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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
62/109

成瀬家に招待されてみた

 目の前に佇む建物を見上げた深雪は、そのまま後ろに仰け反って倒れかける。


「何してるの、深雪? 早く入りなさいよ」


 豪奢な両開きの扉を開け広げた成瀬が、怪訝な顔をこちらに向けてくる。


 深雪は引き攣った顔で「う、うん」とぎこちなく頷いた。




 今日は、いよいよ待ちに待った日路の誕生日会。


 会場である成瀬の家に、他のメンバーより一足先に訪れた深雪だったのだが、彼女の城の様な邸宅に圧倒されてしまっていた。


 門から玄関までの距離は、漫画で見る様な長距離だ。建物の端から端までは、今いる深雪の位置からは確認ができない。


 「成瀬の家は城の様だ」と頼来が揶揄していたことがあったが、あれは決して大げさではなかったのだと改めて感じた。





 タータンチェックのジャンパースカートを可愛らしく着こなした成瀬が、いつまでも足踏みしている深雪の右腕を引いて、強引に屋内に連れ込む。


 よろよろと建物の中に入った深雪は、内装の豪華さに更に驚愕した。


 中世のヨーロッパを彷彿とさせるような、荘厳とした装飾。思わず息を顰めなければと思ってしまうような、独特な空気が漂う。


 深雪は、突然異国に放り込まれたような感覚を覚えた。


「ど、ドレスコードとか要らないよね?」


 自分の服装を見直し、深雪は本気で心配になって成瀬に詰め寄った。


 これでも一応、いつもよりコーデには気を遣ったつもりだ。


 ベロア素材のグレーのスカートは、この日の為に購入したもの。ヴェージュのニットで重たくなり過ぎない様にバランスをとったのだが、果たしてこの場に相応しい服装になっているのだろうかと不安になる。


 深雪の形相と勢いに慄きつつ、成瀬はふっと息を吐いた。


「どこのレストランの話してるのよ。 ジャージだって良いわよ」

「適当言わないでよぉ」


 手をひらひらと動かして、適当にあしらう成瀬の反応に、深雪は唇を尖らせた。


 ひっついて非難してくる深雪を面倒に思ったのか、成瀬は「あー、もう」とこれ見よがしにため息を吐き出した。


「強いて言うなら、髪型」

「え、髪?」


 深雪は、自身の肩まで伸びたストレートの黒髪を右手でひと掴みした。


 髪のアレンジは、あまり得意ではない。学校にいる間はいつも下ろしているし、家にいる時は手櫛で適当にまとめている。


 夏祭りの時だけは、千太郎に綺麗にセットしてもらったが、一人で再現できるわけもなく、今日はいつも通りの髪型だ。


「せっかくなんだから、いつもと変えてみればいいのに」

「だって自分じゃ、綺麗にできないんだもん」


 成瀬のアドバイスはよくわかるのだが、自力で流行りの髪型にしようとすると、どうも野暮ったい感じになってしまうのだ。


 しょんぼりとする深雪を見た成瀬は「しょうがないわね」といって手を招く。


「やってあげるから、こっちいらっしゃい。 主役が来るのは午後からだしね」

「え、成瀬ちゃんやってくれるの?」


 廊下をつかつかと歩いていく成瀬の背中を追いかけながら、深雪が目を丸くする。肩にかかるか、かからないかぐらいの髪の長さをキープしている成瀬は、顔立ちが良く目立つ分、髪のセットはいつもシンプルだ。


 出かける時のお洒落なセットのときは、決まって「千太郎にやってもらった」と言っているので、成瀬がヘアセットが得意であるとは意外だった。


 思わぬ成瀬の申し出に喜んでいると、彼女はもう一度深いため息を吐いた。


「全く・・・・・深雪も、もうちょっと気合入れてこないと、チャンスを逃しちゃうわよ。 チャンスの神様には、前髪しかないんだから」

「チャンスの神様って・・・・・ギリシャ神話の話だっけ?」


 成瀬の言葉に、深雪がうろ覚えの知識を口にする。


 確か、チャンスを神格化した神様の風貌の特徴から、そんな言葉が生まれたという話を、漫画かドラマで見た覚えがあった。


 何の作品の中で言ってたかな、と脱線した思考を繰り広げていると、深雪の脳内を覗き見た様に成瀬がくわっと目を剥いた。


「何の話だっていいけど、とにかく、ぼーっとしてたら足掬われるって話よ!」

「ええー・・・・・そんな話かなぁ?」


 理不尽に怒鳴られている様な気がして、深雪は声を萎れさせる。


 勿論、絶対女王の成瀬にそんな態度をとっても、歯牙にもかけてもらえない。


 西洋の廊下を、我が道として堂々と歩いていく成瀬は、正に女王の名に相応しい様な気がする。


 その後ろ姿を見ているうちに、深雪はふと気が付いたことを口からぽろりと零した。


「そういえば成瀬ちゃんは、最近ちょっと髪の毛伸びてきたね」


 成瀬と出会って数か月が経つが、雨が降ろうが風が吹こうが、髪の長さは一定の長さをキープしてきていた筈だ。それに比べて今は、髪の先が肩より下まで伸びている。


「・・・・・まあ、秋だからね」


 私のことは良いのよ、と成瀬は少しだけ歩く速度を速める。


 何故かバツの悪そうな顔をする成瀬に首を傾げつつ、深雪は置いて行かれない様に、慌ててその後を追いかけた。


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