彼女の計画
「・・・・・ということが昨日あってね」
登校してすぐ、深雪は成瀬に、昨日の出来事を詳らかに説明した。
昨日、英語のプリントを教室へ取りに戻った深雪は、駐輪場近くで、日路と偶然にもすれ違った。その際、奇跡に近い形で日路と会話することができ、更には初めて出会った日のことを、彼も覚えていたという事実が発覚した。
家に帰った後、その時のことを何度も思い返していたのだが、どこか現実味がなく、幻でも見せられたのだろうかと考えながら、今日を迎えている。
成瀬にひとしきり話し終えたところで、深雪は漸く昨日の出来事は、夢でも幻でもなかったと実感した。
「本当に夢かと思った・・・・・」
「夢だったんじゃん?」
深雪の呟きに、成瀬の容赦の無さが炸裂する。昨日まで影に隠れて、憧れの人を遠くから見ていた深雪に、そんな大それたことができたとは、すぐには信じられない様子だった。
深雪は、訝し気な顔をして自分の席に座っている成瀬ににじり寄って、肩をがっちりと掴んだ。
「夢じゃないもん。 嘘じゃないもんっ」
「わ、わかったわかった」
目を剥いて訴える深雪に、成瀬は珍しく気圧されて、隣に座る千太郎へちらりと視線を送った。例の如く、机に突っ伏して眠りにつこうとしている幼馴染を足蹴にし、強引に話へ巻き込む。
「千太郎。 あんたもちゃんと聞いといてよ」
「・・・・・」
顔を起こした千太郎は、眠そうな顔で成瀬を睨んだが、成瀬にとってはどこ吹く風。幼馴染の凄味ほど怖くないものなんてないと、逆に睨み返して反抗させない。
暫く二人の睨み合いが続いたが、根負けした千太郎が深いため息を吐きながら、半身を起こした。
「で、何の話? 今日の五限が体育で最悪って話?」
「ばっかじゃないの? 一ミリもしてないわよ、そんな話」
わざと惚ける千太郎に、成瀬も負けじと惚けて真面目なツッコミを入れる。それから深雪を置き去りにして、幼馴染同士の小競り合いが勃発したが、どちらも面倒くさがり屋であるおかげか、応酬そのものが面倒になった二人は、そこそこのところで切り上げて本題に戻ってきた。
「初めて会った時のこと覚えてるなんて、どっかの少女漫画のヒーローみたいね」
「そうだよね! すごく感動した・・・・・」
まさか自分を、少女漫画のヒロインに重ねようとは思わないが、日路の言動はどれをとっても非の打ち所のない、ヒーローそのものである。
成瀬から共感を得られ、深雪はうんうんと頷いて頬を緩ませた。そのまま酔い痴れている深雪に、千太郎の感情の籠らない疑問が、横からぶつかってくる。
「でも覚えてたんなら、何で三人で会いに行った時に、言ってくれなかったのかが謎」
「確かにね。」
成瀬が同感の意を示すと、そこから凸凹幼馴染コンビが不穏な方向へと話を進めていく。
「時間たって、思い出したのかしらね」
「あてずっぽうとか?」
「あてずっぽうだとしたら、大神先輩て結構チャラいのね」
「やめて! いい思い出と先輩を汚さないで!」
半泣きで訴える深雪に、成瀬と千太郎が漸く口を閉じる。それでも未だ疑問の残る状況に、成瀬が腕を組んで思案を始めた。
「これは本人に、真相を聞いてみたいところね」
「聞かなくていいのっ」
謎は謎のままにしておくべきだと主張する深雪に対して、成瀬は無駄にやる気に溢れている様で、一人でどんどん計画を立てていく。
「そうとなれば、何かイベントごとが欲しいわね」
「文化祭があるけど、ちょっと先か」
「双葉君まで・・・・・。」
急にノリの良くなった千太郎に、深雪は絶望からがっくりと肩を落とした。何度か小さく抗議の声を挟んでみたものの、この最強コンビに逆らう術はない。
自分の無力さを痛感していたところで、成瀬が「あっ」と大きく手を挙げた。
「中間テストがあった」
「聞きたくない行事名」
千太郎が耳を塞いでテンション低く反応すると、成瀬が「ばっかじゃないの」と言って不敵な笑みを漏らした。
「大神先輩は勉強が友達らしいし、頼来使って勉強会開くのよ」
相変わらず、頼来の扱いが荒い成瀬の提案に、深雪は全力で首を横に振った。
「む、無理だよ!」
「私を誰だと思ってんの? 頼来に言うこと聞かせるぐらい、朝飯前なんだけど」
「サスガ羽澄。頼もしいというか、なんというか」
「・・・・・」
止められそうもない成瀬のやる気に満ち溢れた表情に、深雪は小さくため息を吐いて、教室の天井を仰いだ。