう一度笑顔を向けてきた。


「今日は、本当にありがとうな」

「こ、こちらこそ、ありがとうございました!」


 九十度まで腰を曲げて感謝を述べる深雪に、日路と頼来の笑い声が弾けた。




 赤くなった顔は、日の短くなった季節に助けられ、夕日の所為にすることができたと思う。


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