大神兄弟の日常
部活を終えた日路が、夕食の買い出しをしてからアパートに帰宅すると、珍しく弟二人が揃ってリビングでくつろいでいた。
「お帰り」
日路の帰宅に気が付いた蓮季が、片手を上げてにこりと笑う。
それに日路が「ただいま」と返すと、蓮季の向かいに胡坐をかいて座っていた千里が、遅れてこちらを振り向いた。
「お帰りぃ。 晩飯何?」
日路の提げたスーパーの袋の中を、興味津々に眺める千里の質問に、日路はキッチンに向かいながら答える。
「お肉焼こうかなって。 千里、今日クラブは?」
「ナイター設備故障してさぁ。 明日修理するって言って、今日は早々に解散した」
冷蔵庫に食材を入れていく日路にひっついて、千里は懇願する様な視線を向けてきた。何か直ぐに食べられるものが出てこないかと、期待しているらしい。
千里はサッカーのクラブチームに所属している。夕方から夜の八時ごろまでは、普段であれば基本的に練習へ行っているし、夜は蓮季も塾へと行くため、平日のこの時間帯に兄弟が揃うことはごく稀だ。
日路は冷蔵庫の戸を閉めた後、スーパーの袋の中に最後に残ったスナック菓子を千里に放った。
咄嗟のことにも、見事な反射神経を見せてキャッチした千里が、嬉しそうにスナック菓子をリビングへと持って行く。
「晩御飯前だから、食べ過ぎるなよ」
「大丈夫。 晩御飯もちゃんと食べるから」
「そういうことじゃないけど・・・・・」
日路は、問題ないと胸を張る千里に軽く呆れつつ、今度は蓮季に声をかけた。
「蓮季は晩御飯、先食べてく?」
日路の問いかけに、蓮季は緩く首を横に振る。
「帰って来てからにするよ。 お肉焼くだけ?」
「焼くだけ。 ちゃんと食べろよ? お前はほっとくと、食べずに終わるんだから」
「ははは」
痛いところを突かれたと、蓮季は苦く笑ったが、日路としては笑い事ではない。
あまり食に執着の無いこの弟は、こちらが気にかけていないと平気で食べないという選択をする。
逆に、千里は放っておくと片っ端から食料を漁るので、こちらもある意味笑えない。
「蓮兄も食べる?」
千里が、手にしたスナック菓子の開いた口を蓮季に向ける。向けられた開け口から香ばしさが鼻腔に広がり、蓮季はそれだけでお腹が一杯になった気になった。
「ううん、大丈夫。 ちぃ君が食べな」
「ちぃ君言うなし・・・・・」
千里は、げっそりとした顔でスナック菓子を頬張った。
“ちぃ君”とは昔からの千里の愛称で、基本的には家族しか呼ばない。
一度だけその呼び名が友人にばれて、面白半分に呼ばれたことがあったが、一生呼ぶ気にならない様にしてやった覚えがある。
とはいえ、蓮季相手に本気で怒ることもできない。全てを天女の如き微笑みでスルーする蓮季には、何を言っても通用しないということは当の昔に織り込み済みだ。
諦めて溜息を零す千里の目の前に、どさりと洗濯物が降ってくる。
「二人とも、時間あるなら自分のものは自分で畳んで。 千里は手を拭いてからね」
「「はーい」」
日路ににっこり微笑まれ、蓮季と千里はそそくさと目の前の洗濯物たちを畳んでいく。
家事全般を一手に引き受けてくれている日路には、正直蓮季も千里も頭が上がらないのだ。
「あれ、携帯鳴ってるよ? 日路」
「あ、ほんとだ」
三人で黙々と畳む作業をしていると、テーブルの上に置かれた日路のスマホがバイブした。
どうやら電話がかかってきたようで、日路が「もしもし?」と言ってスマホを耳元に近づける。
「どうした、頼来?・・・・・え、来週? 特に予定はないけど・・・・・何? 成瀬の家で俺の誕生会? どうしたらそんな流れになったんだよ・・・・・」
電話の相手は頼来であるらしく、また突拍子もないことを言われたのか、日路の反応に酷く動揺が見られた。
なんとなく、蓮季も千里も黙って話の行方を聞いていた。
「メンバーは俺と頼来と、成瀬と立花と双葉・・・・」
日路が口にした「立花」の名前に、何故か千里が敏感に反応を示して、鋭く日路の顔を見つめる。その様子を、更に蓮季が見つめるという視線一方通行の構図が生まれた。
それから暫く頼来と電話で会話した後、日路は「じゃあ、また明日」と通話を終了させた。スマホをテーブルの上に戻す日路に、蓮季が自分のシャツを畳みながら声をかける。
「日路の誕生日、祝ってもらう話?」
漏れ聞こえた会話から内容を想像して聞けば、日路は酷く微妙な表情をした。
「んー・・・・・なんか、頼来のことだから企んでそうだけど」
友人相手に疑心暗鬼になっている日路の言葉に笑いながら、蓮季は手に取った靴下を丁寧に重ねる。
隣では、既に千里が雑に畳み終えていた。
「立花さんたちも一緒なんだね。 宜しく伝えといてよ」
「おう」
「・・・・・」
兄二人のやりとりに、千里の表情が多少固いものになる。
少しの間黙って何かを考えている様だったが、意を決して神妙な面持ちを日路と蓮季に向けた。
「ねえ、日路兄と蓮兄」
「「何?」」
千里に呼びかけられた日路と蓮季の返事が重なる。
千里は一拍おいてから、ゆっくりと口を開けた。
「この前学校見学の時に会ったのが、二人が話してた“タチバナミユキ”なわけ?」
唐突な千里の問いに、日路がきょとんと目を丸くする。何故そんなことを聞いてくるのか、欠片も理由がわからない様子だった。
「そうだけど、どうしたんだ? 急にそんなこと」
「いや、別に」
返された質問には答えず、だんまりを決め込む千里を、蓮季がくすりと笑う。
「そうそう。 千里が舌出して挑発した相手だよ」
「余計なこと言うなよ、蓮兄・・・・・」
蓮季の要らぬ捕捉の所為で、日路の厳しい視線が千里に向いた。
「次会ったら、ちゃんと謝るんだぞ」
諭す日路の真剣な瞳に、ばつの悪そうな顔をした自分の顔を見つけて、千里は面白くない気分になった。
日路に黙って翼蘭学園へ学校見学に行った時、千里は日路の後輩に悪態をついた。後悔はしていないが、あの後日路にきっちり叱られたことは苦い思い出である。
過去を遡って叱られた千里は、日路と目線は合わせずにぼそりと呟いた。
「“次”があればね」
「またそんなこと言って・・・・・」
呆れた様子の日路が、これみよがしにため息を吐く。
だが千里としても、そんな風に責められたって、絶対認めてやらない。
日路と蓮季が共通の知り合いとして話す“タチバナミユキ”に、多少なりとも興味があった。
身内の贔屓目を抜いても出来の良い兄二人と、並んでも見劣りしない素敵女子を思い描いていた千里にとって、実物の立花深雪には拍子抜けを超えて怒りを覚えた。
こんなハイスペックな俺の兄貴が、あんなちんちくりんと行動を共にしてるとか、あり得ねーだろ!
文武両道はさることながら、炊事洗濯、周りの世話まで卒なくこなす日路の隣に、あのとろそうな女は、絶対に似合わないと、千里は奥歯を噛み締める。
「俺、認めないかんね」
「は?」
唐突且つ、意味不明な千里の宣言に、日路が眉根を寄せる。
そんな日路の顔に、千里は胸中でもう一度「認めねー!」と思い切り叫んだ。
「え、何の話?」
「さあね!」
問い詰めようとする日路と、惚ける千里の二人のやりとりを、蓮季は微笑を浮かべて見守った。




